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剣に宿るは、ひとつの想い①

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

「はぁ……っ、まだ見えないな……」

険しい岩道を見上げながら小さく息をついた。

岩場に片手をつきながら、息を整える。

足元は不安定で、登るたびに膝にじわじわと疲労がたまっていく。


「もう結構登ってるんだけどね~」

リリアが真紅の瞳がちらと俺を見やる。

彼女の軽やかな足取りとは裏腹に、標高が上がるにつれて空気は薄く、足元の傾斜もきつくなってきている。


俺達は、灼熱の砂漠地帯を越えた先にそびえる山、グランツォル山脈を登っている。

その理由は、仲間の一人・エルザのたっての希望によるものだった。


実はこの山のどこかに、鍛冶の民として名高いドワーフ達の砦があるという話を、

砂漠の国・ファルナート王国で耳にしたのだ。


鍛冶屋の娘として育ち、幼い頃から鉄と炎に向き合ってきたエルザは、

同じ鍛冶職人として、その腕と魂に触れてみたいのだと言う。

その強い意志に、俺達は応えたのだった。


「なんだカケル、もうへばっちまったのか?」

振り返ったライアが、やれやれと肩をすくめながらも楽しそうに笑う。

彼女の鱗が陽光を反射し、逞しい脚で岩を軽々と踏みしめる姿がまぶしい。


「普段から身体を鍛えてねぇからだぞ?」

今度はトーラが笑いながら言葉を投げてくる。

ミノタウロスの彼女は、ほとんど息も乱れていない。

真っ赤な髪が風に揺れ、力強い脚でぐんぐんと斜面を登っていく姿は、

まさに頼れる姉御といったところだ。


「仕方ないだろ?登山なんて…やったことねぇんだから」

身体能力は強化されてるとはいえ、

日常的な訓練をしているわけじゃないし、こういう持久戦にはやっぱり慣れていない。


「エリシア、貴女は大丈夫?」

その後ろで、セレナが歩調を緩めながら隣のエリシアに問いかける。

魔力の消耗こそないが、長時間の登山は身体にもこたえるはずだ。


「……私も少々疲れてきましたわね」

エリシアはいつものように穏やかに微笑んでみせたが、額にはうっすらと汗がにじみ、息もやや荒い。

けれど、その足は止まらない。彼女なりに踏ん張っているのが伝わってくる。


「皆、ごめんなさい。私のわがままに付き合ってもらって……」

エルザが、申し訳なさそうに声を落とす。

大きな一つ目を伏せて、両手で背負った荷を少し持ち直す。


「気にするなって。俺達もドワーフの鍛冶ってやつに興味あるしな」

俺はエルザの背に向けて言った。背負う荷の重さだけじゃない。

きっと、彼女の胸のうちにも少しばかりの負い目があるのだろう。

けれど、仲間の誰もがその旅路を無駄だと思ってなどいない。


「気に病むことはないぞ、エルザ。こうした旅もまた一興というものだ」

落ち着いた声が俺の胸元から聞こえた。

