森の祈りと鋼の侵略者③
登場人物
カケル
種族:人間
主人公。異世界に召喚された青年
リリア
種族:サキュバス
魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。
セレナ
種族:メデューサ
アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。
ヴァネッサ
種族:ヴァンパイア
とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。
ライア
種族:リザードマン
流浪の剣士。エルザとは幼馴染。
エルザ
種族:サイクロプス
鍛冶職人。ライアとは幼馴染。
エリシア
種族:エルフ
森に住むエルフ。
森に住むエルフ。精霊と心を心を通わせることができる。
「ん…?皆静かに!」
森の空気が急に張り詰めた。ライアの声に、仲間達が思わず身を強ばらせる。
「どうしたんだ?」
俺が問いかけると同時に、彼女の目が鋭く細められた。
気配が一変し、戦士の勘が何かを捉えたことを告げていた。
「なにかが…来る」
次の瞬間、彼女は叫んだ。
「伏せろ!」
その警告とほぼ同時に、木々を薙ぎ払うような閃光が走る。
熱風と爆音が空気を震わせ、頭上の枝葉が焼け落ちた。
「うわっ!」
目を凝らすと、森の奥から姿を現したのは、漆黒の装甲に覆われた人型の兵器だった。
ロボット…簡素だがその単語が頭をよぎる。数は三体。
無機質な面構えに、無数の複眼レンズが冷たく光る。
機械的な音を立てて近づいてくるその姿は、まるで意思なき死神のようだった。
「なんなの、あいつら!」
身を起こしたセレナが見た事もない存在に驚愕し、声を張り上げる。
「散開するんだ!ヴァネッサはエリシアを頼む!」
俺が皆に速やかに指示を出す。瞬時の判断が求められる状況だった。
「ふっ、淑女のリードなら任せたまえ」
冗談めかした口調だが、動きは鋭い。
ヴァネッサは軽やかにエリシアを庇い、身を翻す。
「わ、私も戦います!」
その背後で、エリシアが意を決したように叫ぶ。
震えを押し殺した声には、強い覚悟がにじんでいた。
しかし、その言葉を背中で受けながら、俺は既に一体目の兵器と対峙していた。
リリアとライアは二体目、セレナとエルザは三体目と、自然な流れで編成が組まれていく。
「こいつら、どう見ても人間じゃないわよね!」
距離をとりながらも、セレナが苛立ちを滲ませて叫ぶ。
「なら、遠慮なく斬れるな!」
戦いの高揚に身を任せるように、ライアが口元を吊り上げた。
「二人共、張り切りすぎて無茶しないようにね」
注意を促すリリアの声は柔らかいが、眼差しは鋭かった。
「……壊すよ」
ぼそりと呟いたエルザが、静かにハンマーを構え直す。その瞳は戦場を冷静に捉えていた。
「いくぞっ!」
ライアが地面を蹴り、一気に頭上へと跳躍する。
そして鋭い斬撃が振り下ろされようとしたその刹那――
兵器の肩部装甲が開き、捕獲用ネットが展開された。
「何!?――くそっ!!」
空中で絡め取られかけたが、ライアは咄嗟に体を捻り、剣を用いて無理やり態勢を立て直す。
網状の黒いネットが宙に舞い、わずかに彼女の肩布を裂いた。
「もう、せっかちなんだから…!」
呆れたように言いながらも、リリアはすかさずライアの傍へ飛ぶ。
支援の動きは抜かりなかった。
俺は今の攻防を冷静に捉え、闇の気配と共に姿を消す。
次の瞬間、一体目の背後に転移し、闇の剣を振り上げた。
「――これでどうだ!」
複眼レンズが闇の一閃によって砕け、火花とガラス片が飛び散る。
だが、敵は即座に反応した。
鋼のような身体がきしみを上げながら回転し、
腕部に装着してある刃が唸りを上げて振るわれる。
「っ……!」
咄嗟に剣で受け止めるが、その重さと衝撃に押され、数歩後退させられる。
「ぐっ…こいつ、頭が弱点じゃないのか!?」
視覚機能を破壊したはずなのに、敵の動きには迷いがない。
まるで視界など不要だと言わんばかりの精密な行動。
敵がネット展開の構えを見せ、前進してくる。
装甲の隙間から魔力がうっすらと滲み、
無感情に迫る巨躯に、俺はわずかに歯を食いしばった。
「…いや、動きが単調になってる。他にも制御手段があるってことか」
なら次は、人型である以上、どうしても構造上の弱点がある部位。
関節――特に、肩と腕の繋ぎ目。
俺は判断を下すと同時に転移を発動。
空気が歪み、敵の肩前へと跳躍するように出現する。
「ここだっ!」
闇の剣を逆手に構え、右肩の関節部に渾身の一撃を叩き込む。
硬質な金属音が周囲に鳴り響き、衝撃で敵の右腕が大きく弾けたように軋んだ。
「手応えあり…!」
明らかに右腕の可動が鈍くなり、動きに乱れが生じる。
その反動で、胸部装甲の継ぎ目が微かに開き――
内側から、かすかな魔力の光が漏れ出す。
(あれは…魔力のコア?胸の奥か…!)
