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誓いの刃と、揺るがぬ瞳②

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。

朝の訓練場に、金属が風を裂く音が乾いた空気に響いていた。

俺は片手剣を握り、無言で素振りを繰り返す。

だが、手の中の剣はいつまでも“道具”のままで、“武器”になってくれない。


「…力任せに振っても、剣は応えてくれないわよ」

セレナの声は冷静だが、どこか柔らかい。

それが余計に、自分の未熟さを突きつけられているような気がして、少しだけ胸が痛くなる。


「…うん、わかってるけど…なんか、しっくりこないんだ」

慣れない得物。手の内に収まりきらない感覚。

もともと剣術の心得があるわけじゃないし、型も知らない。

誰かが教えてくれるわけでもなく、ただ我流で振っているだけ。


額の汗を拭いながら空を仰ぐ。青い空が、やけに遠く感じられた。

大会は明日。時間はない。


道場に弟子入りしたところで、何かが間に合うわけじゃない。

けれど何もしなければ、何も始まらないことも分かっていた。


「やっぱり難しいのかしらね~」

リリアの少し呑気な声が背中から届く。

冗談混じりの響きに少し救われる一方で、胸の奥がざわついた。


……やれるのか、俺に。

弱気な思考を振り払うように、もう一度剣を握り直した、そのとき──


「おい、アンタ。その構え、素人丸出しだぞ」

声が飛んできた。女性のものだが、芯のある、よく通る声。


振り向くと、訓練場の端に一人の女が立っていた。


獲物を正確に捉えるような、冷静で鋭い緑のスリット状の瞳。

焦げ茶の髪を短くまとめたショートウルフカット。

引き締まった筋肉に、濃いエメラルドグリーンの鱗が肩や脚に浮かび上がっている。


金属の胸当てとスカート型の防具に身を包み、腕にはごつめの小手、足には脚部をしっかり守る脛当てを装着している。

頬、二の腕、脇腹、太股、脚の一部にかけても鱗が覗き、まるで装甲のように滑らかな光沢を放っていた。


左の二の腕には、トカゲの尾を象った革のアームバンドがついており、腰には、小さな袋がいくつか下がった革の腰巻きも見える。


その腰にはバランスの良い一本の剣を携え、尾てい骨付近から後ろへと伸びる、太くしなやかな尻尾が揺れている。

歩くたびに自然に動き、体のバランスを取るその様子は、まるで彼女の意志を持っているかのようだった。


「リザードマンのライアだ。アンタの剣──悪いが、見てられなかった」


その一言で、背筋がぴしりと伸びる。

恥ずかしさと、どこかにあった安堵。本物に、見られていた。


「だから、一つ教えよう。剣の持ち方ってやつを」

そう言って、彼女はまっすぐこちらへと歩み寄ってきた。

足音は重くもなく、軽すぎもしない。獣のような三本指の足が石をしっかりと踏みしめ、全身に無駄な動きがない。


「えっ……」

不意を突かれた俺は、情けないほど間抜けな声を出していた。

ライアは無言で近づいてくると、俺が手にしていた片手剣を軽く取った。

その手の動きに一切のためらいはなく、彼女の存在そのものに迷いがないように感じられた。


「重さのバランスは悪くない。でも、こう握るんだ」

短く告げると、ライアは剣の柄を軽く返した。

次の瞬間、剣がまるで意志を持ったかのように、彼女の手の中でしなやかに踊った。


風を裂くような音。無駄のない流線形の動き。

そこには“力”ではなく“理”があった。


「剣ってのはな、力じゃなくて“線”で振るもんだ。軌道がぶれてたら、威力も速度も台無しだ」

彼女は淡々と語りながら、軽く一振り。

それだけで空気が揺れ、地面の砂がかすかに舞い上がった。


「……すごいな」

感嘆の声が漏れる。思わず、という感じだった。


「感想はいい。試してみてくれ」

ライアはそう言うと、剣を俺に返しながら、軽く一歩踏み出した。

彼女の足運びは静かでいて、地を踏みしめるような力強さを感じさせる。


「構え直すんだ。重心、後ろじゃなくて前。だが、つんのめらないようにな」

「え、ええと、こう?」

「違う!肘はもっと引け。肩に力が入りすぎだ」

鋭い声が飛んでくる。

