表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

その正は誰がために④

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。


クリス

種族:人間

魔物娘反対派の教会の騎士団に所属する聖騎士。聖剣の使い手。

ヴァルハールの町外れ。

小高い丘を越えた先に広がる平地は、草が朝露を含んでしっとりと濡れていた。

祭りの喧騒も届かない静けさの中、吹き抜ける風が草原を撫でていく。


太陽はまだ低く、長く伸びた影が地を這っていた。

俺とクリスは、互いに距離を取って向かい合う。

朝陽が二人の輪郭を黄金に縁取っていた。


鎧を纏ったクリスの姿は、まるで神話から抜け出した騎士そのものだった。

まるで一点の曇りもないようにまっすぐ俺を見ている。

あの眼に迷いはなかった。これは腕試しではなく――真実を見極める者の眼差しだった。


「…始める前に、そんな装備で問題ないのかい?」

先に声を発したのはクリスだった。

問いかける口調に棘はなく、どこかに純粋な疑念と気遣いすら感じられた。


確かに俺の恰好は元の世界から来た時のままの軽装だ。

しかし、俺は少しだけ視線を逸らして、小さく笑う。


「人の心配をするくらい余裕なんだな」

そう言って、草を踏む足を軽くずらす。

クリスはわずかに目を細め、静かに頷いた。


「すまない。…君が大丈夫なら、それでいい」

その声音は、まるで波風立てぬ水面のように静かだった。

だが、底に沈む意志の重さは、ひと目でわかるほどに揺るぎなかった。


「ふたりとも、準備はいいかい?」

空気を切るように、トーラの声が響いた。

俺達の中央より少し外れた位置に立った彼女は、腕を組み、どこか楽しげな目をしていた。


「ルールは…そうだな。命まで取るなよ。やりすぎんなら止めるからな?」

口調こそ軽いが、その眼差しは鋭く、俺達の動きを一瞬たりとも見逃していなかった。


石に腰掛けていたヴァネッサが、ため息まじりに脚を組み直す。

細い指先で頬を支え、退屈そうな目でこちらを見たあと、ふわりと笑みを浮かべる。


「せっかくの睡眠が…まぁよい。余を楽しませるのだぞ?」

声には冗談めいた響きがあったが、その奥にある本心は見えなかった。

ヴァネッサの紅い瞳は、戦いの行方よりも、俺達の“在り方”そのものを見ていた。


風が止まった。

トーラが、手を高く掲げる。


そして。


「始めッ!」

言葉と同時に、俺は消えた。

一歩も踏み出さず、草を揺らすことなく、身体は霧のように解けて空間をすり抜ける。

狙うはクリスの背後。闇の剣を構え、振り下ろす。


ギィン!!


その刹那、クリスの聖剣が振り向きざまにその軌道を正確に打ち砕いた。

鍔迫り合いになった俺達の間に、静寂が走る。


(…見えてた!?転移先を――!?)

驚愕に目を見開く俺に対し、クリスの眼差しは冷静そのものだった。


「闇の力は痕跡を残す。君の刃が振り下ろされるより早く、僕の剣はそこに届く」

その言葉の直後、俺の剣が押し返される。

力負けだ――握っていた剣が軋み、はじかれ、体勢が崩れる。


「……!」

胴ががら空きになった。即座に、袈裟に振るわれる聖剣。

咄嗟にバックステップで退いたが、完全には間に合わず、肩口から脇腹にかけて浅く斬り裂かれた。


「ぐっ……!」

鋭い痛みと共に、鮮血が飛ぶ。俺は表情を歪めながらも、再生を期待して動きを止めない。

すぐに治るはず、だった。


(…え?…なんで、治らない…?)

斬られた箇所は、まるで時間が止まったように、傷口を開いたまま血を流していた。

じわじわと血が滲み、皮膚はひとつも塞がる気配を見せない。


(馬鹿な…っ。今までなら、こんなの一瞬で――)

自分の体が、自分の力が反応しない。

焦りが、喉を締め付ける。


(まさか…あの剣――俺の再生を、封じてる…!?)

