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蛇と魔法と終わりなき渇望④

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


リース・グランヴィル

種族:人間

アインベルグ魔法学院の保険医。


ユアン

種族:人間

アインベルグ魔法学院で突然魔法の能力を開花させた生徒。


理事長

種族:人間

アインベルグ魔法学院の現理事長。

セレナが医務室のドアを勢いよく開けた。

「リース先生、いる!?」

声に押されるように俺たちも中へ駆け込む。


リース先生は医務室の窓際に立ち、じっと外を眺めていた。

窓から差し込む日の光が逆光になり、その表情は見えない。

「どうしましたか?そんなに慌てて」

穏やかな口調だった。


──けれど、違和感があった。

さっきまでの騒ぎに、まったく気づかなかったような態度。

それが、妙に引っかかった。

「ユアンが犯人だってみたいで―」

俺はかいつまんで説明しようとした。

だが、セレナがすっと腕を伸ばして、俺の言葉を制した。


「ユアン君が?そうでしたか。それで彼は?」

リース先生は振り返らないまま尋ねる。

逆光に照らされた輪郭だけが、ぼんやりと浮かび上がる。

「今は理事長が見てるわ」

セレナが短く答える。

その声には、明らかな怒りの色が混じっていた。

「見てる?意識はありますか?会話はできますか?」

リース先生の問いかけは、落ち着いているようでいて、

微かに焦りの滲んだ響きを帯びていた。


俺はふと、リリアが小さく俺の袖を握るのを感じた。

彼女も、この場の空気の異様さに気づいている。

「なんでそんなに彼の事が気になるのかしら?」

セレナが、まっすぐにリースを見据えながら問いかける。

「私は保険医ですからね。容体を気にするのは当然ですよ」

「そうかしら。まるで、彼が話せたら都合が悪いみたいじゃない」

「……そんなことはありません」


一瞬、沈黙が落ちた。

窓から差す光が、リース先生の背中をさらに黒く縁取る。

セレナが一歩、リース先生に近づく。

「一つ、聞かせてもらえるかしら?」

「なんでしょう?」

「貴方、学生時代に私と同じ講義を受けていたことはある?」

「貴方と私が?そもそも同じ時期に生徒だったかどうかも」


リース先生の声色に、かすかな警戒が混じった。

「昔、魔法陣の講義でペアになった記憶は?」

「……ありませんね」

「ふーん、あくまでしらばっくれるのね」

セレナは小さく息を吐き、目を細めた。


その気配に、俺も自然と身構える。

「私って当時から優秀だったからさ。他人の魔法陣の作り方とか、術式のクセとか、わかっちゃうのよね」

「……何が、言いたいのでしょう?」

リース先生の声が、僅かに低くなる。

「さっきユアンの手にあった刻印を調べたら、当時貴方が作った魔法陣と同じ術式だったのよ」

空気が、ピシリと張りつめた。

まるで透明な糸が部屋を覆ったような、鋭い緊張感。


リース先生は無言だった。

窓の向こうの光に背を向け、何も言わない。

「貴方なんでしょう? 彼に魔力吸収の禁呪を施したのは!」

セレナの声が、静かに、しかし鋭く医務室に響いた。


「根拠になりませんね。貴方の気のせいかもしれない」

リース先生は、なおも振り返ろうとしなかった。

ただその肩が、ほんの僅かに震えたのが、俺には見えた。

「なら、ユアンの目が覚めたら彼に直接聞いてみましょうか?」

セレナが冷たく言い放った。

その瞬間、リース先生の指先がピクリと動いた。


(──まずい)

