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 静まり返った家庭科室。皆の視線が集まる中心――そこへ部長が呼んだ真実を知る人物が立つ。そこでピコリと昇が打った。

「それでは参考人。名前と職業を……」

三田村真知子みたむらまちこ。家庭科教師です」

 ふくよかな体。刻まれた皺。表現するなら母親だろう。そんな先生は白衣を羽織りなおしながら、状況を掴みきれないのか、あたりをキョロキョロと見回した。

「なに? なんなの? 相川君。これはあなたが聞きに来た事と何か関係があるの?」

 零れた声に、部長がすっと前に出る。

「それは、私から説明します」

「あら、えっと、小宮さん」

「はい。こんな時間に先生をお呼びしたのは、お願いがあるんです」

「お願い?」

 先生の頭に疑問符が飛んだ。

「冷蔵庫の中にあったプリンを返してくれませんか」

 プリンと聞いて、先生の首が傾く。小声で「プリン、プリン、プリン」と念仏の様に零れ出ると、ある一点でそれが止まる。

「あ~っ! あのプリン。あなたのだったの?」

 その反応に部長が微笑みゆっくり首を横に振った。

「いいえ。今日授業があったのはあそこの三人。私のじゃありません」

 そう言いながら部長は司と井上姉妹を指差す。それに沿って先生の視線が向くと「お願いします」と三人が揃って頭を下げた。先生がその姿を見てひとつ息を吐く。

「そう。わかったわ。ちょっと待ってね」

 そう言うと先生は白衣から鍵を取り出し、準備室の扉を開く。しばらくして、お盆に乗ったプリンがみっつ、僕たちの前に並んだ。

 金と銀のカップに映り込む司たちの顔。確認するまでもなく、間違いないだろう。

「あ、私らのプリン」

 そう言って双子が、「こんなところに」と、司が、プリンへ駆け寄る。

 しかし、その前に部長が立ち塞がった。

「小宮さん?」

「どうして?」

 三人の疑問符が同時に飛び出す。それに部長は「ふふふ」と笑い、その場所を、先生に譲った。

「それでは先生。お説教をどうぞ」

「え?」

 もう一度みっつの疑問符が揃った。そこへ先生の咳ばらいが聞こえる。

「あなたたち、できたてのカスタードプリンを冷蔵庫に入れるなんて、ダメでしょう。プリンの授業しっかり聞いてなかったわね。温かいまま入れたら冷蔵庫に悪いんだら」

「へ~」と、つい口から出てしまう。そうなんだ。知らなかった。と言うより、覚えていなかった。興味がないから、仕方がない。

 これは、僕では気付けない。さすが、部長――その発想に脱帽です。

 そんな僕の頷きをよそに、先生の小言が続く。

「私が残りの作業をしていたら、どうも冷蔵庫がうるさく唸るじゃない。いったいなんだろうって中を覗いたわけ。そしたら、まだ温かいプリンが入っているし……。だから、一度取り出して冷ましてから、準備室の冷蔵庫へ移したの。もし、プリンを取りに来たらお説教してあげようと思って……。だったんだけど、なかなか取りに来ないじゃない。相川君に聞かれた時も、私すっかり忘れてたわ」

