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願いのかたち、風に舞う熱砂のように②

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


ラシール

種族:人間

王女パトラに仕える宰相。

朝焼けが王都の城壁を染める頃、俺たちは王宮の門前に集まっていた。

遺跡へ向かうのは俺、リリア、セレナ、そして監視役のラシールとその部下二人。

ラクダと荷車には物資が積まれ、全員が軽装で静かに出発を待つ。


「この三人だけなんて、最初の旅を思い出すわね」

リリアが肩の布を直しながら微笑む。


「私達だけじゃないわよ。余計なのが一緒だもの」

セレナの視線がラシールを掠めた。白衣を纏った彼と無言の兵たちは、まるで彫像のように動かない。


「なんか胡散臭いのよね、あのラシールって男」

「あら、気があうわね。私もそう思うわ」


セレナがふと隣のリリアに身を寄せるようにして、小さく囁く。

まるで買い物帰りに噂話でもするような軽い口調。

だが、その声の奥にある警戒心は隠しようもなかった。


俺の耳にも届いていたが、否定できるほど根拠もない。


ラシールが俺達を分けたのも、意図があるのかもしれない。

けれど、異邦人の俺達が疑われるのも仕方のない話だ。


「なあ、ラシール。遺跡の場所はわかってるんだよな?」


「ええ、“凪の谷”の奥の岩山にそれらしき入り口がございます。ご案内はお任せを」

穏やかな声に隠された自信と、無言の兵の気配が不穏に響く。


「では、そろそろ出発致しましょう。陽が高くなれば砂漠は過酷ですからな」

ラシールの声には笑みが含まれていたが、どこか急かすような響きがあった。


澄んだ朝の空気に、まだ柔らかな陽光が差し込み、長く伸びた影が石畳に落ちていた。

砂色の衣装に身を包んだ兵士達が、無言のまま列を整える。


リリアがちらりと俺の隣を歩くセレナと目を合わせ、小さく肩をすくめて見せる。

その仕草に、どこか気の抜けるような空気が混じったが――それも束の間。

緊張と警戒をまとった静けさが、一行を包んでいた。


◇ ◇ ◇


照りつける太陽がじわじわと昇り、広大な砂漠に光と熱を撒き散らしていた。

すでに足元の砂は熱を帯び始めており、風が吹けば、乾いた粒子が舞い上がって頬を撫でていく。

視界の先に続くのは、果てしなく波打つ砂の地平。

誰もが自然と口数を減らし、足を進めることに集中していた。


ラシールは先頭を悠々と歩いていた。

白いローブが風に揺れ、砂漠の太陽を意にも介さない様子で、軽やかに砂を踏みしめていく。

後ろに控える精鋭兵達も、無言のまま彼に従っていた。


その背中を、セレナがじとりと睨みつけていた。

「…なんであいつらだけ、あんな余裕なのよ」

小さく漏らしたその声は、俺とリリアにだけ聞こえる程度のものだった。


「暑さ慣れしてるんじゃないかしら?」

リリアが小さく肩をすくめて笑う。だがその目に、油断の色はなかった。


俺はというと、口の中に微かな渇きを覚えながらも、ラシールの歩調に合わせて砂を踏んでいた。

背中に汗がじわじわと滲み出てくる。だが、そんなことよりも気になるのは──


(…進んでいる方向、本当に合ってるのか?)