だが、不思議と嫌な気はしなかった。


次々に繰り出される指示に、俺は右往左往しながらも懸命に応える。

何度も直される。だがそのたびに、手の中の剣が少しずつ“自分のもの”になっていく感覚があった。

気づけば、額から汗が流れていた。でも、それ以上に胸の奥に小さな熱が灯っている。


──楽しい、と思っていた。


「少しはマシになったか。そのまま、振ってみろ」

言われるまま、俺は一度息を整え、両足の位置を微調整し、剣を振り抜く。

……最初よりも、ずっと軽い。

剣が、腕の延長として機能し始めている。


「……悪くない」

ライアが短くそう告げた。

そのたった一言が、妙に嬉しかった。褒められたかったわけじゃない。

でも、認められた気がした。


「貴女って誰にでもこんな指導してるの?」

リリアの軽口に、ライアは少し目を細めた。


「違う。彼は…教えたくなるような真剣さが感じられたんだ」

そっぽを向きながらそう言う彼女の横顔が、ほんの少し赤く見えたのは気のせいだったろうか。


俺は改めて、片手剣の柄を握りしめる。

この剣で、俺は戦う。皆の期待に応える為に。


◇ ◇ ◇


日がすっかり高くなった頃、訓練場の片隅で、俺達

はライアを見送る形になっていた。

剣の稽古を終えた後も、彼女は無言で俺の動きを見ていた。

どこか名残惜しそうに──それでいて、不器用なままに。


「……私は、そろそろ行くよ」

ライアはぽつりとそう言って、背を向けた。


「あの、ライアさん!」

呼び止めた声は、思ったより大きく響いていた。

彼女は立ち止まり、少しだけ肩越しに振り返る。


「今日は、本当にありがとう。あなたのおかげで、少しだけ剣が分かった気がします」

「この恩は、いつか必ず返します」

そう言葉を添えたとき、一瞬、彼女の表情が揺れた気がした。

けれどすぐに、いつもの真っ直ぐな目に戻っていた。


「……礼なんていらないよ。教えたくなっただけだから」

「だけど次に会うときは、ちゃんと剣士らしくなってろよ」


その声は、どこまでも真っ直ぐで、そして少しだけ、やさしかった。

そう言い残してライアが再び背を向けた、そのときだった。

訓練場の入り口から、コツ、コツと靴音が近づいてきた。


視線を向けると、そこにはどこかで見覚えのある少女の姿があった。

大きな一つ目。単眼の魔物娘だ。

感情の読めない無表情。それでも、ただ立っているだけで強い存在感を放っていた。


「エルザ、どうしたんだ?」

「やっぱりここに。探したんだから」


ライアの問いかけに、少女エルザは淡々と応える。

ふたりの間には、言葉以上の信頼のようなものが感じられた。

俺は、その顔をじっと見つめながら、あることを思い出す。


「……あの子、昨日街でぶつかった……」

呟いたその瞬間、エルザの足がぴたりと止まった。

そして、そのままゆっくりとこちらを向く。


彼女の大きな一つ目が、まっすぐに俺を射抜いた。

無言のまま、ただ見つめてくる。まるで職人が何かを見透かす時のような観察眼があった。


こちらも目を逸らせずにいた。理由は分からない。

けれど、言葉にならない何かが、確かにそこにはあった。


しばしの静寂が流れる。

「……行こう、エルザ」

ライアの声に、エルザは小さく頷いた。

ふたりは並んで歩き出し、訓練場をあとにする。


その背中を、俺達は角を曲がって見えなくなるまで黙って見送った。

「ふふっ、カケル。あのサイクロプスの子、気になるの?」


リリアがからかうように俺の顔を覗き込む。

「い、いや。そんなんじゃ──」


慌てて否定するが、言い終えるより早く、別の声が割り込む。

「やーね、軽い男は。そんなんじゃ試合に勝てないわよ」

セレナがそっけなく言い放ち、軽く鼻を鳴らした。

──だが、その表情はどこか拗ねたようにも見えた。


◇ ◇ ◇


夕暮れのヴァルテリア。

街全体が朱に染まり、昼の喧騒を引きずったまま、陽がゆっくりと沈んでゆく。


吸血鬼であるこの身にとって、陽の沈みかけたこの時間帯は、

心が静まるひとときでもあるのだ。


高台にある古い建物の屋根の上に、余は静かに腰を下ろしていた。

片膝を立て、頬杖をついたまま、斜陽の中に染まる街並みを見下ろす。


石畳の上では、明日の剣術大会に向けて、騒がしい者たちが剣を振るい、

