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誓いの刃と、揺るがぬ瞳⑥

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。

闘技場はすでに試合の場ではなかった。


黒い影が観客席で皆に襲いかかる中、

俺とライアも、剣を構えて前へと走り出していた。


「ライア!」


「わかってる。試合はもう中止だ。今は――奴等を止めるときだ!」


声に迷いはなかった。

彼女の目はすでに敵へと向いていて、剣に宿る気迫がその覚悟を物語っていた。


闘技場の中央付近、取り込まれたスタッフの一体がよろめきながら立ち上がる。

黒い粘液に全身を覆われた異形──人間だったはずのその姿は、もはや別物だった。

変化した右腕が異様に膨れ、刃のように変質してこちらへ向けられる。


「来るぞ!」

ライアの鋭い声が響き、俺達は左右に展開した。

刹那、黒影が咆哮とも呻き声ともつかない声をあげ、俺に向かって襲いかかる。


俺はすぐに転移で敵の背後に回ると、素早く剣を構えた。

そのまま勢いよく斬り上げる──が、手応えは薄い。

粘液のような体表が衝撃を受け流し、刃は思うように深く届かない。


「硬っ……!」


すかさず正面から、ライアが駆け込んだ。

足音も鋭く、一太刀に込められた気迫が空気を震わせる。


「破ッ!!」

彼女の剣が唸りをあげ、真正面から異形の胸部に叩き込まれる。

ごぉん、と鈍く重い衝撃音が響き、黒影の身体が大きく仰け反った。


「今だ!」

その隙を逃さず、俺は拳を構えて飛び込む。

闇の力を纏った右拳に力を込めた。


「そこだッ!」

渾身の打撃を叩き込んだ。

鈍い感触と共に、黒い粘液が破裂するように四方に飛び散る。


呻き声のような濁った音を最後に、黒影は地面へ崩れ落ちた。

まるで時が止まったような数秒が流れた。


倒れた異形の身体から、粘液がじわじわと溶けていく。

その下から現れたのは、あの取り込まれていたスタッフの男だった。


「……あれは!」

泥のような液体にまみれたまま、仰向けに倒れている男。

かすかではあるが彼の胸は、確かに上下している。


「生きてる……!」

俺はすぐに駆け寄り、男の肩を支える。

意識は戻らないが、脈はある。命は失われていない。


その事実に、胸の奥が熱くなる。

絶望だけじゃない。この災厄の中にも、確かに救いはある。


「……やれる。まだ、間に合う!」

だが、安堵の息をつく間もなく、

闘技場の中央から、再び異様な気配が立ちのぼった。


「……!」

そこには、最初に粘液を撒き散らしたあの男が立っていた。

すでにその姿の半分以上が粘液に覆われ、もはや原形をとどめていない。

眼は焦点を失い、口元は引き裂けたように開いている。


「ぐ……ぁ……アアアアアア……ッ!」


叫び声とともに、彼の両腕が異形の刃に変化した。

刃は唸りを上げながら、地面を切り裂くように前へと踏み出してくる。


「来るぞ!」

ライアが構えを取り、俺も剣を握り直した。

その動きはさっきまでの黒影とは明らかに違う。

速く、重く、そして明確な“殺意”が込められていた。


「……どいて」

背後から静かな、しかし低く通った声が聞こえた。

俺達の間を、ひとつの影が走り抜ける。


その姿を目で追えば、そこには大きなハンマーを肩に担いだ少女──エルザがいた。

伏し目がちで、感情が見えない彼女。

だが今、その一つ目は鋭く前を見据えていた。

無駄のない動き、そして地を踏みしめる足取りには、確かな“意思”が宿っていた。


「壊すのも、得意だから」

男が唸り声を上げて襲いかかる。その腕の刃が振り下ろされる寸前──

エルザのハンマーが唸りを上げて振るわれた。


「……ッ!!」

鋼鉄の衝突音が鳴り響く。

男の刃は受け止めきれず、衝撃に弾かれて身体ごと後方へ吹き飛んだ。


土煙が上がり、男の体が地面を転がる。

俺とライアは一瞬言葉を失い、エルザの後ろ姿を見つめていた。

それは、静かで、しかし誰よりも頼もしい背中だった。


土煙の中から、男が唸り声を上げながら立ち上がる。

腕の刃はひしゃげていたが、すぐに黒い粘液が蠢き、元通りに再生していく。

むしろさっきより鋭さを増していた。


(こいつ……ただの化物じゃない)

その異様な回復速度に、背筋に冷たいものが走る。

俺は咄嗟に転移を使い、敵の背後へ回り込んだ。

動きを止めるなら今しかない。そう思い、剣を振りかざして跳びかかる。


「──ッ!」

が、その瞬間だった。


「ぐはっ!!」

鋭い痛みが肩から腹部にかけて走る。

本能的に後方へ跳び退き、自分の身体を見ると、

肩口からわき腹までを斜めに裂く深い傷が走っていた。


(今の…いつの間に!?)

