青き潮風の中で②
登場人物
カケル
種族:人間
主人公。異世界に召喚された青年
リリア
種族:サキュバス
魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。
セレナ
種族:メデューサ
アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。
ヴァネッサ
種族:ヴァンパイア
とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。
ライア
種族:リザードマン
流浪の剣士。エルザとは幼馴染。
エルザ
種族:サイクロプス
鍛冶職人。ライアとは幼馴染。
エリシア
種族:エルフ
精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。
トーラ
種族:ミノタウロス
ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。
やがて陽が傾き始め――
俺達は宿へと戻り、賑やかな夕食の席へと向かうことになるのだった。
宿の食堂は、浜風を感じる造りの開放的な空間だった。
白木の柱と藍色のカーテンが柔らかな海辺の雰囲気を演出していて、
窓の外には夕暮れの海が薄紅色に染まりつつあった。
テーブルの上には、港町ならではの新鮮な海の幸が所狭しと並んでいた。
焼き魚、貝のワイン蒸し、海老のグリル、タコと野菜のマリネ――
どれも香ばしい匂いが立ち上り、旅の疲れも忘れさせてくれる。
「ふぅー!この魚料理、最高だな!」
トーラが豪快に頬張り、満足げに声を上げる。
「港町の食はやっぱり格別だね。花の都とはまた違った趣がある」
ヴァネッサも優雅にナイフを動かしながら微笑む。
「…これは、貝柱は柔らかいけれど、芯まで熱が通り過ぎていないわ。悪くないわね」
セレナが細かな評価を呟き、隣でライアが苦笑を浮かべた。
「食べられるなら何でもいいだろ?ほら、カケルも食べないと冷めるぞ?」
「そうだな。…いただきます」
ふと横を見ると、エルザは静かにフォークとナイフを動かしていた。
淡々とした手つきで貝柱を口に運び、もぐもぐと噛みしめている。
大きな一つ目がほんのり細まり、嬉しそうに小さく頷いている様子が何とも微笑ましい。
「…おいしい」
それだけぽつりと呟くエルザの声は小さいが、満足感は十分に伝わってきた。
そんな和やかな空気の中――一人だけ、食の進みが鈍い者がいた。
エリシアだ。
料理にはほとんど手をつけず、フォークを指先でくるくる回しながら、何やら考え込んでいる様子だった。
視線は時折、ちらりと俺とリリアの方へ向けられている。
(……?)
その様子に気づいた俺は、隣からそっと声をかけた。
「エリシア、食欲ないのか? せっかくの料理なのに」
「あ、い、いえ!お料理は美味しいですよ?その…とても…」
エリシアは慌てて取り繕うように微笑んだが、明らかに落ち着かない。
そのまま数秒ほど迷うように口元に手を添えていたが――
やがて、思い切ったように顔を上げた。
「…カケルさん」
「ん?」
「カケルさんとリリアさんは――その、付き合っているんですか?」
――場が凍りついた。
「ぶっ!?」
トーラが飲んでいたスープを盛大に吹き出し、ヴァネッサは思わず口元を押さえてむせ込んだ。
ライアも僅かに肩を揺らし、セレナはフォークを取り落としそうになって慌てて押さえる。
エルザも手を止め、大きな一つ目をゆっくりと見開いたまま固まっていた。
「な、なにを急に聞き出すのよあんた…!」
セレナが小声で動揺を隠せずにいる。
「ちょ、ちょっとエリシア!?」
ライアも珍しく目を丸くしてエリシアを見つめる。
パニック寸前の食卓の中――
リリアはわずかに目を見開き、ほんの一瞬固まった。
けれど、すぐに微笑を浮かべる。しかしその笑みは、どこかぎこちなく見えた。
「そ、そんな…付き合っているだなんて…」
柔らかく否定しながらも、指先でそっと髪を弄る仕草には、明らかな動揺が滲んでいる。
俺も思わず口を半開きにしたまま、エリシアを見返していた。
不意を突かれたのは、間違いなく俺も同じだった。
食卓はしばらくざわめきに包まれ、
皆が互いに顔を見合わせたり、慌てて飲み物を口にしたり、落ち着かない空気が漂う。
「え、えっと…いや、まあ、だってなあ…」
トーラがしどろもどろになりながらスープの器を抱え直す。
「まったく…いきなり核心を突くとは、なかなか大胆だね」
ヴァネッサが咳き込みを抑えつつ、苦笑混じりにエリシアを見やる。
「お前…こういうのはもうちょっと…段階ってものがあるだろ」
