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はじまりの羽音②

突如、目の前がまばゆい光で包まれて、何も見えなくなった。

あれがいつ、どこで起きたことだったのか……今ではもう曖昧だけど、確か一人で外を歩いていた時だったと思う。


身体がふわっと浮いたかと思えば、耳の奥で嫌な音が響き始める。

金属をこすり合わせたような、頭の中を引っかく不協和音―。

次に気がついたときには、足元が冷たい石の床に着いていた。


ゆっくりと視界が戻ってくる。見えたのは、金色の装飾が施された巨大な柱と、深紅の絨毯が敷き詰められた広間。

窓の外では黒い雲が空を覆い、雷のような音が時折遠くで鳴り響いていた。


そして、広間の中心に立っているのは――二人の女性。

角、翼、尻尾……人間じゃないのはすぐにわかった。でも、どこか艶やかで現実離れした美しさを放っていて、息を呑む。

心臓がドクンと跳ねた。怖いというより、戸惑いと、言葉にできない不思議な引力を感じていた。


「これはまさか、今流行りの異世界召喚……?いや、もう古いか」


つい口に出たのは、混乱を誤魔化すための冗談だった。

頭ではわかっていても、目の前の光景が現実だなんて、簡単には思えない。

……いや、思いたくなかったのかもしれない。


「見るがいい!召喚は成功だ!」


堂々と玉座に座った女性が、高らかに宣言する。


「人間?」


もう一人の女性がこちらに歩み寄りながら、興味深そうに俺を見つめてくる。

二人とも、ボンテージ風の衣装にブーツを合わせていて、その姿はかなり際どい。

逆に、俺の黒シャツとスーツ姿がやけに浮いて見える。


「ふぅむ、しかし召喚されたのがただの人間とはな。魔法陣の設計が適当すぎたか」


「なんか一方的に残念がられてるの、ちょっと心外なんですけど」


「ねぇ、あなた。どこから来たの?」


ぐっと距離を詰めてきた女性――人ならぬ美しさを持ちながらも、彼女の瞳はどこか無垢で、まっすぐだった。


……けれど、その一瞬。

彼女の奥底に、夜のような深く静かな孤独が宿っている気がした。

すぐに笑顔に戻ったけど、その切り替えがどこか不自然で、逆に胸がざわつく。


「どこって……多分、この世界とは別の世界、かな」


「なるほど、やはり召喚自体は成功しているな! 人間よ、ようこそこの世界へ、そしてこの魔王城へ!」


青白い肌をした女性が、少し芝居がかった大きなジェスチャーで語りかけてくる。


「魔王城? ってことは、あなたたち……魔物?」


「その呼び方は古いな。今は“魔物娘”と呼ぶのが正しい」


「そんなに違うもんなの?」


「大違いだ。ま、我々二人はサキュバスだから、見た目はあんまり変わらないけどな」


サキュバス。男を誘惑する魔族――ファンタジーではよく見る存在。

……うん、服装に納得。


「私はリリア。そして、そちらにいらっしゃるのが魔王アビス様よ」


「ま、魔王!?」


異世界転生って、人間側に勇者として召喚されるのが定番じゃなかったか?