呼吸が荒くなる。斬られた感触すらわからないほど、相手の動きは見えなかった。

視線を上げると、男の背中──そこから斧がにゅるりと生えていた。


「……武器を“生やして”る……!?」

あまりの異常さに、思わず息を呑む。

身体のどこからでも自在に武器を作り出す。それは、常識外れの戦い方だった。


「……ッ」

俺の身体が斬り裂かれるのを見たエルザが、明らかに動揺していた。


「待て、エルザ!行くな!」

ライアが鋭く制止の声をあげた。

だが、それは彼女には届かなかった。


「……っ……どいて」

低く押し殺した声とともに、エルザは地を蹴って前へと飛び出す。


その動きは、これまでのような冷静さとは違っていた。

重いハンマーを振りかぶり、感情のままに渾身の一撃を叩き込もうとする。


だが──その瞬間だった。


ずるり、と音を立てて、敵の身体の腹部から槍が伸びる。

粘液が蠢き、エルザのハンマーの軌道を読むかのように、槍が突き出された。


「──っ!」

エルザの目が見開かれ、咄嗟に軌道を変えようとしたが、わずかに間に合わなかった。

彼女は咄嗟にハンマーの軌道を変え、槍の直撃は避けたものの、

勢いを削がれた形で大きくバランスを崩す。


「ぐっ……!」

敵の反撃に備え、彼女はすぐに距離を取り、後方へ跳び退いた。

呼吸が荒くなり、左腕を押さえながら後退していく。


「エルザ……!」

俺とライアは同時に声を上げた。

だが彼女は俯いたまま、歯を食いしばり、ハンマーを地面に突いて体勢を立て直していた。


その一つ目は悔しさに滲んでいる。

焦りと怒り、それでも踏みとどまった決意の色。


「……ごめん、少し、熱くなった」

そう呟く彼女の声はかすかに震えていた。

ライアは近づき、短く息を吐いた。


「焦って飛び込んでも、何も得られない。お前なら、わかってるはずだ」

「……うん」


エルザは静かに頷き、もう一度ハンマーを握り直す。

今度は、さっきよりもわずかに落ち着いた動きで──だが、戦う意志は失っていなかった。


俺は二人の姿を見ながら、深く息を吐いた。


(…俺の怪我を見て、突っ走ったんだな)


守られてばかりじゃいられない。

俺は再び転移で距離を取り、彼女達の元へ戻る。

駆け寄ったライアとエルザが、俺の傷に目を見張る。


「大丈夫か!?…これは……」


だがその傷は、みるみるうちに再生していく。

彼女達は目を見開いたまま、俺の身体の変化に困惑していた。


「俺のことはいい。それより」


顎をくいっと上げて、敵の方を示す。

ずるりと音を立て、男の肩口から鈎爪が生え出す。

さらに脚の付け根からは鎌、背中からは再び斧。

粘液が蠢き、まるで武器そのものを生産しているかのようだった。


その異様さに、俺はぞっとした。


(理屈じゃない……。こいつ、“戦う”という本能だけで動いてる)