 豪快に笑う先生。これが、プリンの消えた真相。結局は、司たちの自業自得だったわけだ。

 その時ピコリと音が鳴った。昇最後の仕事だろう。そこの所は、しっかりしてる。

「それでは、被告人浅沼俊彦に対する、プリン盗み食い事件についての判決を申します。――浅沼俊彦は無罪」

 そこまで言って、昇が笑う。

 つまりこれで僕は、晴れて無実の身となったわけだ。

「よかったな。信じてたぜ俊彦」

「ふん。どこまで……」

 鼻を鳴らして、悪態をついたが、僕はきっと笑っていた。


「ああ、なんやぁ。結局私らがあかんかったんかぁ。ごめんなぁ、小宮さん、俊彦ちゃん」

 先生が退室した家庭科室で、双子がぺこりと頭を下げた。

「別にいいって。なんだか久しぶりに頭使ったから楽しかったし……」

「私も、楽しかった。謎解きって面白いね。ハマっちゃいそう」

 部長とふたりで掌を振る。そこへ姉妹の顔が上がった。その表情は柔らかい。

「そう言ってもらえると、ありがたいなぁ。な! 司ちゃんもそう思うやろ」

 姉妹の視線が司へ。それに合わせて僕たちも移すが、唇を尖らせた司は、無言のままだ。それに双子は駆け寄り、眉を吊り上げる。

「ああ、もう。煮え切らんなぁ。ええか、司ちゃん。そんなんやから誤解を招くんやで。回りくどい事なんてせんと、面と向かって、と……」

「わー! わー! わー!」

 双子の言葉に、慌てて司が声を上げた。

「コラァ! それは絶対言わない約束」

 それに姉妹は眉をひそめる。そして溜め息。

「私らは、司ちゃんの味方やけど、なんちゅうか、じれったいねん。これ以上素直になれへんのやったら、私らが代わりに言うで」

 それを聞くと、司の細かい動きが多くなった。瞬きが増え、視線や指先が、宛てもなく動き回る。

「だけどさ……」

「言うで!」

「だけど……」

「ええんか!? 言うてまうで!」

「あ~、もう、わかったよ。言えばいいんだろ」

 そう言うと司が僕たちの前に来た。俯いた顔。握り締めた拳。そして、一度吐いた溜め息が聞こえる。

「…………」

「え?」

 自分の耳を疑った。聞こえなかった訳じゃない。理解が出来なかった。意外だったのだ。

 まさか、司の口から“ごめん”って。

 悪い気はしない。不思議と、頬が緩んでしまう。それを見てか、司の顔が真っ赤に染まった。

「聞こえたな。聞こえただろ!」

 司が怒鳴る。でも、敵意がない。だから、僕は笑う。そして、心の中にあったしこりと一緒に、言葉を外へ……。

「ああ、聞こえた」

 僕がそう言うと、司がはっと息をのむ。そうしたかと思えば、踵を返して脱兎のごとく部屋を出て行った。皆が視線で追うが、双子は肩をすくめて僕を見ている。

「ちゅう事や、だから許したってぇな」

「そうだな。許してあげよう」

「聞こえたかぁ。司ちゃん! 俊彦ちゃん許してくれるってぇ!」

「うるさい。確認しなくてもいいだろ!」

 廊下から司の声がした。なんだ、聞いていたのか。

「それじゃあ、俊彦ちゃん。私らからのお詫び……ちゃうんやけど、このプリン食べたって」

 そう言って井上……どちらか結局わからなかったけれど、陶子か節子から金の器に入ったプリンをひとつ、渡された。

「え? いいの? でもこれのために、あれやこれやとやったんじゃぁ……」

「う~ん。まあ、初めはそうやったんやけど、もうなぁ、どうでもようなったん。な! 司ちゃん!」

 と、再び語尾を廊下へ向ける。

「だから、こっちに振って来るな!」

 再度、廊下から聞こえた。それを満足そうに双子が見つめ合うと、クスリと笑い、横目が僕へ。

「ちゅう事やから、今日はありがとね。俊彦ちゃん。小宮さん。あ、おまけに昇ちゃんも」

「ま、俺はおまけって言われても仕方ないから」

 昇が少し遠い目をした。それを僕は鼻で笑う。

「なんだよ昇。不貞腐れてるのか? プリン食べる?」

 と差し出したプリンを昇は突っ慳貪けんどんに押し返す。

