表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

 

 メイドの宿舎へ戻ると、同室のレベッカとエリサが、待ってましたとばかりにわたしを取り囲んだ。


「セリー、どうだったの? レナート様とのデートは!」

「ねぇねぇ、どこに行ったの? 仮面の騎士様と何を話したの?」


 二人は両手を組んで、キラキラした目でわたしを見つめている。


「いや、別にデートってわけじゃ……」


 わたしがそう答えると、彼女たちは声を荒げて反論した。


「何言ってんのよ! 男女が一緒に出掛けたんだから、それをデートと言わず何と言うのよ!」

「男女が休日を一緒に過ごすって特別なことよ?」

「レナート様を狙っている女性はたくさんいるのよ?」

「彼の何が不満なのよ!」


 わたしは彼女たちの迫力にたじろぎながら、困惑して答えた。


「不満なんて……。わたし、レナート様のことよく知らないし……」


(それにわたしはエレンデール王国民だ。そのうえ結婚歴もある……)


 わたしの言葉に、彼女たちは顔を見合わせてにんまりと笑った。


「よく知らないなら、これから知っていけばいいじゃない」

「少しずつ知っていくうちに、興味が湧くかも!」

「レナート様って、先の戦争での功績が評価されて、騎士団長であるジョシュア殿下が王都に連れてきたって話よね?」

「そうそう、セリーがベアトリス様付きになった頃、彼もベアトリス様付きの近衛騎士になったのよ!」

「仮面に隠された素顔……。そこがまたミステリアスで魅力的じゃない」

「セリー、もしかして仮面が気になるの?」

「そんなことないわ。名誉の負傷だもの」


 彼が人前で常に仮面をつけているのは、先の戦争で顔に傷を負ったからだと言われている。



 わたしたちが話していると、ベッドで休んでいたマルゴが不機嫌そうに顔を上げた。


「うるさいわね! 疲れてるんだから静かにしてよ!」


 レベッカとエリサはしぶしぶ返事をして、わたしは慌てて頭を下げた。


「「はーい」」

「ごめんなさい。マルゴ」


 部屋の中には気まずい空気が漂い、マルゴは再びベッドに横たわった。


 マルゴはかつて貴族家に嫁いだ令嬢だった。しかし、先の戦争で結婚したばかりの夫を失い、メイドとして働くことを余儀なくされたという。



 二国間では和平条約が締結されたけれど、人々の心はそんなに単純ではない……。お互いの国に対して悪感情を持っている者も少なくない。マルゴもその一人で、彼女は戦争の話を極端に嫌い、その話題が出るといつも不機嫌になる。






 夕食と入浴を終え、ベッドに入って目を閉じ、今日の一日を振り返る。


 観劇、カフェ、賑やかな街での買い物……レナート様は義務を果たしただけなのかもしれないけれど、わたしには、全部が楽しかった。



 そして、浜辺での出来事を思い出し、胸が切なくなった。



 レナート様はその胸に、特別な人への秘めた想いを抱いているのだろう……。



 それぞれが抱く恋情には多様な種類があり、その結果も多岐にわたる。初恋、片思い、相思相愛、叶わぬ恋、情熱的な恋、禁断の恋。恋の形は多彩であり、一つ一つが独自の物語を描いていく。



 わたしの想いがロベルト様に届いていたら、彼がわたしを愛してくれていたら……。その思い惑いは、今でも消えることなく胸に残っている。



 脳裏に浮かぶロベルト様。それは、わたしの記憶に残る、彼が少年から大人へと移り変わっていった姿。



 わたしとロベルト様の初対面は、結婚式の当日ではない。わたしたちは同じ学園に通っていたのだ。


 わたしが十三歳で入学したとき、ロベルト様は最高学年の三年生で、学園内で迷っていたわたしを優しく案内してくれた。


 それから、彼を目で追う日々が始まった。


 ロベルト様は学園内でも一目置かれる存在だった。彼の人気は当時在学中の第三王子と二分するほどで、誰もが彼に憧れていた。けれど、彼はそれを鼻にかけることなく常に謙虚で、誰に対しても等しく礼儀正しかった。


 誰もいない訓練場で、一人で剣の稽古をしている姿を見かけたこともある。彼の真摯な姿勢に、わたしはますます惹かれていった。


 ロベルト様が学園を卒業すると、彼はすぐに騎士団に入団した。


 高位貴族であり王位継承権を持つ彼は、当然のように第一騎士団、つまり近衛騎士団に配属された。近衛騎士団は王族を守護する精鋭たちであり、その名誉と責任は非常に重い。


 けれど、ロベルト様はその後、第二騎士団へ異動した。


 第二騎士団を志願した彼の決断に驚いた者も多かったが、ロベルト様の強い意志と覚悟は揺るがなかった。


 彼は自らの力で国を守りたいという強い信念を持っていた。


 そして彼は前線へ向かった。


 王命での結婚とはいえ、そんな彼の妻になれたことが嬉しかった。堂々と彼の帰りを待つことができる自分が誇らしかった。



 結局、彼を出迎えることはできなかったけれど……。




「眠れないわ……」


 わたしはレベッカとエリサ、そしてマルゴを起こさないようにそっと部屋を出て、宿舎の裏の小さな庭園へ向かった。


 庭園にはベンチが設置されていて、そこにはレナート様が座っていた。



(なぜ、彼がここに……?) 



 レナート様は手にしたハンカチをじっと見つめていた。それは、今日のお礼にわたしが渡したハンカチだった。


 声をかけようとした瞬間、彼はハンカチに顔を埋め、嗚咽を漏らした。


 その光景を見て、わたしは息が詰まった。胸には複雑な感情が広がり、涙が溢れそうになった。


 わたしはレナート様に気づかれないよう、そっとその場を離れ、部屋へ戻った。



 その姿が、まるでわたしに許しを乞うかのように見えたのだ……。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