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青き潮風の中で①

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

――潮の香りと、陽光のきらめきが出迎える港町カリュナ。

真っ青な空には雲ひとつなく、遥か遠くの水平線まで見渡せる。

海風は肌を優しく撫で、旅の疲れを吹き飛ばすように涼やかに吹き抜けていく。

背後には波が寄せては返す音が途切れることなく響き、どこか懐かしく、胸の奥をくすぐった。


白い石畳が続くメインストリートの両脇には、色とりどりの布で飾られた露店が立ち並び、

貝殻細工のアクセサリーやサンゴで作られた土産物、甘く香る焼き果実などが観光客の目を引いている。

海の幸をふんだんに使った軽食をその場で焼いている屋台からは香ばしい匂いが立ち上り、

通りを歩く人々の足を次々と止めていた。


赤や青の瓦で彩られた家々の屋根が、光を受けてきらきらと輝き、

通りには夏服を身にまとった旅人や、泳ぎ終えたばかりの魔物娘たちが笑顔で語らう姿も見られる。

中には濡れた髪をタオルで拭きながら、珊瑚のペンダントを選ぶ魔物娘の姿もあり、

まさにこの町が“海と共に生きる”場所であることを物語っていた。


町を見下ろす高台には、白亜の灯台が空に向かって伸びており、

その姿はまるでこの町を見守る守護者のようにも見えた。


「…海の町って感じがしていいな~」

思わず口をついて出たその言葉に、自分でも驚く。

旅を重ねてきた中で、これほど開放的で眩しい空気に満ちた場所は、初めてかもしれない。


潮の香りが鼻腔をくすぐり、海風が前髪をそっと揺らす。

遠くでカモメが鳴いている。

喧騒とは違う、心地よい活気。

港町というより“リゾート”という言葉の方がしっくりくる。

砂浜から跳ね返る光と、石畳に射す陽のぬくもりが、心の奥までじんわりと沁みていくようだった。


仲間達の歓声が背後で響く。

「わあっ、見て見て! あの貝細工、すっごく綺麗!」

「おいしそー!ちょっとだけ、ちょっとだけだって!」


振り返ると、皆が陽光の中を駆け出していた。

風になびく髪、跳ねる足音、好奇心に任せた笑顔。


「おい皆!宿見つけるのが先だろ!」

声を張ったが、誰も振り返らない。

叫ぶ自分が、むしろ観光地に取り残された保護者のようで、思わず苦笑が漏れた。

だが――こんな空気も、嫌いじゃない。


ふと隣を見ると、エリシアだけがその場に残っていた。

彼女は少しだけ遠慮がちに、けれどどこか嬉しそうな眼差しで、俺を見上げていた。


「皆さん、すっかり浮かれてますわね。でも…わからなくもありません。こんな場所、初めてですもの」

その声には、戸惑いとときめきが混ざっていた。

普段は優雅で理知的な彼女の中に、少女っぽさががふと垣間見える。


「で…どうする? 宿、探すか」

声をかけると、エリシアは小さく瞬きをしてから、ぱっと表情を綻ばせた。


「ええ、二人でしっかりした宿を見つけておけば、皆様も安心できますしね。

…私、案外こういうの、得意なんですよ?」


得意げに胸を張る姿がなんとも可愛らしく、思わず吹き出しそうになる。

…が、その言葉にふと疑念が浮かぶ。


「…そういえば、森の外って初めてじゃなかったっけ?」


「そ、そんなことありません!方向感覚には自信が…ありますからっ」

急に視線を逸らす仕草。自信満々な言葉とは裏腹に、その声はどこか心許ない。

俺は一抹の不安を覚えたが――それでも、その背を押すように笑ってみせる。


「…ま、いっか。迷っても怒らないからさ」

「ま、迷いませんよ!…たぶんですけど」


語尾が小さくなるたびに、不安も比例して増していく。

だが、こうして誰かと見知らぬ街を歩くのも、悪くないと思った。


潮の匂いと騒がしい人々の声に包まれながら、

俺達はゆっくりと宿探しの冒険に出るのだった。


◇ ◇ ◇


港町カリュナの陽射しは眩しく、雲ひとつない空にはまだ夕陽の気配すらない。