混乱する俺の頭が追いつかない。


「して、人間よ。名はなんという?」


「え?あ、俺はカケル。……漢字で書くとちょっと説明しづらいけど」


「カケルか。よい名だ。我々はお主を歓迎しよう」


「……そ、それはどうも。で、なんで俺、召喚されたんですか?」


魔王に呼ばれたってことは、何か役割があるのかと思えば――


「退屈だったからだ。暇つぶしだよ」


え。

あまりにも雑な理由に、思考が停止した。


「……うそでしょ? もっとこう、運命的な使命とかあるのかと思ったのに」


「ない」


「ないのかよ……」


あまりにも即答だった。


「じゃあ、さっさと元の世界に返してくれませんか?」


「それはできん」


「えぇ?」


「古文書には“召喚する方法”しか書いてなかったのだ」


「確かに“帰還の方法”は載っていませんね」


リリアがどこからか取り出した古文書をペラペラとめくっているが、ちゃんと読んでるのか怪しいほど早い。


「いやいやいや、ちょっと待って!?どうすりゃいいんだよ、こんなの……!」


声が少し上ずってしまった。理不尽すぎる。


「まぁまぁ、細かいことは気にするな。せっかくこの世界に来たのだ、大いに楽しむがよい」


「そんな呑気に言われてもっ!」


「いいじゃないの。住めば都って言うでしょう?」


「……もう、なんかいろいろどうでもよくなってきた……」


この二人のマイペースさに、思わずため息がこぼれた。


◇ ◇ ◇


「さて、これからどうしたもんかな~」


与えられた個室のベッドにぼすんと身を投げ出して、俺は天井を見ながらぼそっと呟いた。


アビス様からは「自由に過ごせ」って言われたけど。

正直そんな漠然とした言葉を投げられても、何をしたらいいのかさっぱりわからない。

ただ、このまま城に居続けたって、何も変わらないのは確かだ。


「……自分で元の世界に戻る方法を探してみるしかないか」


自分に言い聞かせるように口にする。

目を閉じると、浮かんでくるのはあの世界の景色。

家族や友達、変わらない日常の風景。


……もしかすると、俺がいないことに気づいてないかもしれない。

でも、それでもいい。帰らなきゃ。理由はそれだけで十分だった。


目を開けると同時に、俺はベッドから勢いよく起き上がった。

アビス様はあてにならないし、自分のことは自分でなんとかするしかない。


「このままここに居ても、腐るだけだしな」


◇ ◇ ◇


「俺、この世界を旅しようと思います」


玉座の間に戻って、アビス様にストレートに伝える。

すると彼女は、ニヤッと口角を上げて俺を見下ろしてきた。


「ほう、なかなか行動力があるではないか」


「……正直、不安です。右も左も分からない異世界を一人で旅するなんて。でも――何もしないでいる方が、もっと怖いんです」


「ふむ…よかろう。我は止めはせぬ。好きにするがよい」


その声は、どこか厳かなのに、ほんの少しだけ優しさが混じっているようにも聞こえた。


「ありがとうございます。じゃあ、早速――」


「まぁ、そう急くな。……リリアはいるか?」


「ここにおりますわ」


声のした方を見れば、いつの間にかリリアさんが現れていて、俺と目が合うとウィンクを一つ。

すぐにアビス様へと視線を向けた。


「この人間は旅に出たいのだそうだ。リリア、こやつの面倒を見てやれ」


「……命令なら、逆らえませんね」


その声は穏やかだけど、瞳の奥には測るような鋭さが一瞬だけ光った。

本当に命令だからなのか、それとも――


「えっ、無理に付き合わせるのは……俺、ひとりでも――」


慌てて両手を振って遠慮するけれど、


「構わん。退屈しのぎに召喚したとはいえ、どこかで勝手に死なれては目覚めが悪い」


魔王って、もっとこう……冷たくて恐ろしい存在じゃなかったっけ?

それとも、この人が特別なのか。


「リリア、頼んだぞ」


「仰せのままに」


「リリアさんがいいなら……案内してくれるのは、正直助かります」


「決まりだ……人間よ、何か書くものはないか?」


玉座に座ったまま、アビス様は片手をスッと差し出してきた。


「え? 書くもの……えーっと……」


ポケットを探ってみる。財布とスマホしか入ってない。

仕方なく財布を開いて、目に入ったのは――


「マイナンバーカード……これでもいいんですか?」


「なんでもよい。それをよこせ」


カードを受け取ったアビス様は、なにやら小声で呪文を唱え、すぐにそれを俺に返してきた。

赤い刻印が、カードの隅に浮かんでいる。


「我からの餞別だ」


「……これって、何ですか?」


「その刻印を旅先の店で見せるといいわ」


「見せたら、どうなるんです?」


「タダで買い物や宿泊ができるのよ」


「マジですか!?」


思わず声が裏返った。

なんて手厚いサポート……逆に怖い。


「厳密には我の懐から資金が出ていく。無駄遣いはするなよ」


「あ、なるほど……気をつけます」


「そしてその刻印は魔物娘たちにだけ有効なものだ」


「つまり、人間相手には通用しないってことですか?」


「ご明察。ただし、魔物娘を伴侶にしている者には別だがな」


つまり、使えるかどうかは相手次第ってことか。

俺はありがたく、そのカードを財布にしまった。


「……ありがとうございます!」


「それじゃ、早速外に出てみましょう?」


リリアさんが手招きしてくれて、俺はもう一度アビス様に頭を下げた。

こうして、俺の異世界での旅が始まった。

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