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森の祈りと鋼の侵略者④

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

森に住むエルフ。精霊と心を通わせることができる。

砕けた機械の残骸を前に、俺はしばらく息を整えていた。

金属の焼け焦げる匂いが鼻をつき、空気にはまだ戦いの余韻が色濃く残っている。

その静寂を破るように、遠くから複数の足音が迫ってきた。


「カケル!」

真っ先に駆け寄ってきたのはリリアだった。

肩で息をしながらも、その瞳にははっきりとした安堵の色が宿っている。


「無事みたいね…よかった」

「…ああ、なんとか。そっちは?」

俺が返すと、リリアはふっと息を抜いた。


「まあね。こっちはライアが張り切っちゃってさ」

「あれくらい、どうってことない」

ライアがふいと目をそらしつつ、鼻を鳴らした。

だが、どこか得意げな表情が隠しきれていない。


その時、森の奥の木々をかき分けるようにして、ふたつの影が姿を現す。

セレナとエルザだ。

二人とも荒い息を吐きつつも、意外にも大きな外傷はないようだった。


「終わった、ようね」

セレナが髪をかき上げながら、吐息混じりに呟く。


「私達の相手も、これと同じ構造だったわ。妙に精密で、動きも速かった」

「…鉄と魔力で動く、空の人形」

エルザが落ち着いた口調で、だが目を細めながらつぶやく。

その眼差しには、明確な“警戒”が浮かんでいた。


「命令に従って動いてるだけ、って感じだったわね」

リリアが近づき、倒れた機械の頭部をつま先でつんと突く。

まるでそれがまだ動き出さないか、確かめるかのように。


「それに、三体同時に送り込まれてきたってことは…最初から“試してきた”ようにも見えるわ」

セレナの声に鋭さが混じる。周囲を見渡すその視線は、なお油断していなかった。


そうだ。こいつらを送り込んできた“誰か”が、必ずいる。

魔物娘達がこんな兵器を造るとは思えない。

ならばエリシアを襲っていたあの人間達が関与しているのかもしれない。


俺は再び、地に伏した兵器を見下ろした。

胸部の中央には、砕けたコアが剥き出しになっている。

ついさっきまで赤く輝いていた核は、今や冷えた金属の塊と化していた。


「…目的はわからない。でも、これが自然に存在するもんじゃないのは確かだ。

誰かが造り、俺達にぶつけてきた。はっきりしてるのは、それだけだ」


言葉を終えると同時に、場に重い沈黙が落ちた。

誰も反論せず、ただ木々の葉擦れが風に揺れる音が、耳に残る。


「皆さん、ご無事でしたか?」


声のした方を振り返ると、木の陰からエリシアが駆け寄ってくるのが見えた。

その背後には、ゆっくりと歩みを進めるヴァネッサの姿もある。

戦いの余韻が色濃く残る中で、彼女だけがどこか“普段通り”だった。


「見事な連携だったぞ。なかなかに見ごたえがあった」

ヴァネッサがいつもの優雅な調子で微笑む。


「呑気に言うんじゃないわよ。こっちは必死だったんだから」

セレナが少しむくれたように言い返す。

その言葉の裏にある緊張の解放に、少しだけ空気が和らいだ気がした。


俺はふと思い出し、エリシアに声をかけた。


「そうだ、エリシア。この森でこいつらと遭遇したことはあるかい?」

「いいえ、初めて見ました。…これは一体、何なのですか?」


エリシアは困惑を隠せない様子で、倒れた兵器に視線を注ぐ。

森に生きるエルフ達にとって、“機械”という概念そのものが異質なのだろう。


戦闘の余韻が森に残る中、俺達はしばしその場に立ち尽くしていた。

誰からともなく深呼吸が漏れ、緊張がゆっくりとほどけていく。


そんな中で、俺はエリシアに向き直った。


「…エリシア、君はひとまず集落に戻った方がいい」

その言葉に、彼女の目が揺れた。

一瞬、何かを言いかけて躊躇うような仕草を見せたが、すぐにきゅっと唇を結ぶ。


「そんな…このまま戻るなんて、できません」


その声はかすかに震えていたが、迷いはなかった。

彼女は一歩、俺の方へ踏み出してくる。


「…見てしまったんです。森が壊されていく光景を。

なのに、それを放って、何も知らないまま戻るなんて…私には、できません」


言葉の端にかすかな怒りがにじんでいた。

その怒りは他人に向けられたものではなく、自分自身の無力さへの悔しさに思えた。