視線を落とすと、胸ポケットに小さなコウモリに変身したヴァネッサが器用に収まっている。


「って、アンタは楽してるじゃないの!」

セレナがピシャリと突っ込みを入れる。


「ふふ、重力の縛りから解き放たれる感覚というのも、なかなかに優雅なものだぞ?」

ヴァネッサは、昼は弱体化してしまうとはいえ、ちゃっかりこの姿で登山の労を逃れている。

まるで上等な椅子に腰掛けて観劇でもしているかのような口ぶりだ。


「優雅とかじゃなくて、ずるいのよアンタは!」

セレナが頬をふくらませながら詰め寄る。

蛇の髪がゆらゆらと揺れ、明らかに不機嫌を隠せていない様子だ。

とはいえ、それもどこか微笑ましく、険しい山道に一瞬の和やかさが広がる。


俺はふと足を止めて、周囲に目をやった。

すでに標高はかなりの高さにあるのだろう。

背後を見下ろせば、遠く砂漠地帯の熱気が霞んで見え、

その手前に点在する緑の丘陵が、まるで箱庭のように広がっている。


風が吹き抜けるたび、肌に触れる空気は乾いて冷たく、

あの灼熱の地から遠く離れてきたことを改めて実感させる。


俺は思わず息を飲みながら、その光景を目に焼きつけた。

でも、立ち止まってばかりもいられない。

気を取り直して背筋を伸ばし、俺は再び歩を進めた。

岩と砂利が混じる不安定な足場に、ぐっと足を踏ん張り、一歩一歩確実に山道を踏みしめていく。

目指す砦はもうすぐだ。俺達は、まだ見ぬ誰かとの出会いのために、この山を登っている。


そして、さらに岩場を数十歩ほど登ったそのときだった。


「……見えた!」

先頭を歩いていたライアが、目を見開いて叫んだ。彼女の視線の先を追って、俺達も次々と足を止める。


岩壁の合間、その先に開けた中腹の台地に、灰色の石造りの建物群が姿を現した。

要塞のような高い城壁に囲まれたそれは、自然の地形をうまく利用して築かれているようで、

まるで岩そのものが砦と一体化しているかのようだった。

風に揺れる旗には、炉と鎚の紋章が掲げられている。


「……あれが、ドワーフの砦!」

エルザがぽつりと呟いた。大きな一つ目に光が宿り、思わず小さく息を飲むように口元を押さえる。


風が吹き抜け、鐘のような金属音が微かに耳に届く。鍛冶場の音だろうか。

それは遠く離れていてもはっきりと響き、まさに“鉄と火の民”の住処であることを告げていた。


「よし…行こうぜ。エルザ、案内は頼んだぞ」

俺がそう声をかけると、エルザはこくんと強くうなずいた。


「うん…私が、きちんと話してみる。ちゃんと伝えるから」

その背に、小さな決意の火が灯っていた。


門に近づいた俺達は、重厚な扉の前に立つ二人の門番に立ち止められる。

片方は筋骨たくましい男性で、肩に巨大な戦斧を担いでいる。

もう一方は女性で、鉄製の戦鎚を握っていた。


男女ともに背丈は低いが、鍛え抜かれた肉体は岩のように硬そうで、

鍛冶師であると同時に戦士でもあることを一目で理解させる。


(…ん?ドワーフって、男もいるのか?)

