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メイドの宿舎へ戻ると、同室のレベッカとエリサが、待ってましたとばかりにわたしを取り囲んだ。
「セリー、どうだったの? レナート様とのデートは!」
「ねぇねぇ、どこに行ったの? 仮面の騎士様と何を話したの?」
二人は両手を組んで、キラキラした目でわたしを見つめている。
「いや、別にデートってわけじゃ……」
わたしがそう答えると、彼女たちは声を荒げて反論した。
「何言ってんのよ! 男女が一緒に出掛けたんだから、それをデートと言わず何と言うのよ!」
「男女が休日を一緒に過ごすって特別なことよ?」
「レナート様を狙っている女性はたくさんいるのよ?」
「彼の何が不満なのよ!」
わたしは彼女たちの迫力にたじろぎながら、困惑して答えた。
「不満なんて……。わたし、レナート様のことよく知らないし……」
(それにわたしはエレンデール王国民だ。そのうえ結婚歴もある……)
わたしの言葉に、彼女たちは顔を見合わせてにんまりと笑った。
「よく知らないなら、これから知っていけばいいじゃない」
「少しずつ知っていくうちに、興味が湧くかも!」
「レナート様って、先の戦争での功績が評価されて、騎士団長であるジョシュア殿下が王都に連れてきたって話よね?」
「そうそう、セリーがベアトリス様付きになった頃、彼もベアトリス様付きの近衛騎士になったのよ!」
「仮面に隠された素顔……。そこがまたミステリアスで魅力的じゃない」
「セリー、もしかして仮面が気になるの?」
「そんなことないわ。名誉の負傷だもの」
彼が人前で常に仮面をつけているのは、先の戦争で顔に傷を負ったからだと言われている。
わたしたちが話していると、ベッドで休んでいたマルゴが不機嫌そうに顔を上げた。
「うるさいわね! 疲れてるんだから静かにしてよ!」
レベッカとエリサはしぶしぶ返事をして、わたしは慌てて頭を下げた。
「「はーい」」
「ごめんなさい。マルゴ」
部屋の中には気まずい空気が漂い、マルゴは再びベッドに横たわった。
マルゴはかつて貴族家に嫁いだ令嬢だった。しかし、先の戦争で結婚したばかりの夫を失い、メイドとして働くことを余儀なくされたという。
二国間では和平条約が締結されたけれど、人々の心はそんなに単純ではない……。お互いの国に対して悪感情を持っている者も少なくない。マルゴもその一人で、彼女は戦争の話を極端に嫌い、その話題が出るといつも不機嫌になる。
夕食と入浴を終え、ベッドに入って目を閉じ、今日の一日を振り返る。
観劇、カフェ、賑やかな街での買い物……レナート様は義務を果たしただけなのかもしれないけれど、わたしには、全部が楽しかった。
そして、浜辺での出来事を思い出し、胸が切なくなった。
レナート様はその胸に、特別な人への秘めた想いを抱いているのだろう……。
それぞれが抱く恋情には多様な種類があり、その結果も多岐にわたる。初恋、片思い、相思相愛、叶わぬ恋、情熱的な恋、禁断の恋。恋の形は多彩であり、一つ一つが独自の物語を描いていく。
わたしの想いがロベルト様に届いていたら、彼がわたしを愛してくれていたら……。その思い惑いは、今でも消えることなく胸に残っている。
脳裏に浮かぶロベルト様。それは、わたしの記憶に残る、彼が少年から大人へと移り変わっていった姿。
わたしとロベルト様の初対面は、結婚式の当日ではない。わたしたちは同じ学園に通っていたのだ。
わたしが十三歳で入学したとき、ロベルト様は最高学年の三年生で、学園内で迷っていたわたしを優しく案内してくれた。
それから、彼を目で追う日々が始まった。
ロベルト様は学園内でも一目置かれる存在だった。彼の人気は当時在学中の第三王子と二分するほどで、誰もが彼に憧れていた。けれど、彼はそれを鼻にかけることなく常に謙虚で、誰に対しても等しく礼儀正しかった。
誰もいない訓練場で、一人で剣の稽古をしている姿を見かけたこともある。彼の真摯な姿勢に、わたしはますます惹かれていった。
ロベルト様が学園を卒業すると、彼はすぐに騎士団に入団した。
高位貴族であり王位継承権を持つ彼は、当然のように第一騎士団、つまり近衛騎士団に配属された。近衛騎士団は王族を守護する精鋭たちであり、その名誉と責任は非常に重い。
けれど、ロベルト様はその後、第二騎士団へ異動した。
第二騎士団を志願した彼の決断に驚いた者も多かったが、ロベルト様の強い意志と覚悟は揺るがなかった。
彼は自らの力で国を守りたいという強い信念を持っていた。
そして彼は前線へ向かった。
王命での結婚とはいえ、そんな彼の妻になれたことが嬉しかった。堂々と彼の帰りを待つことができる自分が誇らしかった。
結局、彼を出迎えることはできなかったけれど……。
「眠れないわ……」
わたしはレベッカとエリサ、そしてマルゴを起こさないようにそっと部屋を出て、宿舎の裏の小さな庭園へ向かった。
庭園にはベンチが設置されていて、そこにはレナート様が座っていた。
(なぜ、彼がここに……?)
レナート様は手にしたハンカチをじっと見つめていた。それは、今日のお礼にわたしが渡したハンカチだった。
声をかけようとした瞬間、彼はハンカチに顔を埋め、嗚咽を漏らした。
その光景を見て、わたしは息が詰まった。胸には複雑な感情が広がり、涙が溢れそうになった。
わたしはレナート様に気づかれないよう、そっとその場を離れ、部屋へ戻った。
その姿が、まるでわたしに許しを乞うかのように見えたのだ……。