「これじゃ……死角がない!」

ライアの焦り混じりの声が響く。

敵の身体から伸びた武器の数々が、荒れ狂う暴風のように三人をなぎ払ってくる。

刃が、斧が、鎌が、槍が──一瞬の隙もなく襲いかかり、剣の間合いを完全に奪っていた。


一撃一撃の威力が尋常ではない。

地面が抉れ、石床が砕け、空気そのものが殺意に染まっていく。


「くっ……!」

俺は汗を握る手でぬぐいながら、じりじりと後退した。

気を抜けばやられる──そんな戦いは何度か経験してきたはずなのに、今は足が勝手に震えている。


「今のままじゃ、攻められない……!」

ライアが唸りながら、素早く敵の死角を探る。

エルザも重たいハンマーを握り直しながら、慎重に距離を見定めていた。


一方、俺には手がなかった。

近づくこともできず、剣を構えていても、間合いに入ることさえ叶わない。


「ここは、私達で戦う!カケルは下がってくれ!」

「そんな!俺だってまだやれる!」

「奴を見てみろ!お前はどうやって戦うつもりなんだ!」


ライアの鋭い視線が突き刺さる。

「お前の技量では奴に傷一つ与えられない。死にに行くようなものだ!」


言い返せなかった。

……わかってる。正論だ。それでも。


「それでも俺はやるよ!守られてばかりじゃダメなんだ!」

思わず声が張り上がる。

理屈じゃない。身体の奥から突き上げる衝動が、言葉になってあふれた。


「俺だって誰かを守るために闘うんだ!だから……だから、俺も一緒に戦わせてくれ!」

狂気に満ちた敵の咆哮が遠くに霞むほど、時間が止まったように感じた。

ライアが、こちらを見ていた。


その眼差しに、これまでのような怒りや苛立ちはなかった。

ただ、何かを確かめるように。

自分と同じ場所に立てる者かどうか、見極めようとするように。


ほんの数秒の沈黙のあと、彼女は口を開いた。

「……ならその信念。見せてもらうぞ」

口調は相変わらずぶっきらぼうだったが、その声にはどこか──熱があった。


「私が正面を引きつける!」

ライアが鋭く地を蹴り、敵の懐へと飛び込む。

その動きに迷いはなかった。


「左から攻める……」

エルザが低く呟き、ハンマーを両手で握り直す。

その重厚な動きに、一切の無駄はない。


「……なら、俺は右から!」

俺も剣を握り直す。まだ震えがある。それでも、この手は離さない。


全員がそれぞれの持ち場へと散り、敵を包囲する。

気がつけば、互いの呼吸すら感じ取れるような静かな連携がそこにあった。


「まだだ、今は行くな!」

ライアの鋭い声が飛ぶ。


「この動き……単なる暴走じゃない。狙ってる」

「狙ってる……?」

「“不規則”に見せかけて、焦って近づいた奴を一掃するつもりだ!」


その言葉に、冷や汗が伝う。

確かに、あの動きは一見無軌道に見えたが、

よく見れば、決まった間隔で斬撃の範囲が広がっていた。

むやみに突っ込めば、返り討ちにされる。


「なら……逆に、全方向を同時に突く!」

「三つのタイミングを合わせる。誰かが遅れても、意味がない」

エルザの目が光る。静かだが、凛とした覚悟がその一つ目に宿っていた。


「できるか……?」

「やるしかないだろ!」


俺は息を吸い、剣を構える。

この命を削るような空気の中、

それでも前に進まなければ、誰も救えない。


「合図は──」

「私が出す!」


ライアが一歩、敵の懐へ踏み込む。

ほんの数秒の沈黙──呼吸の音すら聞こえる気がした。

相手の動き、味方の距離、自分の鼓動。すべてが重なった、その一瞬。


「今だッ!」


ライアが正面から飛び込み、両腕の刃を受け止める。

続けて、右から俺が駆け込む。

剣と敵の斧が激しくぶつかり合い、火花が散った。


同時に、左からエルザが跳躍。

高く振り上げたハンマーが、振り下ろされる槍と交錯し、衝撃が空気を震わせる。

三方向からの連携攻撃を、敵はどうにか受け止めた――が、その衝撃にわずかに怯み、体勢を崩す。


「逃がさない!」

ライアの剣がその隙を突き、真っ直ぐに胴を貫く。

同時に、俺の拳が腹部へと叩き込まれ、鈍い衝撃音が響く。


「はぁあッ!」

更にエルザのハンマーが唸りを上げて、顔面を横薙ぎに打ち据えた。


すべての攻撃をまともに喰らった敵は、びくりともせずその場で静止する。

張り詰めた空気が、重く沈む。

……静寂。

次の瞬間、敵の身体がふらりと傾き、まるで溶けるように崩れ落ちた。


崩れた肉塊の中から、粘液がじわじわと地面に染み込み、やがて動きを止める。

まだ息が荒い三人。誰も言葉を発さないまま、ただ視線を交わす。

それだけで、互いに伝わるものがあった。


倒れた異形の男の身体は、微動だにしなかった。

やがてその輪郭が揺らぎ、黒い粘液が音もなく地面に溶け出していく。

肉の塊は、煙のように空気に溶け、跡形もなく姿を消していった。


まるで夢から醒めたかのように、辺りは急に現実感を取り戻していく。

しかし、そこに残されたものが一つだけあった。


それは──漆黒の光。


「……!」

俺は不意に胸騒ぎを覚え、中央に浮かぶ“それ”に視線を奪われた。

黒い玉。だがただの闇ではない。

仄かに脈動する光が内から浮かび上がり、心臓の鼓動に似たリズムで光を揺らしている。


(また、現れた……)