ふと胸の中に浮かんだ疑問を、そのまま口にしていた。


「なあ、リリア。俺、てっきりドワーフも魔物娘と同じで、全部女だと思ってたんだけど」


リリアがちらりと俺をみつめて、肩をすくめる。

「全部が全部そうじゃないのよ。アビス様の影響を受けて女性化した種族もいれば、

亜人やドワーフのように男女ともに存在している種族もいるわ。」


その言葉に俺は思わず目を瞬かせた。

「…そうだったのか」


隣でエリシアが補足するように微笑む。

「そうですよ?私達エルフも同じですし。森の奥には立派な男性の弓兵や職人もいらっしゃいます」


「……マジか。今更知るなんてな」

思わず頭をかきながら、改めて門番のドワーフを見やる。

無骨な体躯と鋭い眼差しは、確かに“職人の男”そのものだった。


彼等は警戒の視線をこちらに向け、微動だにせず睨みつけてくる。

「ここはドワーフの砦、部外者がふらふら入っていい場所じゃないぜ?」


斧を持った方が、低く、威圧感のある声で言い放つ。

エルザが一歩、前へ出る。片手を胸に当て、まっすぐに門番の目を見据えた。

「私は鍛冶を志す者、エルザ。ドワーフの技術と文化に触れたくて、ここまで来ました。

どうか、ここを通してくれませんか?」


その名を聞いた門番の一人が、眉を上げた。

「アンタ、サイクロプスか。…なるほど、でかい目をしてるわけだ。で、なにか作品はあるか?」


問われて、エルザはほんの一瞬、迷ったように視線を横に向ける。

そして、無言でライアを見つめた。


その意図を察したライアが、軽く頷いて腰の剣を抜き、門番へと差し出す。

「これが、彼女の打った剣だ」


門番は無言でそれを受け取ると、その場で抜き放ち、鋭い目つきで刃を覗き込んだ。

日光を反射する刀身を傾けながら、バランスや厚み、鍔や柄の仕上がりまで、手慣れた様子で確かめていく。


しばらくの沈黙の後、彼女は小さく鼻を鳴らした。

「…ほぉ。腕はあるみたいだな。なかなかの出来だ」


剣を鞘に納め、ライアへ返したその手つきには、どこか職人としての敬意すら感じられた。

エルザが、ひときわ大きな目を見開き、言葉を継ごうとする。


「なら――」

だが、それを手のひらで制し、門番は首を横に振る。


「そう焦りなさんな。ここは簡単に他種族が入れる場所じゃねぇ。うちの長にお伺いを立ててくるぜ」

そう言って、戦鎚を手にした方が砦の中へと引っ込んでいった。


残された門番の一人は、ちらりとエルザを見て、少しだけ口元を緩めた。

「…悪く思わないでくれよ。まあ、腕前は見せてもらったし、長の返答があればすぐに通せるはずさ。

ちょっとだけ、待っててくれ」


語気はまだ砦の番人らしい厳しさを含んでいたが、先ほどまでの刺々しさは和らぎ、

どこか話しやすい雰囲気がにじみ出ていた。


その言葉に、俺達はひとまず門前の岩に腰を下ろし、肩の力を抜いた。

張り詰めた空気の中に、静かな期待と緊張が同居する。

エルザは剣を見やり、小さく息を吐いた。


しばらくすると砦の分厚い扉が再び軋む音を立てて開いた。

先程中へと姿を消した門番が戻ってきたのが見える。

その隣には、腕を組んだ別のドワーフの男性が立っていた。


「アンタらが来客かい?こりゃまた、ずいぶん大所帯だねぇ」

そう言って、彼は門の前に立つ俺達を見回した。

人数の多さに驚いたようだが、敵意や警戒心は感じられない。


俺は少しだけ身を乗り出し、遠慮がちに尋ねた。

「どうも…それで、どうですか?俺達、砦の中に入れてもらえるんでしょうか」


ドワーフの男性は鼻を鳴らすと、あっさりと頷いた。

「ああ、だから俺が来たのさ。長の許可は下りたよ。中に入んな」


その言葉に、緊張していた空気がふっと和らいだ。

軽く息を吐いた俺の隣で、エルザがぴたりと一歩前に出て、深く頭を下げる。


「ありがとうございます……!」

エルザの声には、安堵と高揚がない交ぜになった響きがあった。

長い旅路の末、ようやくたどり着いた目的地。


ここで得られるものはきっと、彼女の鍛冶師としての道を変えるだろう。

そんな確信めいたものが、彼女の背筋からも伝わってきた。


ドワーフの案内役はニッと笑いながら、だが言葉には釘を刺すような調子で続けた。

「ただし、作業してる連中の邪魔はするなよ?