リース先生はゆっくりと振り向いた。

逆光の中、その顔は半分だけ影に沈んでいる。

口元は穏やかに笑っていた。

けれど、その瞳は──まるで氷のように冷たかった。


「あの禁呪は術者に強大な力を与え、成長を促してくれます」

淡々とした口調だった。

まるで、授業で何かを教えるかのように。


「ですが、一つ欠点がありましてね。それは魔力を定期的に供給しなければならないのです」

俺達を見下ろすように、リース先生は続けた。

「まだ開発途中の代物でしてね。蓄えた魔力が暴走したのも、

 彼自身が蓄えられる魔力量をとうに超えていたからです」

俺は喉の奥が引きつるのを感じた。


ユアンの苦しんだ姿が、脳裏にちらつく。

「彼は必要以上に魔力を吸収してしまった。他人を実験体にすると、こうしたミスが発生するのですね」

まるで他人事のように。

リースの口調には、後悔も、罪悪感も微塵もなかった。

「なんで彼を選んだの?」

セレナの声が鋭く問う。


リース先生はゆっくりと肩をすくめた。

「それは、彼が以前の私と同じ『無能』だったからですよ」

その言葉に、リリアが小さく息を呑むのが隣で聞こえた。


リース先生は続ける。

「さっきは隠しましたが、私は貴方と同じ時期にこの学院の生徒でした」

セレナが睨みつける中、リースは穏やかに告白する。

「何をやっても魔法が習得できず、周囲からは罵倒され、苦痛に満ちた日々でした」

その声は、ほんのわずかに震えていた。

過去の惨めな自分を思い出しているのだろうか。

「でもある時、私はある禁呪の存在を見つけたのです」

「それが、今回の禁呪ね?」

セレナが問う。


リースはかぶりを振った。

「違いますよ。私が自身に施したのは定期的な供給を必要としない、もっと安定した術でした」

「ですが、蓄えられる魔力量は頭打ちで、私の満足のいくものではなかった」

リースの瞳に、僅かな憎悪が揺れた。

「故に、当時の私は貴方に勝つことができなかった」

「まさか、あの時の魔力消失事件の犯人って……!」

セレナが声を震わせる。


リースは、ニヤリと笑った。

「察しがいいですね」

「アンタが!アンタのせいで!あの子は──!」

セレナが怒りに震える。

俺には、彼女が涙をこらえているのがわかった。

「ああ、確かいましたね。貴女と親しかった魔女の少女が。名前は憶えていませんが」

リースの冷笑が、医務室の空気を一層凍らせる。


「貴女に敗北してからというもの。学院を卒業した私は医学の道に進む傍ら、禁呪の研究を続けてきました」

その声には、執念が滲んでいた。

「全ては、貴女に勝利し、私こそが世界に認められる存在になる為に!」

「そんなことの為に……許さない!」

セレナの叫びが、鋭く響く。


だがリースは、怒りに燃える瞳で俺達を見据えた。

「君達はわかっていない。才能がない者は、どう足掻いても這い上がれない!」

声が、徐々に高ぶっていく。

「ならばどんな手を使ってでも、のし上がるしかないのだよ!」

リースの身体から、黒く濁った魔力が溢れ出す。


「ユアンは……かつての俺だった。だから俺が力を与えてやった!」

叫びは、もはや狂気に染まっていた。

「何が悪い!? 魔力を失った連中も、どうせ才能なんかなかったくせに!!」

そして最後に、リースの視線はセレナに突き刺さった。

「君がすべての元凶だ。君さえいなければ……俺は、俺は……!!」


リースが叫んだ瞬間、医務室の空気がはじけ飛びそうに震えた。

黒い魔力が、床を焼き、壁にひびを走らせる。

……耐えられなかった。

思わず、叫びそうになる胸の痛み。

こみ上げる怒りと、恐怖と、何か訳のわからない感情が、俺の中で暴れ回った。


次の瞬間、体が勝手に動いていた。

「黙れ!」

無我夢中で、リースに向かって駆けた。

頭の中は真っ白だった。ただ、あのふざけた顔をぶん殴りたかった。

リースは、冷たく俺を見た。

殴りかかった腕を難なくつかみ取り、そして。


ベキリ!!


右腕に、鋭い痛みが走る。

骨が、折れた音が、はっきりと聞こえた。

「うわああああああああ!!」

俺の情けない悲鳴が医務室に響き渡る。

「無駄だよ」

リースは冷たく言った。

「私は医学を学んだ人間だ。人体の構造を熟知している」

彼は、淡々と宣言する。

「君のような素人が、私に勝てるわけがない」

吐き気をこらえながら、俺は必死で身体を起こそうとした。

右腕は無惨に折れ曲がっている。激痛で意識が飛びそうだ。


(……これで、終わりか?)