以前も見た。リースを倒した時も、アルヴァを倒した後も、同じように。

あの玉は、俺の中にある“何か”と──確かに、呼応していた。

まるで俺を選び、導こうとしているように。


足が、自然と前に出ていた。

仲間の言葉すら届かないほど、何かに引き寄せられるように。


「カケル、待て。下手に触るな!」

ライアの声が鋭く響いた。

だがその言葉は、俺の意識には届かなかった。


(また……この力を、受け入れるのか……?)


ほんの一瞬、迷いが胸をよぎる。

未知の力。理不尽なまでの暴力。

それに触れることが、誰かを傷つけるかもしれないという予感。


けれど──


(いいさ。それでも……この手で、守れるなら)


俺は、迷いを断ち切るように右手を伸ばした。

黒い光の玉がふわりと浮き上がる。

空気がわずかに震え、玉は吸い込まれるように、俺の胸元へと溶け込んでいった。


「っ……くぅ……!」

全身を冷たい何かが貫いた。

視界が一瞬暗転し、内側に沈むような感覚。

だが、苦しみはなかった。ただひたすらに、静かだった。


黒い波が、心の奥底で広がっていく。

その波の中に、誰のものでもない“力”が確かに芽吹いていた。


右手に闇が集まり、空間が歪んだ。

次の瞬間、濃密な黒の中から一振りの剣が形を成していた。


柄から刃先まですべてが闇に包まれた剣。

中心には赤く脈動する紋様が刻まれ、まるで生きているかのように輝いている。


そっと握る。剣は吸い付くように手に馴染み、振るうたびに空気がわずかに震えた。


(これが……俺の、新しい力)


何かを喪った感覚も、得た感覚も、ただ静かに身体の奥に染みていく。


「……助かったよ。二人とも」

「礼を言うのはまだ早いぞ。次がないとは限らない」

俺の言葉に、ライアは小さく肩をすくめた。

エルザは何も言わず、ただ俺の手の中の剣を見つめている。


「カケル!」

振り返ると、リリアが翼をたたみながら駆けてきた。

その後ろには、髪の蛇を指でいじり平然としているセレナと、

日差しをやや煩わしそうにしながらも凛とした足取りのヴァネッサの姿。


リリアは俺の前に立つと、ふっと胸に手を当て、安堵の息を漏らした。

「無事でよかった……ほんとに」

その声には、普段のからかい混じりの雰囲気はなかった。

ただ真っ直ぐに、俺を心配していた。


「……なんとか、な」

俺は軽く笑ってみせたが、声は思った以上にかすれていた。


「そっちは、大丈夫か?」

「ええ。出場者の人達の助力もあってね」


セレナが言い、ヴァネッサが肩越しにちらとこちらを見た。

「取り込まれた人間達も正気に戻っていた。おそらく司令塔を失った影響だろうね」


リリアたちの目にも、わずかな疲労がにじんでいた。

それでも、皆が無事だったことが何よりの救いだった。


俺は右手に持つ剣を霧のように消し、小さく息をついた。


(力の正体も、敵の目的も、何一つわからない……)