どいつもこいつも命削って鉄と向き合ってんだ。ちょっとでもふざけた真似したら、バチが当たると思いな」


◇ ◇ ◇


案内役のドワーフが『こっちだ』と手を振り、分厚い鉄の門をくぐって先頭を歩き出す。

俺達もそれに続いて、重たそうな扉の向こうへと足を踏み入れた。


砦の中は外観から想像していたよりも、ずっと活気に満ちていた。

無骨な石造りの建物が規則正しく並び、その合間には鉄を打つ音、火の弾ける音、掛け声が飛び交っている。

空気には鉄と油の匂いが立ち込め、時折、熱を含んだ蒸気が噴き上がる。


「…すげぇな、ここ」

思わずつぶやくと、隣を歩いていたライアも低く唸った。


「この空気…鍛冶場そのものって感じだ」

道の両側にはいくつもの工房が立ち並び、炉の熱気がむわりと肌にまとわりつく。

中ではドワーフ達が黙々と作業に打ち込んでいた。

分厚い革の前掛けをつけ、汗をぬぐいもせず槌を振るう者。


炭火の調整をしながら炉に材料を入れていく者。

いずれも腕っぷしが太く、眼光鋭く、まさに“職人”と呼ぶにふさわしい雰囲気を漂わせている。


中には、魔力で動く自動槌や、魔法陣の刻まれた冷却台を使っている工房もあり、

技術と魔法が融合した光景が広がっていた。


そこにあるのは、鋼と火に挑む者の気迫と誇り。

それは種族も性別も関係なく、職人としての気骨そのものだった。


「アンタら、よそ者にしては静かで助かる。うるさい奴はすぐ怒鳴られるな」

先を歩く案内役のドワーフが、肩越しに笑いながら言った。

彼女の歩き方には無駄がなく、通路の板石の隙間や露出した配管も巧みに避けていく。


俺は気を引き締めながらも、周囲を見渡す。

ここには、この土地独自の文化と技術、そして彼女達の生き様が詰まっている。

エルザの視線も真剣そのもので、砦の風景を目に焼きつけているようだった。


そして俺達は、案内役のドワーフに導かれ、砦の中でもひときわ立派な建物の前にたどり着いた。

他より一回り大きな石造りの建物。入り口には風化した金属の紋章が掲げられ、鍛冶槌と鉱山の斧が交差している。


「ここがうちの長の工房だ。静かにしな」

案内役が短く言ってから、重たい扉をノックする。

返事を待たず、そのまま押し開くと、炉の熱がどっと押し寄せた。


中は広く、だが無駄のない造りだった。奥には巨大な炉が据えられ、その手前に作業台。

棚には数十種もの工具が整然と並び、壁際には完成品と思われる武具や装飾品が飾られていた。

その中央に、ひときわどっしりとした体格のドワーフの男性が立っていた。


彼は一見して、ただ者ではないとわかる雰囲気を纏っていた。

浅黒い肌には火傷や古傷が浮かび、ごつい両腕が鍛冶師としての歴戦を物語る。


背中まで伸びた焦げ茶色の髪を無骨に束ねており、豊かな髭をたくわえている

厚手の革製作業着と金属の肩当てを装着しており、それらが彼の屈強さと威厳を強調していた。


「…お前らが、外から来たっていう連中か」

ぶっきらぼうな声が工房に響く。だがその声には、鍛え抜かれた鋼のような芯があった。

俺達が頷くと、彼はゆっくりと近づいてくる。

背は高くないが、その足取りには一切の迷いがない。


「俺はモルダン。ここの砦をまとめてるドワーフの長だ。さて…」

モルダンは視線を一人に定める。エルザだ。


「…サイクロプスの嬢ちゃん、お前さんがこの砦を訪ねた目的は?」

モルダンの視線が真っ直ぐにエルザを射抜いた。

問いかけはぶっきらぼうだが、その奥にあるのは本気の眼差し。場の空気がわずかに張り詰める。


「エルザです。私は鍛冶の技術を磨くため、ドワーフの皆さんの技と魂に触れたくて、この砦に来ました」

エルザは一歩前に進み、大きな単眼でモルダンを見据えた。

その言葉には、彼女らしい飾らない誠実さがこもっていた。

だが、モルダンの表情は変わらない。


「言葉だけじゃ判断できないな。作品は?」

短く問われたエルザは、ライアから剣を受け取ると両手で差し出した。


「これが、私の打った剣です」

モルダンは剣を受け取ると、無言で刃の反り、厚み、鍔の重心までじっくりと目を通していく。