力が入らない。

歯を食いしばることさえできなかった。

だが──

ふと、異変に気づいた。

激しく脈打っていた右腕が、じわじわと熱を帯びる。

折れた骨が、まるで何かに導かれるように再生していく。


(なんだ……これ……)

呆然と、自分の腕を見つめる。

骨が、音もなく繋がり、傷口がふさがっていく。

痛みが、引いていく。

まるで、最初から何もなかったみたいに。


(俺の体に……何が起きてるんだ──)

「カケル!」

リリアが倒れた俺に近づいてくる。

リースは余裕たっぷりな感じで彼女の行動を無視した。


立ち上がる余裕はない。

それでも、胸の奥で、何かが静かに燃えはじめていた。

負けたくない。

俺は、絶対に──負けたくない!


「さて、雑魚は片付いたところで。そろそろ本気でやろうじゃないか。俺と君とで!」

リースが挑戦的な態度でセレナを指さす。

こんな狭い空間でやりあったら、ここで昏睡している生徒達がどうなるか想像に難くない。


「おい、この野郎……!」

「…なんだと?」

振り返ったリースは俺の腕を見て驚いた。

「馬鹿な!確かに腕は折ったはず!」

リースの顔に、わずかな困惑が浮かんだ。

その一瞬の隙を、俺は見逃さなかった。

「――ああ! 折れたよ! でももう治ったけどな!」

吠えるように叫びながら、俺はリースに向かって拳を振りかざした。

殴った経験なんて、ほとんどない。

それでも、今の俺にできる最大限の力を込めた。


拳がリースの顔面をかすめる。

直撃こそしなかったが、リースはバランスを崩した。

チャンス――!

「リース、こっちを見なさい!」

すかさず、セレナが鋭く声を飛ばした。

あまりの咄嗟の出来事に無意識に声のした方を見てしまうリース。

そこには髪の蛇と共に睨みつけるセレナがいた。


「ぐっ、しまった!」

リースが歯噛みしながらすぐに視線を反らす。

だがもう遅かった。

「今よ!リリア!」

セレナが叫ぶと同時に、リリアの姿が宙を舞った。

床を蹴って加速し、空中で身体をしならせる。

美しい弧を描く回転蹴り。

石化能力で硬直し、身動きが取れなくなったところをモロに狙い撃つ。

狙い澄ました一撃が、リースの顔面にめり込んだ。


「ぐああああああああっ!!」

リースの身体が、横っ飛びに吹き飛ぶ。

窓を突き破り、外へと叩き出された。

ガラスの破片が、きらきらと空中に舞った。

「今のうちに!」

セレナが短く叫び、俺達はリースを追って医務室から飛び出した。


吹き飛ばされた奴を追って外へ飛び出した俺達を待っていたのは

蹴られた顔を押さえながらなおも立ち上がろうとするリースだった。

「くそっ、貴様ら…よくも」


その表情からは憎悪の感情が読み取れるのが容易だった。

「許さんぞおおおおおお!」

リースの絶叫と共に、黒い魔力の波が爆発した。

地面を砕き、周囲の空気までも震わせる。

「二人共!ここからは私がやるわ!」

セレナが一歩前に出る。


「いや、俺達も手伝うぜ!」

「そうよ、早いとこやっつけちゃいましょう!」

「アンタ達…無茶するんじゃないわよ!」

そう言うとセレナは詠唱を始める。


「切り裂け!ウィンドスラッシュ!」

風による斬撃が繰り出される。

リースがそれに対し手をかざす。

黒い瘴気が矢のようにこちらへ飛んできて斬撃と相殺される。


リースは次の一手を繰り出す。

地面から黒いトゲのような鋭利な刃物が俺達の足元から襲い掛かる。

「散開して!」

セレナの叫びに合わせ、俺たちは四方に飛び退いた。

リリアは軽やかに駆け、俺は必死に逃げ回る。

なんとかギリギリで躱すも、すぐに次の刃物が繰り出される。


(速い…!)

このままじゃすぐに追いつかれてしまう。


(何か手はないか!!)