ライアも呆れたように頭をかき、セレナは顔を赤らめたまま俯いている。
「…………」
エルザは依然として無言のまま、一つ目をくりくり動かしながら事の成り行きを見守っていた。
その中心で――エリシアはついに耐えきれなくなったように立ち上がると、
顔を真っ赤にしながら慌てて口を開いた。
「す、すみません!あの…そのっ…!」
両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、視線が定まらないまま早口で続ける。
「お、お昼に…あの、カケルさんがリリアさんの居場所をすぐに見つけられたじゃありませんか。
それで、もしかして…何か特別な関係なのかなって…気になってしまって…!」
最後の方は声がどんどん小さくなり、椅子の背もたれに縮こまるように座り直す。
まるで穴があったら入りたい、と言わんばかりだった。
皆も次第にざわめきを鎮め、エリシアへと視線を向けている。
気まずい沈黙がテーブルを包む中――
「……エリシア」
俺はようやく口を開いた。
「そういう関係…ってわけじゃないよ」
一拍、言葉を切ってから、少しだけ視線を落とす。
けれど、そのまま正直に続けた。
「でも…俺にとっては、大事な人だ。今も、これからも。――きっと、特別な存在なんだと思う」
静かな声だったが、はっきりとした思いを込めた。
言いながら、自分でも少し顔が熱くなっていくのを感じる。
「…………」
リリアは微かに目を見開いたまま俺を見つめ――やがて、優しく微笑んだ。
けれど、その頬はほんのり赤く染まっている。
「…ありがとう、カケル」
柔らかく、けれどどこか照れを隠すようなリリアの声。
そのやり取りに、他の皆が我慢できずに反応を爆発させた。
「お、おーい!十分だろそれはー!」
トーラが椅子をぎしっと鳴らしながら身を乗り出す。
「ふふ…いやはや、これは実に眼福だな」
ヴァネッサが扇子を軽く口元に当て、愉快そうに目を細める。
「まったく…そういうのはもっとこっそりやってくれ」
ライアは呆れつつもどこか楽しげに腕を組んだ。
そして――セレナは俯いたまま、そっとフォークの先をテーブルに転がしていた。
「…そ、そう。よかったじゃない」
口にした言葉は微笑ましさを装っていたが、声の端がわずかに揺れているのを俺は見逃さなかった。
セレナの視線は一度こちらをかすめると、すぐに逸らされる。
隣のエルザもまた、大きな一つ目を静かに伏せていた。
しばらく小さく唇を結んでいたが、やがてほんのわずかに囁くように呟いた。
「……そう、なんだ」
その声はどこか胸の奥に沈めるような、かすかな寂しさを孕んでいた。
けれど次の瞬間、いつもの淡々とした表情を取り戻し、そっと食器を整えていた。
そして――一番真っ赤になっていたのは、当のエリシアだった。
「うぅぅぅ……や、やっぱり聞かなければよかったですぅううう!」
テーブルに突っ伏して悶える彼女の姿に、つい皆の笑い声が食堂に響き渡っていった――。
◇ ◇ ◇
夜の帳が静かに港町を包み込んでいた。
窓の外では潮騒の音が優しく響き、遠くの灯台の明かりが瞬いている。
ベッドの上に横たわりながら、俺はなかなか寝付けずにいた。
――『俺にとっては、大事な人だ。今も、これからも。』
夕食の席で、自分が口にした言葉が何度も頭の中を反芻する。
(……俺は、リリアが好きなのか)
自問するたびに、胸の奥がざわつく。
彼女は美しく、優しく、そしてどこか儚げで――その全てが魅力的だった。
けれど、陽気でミステリアスな仮面の奥に、時折見せる憂いを帯びた表情が、どうにも俺の足を止めさせる。
(あの笑顔の奥に踏み込んでいいのか…俺には、まだ怖いのかもしれない)
考え続けていても答えは出ない。
静かにベッドから体を起こすと、俺はそっと部屋を抜け出した。
潮風の匂いが夜の空気を満たしている。
砂浜まで歩を進めると、足元を撫でる波が冷たく心地よかった。
打ち寄せる波音が、まるで遠い昔の子守唄のように静かに響く。
(……リリア)
砂浜を歩きながら、再び彼女の姿が頭に浮かぶ。
藍色の髪を海風に揺らしながら微笑むあの顔。
時におどけたようにからかい、時に寂しげに遠くを見つめる横顔――
あの表情一つひとつが、いつの間にか自分の胸の奥に積み重なっているのを、改めて実感していた。
(…やっぱり、俺は)
思考がその先に踏み込むのを、どこかで躊躇いながら歩みを進めていく。
その時だった――
かすかに、歌声のようなものが耳に届いた。
澄んだ高音。柔らかく、甘美で、どこか誘うような旋律。
まるで夜の海に溶け込むかのように、ゆらゆらと揺れていた。
(……?)
