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誓いの刃と、揺るがぬ瞳④

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


アグナ

種族:ケンタウロス

カケルの二回戦の対戦相手。

「次の試合──第九試合!カケル対アグナ!」


第一試合と第二試合で印象を残した二人の対決。

誰もが、その行方を固唾をのんで見守っていた。

控室の奥で、俺はひとつ、ゆっくりと深呼吸をする。


心臓が静かに、だが確実に速さを増していく。

手のひらには、薄く汗が滲んでいた。


(アグナ……あの人と、本気で戦うんだ)


その強さを知っている。

ただの好奇心や憧れではなく、真正面からぶつかるべき相手だとわかっていた。


「カケル、準備はいいか?」

控室の入口に立つスタッフの声に、俺は無言で頷く。

腰の剣を確かめ、一歩、足を踏み出す。


俺が会場に姿を現すと、歓声が湧いた。

熱気に包まれる中、反対側の入り口から現れたのは、

栗色の髪をなびかせながら静かに歩く、ケンタウロスの魔物娘・アグナ。


その姿に、もう一度歓声が上がる。

優雅な微笑みを浮かべつつも、その瞳はまっすぐ俺を射抜いていた。

その視線は甘さのない、まさに戦士のものだった。


「ふふ、準備はいい?」

柔らかな声に、俺は短く答える。


「……もちろん」

その言葉にアグナは目を細め、楽しげに微笑んだ。


「よかった。手加減なんてしたら、つまらないものね?」

「手加減する余裕なんて、ないさ」


二人の間に、ひときわ強い静寂が生まれる。

張り詰めた空気の中、試合開始を告げる太鼓の音が、遠くで鳴り響いた。


「行きましょうか、カケル」

「……ああ!」


蹄と靴。

異なる足音が、石畳の上で静かに重なっていく。

運命の一戦が、今、始まろうとしていた。


試合開始の合図とともに、観客席が静まり返る。


(先手必勝だ──!)


一瞬の迷いもなく、俺は地を蹴った。

剣を低く構え、一直線にアグナの懐を狙う。

突進される前に、間合いを潰す──それがこの戦いの鍵だと直感していた。


だが、アグナは動じなかった。

俺の動きを見切ったように、彼女はすでに構えていたハルバードを回転させる。

空気を裂くように、鋭く唸る刃の弧。

その場に風の結界が生まれたかのように、接近する余地すら与えない。


(っ……これじゃ近づけない!)

無理に踏み込めば、回転の勢いごと切り裂かれる。

俺は身をひねって軌道を逸らすと、一度距離を取った。


「冷静ね。悪くない判断よ」

アグナが微笑むと同時に、蹄が地を打つ音が響いた。


今度は彼女の番だ。

重心を低く構え、馬体が地面を滑るように加速する。

まるで風そのものが実体化したような突進だった。


「──っ!」

すぐさま横へと跳び退く。

アグナの突進は鋭く、速い。ほんの一瞬でも判断が遅れれば──終わっていた。


(速い……それに、動きに一切の無駄がない)

回避と同時に、次の一手を考える。

真正面から受ければ押し負ける。回避だけでは勝ち目はない。


(どうすればあの突進に対抗できる?)

汗が額を伝い、呼吸が荒くなる。

だが、まだ焦りはない。むしろ、心は研ぎ澄まされていた。


「さあ、どうするの?次はあなたの番よ」

風を従えるようなその声に、剣を握り直す。

再び、地を鳴らす蹄の音。

アグナが加速してくる。


その速度はまさに車輪のごとく、闘技場の地面を削りながら一直線に迫ってきた。

風が逆巻き、観客席からもどよめきが起こる。


(また来る……!真正面から……!)

逃げればまた次が来る。距離を取っても、状況は変わらない。


(避けるだけじゃ、勝てない……だったら──!)

突進の瞬間。

わずかにアグナの体勢がブレるタイミングを見極める。


「そこだっ……!」

俺は地を蹴り、斜め前方へと滑り込むように飛び込んだ。

身体を地面すれすれまで低く保ち、アグナの蹄の下へと潜り込む。

そのまま拳を固め、前脚の内側へ叩き込む。


ゴンッ!


衝撃が伝わる。

巨大な馬体の片脚がわずかに浮き上がり、アグナの重心が傾いだ。


「……!?」

アグナの表情が一瞬だけ揺らぐ。

ハルバードの軌道がわずかに乱れ、突進の勢いが鈍った。


「っ、やったわね……!」

馬体を踏ん張りで立て直そうとする彼女に対し、俺はすでに動いていた。

姿勢を起こしながら反転し、間合いを詰める。


(チャンスは、今しかない!)

剣を振り上げ──斬撃を放つ!