「いらない。それはお前が貰った物だろう。責任もって食べろ。それが、運命だ」

「俊彦ちゃん心配せんでも大丈夫や。後のふたつは、小宮さんと昇ちゃんの分やで」

 そう笑ったシンクロボイスに部長と昇が声を上げる。

「わあ、ありがとう」

「お、話がわかるね」

 それぞれに銀の器に入ったプリンを渡すと、井上姉妹は軽く左右対称の手を上げ……

「じゃあ、また。事件があったら会おな。バイバイ」

 そう言って部屋を出ていく。

 まるでホームズと言うより、嵐の様なふたりだった。正直、司も頭が上がらない様だし、良いお目付役かもしれない。

「さあ、せっかく貰ったんだし、食べようぜ」

 昇がどこからともなくスプーンを三本取り出した。それを受け取り、プリンを掬う。そして、口へ運ぶと中でとろけた。

 美味しい。

 消費した糖分を体が求める。二口ふたくち三口みくちとスプーンが進む。すると、なにやら固い物が舌の上に残った。なんだ? これは?

 舌で転がしてみるが、わからなかった。眉をひそめて指で取り出す。するとそれは、折りたたまれた紙だった。濡れた紙を丁寧に広げる。元あった大きさまで広げると、文字が見えた。小さく詰め込まれた文章――それに僕は目を凝らす。


『今日はハンカチありがとう。これからもっと素直になるから、嫌いにならないで』


 一瞬浮き上がる様な錯覚。

 もう一度、頭の中で読み上げると、差出人の真っ赤にした顔が浮かび、妙に恥ずかしくなってきた。体温が上昇していく。

「ん? どうした俊彦。顔、真っ赤だぞ」

 昇が目の前ににゅうと顔を入れてくる。僕はそれに慌てて手紙を隠した。それに昇が「ははは」と笑い、そして視線が細くなる。

「もしかして、何か告白されたか?」

「バ、バカ野郎。お前、今回も知ってたな!」

 僕の言葉に昇の顔がニヤリと歪んだ。

「さあ、知らないなぁ」

「え? どうしたの?」

 と、部長がスプーンの手を止めた。それに昇が口を開く。

「いあやね。司もプリンとか作れるんだから、性格とか言動とか、もっと女の子らしくすればいいのにって話です」

 それに部長はうんうんと頷く。

「そうよね。見た目はかわいいんだけど、ツンツンしすぎてる気がするわ。ホントもったいない。それさえ治れば、ミス北高だと私は思うもの」

「俊彦も、そう思うよな」

 お約束のニンマリ顔が、この上なく憎たらしい。返す言葉がかすかに震えた。

「昇。どんな回答を望んでるんだ?」

「そりゃあ、廊下にまで聞こえる声で言ってくれれば、それでいいぜぃ!」

 その言葉で、反射的に廊下へ目をやる。気配に気が付いたのか窓に映る人影みっつが慌ててしゃがむ姿が見えた。


 言えるかよ。この状況で!


 読了ありがとうございます。藤咲一です。

 さて、今回の物語ですが……

 一年ほど前、犯罪の出てこないミステリー企画に参加するに当たり、零れ出たボツネタ再利用です。

 一応前作の続編みたいな感じですすが、単独でも楽しんでいただけるように切り貼りしてみました。

 本当は本文中で全ての謎を解けるようにと思ったのですが、AAAトリプルエーだけは、脳内補完必要となっています。

 最初はそれもと書いていたのですが、少し流れがおかしくなると、削除しました。ですから、補完されていると、とても嬉しいです。


 さて、本文。

 ごめんなさい。あんな結果で……

 もっとこう、凝らしたトリックにしたかったのですが、思い浮かばず、トリックとは言いにくい結果です。ハウダニットだけですね。推理の要素。

 で、まあ、みんなの行動がわかったところで、あんな感じ。

 もしかしたら、最初から部長が犯人とか、前作から言って昇が首謀者なんて思っていただいていたなら、嬉しいです。


 それでは、今回はこれくらいで失礼いたします。

 藤咲一でした。

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