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願いのかたち、風に舞う熱砂のように①

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。


パトラ

種族:人間

ファルナート王国を統べる王女。


ラシール

種族:人間

王女パトラに仕える宰相。

気がつけば、俺は闇の中に立っていた。

足元の感覚が曖昧で、息を吸うたび胸が締めつけられる。


赤いものが視界を横切り、視線を落とすと血に染まった両手があった。

それが自分のものではないと気づいた瞬間、声にならない悲鳴が漏れる。


「…殺したんだよ、お前が」


耳の奥で、誰かの声が囁く。

望んだだろう、“力”を。なら、代償は当然じゃないか――。

女の悲鳴が重なり、世界が赤に染まっていく。


(やめろ…俺は、そんなつもりじゃ――)


「なら証明してみせろ。“それでも人間でいられる”とな」


◇ ◇ ◇


「――っ!」

息を吐き出した瞬間、視界が戻る。

冷えた汗が背中を伝い、荒い呼吸が胸を突く。


石壁の部屋、薄い布の天井、外からは水の音。

そうだ――ここはファルナート王国の外れ、セフィラの泉の宿だ。


夢だとわかっても、指先はまだ震えていた。


「…カケル?」

穏やかな声がして、顔を上げるとリリアが起き上がっていた。


「悪い夢、見てたんでしょ?」

彼女は静かに布団を抜け、俺の隣に腰を下ろす。

指先が俺の手に触れ、微かな温もりが伝わった。


「…気にしないでくれ。すぐ忘れる」

「強がりね。不安なら話していいのよ」


そう言って、彼女は小さく笑った。

その笑顔が、血の記憶を少しずつ薄めていく気がした。


窓の外、夜明けの光が泉に反射して揺れている。

長い夜が終わりを告げようとしていた。


◇ ◇ ◇


朝日が砂の地平を照らす頃、俺たちは宿を後にした。

砂漠の風は乾ききっていて、歩くたび靴底が焼けそうになる。


遠くに見える砂色の城壁――ファルナート王国の王都。

飾り気のない城壁が陽を受けて鈍く輝いていた。


「…あれが王都か」

思わず漏れた声に、リリアが笑う。


「ふふ、やっとね。補給と休息くらいはできるといいけど」


「できれば、事件に巻き込まれないとな」


「もう、不吉なこと言わないの」


軽く小突かれたような気がして、俺は照れ隠しのように小さく息を吐いた。


門前には長い列。

砂にまみれた隊商、果物を売る女、警戒する兵士たち。

その喧騒の中で、俺達一行は目立っていた。


「…見られてるな」


「これだけ美人揃いの魔物娘連れて歩いてたら当然よ」

セレナが腕を組みながら小さく鼻を鳴らす。

けれど、その視線の中には好奇だけでなく、明確な警戒も混じっていた。


王都の門をくぐると、乾いた熱気の中に、涼やかな水音が広がった。

砂の国に咲くオアシス――その輝きが、一瞬だけ悪夢の残滓を遠ざけてくれた気がした。


王都の中心には、古くから湧き出る清らかな泉があり、その豊かな水源を囲むようにして町が形成されている。

広場の一角にあるオアシスには水を汲みに来た市民の姿があり、濡れた甕を頭に載せた女性達の笑い声が、砂上の空気を柔らかく染めている。


通りには色とりどりの布をかけた露店が並んでいる。

香辛料と果実の匂いが混じり、どこか異国の祭りのようだった。


「…思ったより、ずっと明るいな」


「でもよ、周りを見てみろよ。巡回兵がこっちをチラチラ見てるぜ?」

トーラがぼそっと言いながら、腰に手を当てて周囲を牽制するように立ち止まった。


「…私達、警戒されてるみたい」

エルザが眉をひそめ、どこか落ち着かない様子で一つ目をキョロキョロさせる。


市場の賑わいの中、装備を整えた巡回兵達の視線が確かにこちらを向いている──否、刺さっている。

物見遊山で歩く旅人を監視する目つきではない。明らかに、"何かを確かめている"視線だ。


「…あ?」


ふと前を見れば、通路を横切るようにして一人の兵士が立ちはだかる。


「ちっ…後ろもだ」

トーラの低い声が響いた。振り返ると、いつの間にか別の兵が背後に回り込んでいる。

その顔ぶれが、左右にも散らばっているのを確認し──俺達は、完全に囲まれていた。


周囲の喧騒が、すっと遠のいた気がした。

目立たないようにと気を遣っていたのに、逆に完全にマークされていたというのか。


不穏な空気が場を満たし始めた、その時だった。


「──どうかご安心を。あなた方に危害を加える意図はございません」


そんな空気を切り裂くように、ひときわ目立つ衣装の人物が前に出る。

艶やかな布をたっぷりとまとい、肩には金糸の刺繍が施されたマント。

日除けのように揺れる薄布のヴェールの奥には、涼しげな眼差しを携えた中年の女性。

その一歩ごとに、兵士達の姿勢がピンと正されていく。どうやら、只者ではない。