闇の剣を握り直し、俺は確信する。あそこを仕留めれば、勝てる。
だが、敵も容易には隙を晒してくれない。
右腕の機能を損なってなお、左腕の発射口が静かに光を帯び始める。
先程、森を薙いだあのビームを再び放とうとしているのは明らかだった。
「やらせるかよ!」
歯を食いしばりながら、俺は一気に踏み出す。
わずかに空間を歪め、霧のように転移――敵の懐へ飛び込んだ。
胸部装甲の継ぎ目。さきほど確かに“光”が漏れていた場所。
そこへ、闇の剣を渾身の力で突き立てる。
「そこがお前の心臓だろッ!!」
ズンッ――
金属を突き破った感触と共に、剣が深くめり込む。
硬質な抵抗の先に感じたのは、脈動する魔力の塊。
次の瞬間、機体の内部から魔力が暴走を始めた。
制御を失ったそれは、外殻を押し破るように黒煙と青白い光を迸らせる。
敵の動きがピタリと止まり、まるで魂を抜かれたかのように膝をついた。
そして火花と共に、音を立てて崩れ落ちる。
「……ふぅ」
肩を上下させながら、俺は剣をゆっくり引き抜いた。
倒れた機体の残骸からは、かすかに魔力の残滓が揺らめいている。
「こいつで一体…もしこいつと同じ構造なら、他のやつも…」
言いかけた言葉を、遠くから響いた金属音がかき消す。
振り向けば、リリアとライア、そしてセレナとエルザが、それぞれ激しい交戦の渦中にあった。
◇ ◇ ◇
熱気と魔力が渦巻く戦場。
カケルの気配が一瞬、霧のように消えて、また現れた。
……ふふっ、やっぱり、頼もしいわね。
私は微笑みながら、でも気を抜かずに目の前の敵に意識を集中する。
「ちっ、ただ攻撃してくるだけじゃないのか」
捕獲用ネットをぎりぎりで回避したライアが、剣を構え直して唸る。
あいかわらず反応は鋭いけど、あの子、焦ってないかしら?
「援護するわね、ライア!」
「ああ、気を付けろよ!リリア!」
私は軽やかに宙を舞い、敵の周囲をくるりと旋回してみせる。
魔力の余波が私の軌跡にほのかな残光を残し、それが敵の視線を引きつけるのが分かる。
右腕の剣がこちらに向かって鋭く薙がれた。
「ふふっ、そっちじゃないわよ」
身をひねって刃をかわす。惜しかったわね――なんて、皮肉でも返しておこうかしら。
私はそのまま滑るように宙を舞い、敵の死角を引き出すように動き続けた。
「今のうちよっ!」
声を飛ばせば、ライアはすぐに応えてくる。
その一瞬の踏み込みで一気に距離を詰め、唸る剣が敵の胴体に食らいついた。
……残念、音は派手でも装甲までは割れなかったわね。
「ちっ…固いな」
「きっとどこかに弱点があるわ!そこを狙うのよ!」
視線を交わす。まっすぐな瞳。
真正面からしか戦わないけど、その覚悟と純粋さは、嫌いじゃないわ。
ちらりと横目で視線をやると、カケルのほうから爆音が。
どうやら一体、片付いたみたいね。
「胸の中に急所がある!そこを狙うんだ!」
カケルの声が届く。ふふっ、やっぱりあなた、よく見てるのね。
その言葉、信じてみようかしら。
(いいわね…少しは楽しませてもらわなきゃ損だわ)
「ライア、まずは敵の動きを封じましょう!」
「なら…最初は足だっ!」
ライアが一瞬の隙を突き、右膝の関節部を狙って剣を振り下ろす。
関節の隙間に刃が深く食い込み、鋼が軋む音を響かせながら敵の片足が崩れた。
「やるわね、じゃあアタシも!」
私は宙を跳び、回転の勢いに魔力を上乗せする。
踵に魔力を集中させ、空気が震えるほどの一撃を左膝に叩き込んだ。
「ふっ!」
鋭い音と共に装甲が爆ぜ、左脚の関節部が粉砕される。
体勢を保てなくなった敵は、膝を折り崩れ落ちた。
「あら、やりすぎちゃったかしら」
私はふわりと着地しながら、息を吐いて、ふっと笑みをこぼした。
でもまだ沈まない。しぶといわね。