気づけば自然とその声の方へ足を向けていた。
その歌声が誘うたびに、胸の奥が妙に温かく、浮遊するような感覚に包まれていく。
まるで呼吸そのものが緩やかに緩んでいくように――
自分が自分でなくなっていくような、不思議な心地良さがあった。
やがて月明かりが照らす岩場が見え、一つの人影が浮かび上がる。
長い髪、優雅に揺れる尾鰭――そこにいたのは、歌を紡ぐマーメイドの姿だった。
「……」
思わず息を呑む。
その神秘的な姿と声に、抗えぬように一歩、また一歩と近づいていく。
胸の内に浮かぶ陶酔感。思考が霞み、ただ彼女の歌声に導かれていく。
「あら…人間の方が、こんな夜に珍しいわね」
マーメイドがこちらに気づき、わずかに驚いた表情を浮かべたが――すぐに柔らかな微笑みに変わった。
我に返った俺は、ハッとして頭を下げた。
「す、すまない。歌の邪魔をしたつもりはなかったんだ」
「ふふ、大丈夫よ。むしろ――嬉しいわ。せっかく出会えたんですもの」
そう言うと、マーメイドは再びゆったりと歌い始めた。
その旋律には、先ほどよりもさらに甘やかな色が滲んでいる。
白く細い指が、波間からすっと差し出され、俺を誘うように揺れる。
「――ねえ、こっちへいらして?」
再び胸の奥が浮き上がり、伸ばしかけた指先が自然と彼女の手へと向かっていく。
その瞬間、心のどこかが警鐘を鳴らしているのを感じた。
けれど、その柔らかな歌声と誘うような視線が、意識の奥底へとゆっくり沈めていく。
まるで抗えない温かな波に包まれているような――そんな奇妙な心地よさだった。
「……カケル?」
その声が、魔法を断ち切った。
振り返れば、不安そうに見つめるリリアの姿があった。
ゆったりと歩み寄りながら、そっと俺の手を引き止める。
「あら、お相手がいたのね……残念だわ」
マーメイドは微笑みを浮かべたまま、名残惜しそうに尾鰭を揺らす。
やがて静かに海へと身を沈め、波間に消えていった。
潮騒だけが残る静寂の中、リリアが俺の手をそっと握ったまま、柔らかく微笑む。
「……あまり女の子を泣かせないでね、カケル?」
その声音は、からかうようで、どこか切なさも滲ませていた。
「リリア……起こしちゃった?」
少し気後れしつつ声をかけると、リリアは静かに目を合わせ、穏やかな笑みを浮かべた。
「ううん。私も眠れなかっただけよ」
そのまま彼女は足元の波打ち際へと視線を向ける。
「……少し、歩きましょ?」
静かにそう言うと、裸足の足先を柔らかな砂に埋め、潮が触れるたびに指先がきらめいた。
俺も隣に並び、ゆったりとした歩調で寄り添うように歩き出す。
◇ ◇ ◇
二人の間に会話はなかった。
けれど、不思議と気まずさはなかった。
ただ波音と風の音だけが、静かな夜の空間を優しく満たしていた。
しばらく歩いた先で、彼女はふと立ち止まった。
月明かりが海面を銀色に染め、水平線の彼方まで光の帯が伸びている。
「……夜の海も綺麗ね」
静かな声だった。
その言葉に、俺は少しぎこちなく頷く。
「あ、ああ……そうだな」
再び短い沈黙が落ちる。
けれど、今度はどこか心地よい間だった。
「ねえ、カケル」
「ん?」
「…夕食のときの、あなたの言葉。あれ…嬉しかったわ」
柔らかいけれど、どこか照れを隠しきれない笑顔を見せる。
俺は思わず視線を逸らし、苦笑混じりに頭を掻く。
「…あれは、場の雰囲気に流されて出た言葉だからさ。ちょっと、勢いだったというか…」
「ふふ、そうだとしても――」
リリアは優しく、少しだけ寂しげにも見える微笑を浮かべて続ける。
「それでも、私は嬉しかったの」
潮風が吹き抜け、静かな波音が、二人きりの世界をゆったりと包み込んでいた。
リリアは俺の隣に立ちながら、しばらく海の彼方を眺めていた。
「…ねえ、カケル」
不意に呼びかけられ、俺はゆっくりと彼女の方へ顔を向ける。
「ん?」
リリアは胸元にそっと手を当てた。
柔らかな指先が、彼女がいつも身につけている小さな羽根のペンダントをそっと撫でる。
それは月光を受け、銀色に優しく輝いていた。
「これ…見たことあったかしら?」
静かに問いかける彼女の声は、どこか遠い記憶を辿るような響きがあった。
「羽根のペンダント…?ああ、いつも付けてるな。すごく似合ってるよ」
俺が答えると、リリアはほのかに微笑んだ。
けれど、その微笑みの奥に、ほんのわずかに揺れる影のようなものを感じ取った。