刃がハルバードと激しくぶつかり、金属音が闘技場に響いた。


アグナは辛うじて防いだものの、初めて攻防が“互角”に持ち込まれた瞬間だった。

二人の間に距離が生まれ、砂煙が舞う中でにらみ合う。


「やるじゃない」

アグナが、嬉しそうに笑う。

その瞳には、戦士としての本当の高揚が宿っていた。


砂煙が晴れた瞬間──再び激突が始まった。

アグナがハルバードを構え直し、鋭く踏み込む。

先ほどまでの直線的な突進ではない。

斜めに、縦に、回転させるように振るわれる刃の軌道は、まるで舞うようだった。


「ハッ!」

振り上げたハルバードが空を裂き、俺の頭上を狙って振り下ろされる。

間一髪で回避し、すかさず後退──と思わせて、すぐに踏み込む。


「……っ!」

俺は逆にアグナの懐に入り、剣を突き上げる。

だが、アグナの反応も早い。柄を返して打ち払い、軌道を逸らす。


アグナはハルバードを斜め上から振り下ろしてくる。

俺はそれに真っ向から受けることなく、刃の軌道を読み切って体をひねる。

刃先が頬をかすめる。紙一重の回避。

だが、重い武器の一撃――振り切った直後には、どうしても一瞬の“戻り”が生じる。


「――今だ」


俺はその隙を見逃さず、地面を蹴ってアグナの足元へ滑り込むように移動。

脚の外側を駆け抜けるようにして、彼女の背後へと抜けた。


「せいっ!」

振り向きざまに俺の剣がアグナの背を捕える…はずだった。


「甘いわね!」


「──ッ!」


不意に腹部へ鋭い痛みが走る。

アグナの後ろ脚による鋭い蹴りが直撃したのだった。

そのまま数メートル吹き飛ばされ、地面を転がる。


(くそっ……! なんて力だ……!)

馬体の蹴りがこれほどとは思わなかった。

立ち上がらなければ終わる。

俺は砂を払うようにして体を起こす。


「ふふ……なかなかいい動きだったわ。でも──油断しちゃだめよ?」

アグナが微笑む。その笑顔には、戦いの中にある高揚と尊敬が入り混じっていた。


「まだ……終わりじゃない」

静かに構えを取り直す。額から汗が流れ落ち、剣の切っ先が再び彼女を捉える。


どちらも譲らず、ほんの僅差で致命を避ける攻防。

一歩、また一歩と間合いを詰めながら、互いの意識が研ぎ澄まされていく。


風が流れ、二人の間の空気が張り詰めていく。

火花のような攻防が続く中──俺の脳裏に、ある感覚がよみがえっていた。


(…あの蹴り…あのタイミング)


さっきの一撃。背後を取ったはずが、逆に後脚で蹴り上げられた。


(…なら次はその蹴りを逆手に取れば…あるいは)


「これで終わりよっ!」

アグナの瞳が鋭く光る。

彼女が突進の構えから一気に距離を詰めてくる。

その勢いと迫力に、観客席からもどよめきが起きた。


だが、俺は退かなかった。

「まだだ──!」


俺は地面を蹴って跳び上がる。

アグナの突進の軌道を読みきり、空中で体を捻るようにして彼女の背後へと回り込む。


「また背後ね…なら!」


アグナの後脚が反射的に跳ね上がる。

巨大な蹄が着地した俺を鋭く捕えようとする。


(来る──!)


その一瞬、俺は体を地面へと沈めるように落とし、滑るように地を這った。

スライディングで後脚の攻撃をぎりぎりで躱し、アグナの前脚の内側へと滑り込む。


「そこだっ──!」


足を絡めるようにして、前脚の一本を狙って刈るように引っかける。


がくん──!

アグナの巨体が大きくぐらついた。

後脚が浮き、支えを失った身体が、斜めに傾く。


「くっ……!」

ハルバードを突き刺そうとするが間に合わない。

そのまま、彼女の身体が地面に倒れ込んだ。

土煙が舞い上がる。


静寂。


観客たちの息を呑む気配が伝わってくる。

俺は剣を構えたまま、一歩、近づいた。

アグナは倒れたまま、しばらく空を見上げていた。

やがて、ふっと息を吐き、ハルバードを横に置いた。


「…ここまでね。私の負けよ」


彼女は静かに手を挙げ、闘技場のどこまでも澄んだ空気の中で、潔く敗北を認めた。

その言葉が響いた瞬間、観客席から歓声と拍手が爆発した。

俺は剣を下ろし、額から流れる汗をぬぐう。


(……勝った)


だが、そこにあったのは歓喜ではなく、戦士としての充実感だった。

「いい戦いだったわ、カケル」


立ち上がったアグナが微笑む。

その笑顔は、まるで互いにすべてを出し切った者同士の、静かな握手のようだった。


観客席の熱狂がまだ冷めやらぬ中、俺はゆっくりと闘技場を後にした。

剣を腰の鞘に戻し、汗をぬぐいながら、控室へと続く通路を進む。


足音が反響する静かな回廊の先──そこに、ひとりの少女が立っていた。

リザードマンの魔物娘ライア。

無言のまま、真っ直ぐな視線でこちらを見据えている。


(……来たか)

すぐに次の試合というわけではない。

だが、ここで出会ったのは偶然ではないように思えた。


「……見せてもらったよ、さっきの試合」

ライアの声は落ち着いていたが、その奥にあるものは熱かった。

剣にそっと手を添えながら、続ける。


「正々堂々とした、いい勝負だった。……気持ちが高ぶったよ」

俺は一瞬戸惑ったように目を見開いたが、すぐに口元を引き締める。


「ありがとう。……次は、君が相手になるのかい?」

「そのつもりだ」


短く頷くライア。

その瞳は、まるで試合の続きを今からでも始めるかのような鋭さを帯びていた。


「真正面から行く」

「もちろん。俺も、全力でぶつかるつもりだ」


一瞬、火花が散るような空気が通路を走った。

互いに言葉少なでも、戦士として理解し合った確かな空気があった。


ライアはそれ以上何も言わず、静かに背を向けて去っていく。

その背中をしばらく見送ったあと、控室の扉に手をかけた。

深く、息を吐き出す。


(次は、ライア……か)

手強い相手だと分かっている。だが、逃げる気はない。

扉を開け、俺は静かにその先へと歩を進めた。

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