太陽の位置を何度も確認してきたが、明確な目印はない。

ラシールは一度も地図を開かず、迷いなく進み続けている。

その確信めいた態度が逆に不気味だった。


「皆さま、遺跡まではもう少しです。焦らずまいりましょう」

振り返りもせずにそう言ったラシールの声音に、わずかに笑みが滲んでいた。


――その時だった。


「…あれは?」

視線の先、地平の向こうに、薄く揺れる霞のようなものが見えた。

ぼんやりとした砂の帳。それが徐々にこちらに向かってくる。

風が強まると同時に、耳にざらついた唸り声が届いた。


「まずい…これは、砂嵐ですな」

ラシールが眉間に皺を寄せて呟く。

すぐさま、傍にいた部下が小声で何かを囁くと、彼は頷いた。


「このまま進めば視界を奪われ、動くこともままなりません。近くに岩陰の避難地があります。急ぎましょう」

ラシールが迷いなく指さす。

その仕草は、まるで最初からそこに隠れ場があると知っていたかのようだった。


「…信用していいの?」

セレナが小さく呟いたその声に、俺も同意しかける。

だが、確かに砂嵐の気配は急速に近づいていた。


「リリア、セレナ…行こう。今は判断を急ぐべきだ」

迷っている余裕はなかった。

進行方向のわずかに左手――岩場のような影がぼんやりと浮かんでいる。


「お任せください。我々が先導しますので、皆様は遅れずにお付き合いを」

ラシールが一礼し、部下と共に砂の中を進みはじめる。


俺達もまた、砂に視界を削られながら、その後を追う。

風が唸りを増し、砂が肌を刺すように吹きつけてきた。


視界はみるみるうちに白茶けた砂の幕に覆われ、ラシール達の背中すら見えなくなっていく。


「っく…二人共!見えてるか!?」


「だ、大丈夫…!でも、ラシール達が…!」

セレナが手で口元を覆いながらも、辺りを見回すが、彼らの姿はどこにもなかった。


「まさか、置いていったのかしら?」

リリアの呟きが、砂嵐の唸りにかき消されそうになる。


俺達は視界ゼロの中で身を低くし、風と砂の暴力に耐えながら、必死に立ち尽くしていた。

何かを探すように周囲を見回しても、白い砂の帳がすべてを飲み込み、音さえ遠のいていく。


「ちっ…完全に見失ったか…!」

吐き捨てるようにそう言った俺の声すら、風にさらわれていく。


──数分、あるいは十数分が過ぎた頃だった。


突風の勢いがわずかに弱まり、空に混じっていた黄白の砂が徐々に薄れていく。


「くそっ、ラシールの奴…どこいった!?」


叫んだところで、返事なんて返ってくるはずがない。

耳に入るのは、風が砂を巻き上げるザラついた音と、ざわついた俺の呼吸だけだ。

視界はぼやけていて、まだ遠くは見えない。なんとかこの状況を切り抜けるしかない。


「ねぇ、これって偶然なのかしら?」


「どういうことだ?」


俺が問い返すと、セレナはわずかに眉をひそめ、肩越しに砂の向こうを見やった。


「この砂嵐…あまりにもタイミングが良すぎる。まるで、私達の隊列が分断されるのを狙ったように」


感情を抑えた声で、セレナが切り込むように言った。

その響きは、事実を突きつける刃のように冷たかった。


「まさか、これは自然現象だろ?誰かが故意に起こしたっていうのか?」

言いながら、自分でも無理があると思った。けれどセレナは、冷めた瞳のまま首を横に振った。


「そこまでは言ってない。でも…偶然だとしても、ラシール達はすでに退避しているわ。早すぎると思わない?」


「流石に、それは…ないと思うけど」

リリアが曖昧に言葉を濁す。けれど彼女の瞳もまた、どこか疑いを含んでいた。


理屈じゃない、どこか引っかかる。

セレナの言葉が胸の奥に刺さり、じわりと不安が滲んでいく。


「まさか、わざと俺達を嵐の中に置き去りにしたってことか?」

呟いた言葉が、砂の上に落ちる石のように重たく響く。


「その可能性も、なくはないわね」

リリアが静かにそう付け加えた。冗談めかす様子もなく――本気で、そう考えているのだとわかった。


風がやや落ち着いてきた頃だった。先の岩陰から、数人の影が現れる。


「ご無事でしたか!」


その先頭に立っていたのは、白いローブをなびかせたラシールだった。

取り巻きの精鋭兵達も、砂塵を払うように手をかざしながら姿を見せる。


俺達の姿を見ると、ラシールは安堵の笑みを浮かべた。

…いや、浮かべたように“見せた”。


「視界が悪く、やむなく先に避難を…ご無事でしたか?」

申し訳なさそうに眉を下げるラシール。


俺は無言で彼を見つめた。

穏やかな声、丁寧な所作、けれどその眼だけが…妙に乾いている。


「…お気遣い、どうも」

リリアが笑みを浮かべて言った。

軽く会釈しながら、だがその目は細く、どこか試すように見据えている。


「ええ、これ以上砂嵐が起きなければよいのですが…」

ラシールはそのまま何事もなかったように歩き出した。

俺達の横を通り過ぎると、精鋭兵達も続く。


その時、セレナがそっと近づき、俺の耳元で囁いた。

「演技派ね、あの男…でも、その嘘、どこまで通じるかしら」


低く、鋭い声。その響きが残る中――もう一人の気配が近づいてくる。

リリアだった。俺のもう片方の耳元に口を寄せ、小さく笑うような声で言った。


「…泳がせるのも、悪くないわ。次は、もっと“上手く”誘ってくれるかもしれないし?」

冗談めいた口調なのに、妙に冷ややかだった。その横顔には、ほんの僅かに警戒の色が浮かんでいる。


ちらりと前を歩くラシールの背を見た。

白いローブは風になびいていたが、その背には妙に冷たい影がつきまとっている気がしてならなかった。

空は少しずつ晴れ始めていた。けれど、俺の胸の中には、拭いきれない疑念だけが、なお濃く残っていた。


◇ ◇ ◇


カケルさん達が遺跡に出発したその日の夜。