「これはね、私にとって、とても大切だった人から贈られたものなの」
その言葉の端に、僅かな翳りがにじむ。
海風がそっと吹き抜け、彼女の髪が夜の闇に揺らめいた。
「…だった、っていうと…」
思わず漏らした俺の問いに、リリアはそっと目を伏せ、ほんの一瞬だけ息を整えた。
「今はもう、会えない人よ。でも――」
言葉を紡ぎながら、リリアは月の光で照らされた水平線の向こうをじっと見つめた。
その横顔は儚げで、けれどどこか芯の強さを感じさせる。
「……その人は、私に生き方を教えてくれたの。自由に、幸せに――自分の翼で飛んでいいのだと」
静かに、けれど優しく語るその声は、波音に溶けて夜の闇に吸い込まれていく。
胸元の羽根が、まるで彼女の想いを映すように、静かに揺れていた。
俺は言葉を飲み込み、しばし何も言えずにいた。
リリアの過去の痛みと、それでも前を向こうとする想いが、柔らかな空気に滲んでいたからだ。
「……ごめんなさい、ちょっと湿っぽくなっちゃったわね」
リリアが自嘲気味に笑う。
その笑顔は普段の明るさを取り戻しているようで――けれど、ほんの僅かな寂しさが残っていた。
「いや……聞けてよかった」
素直にそう返すと、リリアは小さく首を傾けて微笑んだ。
「ありがとう、カケル。あなたには、どうしてだか……話せる気がしてしまうの」
その声にはほんのわずかな寂しさと、けれど確かな信頼が滲んでいた。
俺は月光に照らされる彼女の横顔を見つめながら――
胸の奥に、得体の知れない引っかかりを感じていた。
(だった、か……)
けれど、今はそれ以上言葉にせず、ただ静かに寄り添い続けた。
波の音だけが静かに流れる中、しばらく二人とも言葉を交わさずにいた。
やがて――俺はふと思い立ち、足元に転がっていた細い流木を拾い上げた。
何気ない仕草のようでいて、ずっと胸の中にあったことを、今なら話せそうな気がしていた。
「……なにを?」
リリアが小首を傾げ、俺の動きをじっと見つめる。
その瞳には、わずかな好奇心が揺れていた。
「ちょっとさ。俺も少し話してみようと思って」
そう言いながら、砂浜にしゃがみ込み、棒の先でゆっくりと文字を書き始める。
柔らかな砂の上に浮かび上がるその文字。
『翔』
リリアは描かれた文字をしばしじっと見つめ、首をかしげた。
「これは…なんて字?」
柔らかな声に、俺は少しだけ苦笑して答えた。
「俺の世界の言葉だよ。そして――俺の名前。カケルって読むんだ」
「カケル…」
リリアはゆっくりとその名を口にし、再び砂に描かれた文字を見つめる。
異世界の文字が並ぶ砂の上に、月光が柔らかく降り注いでいた。
「……それは、どんな意味なの?」
「ああ。空高く飛ぶ、羽ばたくって意味さ。
親が――自分の力で羽を広げて、自由に飛べる人間になってほしいって願いを込めてくれたんだ」
言葉にしながら、自然と視線がリリアへ向く。
リリアは静かに息を飲み、その表情がわずかに揺れた。
「……そう」
こぼれるように漏らした声は、どこか胸の奥を震わせるものがあった。
彼女はそっと胸元へ手を運び、ペンダントの羽根を指先で撫でる。
「このペンダントと同じね…」
言いながら、リリアは月光の下でわずかに目を伏せた。
夜の海に重なるように、彼女の影が淡く揺れていた。
――不思議な偶然。けれど、どこか必然にも思える重なり。
波音に紛れるように、俺は静かに口を開く。
「リリア」
「……なに?」
「君の過去に何があったかは…今はまだ聞かないよ。無理に話す必要はない」
夜風が潮の香りを運び、二人の間を静かに通り過ぎていく。
俺はそのまま、真っ直ぐに続けた。
「でもさ…少なくとも今は、俺がいる。大事なのは、これからどう生きるかだと思う。
もし、前に踏み出すのが怖いなら――俺が手を差し伸べるよ。君が、いつでも掴めるように」
その言葉に、リリアはわずかに瞳を揺らしたまま沈黙する。
柔らかな潮風が髪を揺らし、彼女の横顔を優しく撫でていく。
「……それって、告白?」
茶化すように囁いた声。けれど、その瞳の奥にはわずかな温もりと嬉しさが滲んでいた。
「い、いや…えっと、そういうわけじゃ…!」
思わず慌てて口を詰まらせる俺を見て、リリアは小さく笑い声を漏らす。
「ふふっ、冗談よ」
冷やかすように言いながらも、その声色はどこか柔らかかった。
二人の間に再び訪れた静けさは、先ほどよりも少しだけ心地よいものに変わっていた。
こうして――夜が静かに過ぎていった。