昼下がりの柔らかな光が白壁の家々を照らし、どこか異国めいた通りに、

波の音と町人の笑い声が風とともに運ばれてくる。


「…こっちですわね、きっと」

少しばかり頼りなげな声をあげたエリシアは、ひらひらとスカートを揺らしながら角を曲がる。

だがその先に広がっていたのは――


「おいおい、ここ…さっきも見たような気がするんだが」

俺が眉をひそめると、隣を歩くエリシアの肩がぴくりと反応した。


「き、きっと同じような建物なんですよ!この町、建築様式に統一感があるみたいですし!」

声の調子が妙に高く、早口になっている。

彼女の言う通り、この町の建物は白壁と青い屋根を基調にした洒落たデザインが多く、

観光客向けに作られた宿や商店はどこもよく似た外観をしていた。

だがそれにしたって――。


「お前、本当は方向音痴なんじゃないか?」

軽く突っ込むと、エリシアはぷいと顔を背けた。

その仕草はどこか子供っぽくて、けれど耳がほんのり赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。


「そ、そんなわけ…ありませんわ」

わざとらしく視線をそらし、やや早足で前を行こうとするエリシア。

俺は内心で苦笑しながら、ゆっくりと歩を緩めた。


「やれやれ…こういうのは、町の人に聞いたほうが早いよ」

「す、すみません…」

俯き加減に呟く声は、さっきまでの張りつめた調子と打って変わって、どこかしょんぼりとしていた。

彼女なりに頑張ってくれていたのは分かっている。

俺は少し口調を和らげ、笑って声をかける。


「いいよ、怒ってないからさ。むしろ、ちょっと面白かったしな」

その言葉に、エリシアはちらりと横目でこちらを見上げ、ふくれっ面を見せる。

けれど、その唇の端はわずかに緩んでいた。


「…からかってませんか?」

「まさか」

俺がにやりと笑ってみせると、彼女は一度むっとした顔をしてから、ふっと小さく笑った。

それから、ちょうど近くにいた屋台の青年に声をかける。

焼きたての貝を並べていたその青年は、ひと目で旅人と見て取れた俺達に気さくに応じてくれた。


「すみません、この辺りでおすすめの宿ってありますか?」

「ああ、それなら“白砂の灯”がいいっスよ。

ちょっと歩くけど、浜辺に建ってて眺めもいいし、夕暮れ時なんか最高です」

青年は焼き貝を返しながら、手を止めることなく通りの奥を指差した。

その笑顔には旅慣れた人々への慣れがにじんでいる。


「ありがとう。助かったよ」

軽く会釈して、俺達は再び歩き出す。

ようやく一息つけそうな気配に、エリシアも安堵したように小さく息を吐いていた。


◇ ◇ ◇


屋台の青年の言葉に従い、俺達は通りを抜け、海風が強くなる方へと歩を進めた。

やがて視界の先に現れたのは、白木の外壁と藍色の屋根が特徴的な宿だった。

建物自体はこぢんまりとしているが、正面には手入れの行き届いた花壇があり、

海の方へとせり出したように設けられたテラスが印象的だった。


玄関をくぐると、ほのかに潮の香りと木の温もりが混じった空気が迎えてくれる。

受付の老夫婦はどこか懐かしい笑みを浮かべていて、俺達が名を告げると手早く部屋を案内してくれた。

部屋の扉を開けた瞬間、ふわりと潮風が吹き込んだ。


「…すごいですわね」

エリシアが小さく息を漏らす。

彼女は窓辺へと歩み寄り、開け放たれたガラス戸から身を乗り出すようにして外を眺めた。


彼女の隣に立ち、俺も同じように外の景色を見渡す。

眼下には白砂の浜が広がり、穏やかな波が静かに打ち寄せていた。

海面には陽光がきらきらと反射していて、空と海の境界が霞むほど。

時折吹き抜ける風が、カーテンをやさしく揺らしていた。


「…いい眺めだな」

俺が呟くと、エリシアはうなずいて微笑んだ。

彼女の横顔はどこか物憂げで、それでも満ち足りたような表情をしていた。

しばらく、何も言わずに並んで海を見ていた。

時間の感覚が薄れていくような、静かなひとときだった。


しかし――

胸の奥に、小さな違和感が灯る。


(……何か、忘れてる気がする。なんだったっけ)