胸の奥がざわつくような感覚に、私は静かに目を覚ましました。


静まり返った王宮は、風すら止んでしまったかのように静かで――


けれどその静けさが、かえって落ち着きを奪っていくのです。

胸の奥の棘のようなものに耐えきれず、そっと寝台を抜け出しました。


石造りの廊下に月光が差し込み、影が床を長く伸ばしていました。

けれど、窓から差し込む月光が、長く伸びた影を床に描いていました。


渡り廊下を抜けると、バルコニーがありました。

そこに立つ人影――銀の髪が月明かりに映える、ヴァネッサさん。

振り返った彼女の瞳は赤く、夜の闇に溶けるようで、どこか妖しくもありました。


「…おや、エリシアか。眠れないのかな?」

柔らかな声に、胸の緊張が少し和らぎます。


「はい…貴女もですか?」

私がそう問い返すと、ヴァネッサさんは小さく肩をすくめ、軽く笑みを浮かべます。


「余はヴァンパイアだぞ?夜は昼のようなものだ」

冗談めかすその声は低く、けれどどこか柔らかくて、思わず肩の力が抜けました。


「まぁ、最近は君達と行動してるせいか、寝不足気味ではあるがね」

彼女は月を仰ぎながら、片肘を欄干に預けました。

その姿が妙に人間らしく見えて、私は思わず口元を緩めます。


「ふふっ。でも、嫌そうには見えませんよ?」

少し茶化すように言ってみたつもりでしたけれど、返ってきたのは意外にも素直な言葉でした。


「…ふむ。君達との旅は、実に賑やかだからな。あのような日々も、悪くはない」

その口調はあくまで軽やかでした、ほんの少しだけ、何か懐かしむような響きが混じっている気がしました。


しばらく、風の音だけが流れる。

私達は言葉を交わさないまま、夜の街を見下ろしていました。


王都の灯りはほとんど消えていますが、遠くの塔の先に、小さな炎のような明かりが揺れています。

静けさの中にある都市の気配が、どこか現実感のない夢のように感じられました。


けれど、その幻想に浸っていられたのは一瞬だけ。

ヴァネッサさんが、ふいに口を開きます。


「この国の空気は…どうにも澱んでいるように思える」


その言葉に、私の中でざわついていた何かが、はっきりと形を成してきます。

胸の奥を刺すような違和感。それはきっと――私一人だけのものじゃなかったのです。


「…やっぱり、そうなんですね」

私の声が震えていなかったか、少し不安でした。

でも、彼女はただ静かに、目を細めたまま頷きました。


「…本来ならば夜が明ける頃に眠るのだが。今日は例外だった。昼の王都を少し歩いてみたのだよ」


「昼間に?お一人で?」


思わず聞き返してしまった。

太陽の下に出ることが苦手だと語っていた彼女が、あえてそんな時間に外に出たなんて。


「ふむ。眠気は酷いものだったが…気になることがあったからな」

軽口に見えましたが、その響きは妙に胸に残り、笑って流せるようなものではありませんでした。


「人々は穏やかに見えても、我々を避ける目が多かった。路地裏では“異邦の魔”の噂が囁かれていたよ」


その言葉に、胸の奥がひやりと冷えるのを感じます。

どこか冗談めかした調子でした。

ですが、そこに込められた響きは、軽く聞き流せるものではありませんでした。


「この街の空気には確かに“割れ目”がある。パトラ陛下の掲げる共存政策はこの国の顔だが、

それを内心では快く思わぬ者たちも、やはり存在するということだ」


「王宮の中でも…そう感じます。視線が、痛いくらいで」

まるで胸の奥にひっかかった棘のようなものが、

言葉にしてしまえば余計に疼き出す気がして、けれど黙っているにはあまりにも苦しかった。


ヴァネッサさんが私の方をちらりと見て、穏やかに呟きます。

「それはきっと、我々――というよりも、魔物娘に対する風当たりが芳しくないのだろう」


その声音には、どこか悟ったような静けさでした。

彼女がこれまで歩んできた年月と、数多の出会いと別れが、その一言に重なっているようで、私はそっと目を伏せました。


「言葉では平等を謳っていながら、心までは追いつかぬ――それが人というものだ」

彼女の声には、怒りというより、深い諦めに似た静けさがありました。


「…とても、悲しいことですね」

顔を上げると、目の前の月が、まるで私達を見守るように淡く輝いていました。


「それでも、私は信じたいのです。誰かが想いを伝え続ければ、いつかは心と心が通じ合えると」

言葉を紡ぎ終えたとき、ヴァネッサさんはちらりとこちらを見て、目を細めました。

その視線の奥にあったものが、否定ではなかったことに、私はほっと胸を撫で下ろしました。


「…昔の余なら、笑い飛ばしていたかもしれないな」

低く落ち着いたその声が、静けさの中に溶け込むように響く。

その表情には、ほんの少しだけ寂しさの色が浮かんでいるように思えました。


普段のあの自信に満ちた彼女からは想像できない、

柔らかくて脆い影――それが私の胸の奥を締めつけます。


「だが今は…カケルや、君達と旅をして、少しだけ信じてみたくなっている」

その声音に、かすかに震えが混じっていました。

それでも、彼女は迷いなくこちらを見つめ、静かに言葉を続けます。


「…エリシア。君の信じる心を、私も少しだけ預けてみよう」

その一言に、胸の奥がじんわりと温かくなりました。

この人は、変わろうとしている。

時間をかけてでも、過去の痛みを乗り越えようとしている。

その姿が、心から美しいと感じました。


「…はい」

想いが胸に溢れて、他の言葉が見つからなかった。

けれどそれでも、きっと伝わると信じていた。


風が、二人の間をそっと撫でて通り過ぎていく。

そして、月の光は静かに雲へと隠れていった。

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