だが──

仲間は生きている。繋いだ手は、まだ温かい。

今はそれだけで、前に進む理由としては、十分だった。


◇ ◇ ◇


──その日のうちに、剣術大会は正式に中止となった。

アリーナの一角が破壊され、観客やスタッフに怪我人が続出したことで、混乱は街中へも波及した。

主催者である領主代理の発表により、「暴走した魔獣の侵入事故」と処理されることになったが、

真実を知る者たちの表情には、どこか釈然としない影が残っていた。


それでも、命を落とした者が出なかったことは、奇跡と呼ぶしかなかった。

大会の幕は静かに閉じられた。


数日後。

街の片隅にある宿の一室。

昼下がりの柔らかな光が窓から差し込む中、俺は机に広げた書類の束を前に、眉をひそめていた。


「……やっぱり、何も出てこないか」


大会後、俺達は街のギルドと協力して、闇の力に関する痕跡や関係者の調査を進めていた。

だが、あの男──粘液に覆われ、異形となっていた人物の素性は不明のまま。

記録もなく、出身地も特定できず。周囲の目撃者すら「どこから来たのか思い出せない」と口を揃える始末だった。


まるで、最初から“この事件のために生まれた”存在のようだった。


「力は増えているのに、何も見えてこない……」


拳を握る。

胸の奥に溜まっていくのは、確かに“力”だった。だが、それがどういう意味を持つのか──全くわからなかった。

リリアはソファに腰掛け、カップを手にしながら俺の様子を見守っていた。


「焦る気持ちはわかるけど……カケル、あなたは独りじゃないわ」

その穏やかな声に、ふっと肩の力が抜ける。


「……ああ。そうだな」

言葉にしてみると、少しだけ楽になった気がした。


宿の扉を開けると、眩しい朝日と、澄んだ青空が俺達を迎えてくれた。

まるで数日前の異形との戦いが嘘だったかのような、穏やかな光景だった。


だが──そこで立っていたのは、思わぬ訪問者。

ライアとエルザ。

二人は、宿の前で静かに俺達を待っていた。


「……どこへ行くんだ?」

ライアが腕を組みながら問いかけてくる。


「さぁね、次の街を目指して……かな。特に決めてはいないけど」

「そうか」


ライアは一拍置き、静かに前に一歩進んだ。

「なら、私達も──お前達の旅に同行させてくれ」


その言葉に、一瞬風が止まったような気がした。

ライアはまっすぐ俺の目を見据える。

「……私はずっと、強さっていうのは“打ち倒すこと”だと思ってた。

 正面からぶつかって、相手を斬って、勝つ。それがすべてだって」


彼女の手が、腰の剣にそっと触れる。

「でも、あの戦いを見て……思ったんだ。

あんたは、守るために戦ってた。仲間や命を背負って、化物にすら一歩も引かずに」


声に、剣士としての確かな誇りが滲んでいた。

「“強さ”には、もう一つの形がある。誰かを守るために剣を振るう。

それもまた、本物の強さなんだって。……だから、あんたとの旅の中で、それを学びたい。

“守るために強くなる”ってことを、私も手に入れたいんだ」


俺はその言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。

ライアはただ腕っぷしが強いだけの戦士じゃない。

己の価値観と向き合い、乗り越え、さらに高みを目指せるリザードマンなんだ。


「……ありがとう、ライア。歓迎するよ」


俺は自然と手を差し出していた。

ライアは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに口の端を上げて、力強く俺の手を握り返した。


「剣の修行ならいつでも付き合う。覚悟しておくんだな」


そう言って拳で軽く胸を突かれ、思わず笑いが漏れる。

その後ろで、そっと一歩前に出たのは──エルザだった。

彼女はやや俯いたまま、静かに口を開いた。


「……私も、行く」


その声は小さいながらも、はっきりと響いた。

エルザはちらと隣のライアを見てから、少し照れたように言葉を紡ぐ。


「ライアの剣には、私の想いが込められてる。

幼馴染として……鍛冶師として──その剣が、どこまで届くかを、自分の目で見届けたい」

ライアがきょとんとした顔で振り向いたが、エルザはそっぽを向いたまま、それ以上何も言わない。


「……それに」

一拍置いて、エルザの一つ目が、ほんの一瞬だけ俺に向けられた。

その視線は、何かを言いかけるようで──すぐに逸れた。

顔を真っ赤に染めた彼女は、ライアの後ろにぴたりと隠れるように身を寄せる。


「……な、なんでもない」

「……え?」

俺は何が起きたのか掴みきれず、思わず視線を泳がせる。


すると、後ろでリリアがふっと笑った。

「ふ~ん……カケル、いつの間にそんな関係に?」


「……あーあ。まったく、こういう男ってどこにでもいるのね」

セレナが呆れたようにため息をつく。


「ふふっ、これでまた旅が賑やかになるね」

ヴァネッサは相変わらず優雅に微笑んでいたが、その瞳はどこか楽しげに細められていた。


「いやいやいや!ちょ、待って!どういう意味それ!?」


新しい風が、俺達の間をすり抜けた。

どこまで行けるかはわからない。

でも、こうして手を伸ばせば、仲間がそこにいる。

それだけで、歩いていく理由としては十分だった。

こうして──新たな仲間とともに、俺達は再び旅路へと踏み出のだった。

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