エージェント登録
10月1日。19時。花苗たちはドロシーの事務所を訪ねた。彼女とはすぐ打ち解けた。まずはエージェント登録。最低時給は2000円。活動は異世界が原則だが事務所内での仕事にも従事できる。これまでとの違いはカルーン公国のマルスの正規のコスチュームを着用する義務を負うことだ。「カルーン公国と業務提携してるのよ」「そ、そうなんだ」上は白のセーラーと半袖の体操服。下は黒と白のブルマー。これらの組み合わせのみ。ブルマーの下はノーパンでないといけない。でも白のブルマーはさすがにハードルが高すぎ。仕方なく4人は白のセーラーに黒のブルマーを身にまとった。白のセーラーは半袖のセーラー服と変わらないが黒のブルマーは生地が薄くてショーツの重ね着と変わらない。履き心地がよくて通気性も抜群だが、ほぼ下着。花苗たちに与えられた仕事は雑用。花苗はホームページの更新。沙恵は事務所内の清掃。深紅は販促チラシの校正。那美は郵便物の整理に従事した。わずか3時間だが6000円の臨時収入は大きい。しかもドロシーは気さくで親しみやすく働きやすい雰囲気がある。4人は気楽に働いた。彼女は電話番だが問い合わせの電話はなく持て余している様子。ホームページは載せるべき情報の整理及び厳選。事務所内の清掃はゴミの分別がメイン。異世界とリアルでは分別のルールが違う。販促チラシは誤植が多い。よく読むと意味が取れない文章もあった。郵便物の整理はリアルからの郵便物がメイン。捨てるべきチラシとそうでないチラシとの分別。久々に単価の高い仕事にありつけた。ドロシーのリテラシーが低いため花苗たちは優先的に仕事をもらえる状況にあった。彼女も働き手が喉から手が出るほど欲しかったので大助かり。仕事はサクサク進んだ。休憩に入るとみんなで[自慢師ゲーム]をして遊んだ。異世界では庶民の間で静かなブーム。お互いに自慢話をしてマウントを取り合うのだが、相手よりもしょぼい自慢話をぶっこまないとマウントを取れない。高度で知的なゲーム。いかに自分がしょぼいかを思わせぶりに語り合う。奥の深いゲームだ。まず花苗がマックスバリュで初めて大根おろしを買った話を始めた。四日市産だし三重はうまし国として知られる。マズいはずがない。しかも今日は半額。ご飯に乗っけて醤油を垂らすと腰が抜けるほどうまかった。賞味期限を見ると10日から13日。ああ今日は13日か。でもノートPCの日付は14日を表示していた。次に沙恵が青春18きっぷを初めて買いに行った話を始めた。ふだん電車に乗らないが友人に誘われて旅に出たくなった。そこで窓口で買おうとしたらそこは名鉄蒲郡駅だった。名鉄の駅員にそんな切符はないと言われた。次に深紅が長野の辰野美術館を訪ねた話を始めた。朝から高速バスと電車を乗り継いで最寄りの小さな駅で下車。更にそこから歩いて山を登り、下った先に美術館はあった。ゴールデンウィークなので休館日かと思ったが開いていた。そこで見たのは仮面を被った奇妙な埴輪。暫く見とれていたが電車の時間が気になる。長野は連絡が悪いので長居はできない。やむなく美術館を出て電車に乗りJR名古屋駅に着いた。駅のホームで電車待ちしていると若い女性に駅のホームを尋ねられ、親切に教えてあげた。その人からはすっごく感謝されたが、彼女を見送った直後に自分もその電車に乗るべきだったと初めて気づいた。要は違うホームで電車待ちしていたことに気づかなかったのだ。次に那美が伊賀流手裏剣打ちの大会に出た話を始めた。大会前に練習を1時間ほどするなど準備は万端。本番は緊張した。確かに的に当たりまくるのだが、手裏剣が的に刺さらなければ得点にならない。結局10投してほとんど的に当たりながらことごとく的に弾かれてしまった。もちろん予選落ち。でもすっごく楽しかった。最後にドロシーが友だちと温泉旅館に泊まった話を始めた。異世界では温泉旅館に行くのが静かなブーム。1泊2日。川沿いの古めかしい温泉旅館。確かに露天風呂は心地よく夕食の川魚や山菜の天ぷらもおいしかった。でも深夜に異変が起きた。急に寝苦しくなった。どうやらオバケらしき人がおなかの上に乗っかっている様子。いっこうにどく気配がないため彼女はついにブチ切れた。「お前のせいで眠れんじゃろうが!!」するとあまりの剣幕に気圧されたのか今度は友だちが急にうなされ始めた。「違あうっ。あっち行けって言うとるじゃろうがっ!!」ついにオバケは退散した。翌朝。チェックアウトした直後に友だちから「昨夜すっごく恐ろしい形相のバアサンがいきなり上に乗っかってきてものすごく怖かったっちゃ」そう真顔で言われてドロシーは「私霊感ゼロでホントによかったあ」と胸を撫でおろした。それ以来特に霊障は起きていない。「あなたの前世は広島ね」「かもしれないわね。ブチ切れるとなぜか河内弁らしき方言が出ちゃうのよ」