目の前の景色はあまりにも心地よく、つい、すべてを忘れてしまいそうになる。

――が、その瞬間、脳裏に浮かんだのは仲間達の顔だった。


「…あ」


俺は小さく声を漏らすと、はっとしてエリシアのに顔を向けた。


「皆を探さないと。ここにいるの、俺達だけじゃないんだったな」

「そ、そうですわね!は、早く合流しませんと!」

エリシアは慌ててこちらを振り返ると、スカートの裾を翻し、そのまま部屋を飛び出しかける。

俺も急いで後を追い、扉を閉める直前にもう一度だけ、窓の向こうに広がる白い砂浜をちらりと振り返った。

海はまだ静かに、何事もないかのように波を打っていた。


◇ ◇ ◇


白壁の家々が並ぶ路地には潮の香りが漂い、遠くではカモメの鳴き声が重なる。

昼下がりの柔らかな日差しが、異国の街並みに心地よく降り注いでいた。


「皆さん、どちらに行かれたのでしょう…」

エリシアが不安げに辺りを見渡し、スカートの裾を揺らしながら俺の隣を歩く。

この町は初めての場所だが、彼女なりに懸命に周囲を気にしているのが伝わってきた。


「うーん…こっちかな?」

「カケルさん?心当たりがあるのですか?」

首をかしげるエリシアに軽く笑い返しながら、俺はふと港の先端へと視線を向けた。

堤防の上、海に向かって伸びる石造りの道。その先に、柔らかく風に揺れる長い髪が見えた。


「……いた」

思わず口にしていた。

視線の先、堤防の先端に立つひときわ細身の後ろ姿――やはりリリアだった。

海へ向かって静かに佇むその姿は、どこか浮世離れして見えた。

静かな波音の中で、彼女の長い髪が潮風に揺れ、まるで海と一体になっているようにさえ思える。


心の奥に、ほっとするような、それでいて胸の内を優しく撫でられるような感覚が広がっていく。

探していたのは、きっとこの景色だったのだ――そんな確信めいた思いが、静かに湧き上がっていた。

俺は自然と歩を速め、エリシアも慌てて後を追ってくる。


「リリア、探したよ」

俺が声をかけると、リリアはゆっくりと振り返った。

陽光を背にしたその微笑みが、柔らかく輝いて見えた。


「カケル…ああ、もう宿はもう見つけたのね?」

「うん、エリシアが頑張ってくれたよ。ちょっと迷いながらね」

俺がからかうように肩を竦めると、エリシアはぷいと顔をそむけ、頬をわずかに膨らませた。


「も、もう!カケルさん意地悪ですよ!」

拗ねた仕草の奥に、隠しきれない照れが滲んでいる。

ふと耳元を見ると、赤く染まったその色が風に揺れる髪の隙間から覗いていた。


そんな微笑ましい様子に、リリアはふっと柔らかく目を細めた。

肩を小さく揺らしながら、まるで母親が子供を眺めるような優しい表情を浮かべる。

その笑みは、潮風に揺れる長い髪と相まって、どこか包み込むような温かさを感じさせた。


「ふふっ…ありがとう。でもよくここがわかったわね」

「まぁ、なんとなくな」

俺は軽く笑い、視線を泳がせてごまかして見せたが、心の中では確信に近いものが密かにあった。

――たぶん、こうして海を眺めているリリアの姿が、自然と想像できたからだろう。

この町のどこかで、きっと彼女は静かにこうして立っている。そんな予感が、不思議とあったのだ。


風がそっと吹き抜ける。

互いに言葉もなく、ほんの短い間だけ視線が交わった。

その沈黙は気まずさではなく、妙に心地よいものだった。


「…さて、他の皆も探すか!」

先に口を開くと、エリシアが勢いよく頷く。


「…ええ、そうですね!」

その後、町の広場に向かうとライア、エルザ、トーラを見つけ、

さらに港の市場近くでヴァネッサとセレナとも無事に合流できた。

皆それぞれ思い思いに散策を楽しんでいたようで、合流は思いのほかすんなりと進んだ。

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