背筋が粟立つ。

心臓の鼓動が急激に早まり、呼吸が浅くなる。

斬られたままの身体を抱えながら、なおも詰め寄ってくるクリスの足音が、死の足音に重なって聞こえた。


「僕の剣は、秩序を守る剣だ。もし君が、それを脅かす存在であるなら――ここで、斬る」

最初から、迷いはなかった。それが彼の“覚悟”だった。


「…確かめてみろよ。俺が何者なのか、その剣でな!」

今度は空中へ転移し、上からの一撃を狙う。


「せいっ!」

闇の剣を構えて振り下ろす。だが――


「甘い!」

クリスの聖剣がそれを受け止め、そのまま押し返す。

空中で体勢を崩した俺は慌てて転移で距離をとる。


「…チッ!出てこいッ!」

地を這う闇の陣から、異形の魔獣が出現する。

巨大な牙、うねる尻尾、禍々しい気配――メレティスとの戦いで得た闇の力、あの召喚だ。


「行けっ!」

合図と共に、魔獣が地を蹴る。

魔獣は牙を剥き、四肢で草原を抉りながら、クリスへと猛進していく。


だが、クリスは微動だにせず、その場に立ち尽くしていた。

彼はゆっくりと目を閉じると、静かに聖剣を掲げた。

その動作に、一片の躊躇もない。


「…聖なる裁き、穿て!」

次の瞬間、剣の先端から閃光が走る。

まばゆい一条の光――直線状に放たれた光のビームが、闇の魔獣を直撃する。


爆ぜる影。砕け散る闇。魔獣は一瞬で掻き消えた。


(…嘘だろ!?)

その光線の軌道上にいた俺は、咄嗟に闇の剣を構えて防ごうとするが――


「……ッ!」

握っていた剣が、光に軋み、裂ける。

形を保てない!壊される!


すんでのところで転移。

霧となってその場を抜け、地を這うようにして再出現した俺は、肩で息をしながら、地に片膝をついた。


(くそっ…なんだよ…魔獣があっさり…)

呼吸が乱れ、鼓動はうるさいほどに高鳴り、血が熱を持って皮膚の下を逆流しているかのようだった。


あの聖剣――力そのものが、格が違う。

否、持っている“覚悟”が違うのだ。それに、勝てる気がしない。

足が震える。心臓の奥にある何かが、静かに警鐘を鳴らしていた。


(…だけどここで倒れたら、全部…意味がなくなる)


傷はまだ癒えない。だが、震える膝を踏みしめ、ゆっくりと立ち上がり闇の剣を再び握る。


「…諦めるのが、早すぎるんじゃないか?」

声に出したその言葉は、自分自身への叱咤だった。

肩を落としそうになる心を、再び奮い立たせるように。


目の前に立つクリスは、変わらず静かだった。

聖剣を下ろしているが、構えを解いてはいない。


「君はまだ立つか。ならば、こちらも応えよう」

その声音は、相手への敬意すら感じさせる。だが同時に、容赦はない。


「今度こそ、覚悟を見せてみろ。君の剣が“何のために”あるのかを」

その言葉が胸に突き刺さった。静かな口調だったのに、俺の鼓動だけがやけにうるさく響いていた。


(…何のために?そんなの決まってる!…見せてやるよ、俺の覚悟を!)


俺は地を蹴った。転移は使わない。あえて真正面から突っ込む。

握っていた闇の剣を、走りながら投げつけた。


「…これでどうだっ!」

空を裂いて飛んだ刃に、クリスが即座に反応する。


「っ――!」

聖剣が一閃し、俺の剣が弾かれて砕けた。その瞬間、彼の構えに一瞬の隙が生まれる。


(今しかない!)