「無礼を詫びましょう。突然のことに驚かれたかと存じます」

落ち着いた声色。だけど、後ろに控える兵士達は依然として警戒を解いてくれない。


「…俺達に、何か用ですか?」

俺が一歩踏み出して問いかけると、女は微笑を浮かべて頷いた。


「ええ。あなた方には、是非とも我が女王と謁見していただきたいのです」

「女王と?私達、何も悪いことしてないわよ?」

セレナが訝しげに女へ詰め寄る。


「それは承知しております。ですが、いささか特別な事情がございまして」

その言葉がやけに引っかかった。何か知ってるくせに、わざとぼかしてる。そんな口ぶりだった。


「…何か裏がありそうだな」

ライアが俺の隣で腰の剣に手を添えて警戒心を強める。


「少なくとも、歓迎って雰囲気ではありませんね」

エリシアが静かに言葉を継ぐ。その声には微かな震えが混じっていた。


確かに、その通りだ。街は開けて見えたけれど──この視線、この包囲、そしてこの“招待”の仕方。

俺達はすでに、王の都で“何者か”として見なされている。

それが、何者としてなのかは…まだわからない。


「…わかりました。案内してもらえますか?」

女は軽く頭を下げ、静かに身を翻す。


「ではこちらへ。王宮へご案内いたします」


兵が道を開け、俺達はそれに従い、無言のまま歩き出す。

後ろには、まだあの重たい視線が──付きまとっていた。


◇ ◇ ◇


王宮の廊下は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

白い石の床に足音が反響し、壁には古い王たちの肖像が並ぶ。

その視線の一つひとつが、まるで来訪者を値踏みしているかのようだった。


中庭に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。

砂漠の国だというのに、ここには緑があった。

幾何学的に整備された庭園、噴水のせせらぎ、色とりどりの花々が咲き誇る花壇――そのどれもが手入れされ尽くしている。

まるで、外の喧騒が嘘のように静かだった。


「どうぞ…ここが玉座の間です」

低く抑えた声が響くと同時に、重厚な扉が開かれた。

眩しい光が差し込み、砂の国の王の威光を照らし出すようだった。


白と金を基調とした玉座の間――は、静寂に包まれていた。

高く伸びる円柱には精緻な文様が刻まれ、天窓から差し込む陽光が、舞う砂塵を柔らかく照らし出している。

風に揺れる薄絹の布が天井から垂れ下がり、どこか幻想的な空気さえ漂っていた。


正面奥、幾重もの段を登ったその上に――女王は、静かに座していた。


玉座に腰掛ける彼女は、透き通るような白と金の衣装に身を包み、額には煌めく宝石のティアラが輝いている。

その瞳は夜を宿したような黒――まっすぐにこちらを見据え、まるで心の奥を覗き込まれているような錯覚すら覚えた。


「ようこそ、異邦の旅人たち。私はファルナートの王、パトラ=アル=サフラン」

その声は透き通るように澄んでいたが、底に確かな威圧を宿していた。


隣に控えていた白衣の男が一歩前に出る。


「私は宰相ラシール。陛下の御意を代弁いたします」


歳は三十代後半、あるいは四十手前といったところだろうか。

切れ長の目はまるで人の心を見透かすかのような冷たさを含んでいる


「お招きに預かり光栄です。俺はカケル、旅の者です。こちらは――」

仲間を順に紹介すると、ラシールはあまり気にした様子を見せなかった。


「ふむ。黒き衣、黒き髪、黒き瞳――確かに、黒き者ですな」

ラシールは値踏みするように俺を見ている。

その視線は、まるで標本を見る学者のように冷たかった。


「…黒き者?」


「ええ、貴殿にはその名で、ある“嫌疑”がかけられているのです」


「…嫌疑、だって?」


俺はあえて声の調子を落とし、眉をひそめた。


「…実は、我が女王パトラ陛下は、未来を見通す力――“預言の目”をお持ちなのです」

俺の問いにラシールは表情を崩さぬまま、あくまで丁寧な口調で応じる。


「預言、ですって?」

ラシールの言葉に、セレナがわずかに目を細めた。

その声には、ただの疑念ではなく、過去に“力”と称されるものに翻弄された者だけが持つ、鋭い警戒が滲んでいた。


「陛下はこれまで、その力によって幾度となく王国を困難からお救いになられました」

語るラシールの口調は恭しく、しかし不思議と熱を感じない。

それがかえって、場の空気に微妙な温度差を生んでいた。


「そして近年――陛下は、我ら側近に新たなお告げをお授けになったのです」

ラシールは一歩、静かに前へ出て、まるで儀式の言葉でも語るように、言葉を紡いだ。


「“黒き者が、この国の運命を大きく変える”と」

その言葉が落ちた瞬間、場の空気がわずかに揺れたような気がした。


(黒き者――まさか、俺のことか?)