「でも、ここから先はもっと危険だ。俺達も、さっき命懸けで――」

「それでも!」

俺の言葉を遮って、彼女が叫ぶ。

声に出したことで決壊したように、次の言葉が溢れ出た。


「それでも、真相を知りたいんです。…森で何が起きているのか。

誰が、何をしようとしているのか。私、目を背けたくない。

もし、この森が本当に壊されてしまうのなら――今、見ておかなきゃ、きっと後悔するから」


その拳は小さく震えていた。けれど、決して開かれることはなかった。

心を固めた彼女の意志が、そこにはあった。


「それに…私は森の中での方向感覚があります。精霊の流れも、多少は感じ取れます。

皆さんの役に立てるとは限りませんが…何もせずには、いられないんです」


俺は黙ったまま彼女を見つめた。

目の前にいるエルフは、不安も恐れも抱えたまま、それでも一歩を踏み出そうとしている。

その姿が、少し前の自分と重なる気がした。

俺は、ゆっくりと頭をかいて、息を吐いた。


「…はぁ。押しに弱いな、俺って」


思わず苦笑が漏れる。

「わかったよ。ついてきてくれ。ただし、本当に危なくなったらすぐに下がること。それだけは約束してくれ」


「…はいっ!」

ぱっと彼女の表情が明るくなる。

緊張が完全に消えたわけじゃない。でも、その瞳には迷いがなかった。


「ふふっ、優しさが甘さになるって、典型ね」

リリアが肩をすくめながら、俺の背中を小突いてくる。


「でも、正直ありがたい。彼女がいれば森で迷うこともないだろうしな」

ライアは声の調子を変えずに言ったが、その目はどこか安心していた。


「彼女のエスコートなら任せてくれ」

ヴァネッサが余裕の笑みを浮かべて、ひらりとマントの裾を払った。


「昼間はまともに戦えないくせに、よく言うわね」

セレナが冷めた声でツッコむ。


「…またさっきのが来ても、壊すだけ」

エルザは静かに、でも力強く呟いた。


「それじゃ、エリシア。案内、お願いしてもいいか?」


「はい。任せてください!」

エリシアはまっすぐ前を向いた。

その声には、さっきまでとは明らかに違う自信が宿っていた。


◇ ◇ ◇


エリシアを迎え入れた後、俺達は再び森の奥へと足を踏み入れた。


だが、その空気は明らかに違っていた。

霧は濃く、まるで誰かの吐息のように重くまとわりつく。

足元の土は冷え、踏みしめるたびにじくじくと沈む感触があった。


木々のざわめきもない。ただ、見えない何かが息を殺してこちらをうかがっている――

そんな感覚だけが、肌の上にまとわりついていた。


やがて、エリシアがふと足を止める。

胸元で手を組み、森の奥へと意識を集中させるように目を閉じた。


「…なにかが、苦しんでる。森が、泣いてるみたい」

その言葉に、全員が無言で足を止めた。

エリシアの瞳には、わずかに涙の膜が浮かんでいた。


「魔力の流れが…ねじれてる」

セレナが目を細め、周囲に意識を巡らせながら言う。


「普通なら循環していくはずの魔力が、ここでは一か所に引き寄せられている。

まるで…誰かが意図的に“集めてる”みたいに」


「それって…魔力を蓄積する仕掛けでもあるのか?」

ライアが剣の柄に手を添え、険しい表情であたりを見渡す。


「…多分、もっと奥に何かがあるはずです」

エリシアの声は震えていたが、はっきりとした確信があった。

俺たちは無言で頷き、再び霧の中を進む。


そしてしばらく歩いた先で、それは現れた。

地面が不自然に踏み固められ、雑草は引きちぎられ、焚き火の跡が残っている。

干からびたパンくず、ちぎれた布切れ。足跡、車輪の痕跡。


明らかに、人間がここで生活していた痕跡だ。


「…誰かが野営してたな」

俺が呟くと、エルザがしゃがみ込み、地面を指先でなぞる。


「痕跡が新しい。…数日前、いや、もっと最近かも」


「これ……見て」

セレナが木の根元を指差す。

そこには、地面を深くえぐるような巨大な轍の跡が残っていた。


「かなり大きいな…車輪か? けど、普通の荷車のサイズじゃない」

ライアが警戒を強める。


「さっきの兵器を運び込んでいたのか、それとも…別の何かか」

俺の声に、自然と緊張がにじむ。

そのまま無言で進んでいくと、やがて霧が薄れ、代わりに森の奥に“壁”のようなものが現れた。


「…あれは」

思わず立ち止まり、息を呑む。

木々の隙間にひっそりと隠されるように、それはあった。

かすかに冷気のようなものが吹き抜けてきて、背筋にひやりとしたものが走る。