ふと俺が逃げた反対方向ではリリアが宙を舞いながら

リースへ回り込もうとしていた。

そうか!狙いは詠唱の妨害だ。

俺は逃げながらもリリアに合わせるようにリースの背後に回り込む。

「やらせるか!」

渾身の叫びと共に拳を振るう。

リリアも同じタイミングで急接近し、鋭い蹴りをリースの肩口に叩き込む。


「くっ!」

リースは咄嗟に黒い障壁を作り、俺達の攻撃を防ぐ。

「どこみてるのよ!」

セレナがその隙に次なる魔法を唱える。


「業火!フレイムバーン!」

セレナの詠唱が完了し、

直後、轟音と共に巨大な火球がリースめがけて突っ込んてくる。

俺とリリアはすぐさまリースから距離を取る。


「くっ…!」

火球がリースに命中する。

爆風が地面をえぐり、熱風が肌を焼いた。


(やったか──?)

かすかな期待が胸をよぎったそのときだった。

ズズ……と、重く不気味な音が耳を打つ。

炎の向こうから、なおも立ち上がる黒い魔力の塊。

リースは立っていた。

その姿は、焦げた服をまといながらも、なお鬼気迫る気配を放っていた。


「……まだた!まだ終わらんぞ!」

くぐもった声で、リースが笑った。

そして、その手に新たな魔法陣が浮かび上がる。

俺たちは、再び構えを取った。


「力さえあれば……すべてを超えられるんだ……!」

リースが絶叫すると同時に、黒い瘴気が全身から噴き出した。

肉体が悲鳴を上げ、血が滲み出す。

それでもなお、彼は立ち上がり、魔力を練り続ける。


「下がって!」

セレナが鋭く叫ぶ。

俺とリリアはすぐに距離を取り、セレナのもとへ向かう。

「セレナ、一体あれは!」

「マズイわ。多分今までより強力な魔法を仕掛けてくる」

「私がありったけの魔力を使って魔法をぶつけるしかないわ!」

「そんな、俺達はどうすれば!」

「貴方達は下がってて!巻き込まれるかもしれない!」

「でも…」

「いいから!これは私の問題でもあるのよ!」

その声には、迷いがなかった。


セレナの気迫に押され、俺は素直に従うしかなかった。

「大丈夫よ。死なせたり、しないから!」

詠唱を始めるセレナ。

「四大元素よ、今ここに集いし力をもって──」

セレナの目の前に、赤、青、緑、黄色の光の玉が生成される。


「裁け!エレメント・ジャッジ!」

光の玉が混じり合い、虹色のビームになってリースに放たれる。

リースも吼えるように詠唱を返す。


「すべてを飲み込み、灰に帰せ──!」

二つの力が、空中で火花を散らした。

セレナの手から放たれた虹色の魔力と、

リースの手から放たれた漆黒の魔力が、正面からぶつかる。

爆音が夜空に響き、空気が弾ける。

光と闇の奔流が拮抗し、互いを押し合った。


「っ……!」

セレナの魔力が、わずかに押されはじめる。

彼女は突き出した右手に添えるように左手を合わせ、力を込める。


(やばい──!)

このままじゃ、セレナが負ける──!