膝を砕かれた敵は、その場で大きく体勢を崩していた。
だが沈まない。むしろ、なおも戦闘を継続する意思を感じる。
いや、意思じゃないわね。殺戮の指令ってところかしら。
「まだ動くの…?」
ガキィ、と右腕が持ち上がる音。
左腕には、魔力を収束させた……砲台?
これはちょっと面倒そう。
「来るわよ、ライア!」
「望むところだっ!」
構えた彼女の剣と、敵の斬撃が激しくぶつかり合う。
火花が散って、地面が揺れる。
…でも、問題はそっちじゃないのよ。
(ライアが抑えてくれてる…なら、私は――)
砲口のサイズ、あれは相当威力がありそう。でも、制御は甘い。
ふぅん…じゃあ、こっちはちょっと可愛く決めてあげようかしら。
「じゃあ…キスでお仕置き、してあげよっか♪」
軽やかに唇へ指を当て、そのまま投げるように宙へ。
ピンクの光が、私の指先からひらりと弧を描き、舞いながら砲口へと吸い込まれていく。
見た目はロマンチック。でも中身は、ちょっと過激よ?
砲台が、わずかに震えた。
内部で魔力が脈動しているのが、肌でわかる。
過剰な魔力が、収束しきれずに暴れてる。
「ちょっと多めに込めといたから、もう限界でしょ?」
次の瞬間、左腕が内部から破裂した。
金属片が飛び散り、赤い火花が砲身を包み込む。
バランスを崩した巨体がぐらついた。
私は髪を払って、にこりと笑ってみせる。
「ほら、片方やっつけたわよ。あとはあなたの出番、ライア♪」
左腕を吹き飛ばされた敵は、ぐらりと身体を傾けた。
敵の胸部――装甲の隙間から光が漏れている。あそこね。
ライアの視線が定まり、まるで狙いを定めた獣のように、剣を構え直す。
「…そこだっ!」
ライアの眼差しに、迷いは一切なかった。
剣を握る指先は、一分の揺れもなく、ただ前を見据えている。
彼女が地を蹴った瞬間、大地がわずかに揺れた。
その姿は、まるで電光石火。鋼の矢のように放たれる。
敵は最後の力で右腕の刃を振り上げるが、遅い。
ライアの剣は、風を裂いて真っ直ぐに突き進み、鋼鉄の胸を一直線に貫いた。
核に届いた刃が、閃光とともに内部を穿つ。
その瞬間、敵の動きが止まり、世界が凍りついたような静寂が訪れる。
そしてライアはゆっくりと剣を引き抜くと、背を向けて歩き出した。
…そして、爆ぜるような光と轟音。
敵の胸部が赤く爆発し、破片と火花が四方に飛び散った。
仰け反った巨体が、そのまま崩れ落ちていく。
「…終わりだ」
一歩、また一歩と。爆炎を背に、その姿はまるで、戦いを誇りに生きる剣士そのものだった。
私はその背中を見つめながら、小さく息を吐いた。
(まったく…真正面から押し切るなんて、あの子らしいわね)
策も駆け引きもなく、ただ一撃に想いを乗せる戦い方。
ふふ、少しだけ、羨ましくなっちゃうじゃない。
◇ ◇ ◇
「来るわよ、エルザ!」
「了解、セレナ」
私が声をかけると、エルザは簡単に応答し、あの重そうなハンマーを肩に担いだ。
分厚い装甲、右腕の刃、左腕の砲台。正面から挑むにはあまりに無謀。
それでも私達は、そう簡単に引くつもりはない。
「来なさいよ、鉄くず。相手してあげる」
私は右手をかざし、指先から魔力を奔らせる。
「凍てつけ!アイスランス!」
空気中の水分が急激に凍りつき、鋭い氷の槍が複数、敵の胴体めがけて放たれる。
命中と同時に、甲高い破砕音。槍は砕け散り、無数の氷片が舞った。
ちっ、やっぱり通じないか。
「氷じゃダメってことね…なら、これでどう!吹き荒れろ!ウィンドダスト!」
風の魔法へと切り替える。巻き上がる砂塵が視界を攪乱する。
その隙に、エルザが音もなく前へと出た。
まるで、“重さ”そのものを武器にするかのように。
構えたハンマーが、敵の右腕と真正面で激突する。
ギィィン!
