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 僕の名前は浅沼俊彦あさぬまとしひこ。高校二年生だ。時が経つのは遅いと感じるが、過ぎ去った時を思うと、あっという間だった。

 親友の相川昇あいかわのぼるとの謎解きから早二年。まさか、また、昇が謎を持ってくるとは、思っても見なかった。

 そう、これからお話しする物語は、僕に課せられた小さな謎の物語。



 季節は秋。天高く馬こゆる季節だ。色付く紅葉を見ても良し。流れる雲をゆっくり眺めてもいい。急ぐことのない時間。そんな水曜日の放課後――僕は、いつもと変わらず文芸部の活動に勤しんでいた。

 文芸部と言っても、僕と幽霊部員を含め数人。もちろん部室などはなく、同好会より酷い扱いを受けている。それでも放課後に図書室へ集い、思い思いの執筆に精を出すのだ。

「浅沼君。この表現どう思う」

 そう言いながら僕の対面に位置取るのは、部長の小宮ナツメさん。控えめな性格で、良くも悪くも良い人。男女問わず一歩でも三歩でも下がって相手を立てる。そんな人だ。

「どうでしょうね。僕なら……」

 綺麗な文字で綴られた文章に、添削を書きこむ。

「そうか、そうすればいいんだ」

 ぱっと明るくなった顔に、僕は片眉を上げた。そして、言葉を付け足す。

「いや、あくまで、僕ならこうするかな。といった感じですよ。部長の柔らかい文体とか僕には真似できないから」

 すると、部長は自分の文面を眺めながら「柔らかい、かな?」と、首を傾げた。

「僕は、そう思いますよ。と言うより、そう感じます。何と言うか、説明できませんけど、そういった文体僕は好きですよ」

「あ、ありがとう」

 はっきり言って、部員の誰よりも上手い。そこが、部長が部長たる所以なのだろう。だから、僕に聞かないでほしい。自信がなくなってしまう。

「浅沼君は、今度の文化祭の作品はできそう?」

「ええ、一応。簡単なミステリーを書こうと思っています。トリックも、プロットも完成しましたし、後は、文章に起こすだけです」

「え? 今年もミステリー? 凄い。私には絶対無理。去年のだって凄かったもの、あんな緻密に書かれたプロットとか初めて見たわ」

「そんなにたいしたモノじゃないですよ。昔の体験を基に少し」

「そうなんだ……」

 部長の言葉が、何か言いたそうに止まる。

 その時だった。

「俊彦! 事件だ!」

 勢い良く図書室に響いた声。それは間違いなく親友昇の声だ。

 午後五時三十分――小さな謎はここから始まる。



「で、ここが現場ってわけかい昇君」

「久々に聞いた。その呼び方」

 僕の言葉にそう返す昇に半眼を向け、それから笑う。

「良いだろう。雰囲気作りだよ」

「そうですね“浅沼先生(せんせ)”」

 昇も笑った。

 と、そこに今回の依頼主が罵声を飛ばしてくる。

「ったく、男同士で気持悪い奴らだ」

 そう言った声の主に、僕たちは視線を向ける。そこには高校に入ってから僕たちふたりと“AAAトリプルエー”とか言うグループ名で一括りにされる、クラスメイトではないが同級生の赤堀司あかほりつかさが腕組みをして立っていた。

 どうしてトリプルエーなのかは、知らない。しかし、女生徒の間ではそう言われているらしい。全く、昇と司がいるのだ。いい意味で噂にはなっていないだろう。

「で、事件って何だい? 昇君からはこの家庭科室で事件があった。としか聞いていないんだけど」

 そう言いながら僕は室内を見渡す。そこは僕が言ったように家庭科室だ。主に調理実習で使われる特別教室。グループごとに座れる机と、人数分の椅子。冷蔵庫に、ガスコンロ。出入り口は前と後ろの二か所。中庭側にはクレセント錠で施錠されたガラス窓が並ぶ。教壇と、教卓。その脇に家庭科準備室へと繋がる扉がある。造りも配置も、ごく一般的な家庭科室だと思う。