俺は無我夢中で走った。

「セレナァ!!」

叫びながら、彼女の隣に飛び込む。

リリアもすぐに駆け寄り、セレナの右手に手を添えた。

魔力のない俺がこんなことをしても何の意味もないのは百も承知だ。

でも、ただ見てるだけではダメだと思った。

「アンタ達…」

俺達はお互い小さくうなずくと、正面を向きありったけの声で叫んだ。

「いっけええええええええええ!」

俺たちの叫びと想いが、セレナに伝わる。


──力を、託す。

彼女が力いっぱい魔力を解き放つ。

虹色の光が一層輝きを増し、リースの漆黒の魔力を呑み込んでいった。


「そ、そんな。馬鹿なああああああああああっ!」

リースの絶叫が空へ木霊する。

虹色の奔流が彼を包み込み、そして──爆ぜた。

轟音とともに爆風が吹き荒れ、

リースの姿は、光の中に飲みこまれていった。

世界が一度、音を失ったかのようだった。

そして、静かに──風だけが吹き抜けていった。


「……終わった、のか?」

誰に向けるでもなく、俺は呟いた。


セレナが小さく頷く。

「ええ……終わったわ」


リリアが大きく息を吐き、背伸びをする。

「ふぅ、疲れたーっと」

勝利の余韻に、ようやく安堵の息をつこうとした――

その時だった。


「まだ、だ……終わってなど……!」

焦げた床の上、黒煙の中から、リースの体がよろめきながら立ち上がってきた。

血に濡れた瞳は、なおも執念を宿している。


「しぶといわね!まだやろうっていうの!?」

俺達は再び戦闘態勢に入ろうとした。

だが、次の瞬間。リースの体が、ビキリ、と音を立てる。

黒い靄が滲み出すように皮膚から溢れ、肉体が霧状に崩れ始めた。


「が、ああああああああッ……!!!」

苦悶の絶叫。

リースの輪郭は崩れ、まるで空気に溶けるように──完全に消えた。

その場に、黒く脈動する光の玉が、ぽつりと残されていた。

俺は、引き寄せられるように歩み寄る。闇に濁った光。


「これ……」

「カケル、触らない方が……」

セレナが制止の声をかけるが、もう遅かった。


指先が、それに触れた。

直後、胸の奥が熱くなる。

熱が全身に広がり、思わず膝をついた。


(な、なんだ……これ……!?)

血管を駆け巡るような衝撃。指先に、驚くほどの力を感じた。

筋肉が膨らみ、視界が鋭くなる。


リリアが駆け寄ってきた。

「カケル!? 大丈夫!?」


「……ああ、平気だ。ただ、ちょっと……力が、流れ込んできた」

リリアとセレナは不安げに見つめてくるが、

俺は首を振って笑ってみせた。


そう──あの瞬間、確かに“何か”が俺の中に宿った。

それが何なのかはまだ分からない。

だが確かに、俺の中で、何かが変わり始めていた。

俺は、遠くかなたの空を見上げた。

気づけば、辺りは星がまたたく夜空になっていた。


◇ ◇ ◇


あれから、数日が経った。

学院は、ようやく落ち着きを取り戻していた。

戦いの痕跡は徐々に修復され、生徒たちのざわめきも、日常のものに戻りつつある。

ユアンも、今回昏睡状態だった生徒達も目を覚ましたそうだ。

俺達は理事長室に呼び出され、事の次第を説明した。

理事長は俺達の話を静かに聞いた後、

「本当にありがとうね」と優しい言葉を投げかけてくれた。

それが、俺達に与えられた最大の労いだった。


昼下がりの中庭。

穏やかな陽射しが降り注ぐ中、俺達は学院を去ろうとしていた。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

鉄製の門をくぐろうとしていた俺達を呼び止める声がした。

振り向くと、セレナが駆け寄ってきていた。


「セレナ……?」

息を切らしながら、セレナは頷く。

「アンタ達、もう旅立つの?」

「まぁそうだな。もう事件は解決したし」

それに、結局ここでは元の世界に戻る方法を見つけられなかったし。


「そう…アンタ達、これからどこに向かうの?」

「えーっと、リリア?」

「さぁね~。風の向くままって感じかしら」

リリアがいつもの楽観的な感じで答える。

「そう…ねぇ、アタシも旅に付き合わせてよ」


「えっ!?」

その言葉に、一瞬、空気が静止する。

リリアが目を瞬かせた。

「学院は大丈夫なのか?先生なんだろ?」

セレナは肩をすくめ、

「一応私臨時の講師なの。だからどうとでもなるわよ」

と苦笑した。

「そうなのか?」

「ええ、それに理事長に言われたの。――世界を見てきなさい、って」

どこか寂しげで、それでいて強い光を宿した瞳。


「私、まだ知らないことが多すぎる。

 この世界には、魔法にまつわる悲劇が、まだたくさんある。

 それを……見過ごすのは、もう嫌なの」

それは静かな決意の言葉だった。

「……わかった。一緒に行こう」

リリアがニヤニヤと笑いながら、

「これでお姉さんが一人増えたわけね」とからかう。


セレナは真っ赤になって、リリアを睨みつけた。

「そ、そういうんじゃないから!」

「はいはい、素直じゃないんだから~」

リリアの軽口に、俺は思わず笑った。

セレナはふくれっ面のまま、ちらりと俺を見た。

──その視線に、思わずドキリとする。


(ヤバい。見つめたら石化するんだった……!)

慌てて目を逸らす俺に、リリアがさらにからかいを重ね、

セレナは顔を真っ赤にしながら、俺たちを小突いた。

──そんな、賑やかな一幕。

こうして俺達は、三人で新たな旅へと踏み出すことになった。

澄み渡る空の下。

見知らぬ世界へと続く、道の先へ──。

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