金属が軋むような、耳障りな音が辺りに響く。
空気さえ震える衝撃の中で、エルザは一歩も退かない。
あの子、本気を出せばかなりやるわね。
でも、敵はそれだけじゃ終わらせない。
左腕の砲台が、エルザに狙いを定める。
(ダメ! 撃たれたら…!)
私はすぐさま魔力を練り直す。
水の渦を圧縮し、一気に放つ!
「押し流せ!ダイタルカノン!」
ビィィィィ――ズドォン!
水の激流が砲台に命中し、砲撃の軌道が逸れる。
着弾したのはエルザのすぐ脇――土がえぐれ、衝撃が空気を震わせた。
「ふんっ、少しはこっちにも興味持ちなさいよ!」
まだ砲台は生きてる。右腕の刃も動いてる。
こっちの攻撃が通らないとなれば、賭けるしかない。
(…仕方ないわね。効くかどうかは、賭けだけど)
集中。髪の蛇たちも共鳴するように蠢き、敵の複眼に睨みを利かせる。
「止まりなさい!」
石化の魔眼――本来は生き物にしか通じない。
けれど、あの光が“見る”機能を持っているのならあるいは。
交錯する視線。次の瞬間、敵の動きがピタリと止まった。
(効いた…!)
「エルザ、今よ!砲台を叩き壊して!」
チャンスはほんの一瞬。
エルザはそれを逃さず、跳躍と共にハンマーを振り下ろした。
ガァンッ!
甲高く、鈍い衝撃音。
砲台が、ぐしゃりと潰れ、醜く歪んだ金属の塊に変わる。
これで少しは静かになるでしょうね。
その瞬間――
「胸の中に急所がある! そこを狙うんだ!」
風に乗って、カケルの声が届いた。
ほんの一瞬、耳を疑いかけたけど…すぐに目がその意味を捉えた。
胸の中央、装甲の隙間から漏れる淡い光。
急所…“核”。
(…あれね!)
砲台は潰した。
でも、敵の右腕の鋭い刃が、いまだにエルザを狙っている。
このままでは、突撃した瞬間に迎撃される!
「させないわよ!」
苛立ちと共に両手を広げ、魔力を叩きつけるように放つ。
「突き立てろ!アースフォートレス!」
地面が呻き声を上げるように揺れ、土柱が何本も突き上がる。
狙いはただ一つ。右腕の刃の軌道を狂わせるため。
一撃、二撃、三撃と叩きつける土の杭に、刃は一瞬ふらついた。
「今よ、エルザ!一気にいって!」
エルザは地を蹴り、跳躍。
その動きに迷いはなく、加速する鉄塊のごとく。
「潰れて…!」
彼女の言葉と共に、ハンマーが閃く。
ゴゥンッ!
骨の髄まで響くような衝撃音。
鈍く重たいその音が、確かな手応えを伝えてくる。
ハンマーがコアを直撃し、悲鳴のような音と共に崩れ落ちる。
敵の巨体が痙攣し、全身から火花が散った。
そして、ゆっくりと。重力に従うように、鉄の巨人は沈黙した。
「……やっと黙ったわね」
ゆっくりと、鉄の塊が地に伏して動かなくなるのを見届けて、私はようやく息をついた。