その手つきに、長年鍛冶に携わってきた者の重みが感じられた。


「…悪くない。少なくとも見た目だけの飾り物じゃない。だが――」


「何か問題が?」

エルザの声に緊張が混じる。モルダンは剣を軽く掲げ、陽の光に透かしながら言った。


「随分使い込んでいるな…この剣、悲鳴を上げているぞ」


「一応、手入れは欠かさずしてますけど…」


「見ればわかる。だがこの部分、刀身の重心がやや前に寄りすぎている。

連撃を続けると、手首に余計な負荷がかかるはずだ。それに……」

モルダンは鍔の付け根を指でなぞりながら続けた。


「ここ、熱処理が甘い。高温にさらされると脆くなる危険性がある。

鍛造だけでなく、焼き入れと焼き戻しの見極めがまだ甘いな」


その言葉に、エルザはぐっと唇を噛んだ。

けれど、モルダンはただ否定しているわけではなかった。

その瞳には、どこか確かな期待の色が宿っていた。


「このまま使い続けていれば……あるいは」


「……?」


「いや、なんでもない」

モルダンは剣をゆっくりとエルザに返しながら、低く唸るように言った。


「使い手の手入れに問題があるわけじゃない。だが、あの剣はお前の“今”を映している。

鍛え方も、仕上げも、まっすぐだがまだ粗い。その未熟さが、刃に宿ってる」


モルダンの声には冷たさよりも、むしろ職人としての誠実さがあった。


「けどまあ、悪くない。お前の芯は見えた。

鍛冶屋ってのは、熱と向き合って、失敗して、それでも打ち続ける奴がなるもんだ」


モルダンは腕を組んだまま、エルザをじっと見つめていた。

やがて、低くくぐもった声で言葉を続ける。


「何でもそうだが――鍛冶も日々の鍛錬が肝要だ。叩いて、叩いて、鉄と向き合い続けるしかない。

仮に私や、ここにいる連中が何かを教えたところで、すぐに身につくもんでもない」


その口調には、突き放すような響きがあった。

だがそれは、エルザの覚悟を測るようでもあり、

また彼女の想いが“その程度”ならすぐに折れることを知っているからこその言葉でもあった。


それでも、エルザは視線を逸らさず、まっすぐに応じる。


「…それでも、教えてほしいです。私はまだ未熟だってこと、わかってます。

でも、だからこそ学びたいんです。ドワーフの皆さんの技と、心に」

彼女の声は静かで、けれど揺るぎなかった。

モルダンは一瞬だけ目を細めると、鼻を鳴らしてふっと息を漏らす。


「へぇ……」

その顔に、わずかだが興味を抱いたような色が宿った。


「教えてやるのは構わん…だが、ただで教えるわけにはいかない。俺もここの連中に示しがつかないからな」

エルザが息を呑むのを見て、モルダンは肩を鳴らしながら立ち上がる。

煤けた作業服が擦れる音と、革のブーツが床を打つ音が砦の広間に響いた。


「そこでだ。お前に一つ試練を与える」


「試練、ですか?」


「ああ。山の北側に古い鉱山がある。今は閉鎖して久しいが、その奥深くに、まだミスリルが眠ってるという話だ」

ミスリル。ファンタジーでよく耳にする金属だ。

金属の中でも特に希少で、高い魔力伝導性と軽さを持つ伝説級の鉱石。

その採掘は熟練の技術と経験が求められる。


「もちろん、掘り出すのは簡単じゃない。

狭い坑道、崩れかけの支柱、そして最近になって“よそ者”がその鉱山を荒らしてるって噂も耳にしている」


「よそ者…ですか?」


「ああ。誰が何のために、まではわからんがな。ただの盗掘か、それとも何か企んでいるかもしれん」

モルダンはエルザを鋭く見据えた。


「それでも行くか?」

エルザは、間を置かずに頷いた。


「はい。行きます。そのミスリル、必ず見つけて持ち帰ります」

だが、その眼差しには、確かに何かを計るような光が宿っていた。

重々しい革の作業椅子に腰を下ろすと、背もたれがわずかに軋んだ。

そして、一拍置いて、低く静かな声で言った。


「いいだろう。見せてもらおう、お前の“本気”ってやつをな」

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