森の地中へと吸い込まれていくような――それは、確かに“遺跡”だった。


遺跡の入口に、もはや扉と呼べるものはなかった。

苔に覆われた石造りの構造物。無理やりこじ開けられた痕跡のある扉の残骸。

崩れかけた階段が、ぽっかりと開いた暗がりの中へと続いている。

その口の奥から、冷たい空気がじわりと這い上がってきて、俺の肌をなぞった。


一歩踏み込んだ瞬間、世界が変わったように感じた。

石の階段を下りていくにつれ、空気が重くなる。呼吸すら、どこか鈍くなる。

それはただの湿気や寒さとは違う、身体の奥にまで染み込んでくるような、何かの“気配”。


「……気をつけて」

リリアの声は小さく、けれど確かに張り詰めていた。


地下通路は狭く、湿り気を帯び、所々にひび割れた石の壁が続いていた。

その表面には何かの文字。いや、図形のようなものが彫り込まれている。魔法陣、というやつか?

でも俺には、それが“意味のあるもの”なのかどうかも分からない。

ただ、見てはいけない気がした。どこか、目を逸らしたくなるような…そんな感覚。


「魔力の痕があるわ…最近まで何かに使われていたみたい」

セレナの声に、俺は無意識に周囲を見渡した。

古びた布の切れ端、割れた水晶片、焦げ跡のような黒い染み。

それらは、“ただの廃墟”ではなく、“誰かがここで何かをしていた”ことをはっきりと語っていた。


やがて、通路の先に広間が現れた。その瞬間、思わず足が止まる。

広間に足を踏み入れても、俺にはすぐにはこの場所が何のために使われていたのか分からなかった。


部屋の中央には、何かを固定していたような太く重い台座が残されていて、

表面には擦れた刻印と、黒ずんだ焦げ跡が見える。


「…あれ何だ?ただの台座にしちゃ、やけに頑丈そうだけど」

俺の言葉に、リリアが小さく息を飲んで応じた。


「何か巨大なものを拘束していたものかもしれないわね」

彼女は台座の縁に残る魔力の焼け痕を指差す。


そのすぐ隣には、古びた研究机が何台も並び、いくつかは中途半端に引き出しが晒されていた。

机の上には割れた試験管、錬成器の部品らしきもの、破れた紙束の残骸が無造作に放置されている。


セレナがその一部を拾い上げ、紙に残る文字を目を細めて読んだ。

「…“精霊定着実験”、それから…“魔力圧縮試料”…?」

「“安定反応:不成立”…“指令系統未対応につき封印”…?」


俺には文字の意味まではわからなかったが、その紙片に記された言葉の響きが不気味だった。


「……これ、何の記録なんだ?」

ライアが紙束を見つめながら呟く。

けれど、誰もすぐには答えなかった。その場に、重たい沈黙が落ちる。


セレナが眉をひそめ、破れた文字列を指でなぞる。

「“定着”…“封印”…“指令”…どう考えても、ただの魔術研究じゃないわね」


リリアが机の端に手を置き、静かに目を伏せる。

「…兵器の開発よ。間違いないわ。しかも、精霊の力を使ったもの」


その一言が、部屋の空気を凍らせた。


「兵器ってまさか、俺達が倒したあの機械達のことか?」

「その可能性が高いね」

ヴァネッサがゆっくりと頷く。その目には、どこか確信めいた光があった。


腰に携えた剣に手を添えながら、ライアが険しい目つきで辺りを見渡した。

「つまりここって、敵の研究施設か?」


緊張が肌を這うように広がっていく。誰もが、その場の空気が変わったのを感じていた。

俺も口をつぐんだまま、部屋の隅々に目を走らせた。

壊れた器具も、焦げついた机も、ただの過去の残骸なんかじゃない――

誰かがここで、意図を持って何かを“創ろう”としていた。


明らかに、ここは“過去の遺物”なんかじゃない。

今もなお、どこかで動き続けている“敵の意志”が息づいている場所だった。


「…私、何だか胸騒ぎがします」

エリシアが胸元を押さえるように手を添え、眉をひそめている。

その目には、得体の知れない不安の色が浮かんでいた。


「…このまま、ここに留まるのは危険だ」

俺の声に一同が頷く。

遺跡の深部で目にした数々の異常な構造、実験の痕跡――誰もが胸の奥に嫌な感覚を抱いていた。

リリアが静かに周囲を見渡し、ライアは剣に手をかけながら進路を確認する。

セレナも無言で炎を指先に灯しながら、歩き出した。

そして、出口のある通路へ戻ろうとしたその瞬間だった。


「……動くな!」


鋭い声が、通路の上方から突き刺さるように響いた。

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