全力で踏み込み、距離を詰める。クリスの眼前、腕が届く場所へ――


「おらああッ!!」

全身の力を込めて拳を振り抜いた。闇の力が拳を包む。

だけど、これは殺すためじゃない。俺の意志と覚悟を叩き込む一撃。


拳が、クリスの胸に叩き込まれる。

鈍い衝撃が返ってきた。硬い。重い。それでも、届いた。クリスの身体が、わずかに後退する。

空気が止まったような静けさの中、俺は息を整えながら、睨むように彼を見据えた。


拳が食い込んだ衝撃が、まだ掌に残っていた。

確かに届いた。あの鉄壁みたいなやつに、俺の拳が。


けど、クリスは倒れなかった。

鎧の胸元がわずかに歪んでいる。それだけ。

一歩下がっただけで、彼は何事もなかったように再び構えを取っていた。


(…簡単には倒れねぇか)


俺も息を吐きながら、闇の剣を再び生み出す。

互いに構え直し、距離が詰まっていく。


「やれやれ、もう十分だろう?」

ヴァネッサが立ち上がり、ゆっくりと、優雅にこちらへ歩いてくる。

細い指先で髪をかき上げ、紅い瞳をわずかに細めながら、戦場の只中を真っすぐ進んでくる。


「これ以上続けても、見るべきものは残っていないよ。余は、十分楽しませてもらった」

笑っていた。でも、その眼差しにはどこか鋭さがあった。

その声に被さるように、もう一つの叫びが空気を裂いた。


「そこまでだ!止めろ!」

トーラの声だ。彼女は地を蹴って、俺達の間に割って入ってきた。

腕を大きく広げて、クリスの前に立ちはだかるように。


「ルールは“試し合い”だろ?」

豪快で雑な口調の彼女の声は、真剣だった。

俺達の間に、火花のような緊張が漂っている。


「…十分すぎるくらい見せてもらったよ、君の覚悟をね」

クリスの声が、すっと風のように届く。

聖剣を構えたまま、静かにそう言った彼の目に、確かにあったのは――認めるような、そんな色だった。


だけど俺は…


「…俺はまだ!」

息が荒くて、肩が上下して、でもまだ戦いたかった。


(ころせ……、たたかえ……)


頭の奥に、声が響いた。

ぞくりと、背筋が凍るような感覚。

違う。俺の声じゃない。俺の思考じゃない。

なのに、はっきりと、耳元で囁かれたような気がした。


「…っ…くそ、なんだよ…!」

頭が割れるような痛みが襲った。

気づけば、俺は頭を押さえてしゃがみ込んでいた。


「カケル?どうかしたのか?」

すぐ近くで、ヴァネッサの声がした。

その場に歩み寄ってきて、俺の顔を覗き込もうとするが、俺は必死にかぶりを振った。


「…大丈夫だ」

声が、少しだけ震えた。でも、言うしかなかった。

言わなければ、今の声が“現実”になりそうで怖かった。


(…これは、いったい…なんなんだ)

胸の奥に、うっすらと黒い靄のような何かが残っていた。


ヴァネッサとトーラに制止され、謎の声もようやく頭から消えた頃。

俺は、ふらつく足を踏みしめて、ゆっくり顔を上げた。


目の前には、まだ構えを解いていないクリスがいた。

けど斬りかかってくる気配はない。

やがて彼は剣を静かに下ろし、鞘に納めると、真っ直ぐこちらを見て言った。


「君の力は、危うい。制御を誤れば容易に脅威となる」

静かな声だった。でもその奥には、剣より鋭い眼差しがあった。


「けれど、さっきの一撃。あれには、君自身の意志が宿っていた。だからこそ剣を引いた」

息を呑んだ。その言葉は、ただの評価じゃない。

“認めた”という意志を、確かに感じた。


「…あんたは、最初から俺を斬るつもりだったのか?」

そう問いかけると、クリスは短く目を閉じてから、ほんのわずかに口元を緩めた。


「それは自分で選べ、ということだよ。秩序を守る者は、常にその判断を問われる」

そして、踵を返しながら、最後に一言だけ背中越しに投げてくる。


「願わくば、もう刃を交えずにすむことを」


俺は答えの出ない思いを押し込めるように、そっと拳を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