深紅と那美の日常
9月28日。深紅と那美はため息をついた。ナミキリ公国の事務所に行くもドロシーは留守。彼女は大須の商店街にいたからだ。ドロシーは端末を持ち歩かない。名古屋に常駐するエージェントは端末とデジカメを持ち歩くことを禁じられていたからだ。でも特に不自由しない。国内でも端末やデジカメなんか持ち歩かないからだ。基本的には自由出勤だから気楽。口うるさい上司がいない。手のかかる部下もいない。確かにクッソ暑くて日中はサバナだし夜は熱帯雨林だけどね。まだ悪名高い[カスウィン]が吹かないだけマシなのかも。[秋が来た]とエージェントをたぶらかすカスウィンは蛇蝎のごとく忌み嫌われた。2人は文化祭のないこの時期が大の苦手。翠香女学院は文化祭を廃止した。表向きはコロナだが実際は性被害があまりにも多いから。10月に文化祭の準備をすれば下校時間が遅くなる。日暮れも早いから変質者に狙われやすくなるのだ。そのため2020年を最後に文化祭は廃止された。なので他校の男子との接点が乏しい。中等部3年生の深紅たちからすればエスカレーターで受験がないのはありがたい。部活は帰宅部。バイトは禁止だが異世界の仕事をしてもバレはしなかった。でもエージェントの仕事がなくなり、2人は持て余すようになっていった。母親に似て娘たちは今の日本にちっとも共鳴できない。かと言っていきなりナミキリ公国への参戦も考えにくい。まだどんな国なのかさえ知らないのだから。帰宅した深紅たちは販促チラシを眺めてみたが、これだけではあまりにも情報が少なすぎる。今はエージェントがほとんど名古屋に残っていないかいまだに入院中。なので異世界の情報が入りにくい。2人は深紅の部屋でゴロゴロしていた。せめてDVDでもあればいいのに。あれはニュース映画のダイジェスト版だから概要をつかみやすい。魔法戦士の対戦シーンがメインだが実戦ではない。あくまでも撮影現場で撮られたものだが限りなく実戦に近い。だからこそ見ごたえがある。同じ頃。ナミキリ公国ではニュース映画を撮ろうという話が持ち上がった。でも主役を張る女性がいない。本来ならばリタイヤした魔法戦士が務めるのだが、リタイヤした魔法戦士がいないのだから仕方がない。撮影現場はリタイヤした魔法戦士がブランクを埋めるために機能している側面がある。でも専属の舞台女優に落ち着く子はいない。たいがい現場に復帰していく。「まずは練習生として舞台女優を募ってはどうか?」「だがそれだと撮影現場の回転率が悪くなるぞ」ある程度視聴率を取らないといけないし、女の子がいつも同じ顔ぶれだと庶民に飽きられてしまう。だがナミキリ公国は知名度がなく、リタイヤした子の受け皿になりうるのかどうかさえわからない。ドロシーはデジタルに馴染んでおらず適応に時間がかかりそうだ。スピード感のなさは何もドロシーだけではないが、かと言って異世界の魅力を損ねるものでもなかった。ナミキリ公国の魔王さまは[メルティープロジェクト]を発足させた。要はマルスの女性化を推し進めることで魔法戦士の取り込みを加速させる。やや抽象的ではあるが、名古屋にライバルがいない以上、ポテンシャルは高い。記者会見の席上で魔王さまは彼らを女装化しないと明言した。「なぜマルスを女装化しないのですか?」「彼らの女性化に寄与しないからです」「具体的にはどうするのですか?」「少し歳上のマーキュリーにしつけてもらいます」「つまり姉と弟みたいな擬似的な関係になるんですね」「そうです」「では実際にマルスがマーキュリーの弟になったとして本当に女性化しますか?」「医学的な根拠はありません」「ならばどうして?」「人は一番身近な人の影響を強く受けるからです」「では女装化には意味がない?」「とは限りません。マルスには毎日ショーツを履かせます」「それでは矛盾しませんか?」「矛盾しません。私たちは[うわべだけの女装化には与しない]だけです」「カルーン公国のマルス改革は残念ながら頓挫しました」「女装男子に需要がないんです」「魔女さまはどこで間違えたのですか?」「魔法戦士は女装男子に食いつくとついつい甘い夢を見てしまったのでしょう」「カルーン公国のマルスは弱くなりませんでした」「だからこそ女の子たちは二の足を踏んだのです」「ハナから女装男子なんぞどうでもよかった?」「[どれくらい私たちとの力の差があるのか]なんですよね」「ではナミキリ公国のマルスはどうなりますか?」「女性化に成功すれば魔法戦士の取り込みが加速します」「幼き魔法戦士の取り込みにも期待が持てます」「そうです。まだ知名度がないのでもっと知名度を上げないといけません」「残念ながら名古屋はアマゾネスとムッチョンが猛威を振るっています」「ドロシーなら必ずやってくれると信じています」「[心の女性化]がキモになりそうですね」「間違いなくそうなります」