無言のまま、俺はラシールをじっと見据えた。


「ちょっと待ってください」

思わず語気が強まる。眉を寄せ、俺はラシールを正面から見据えた。


「“嫌疑”だの“黒き者”だの…俺が何か悪さをしに来たとでも?」


「左様。貴殿がこの国に災いをもたらす存在――“破滅の兆し”であると、私は見ております」

ラシールはうっすらと笑みを浮かべたが、その目は冷ややかだった。

その言葉は、まるで有罪が決まったかのように静かに、だが確実に響いた。


空気が一変する。

背後から緊張を含んだ気配が伝わってきた。誰かの小さな息づかいが、静寂の中に紛れて聞こえる。

俺は拳を握りしめた。言葉ではなく、ただの存在で、ここまで疑いをかけられるなんて――。


「それって…あんたの見解でしょ?女王の預言とやらをどう解釈するかは、あんたの勝手じゃないの」

鋭く切り込むようなセレナの声が響いた。

その言葉に、ラシールは眉一つ動かさない。


「破滅じゃなくて希望かもしれない。そうでしょ?女王陛下」

横からリリアの柔らかな声が響いた。

その声色には挑発でも反抗でもなく、ただ相手の本質を見極めるような澄んだ響きがあった。


「貴様…女王陛下の御前で、なんという無礼を!」

ラシールが声を荒げてリリアを睨みつける。

しかし彼女は眉一つ動かさず、余裕のある表情をしていた。


「よい、ラシール。そやつの言葉通りだ」

パトラが手を軽く掲げ、ラシールの言葉を制した。


「未来は…どう動くかで変えられる。故にそれを証明してみせよ」

パトラの黒曜石のような瞳が、まっすぐ俺を見据えてくる。


「でも、どうやって…」

俺の問いにパトラは玉座から立ち上がることなく、静かに言葉を紡いだ。


「この地には、古より伝わりし一つの秘宝が存在する。“願いのランプ”いかなる願いも、一度だけ叶えるとされる魔道の遺物だ」

彼女の声は、まるで遠い昔を語る吟遊詩人のようで、広間に柔らかく響いた。


「試練としてそれを持ち帰るのだ。そなたが“希望”か“破滅”か…見極めようではないか」


「陛下、それは――あまりに危険すぎます!もし彼らがそれを悪用すれば――」

ラシールがわずかに目を見開き、一歩前に出た。

語調はあくまで丁重だが、その奥には確かな焦りと警戒心が滲んでいた。


「ならば、そなたも同行するがよい。監として、見届けるがいい――この者が“何者”かをな」

パトラは表情ひとつ変えず、淡々と告げた。


女王の言葉に、ラシールはわずかに頭を垂れた。

だがその表情には、従順さよりも何かを思案する影があった。


「…陛下、一つ提案がございます」

その声音はあくまで礼を失せず、しかし冷ややかだった。


ラシールの提案は、一見すると理にかなったものだった。

曰く“願いのランプ”が眠るという古代の遺跡は、複雑な構造と多くの罠が仕掛けられた危険地帯。


大人数で踏み込めば、かえって全滅の恐れがある。

よって、陛下の御命に従う探索隊は少数精鋭に絞るべきだ、と。


さらに彼は、自国からも護衛として、ラシール本人と精鋭数名を選抜し同行させると伝えた。

――まるで当然のように、自らをその中に含めて。


パトラはしばし沈黙したのち、小さく頷いた。

「一理ある。ならば異邦の一行も三名までとするがよい。各々、誰を連れて行くかは任せよう」


◇ ◇ ◇


謁見を終えたあと、与えられた客間に戻ると、俺はしばらく無言のまま考え込んでいた。

王の命により、遺跡へ向かうのは三人まで。誰を連れて行くか――その決断は重かった。


最初に候補に上がったのはセレナだった。

冷静な判断と魔導の知識を備えた彼女は、

未知の仕掛けが待ち受ける遺跡の探索において欠かせない存在だと誰もが認めていた。


問題は、もう一人。

トーラとライアは即座に辞退した。


彼女達は罠や仕掛けを苦手としており、

むしろ戦闘要員として別行動のほうが適していた。


ヴァネッサは王宮に残ることを選んだ。

この国の政治的な不穏さを見抜き、万が一に備えて情報を探るというのが理由だった。

彼女の洞察と冷静さは、むしろ後方でこそ生きる。


そして、エリシアとエルザは口をそろえてリリアを推した。

俺をもっとも理解し、時に止め、時に支えられるのは彼女しかいないと。


リリアは短くため息をついたのち、静かに頷いた。

それが、すべてを受け入れる合図だった。

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