 今ここにいるのは、僕、昇、司、そして、女生徒がふたり。ここでいったい何があったって言うんだ。

「それはだな……」

 と、司が肩を落として冷蔵庫を指差す。そして、「あそこに入れてあったプリンがなくなったんだ」と、僕を睨みながら言った。

「プリン?」

 オウム返しに聞いてみる。だいたい、プリンがなくなるとか、ここにプリンがある方が不自然だろう。それより、どうして僕が睨まれる。

「白を切るな! ネタは上がってんだ。さっさと白状しちまえよ。僕が食べましたってさ」

 啖呵を切る司。ああ、そう言う事か。僕は、推理のためにここに呼ばれたんじゃない。容疑者として呼ばれた訳か……。って、おい。

「これは、どういう事だい昇君?」

「さ、さあ?」

 目線を逸らし、とぼける昇。問い詰めても、まあ、無駄だろう。気持ちを切り替え司に問う。

「なあ赤堀。ひとつ聞いていいか?」

「何だ、自白するつもりになったか?」

「どうすれば、さっきの言葉がそう解釈できる!?」

「俊彦。いい加減、罪を認めたらどうだ?」

 間髪入れずにそう言ったのは、司じゃなく、昇だった。

「はあ? 何言ってんだ昇。お前裏切ったな」

「裏切るも何も、初めから俺は、プリンの味方だ」

 呆れた。本当に呆れた。無言で僕は踵を返す。さあ、続きを書きに図書室へ戻ろう。

「ちょ、ちょっと待てよ俊彦」

 肩にかかる手、それ越しに昇を睨む。

「僕を犯人だと疑うなら、それ相応の証拠があるんだろうな」

「あるんだろうな」

 僕の言葉をそのまま昇は、視線と共に司へ送る。全く、昇の調子は相変わらずだ。もう、溜め息も出ない。

「そりゃあ、もちろん」

 胸を張る司。だったら、聞かせてもらおうじゃないか。その証拠とやらを。僕は無実なんだ。完膚無きまでに粉砕してやる。



「それでは、被告人浅沼俊彦に対する、プリン盗み食い事件についての裁判を開廷致します」

 昇が黒板を背に、教壇に立つ。そこで、どこから用意したのか不明なピコピコハンマーをピコピコと鳴らした。

 乗りが良いのか、バカなのか。どちらでもいいけど、容疑者から被告人にランクアップ――僕の裁判がここに開廷する。

「では、検察赤堀司。被疑事実を述べてください」

 すっかり役に成りきる昇に冷たい一瞥をくれると、検察官席へ視線を向ける。

「はい。被疑者浅沼俊彦は家庭科室に忍び込み、私を含め、井上陶子いのうえとうこ井上節子いのうえせつこが楽しみにしていたプリンを窃取したものであります」

 書類を読み上げる様に紡がれた言葉。その末尾が鋭い睨みと共に僕へ向けられた。それに沿って昇の瞳もこちらに向く。

「間違い、ありませんか?」

「断言する。僕は無実だ。それよりプリンを学校に持ってくるなんて、なくなる以前に校則違反だろう。僕は逆に、校則違反で赤堀司を訴える」

「残念ですが、それはできません」

 そう言いながら昇が重々しく首を横に振った。そして、僕が「どうして?」と疑問を投げかける前に、その回答が来る。

「今回の被害品であるプリン。それは、本日午後一番の調理実習で作られた物です。それを、検察官たちはそこにある冷蔵庫に入れ放課後に食べようと保管していました。つまり、校則に在る“無用な菓子類の持ち込み”には該当しません。――訴えは棄却します」

「残念だったな。浅沼俊彦」

 既に勝ち誇った司の顔。見下すような視線が腹立たしい。こいつはいつもそうだ。何かにつけて僕に突っかかって来る。入学式の時、肩がぶつかってからだ。

 今朝だって、たまたま司が落としたハンカチを拾っただけで噛みつかれた。


『おい、ハンカチ落としたぞ……って、赤堀司!?』

『ありが……。ゲ、浅沼俊彦!? 返せよ! この朴念仁ぼくねんじん

 わかっていれば拾わなかったのだろうに……


 そんな司の見た目は悪くない。どちらかと言えばモデルだろう。しかし、性格が腐っている事を周囲が知っている今、司に言いよる異性は、雀の涙だと僕は断言する。

 僕だって人格者じゃない。売られたケンカは買う主義だ。赤堀司――やってやろうじゃないか。こうなったら容赦はしない。全面戦争だ。

「じゃあ、僕が犯人だって言う証拠を見せてもらおうか。それがなきゃ僕は無実だろう」

 僕の言葉に司の視線が細くなった。しかし、口元が上がる。

「いいだろう。証拠を聞かせてやる」

 聞かせる? 見せるじゃない?