あちこちで模擬戦が繰り広げられていた。


剣戟の音。怒号。笑い声。

誇らしげな叫びが混ざり合い、まるでこの世界の喧噪を象徴しているかのようだった。


「…剣に夢中になる者の、なんと多いことか」

余は軽く鼻を鳴らし、自嘲まじりに呟いた。

その声音は風にさらわれ、誰の耳にも届かずに消えていく。


余にとって、戦いとは“誇示するため”の技ではない。

あくまで、自らと、大切なものを護るための手段にすぎないのだ。

こうして己を誇示し合うための見世物は、どこか滑稽に映っていた。


「名誉、勝利、喝采――」

その言葉を口にするたび、苦笑が漏れる。

まったく、どれほど飽きもせずに追い求めるのだろうな。


だがその滑稽さの奥に、どこか懐かしい“熱”を感じることも、否定はできなかった。

気づけば余は、その熱の一角に立つ、ある人物へと視線を向けていた。


…カケル。


他者と比べれば、まだまだ未熟。

構えも甘く、剣の重みにも慣れていない。

けれど、愚直なまでに真っすぐな姿勢で、自分の剣を探ろうとしている。


「ふふ、無理をして肩を痛めでもしたらどうするつもりだい?」

小さく皮肉を添えて囁いてみせる。

……だが、その視線をどうしても外すことができない余は、少しだけ呆れてしまう。


「…興味がないふりをしているのは、果たしてどちらだったかね」


そんな自問が浮かんだ、そのとき――


「ん?……これは」


肌をかすかに撫でるような、違和感。

空気がざらりと軋む。目を細め、気配の主を探ると、一人の男の姿が視界に映り込んだ。


道の影に紛れるように歩く、よろめくような足取りの男。

剣こそ腰に提げているが、その手に力はなく、目には光がない。

まるで意志というものがごっそり抜け落ちた人形のような有様だった。


「……なんだね、あれは」


ほんのわずかに、禍々しい気配。

けれど、それは確信には至らない。闇とも言えぬ、ごく淡い濁りだった。

余は目を細め、その輪郭を記憶に留めた。


「気配は弱い。だが…嫌に、ひっかかるね」

目を細め、男の輪郭を記憶に刻む。こんなものを見逃すわけにはいかない。

…ともあれ、今は別のことに集中するとしよう。

余は視線をカケルへと戻し、彼に買わせた日傘をくるくると指先で回す。


「…まぁよい。今は、あの子の戦いを見守るとしようか」

風が吹き抜け、銀髪をやさしく撫でた。

静かにその場を後にし、余は夕闇へと身を溶かしていった。


◇ ◇ ◇


朝霧が晴れゆく中、ヴァルテリア伝統の剣術大会がついに幕を開けた。


舞台は街の中央にそびえる石造りの闘技場。

何百年も前から数々の戦士達が剣を交えてきた、歴史ある場所だ。


半円形に広がる観客席は高低差がつけられており、見下ろす形で戦場を一望できる。

石畳の床、磨き抜かれた鉄製の柵、掲げられた王国の旗が、格式ある空気を演出していた。


「……すごいな。これが、闘技場……」


俺は出場者として列に並びながら、周囲を見渡していた。

前にも後ろにも、見るからに屈強な戦士達。

分厚い筋肉を誇る大男、鋭い眼光の女剣士、鎧をまとった魔物娘──自分だけが、異物のようだった。


元の世界から着てきた軽装。訓練こそしてきたが、まだ剣に不慣れな自覚もある。

手のひらに汗がにじみ、剣の柄が滑りそうだった。


(……俺、本当にここで戦うのか?)


そんな不安をかき消すように、ふと目を上げる。

石造りの観客席、その中段あたりに三つの影が見えた。


リリアが、柔らかく微笑んで手を振っている。

セレナは腕を組んで、真剣なまなざしをこちらに向けていた。

そしてヴァネッサ。

視線が合った瞬間、彼女は口元に小さな笑みを浮かべ、ひらりと手を振る。


その仕草に、不思議と胸の緊張がほどけた。

「……ったく、緊張してる場合じゃないな」

小さく息を吐き、剣の柄を握り直す。


やるしかない。

ここまで来たなら、逃げる理由なんてない。


「ヴァルテリア剣術大会、これより開幕!」


司会者の高らかな声が、石壁に反響する。

歓声が湧き上がる。

白い紙吹雪が宙を舞い、朝の光にきらめいた。

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