 首を傾げる。だが、答えはすぐに目の前にある証言台へ。

 家庭科室にいた女生徒ふたり。そっくりな容姿。前髪を左右に分ける髪止めの位置が右と左で違うくらいだ。こんな人間、漫画の中でしか見た事がない。

「はじめまして、浅沼君」

 完全にシンクロする声。今までの流れからいって、間違いないだろう。このふたりが井上陶子と井上節子。双子の姉妹だ。

「はじめまして。井上陶子さん。井上節子さん」

 僕の言葉に双子は丸くなった目を見合わせ、「なんやぁ、私たちの事知ってるん」と視線を戻した。

「知っていたわけじゃないよ。話の流れから少しね」

「ふ~んさすが“AAA”の一角。優秀なんは、顔だけやあらへんなぁ。せやけど、私らが北高のホームズちゅう事は知らんわけや」

 ホームズ? いやそれよりも、関西弁? どうして? ここは関西圏じゃない筈だ。いや、今はそんな事関係ない。

「どうしたん? なんか動揺しとるみたいやけど」

 その時ピコっと音がする。

「おい俊彦。カッコ良いとか言われて、浮かれてんじゃないぞ」

 昇の言葉に間髪入れず司が怒鳴る。

「裁判長は黙ってろ!」

「昇も司も少し黙れ」

 いちいちこんな事が挟まれちゃ、話が前に進まない。

「なんやぁ、意外と男らしいやんか。まあ、わからんでもないなぁ」

「眼鏡をかけたら間違い無く“誘い受け”やなぁ」

 初めて井上姉妹の言葉が別れた。それぞれが何と言ったか僕には理解不能だが、そこは追及しない事にする。そして、視線の隅で再び騒がしくなった昇と司も無視だ。

「井上さん。それじゃあ証拠を聞かせてもらえるかい」

「うん。ええよ。それは……」

 関西弁に不慣れな僕は、とりあえず標準語へと脳内で変換する事にした。

 簡単な概要だけ抜粋すると、午後一番の調理実習の授業で好きな物を作るといった課題が出され、井上姉妹と司が、プリンを作ったのだ。

 その後、放課後三人で取り出そうと、プリンを冷蔵庫に入れ冷やした。

 そして、午後五時。その冷蔵庫を開けるとプリンがなくなっていたそうだ。

「てな感じなんやけど……わかった?」

「僕が犯人だという証拠と言うより、事案の概要じゃないか……。それに、犯行時間が広すぎる。外部犯の可能性も考えられるだろう」

「その通り。決定的な証拠とちゃうよ。これはあくまで、犯行時間特定の第一歩」

「だから、特定すらできていないだろう。午後一番の授業終了からだったら午後二時ころからになるはずだ。他にも容疑者は浮かぶ」

「甘いなぁ。それくらいは捜査してあんたを呼んどるんよ」

 そう言いながら井上姉妹の片割れがひらひらと一枚のルーズリーフを目の前で揺らした。

「それは?」

「家庭科の先生せんせぇが書いた参考人供述調書ちゅうやつ?」

「疑問形にするなよ。僕に聞かれてもわからない」

「そんな正論返すなんて、おもろないやっちゃなぁ。でも、まあええわ。この調書にはこう書いてあるんや『二年六組の授業の後から、私が退室した午後四時三十分までの間この教室に誰も入ってきませんでした』ってな。それに、その時先生は冷蔵庫の中を確認しとるんや。『間違いなくプリンがあった』っても言うてくれとる」

「つまり、四時三十分まで家庭科室に出入りした人間はいない。と言う事か」

「ピンポーン。正解。言うとくけど、家庭科の先生は白やで、あの人甘いの全然あかんらしいし。卵アレルギーなんやて」

「五時までの三十分の間に犯行があった」

「そぅや。そやから次に……」

 そう言いながら、もう一人の井上がひらひらルーズリーフを取り出す。

「これやな。パントマイム同好会佐々木忠信(ささきただのぶ)の参考人供述調書」

「誰だ? それ?」

「まあ、焦らない焦らない。ほないくで……」

 再度僕の頭で補正が入った。簡単な概要はこうだ。

 犯行があったであろう三十分の間、家庭科室の周辺にいた人物の目撃証言だった。

 パントマイム同好会ただひとりの会員である佐々木は、家庭科室の入口付近が見える廊下で練習に励んでいたそうだ。そして、その間に犯行現場へ近づいた人物の名前を上げたらしい。

「それでな、その時間帯に通った人物は……」

 双子の声が名前を読み上げる。

「そこにおる昇ちゃんやろ」

 昇。何してんだ。もしかしてまたお前が仕組んだのか?

「文芸部の部長さん」

 部長。そう言えば一度席を立ったな。

「それに、あんたと……」

 僕も確かにトイレに行った。この学校の構造から考えると仕方のない事だ。図書室は学校の東棟――それの突き当たりにあって、トイレに行くには視聴覚室を挟んだ家庭科室の前を通らなければならない。だから、部長にしても僕にしても、その時間にトイレに行った文芸部員はうろついた事になる。

「三年生の不良がふたり」

「異議あり!」

「ん? なんか変な事ゆうたかなぁ」

「なぜ、そのふたりを疑わない」

「あかん。あかんでぇ。人を見た目で判断したら。不良やからプリンを狙うやなんて思うたら間違いや。それに……」

 その言葉にも異議ありだ。矛盾だらけだろう。不良は見た目じゃなく内面だ。それに、いや、もういい……。

「ちゃんとした証拠があって容疑者から外しとるんやで」

「ほう、それも聞きたい」

「しゃぁないなぁ。これが、あんたが犯人やっちゅう決定的な証拠や」

 差し出されたのはポケットにも収まるくらいの小さなノート。それを受け取り――中身を覗く。パラパラと流し読みだが、だいたいわかった。これは――小説のプロット。書いてある内様にも見憶えがある。間違いなくこれは――僕のノートだ。

「これが、家庭科室に置かれとった。今日も昨日もその前も、あんた家庭科の授業あらへんやろ。な。決定的や。後は消去法――昇ちゃんには悪いけど、こんなもん書けると思えへん。不良のふたりだってそうや。となると、あんたか、部長さんくらいしかおらへん。せやけど、部長さんの小説は恋愛ばかり。文芸部で推理小説を書いとるのは、浅沼俊彦――あんたしかおらへんのや」

 双子の推理に矛盾はない。だけど、僕は無実。つまり犯人は……


 部長という事になる。


 しかし、どうも納得がいかない。あの部長が、人のプリンを食べるだろうか? 自分を抑える事に長けた部長が、衝動的に犯行に及ぶなんて考えにくい。

 それよりも、プロットノートが現場にあるだなんて決定的だ。内容から見るに、去年文化祭用に書いた推理小説の物だった。本来ならば今、図書室に置いた僕の鞄の中にある物――それが持ち出され、現場に置かれた。抜かれたのは、僕が席を立った時だろう。抜いたのは……部長だと見て間違いない。か。

 これは、計画的な犯行だったのか? いや、しかし、あの部長が? 僕を犯人に?

 何度も頭の中で疑問符と部長の姿が巡る。悪い笑みを浮かべプリンを食べる部長の姿。それを何度も振り払う。

 今は自分の事だ。それを考えなくては……

 例えここで僕が、自分の物でないと言い逃れに嘘を言っても、すぐにばれてしまうだろう。この井上姉妹は外堀から埋める推理展開――もしかすれば、次の証拠品として去年の作品を持ち出すかもしれない。いや、準備していると見て間違いない。

 だから、ノートに関して反論はできない。プリンに関してもただ違うと言った所で水掛け論になるだけだ。しかし、今の僕にはこれらを払拭するだけの証拠がない。まさに八方塞だな。

「なんやぁ。神妙な顔して。ようやく罪を認める気になったんかいな」

 双子の声がにじり寄る。この状況を打開するには、壁に穴を穿たなければならない。誰が傷つくとか、そう言った壁だ。

 仕方ない。

 ……僕も、腹を括ろう。真実を求めて。

「その前にひとついいか?」

「なんや?」

「参考人を呼んで欲しい」


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