孤独の少女
剣と剣のぶつかり合う音。
冷たい空気に混じった血の匂い。
みんな殺されてしまうの?お父様も、お母様も、私も、お兄様も。
嫌だ。嫌だよ。
誰か助けて、お願い――
「お兄様っ」
私は、叫びながら飛び起きた。すごく嫌な夢を...いや、記憶を思い出してしまった。
「ここは...」
あたりを見渡すと、見覚えのある部屋だった。窓から差し込む光が眩しい。
「ユノアちゃん!」
突然の声に驚いてそちらを見ると、見慣れた顔があった。
「ロアナさん。おはようございます」
「おはようございますじゃないわよ!あなた、3日も寝たままだったのよ?」
そんなに寝てたんだ...さすがにちょっと寝すぎちゃったかも。
「それにそんなに汗かいて、うなされていたんでしょう?大丈夫なの?」
「あ、はい。大丈夫です。ご心配おかけしてごめんなさい」
深々と頭を下げる。ロアナさんは、身寄りのない私とお兄様を拾ってくださった恩人で、今の私たちには親同然の存在だ。
「そう...なら良いのだけど。今から朝ごはんを用意するから待っててね」
そう言いながらロアナさんは部屋を出て行った。
「久しぶりにあの夢見ちゃったなぁ...」
小さい頃はよく見ていた夢。最近は忘れていたけど、思い出したくなかった記憶。
私がまだ小さい時、家族で夜道を馬車で進んでいたところを、黒衣をまとった何者かの集団に襲われた。父と母が剣を取って必死に私たちを守ってくれようとしたが、相手は3人。かなうはずもなかった。
血を流して倒れている父と母。それを見て私は、感情が限界を超えて思考停止し、動けなくなっていた。そんな私を、お兄様はずっと抱きしめてくれていた。
そして両親を殺し終えた黒衣の者が私たちの前に立ち、その血で汚れた剣を振り上げた時。それまで震えていたお兄様が、突然目にも止まらぬ速さで黒衣の者の腹に膝蹴りを喰らわせ、剣を奪い、首を切り落とした。
突然のことに困惑していたが、黒衣の者たちは二人がかりでお兄様へ襲い掛かった。しかしお兄様は、常人とは思えぬ動きで剣を軽々と躱し、もう一人の首を刎ねた。
残された一人は恐れをなして逃げ出したが、その瞬間腹を貫かれて膝をつき、命乞いしながら首を刎ねられた。
人間離れした動き、相手を殺すことに躊躇のない剣筋。それは、私の知っているお兄様ではではなかった。血まみれの姿で涙を流しながら空を見つめるお兄様の目は、燃えるように赤く染まっていた。
その後、私たちは凍えるような寒さの夜を馬車の中で過ごし、次の日の朝、たまたま通りかかったロアナさんに拾われた。王国で雑貨屋を営んでいるロアナさんは私たちに寝る場所と仕事を与えてくれて、そのおかげで私たちはここまで生き長らえてきた。
お兄様はどういう訳かあの夜のことをよく覚えておらず、誰かが盗賊を殺して助けてくれたんだという風に思い込んでいた。
確かにあの時のお兄様は、まるでお兄様ではなかったようだった。だから、このことは私だけの秘密にしようと自分に誓った。
しばらくして、ロアナさんが部屋に入ってきた。
「ユノアちゃん。朝ごはん出来たけど、歩ける?」
「ロアナさん、大丈夫です。ありがとうございます」
ここは、私とお兄様が住まわせてもらっているロアナさんの家だ。朝食はいつもロアナさんが用意してくれて、毎朝3人で食卓を囲んで朝食を食べるのが決まりだった。
食卓について朝食を食べ始めてから、私は一番気になっていたことを聞いた。
「ロアナさん。お兄様はまだ見つかっていませんか?」
一緒に朝食を食べていたロアナさんの手が止まった。
「...えぇ。まだ見つかっていないわ。手がかりも何も」
「...そうですか」
気まずい沈黙が流れる。
任務で辺境の村に向かった輝夜騎士団は、成果を得られず撤退した。その中で何故か、お兄様だけが帰らなかった。騎士団を先導していたはずなのに、お兄様がどこへ行ったのか知っている人はいなかった。
私はお兄様が行方不明になったと聞いたショックで気を失って3日も寝込んでしまったけど、未だにお兄様の行方はわかっていない――
朝食を食べ終えた私は、決意を決めた。
「ロアナさん。私、お兄様を探しに行きます」
ロアナさんは、驚いて私を見つめた。
「ダメよ。手がかりもないし、体の弱いユノアちゃんには危険すぎるわ」
「手がかりを見つけるために行くんです。それに、体が弱かったのは小さいころの話ですから」
私は腕に力を入れて二の腕をパンパンっと叩いてみせた。
「だとしても、貴女まで危険な目に合うかもしれないのに送り出すなんてことはできないわ」
ロアナさんは、私たちのことを本当の子供のように可愛がってくれていた。お兄様が行方不明になったことをすごく悲しんでいるし、だからこそ私まで行かせたくない気持ちもわかる。だけど――
「ロアナさん、自分勝手なことを言ってごめんなさい。でも、お兄様は私にとって心臓のようなものです。お兄様なしで私は生きていくことはできません」
私は、ロアナさんの手を握った。
「それに、お兄様も私なしでは何もできませんから」
そう言ってにこっと笑ってみせた。その時――
「行かせてやろう」
突然低い声が聞こえて驚いて入口の方を見ると、鎧を着た大柄の男性が立っていた。
「ドレアスさん!」
「あなた!帰ってたの?」
ドレアスさんはロアナさんの旦那さんで、輝夜騎士団の精鋭の一人だ。騎士団は忙しいから、普段はこの家に帰ってくることはほとんどない。
「ユノアが心配で見に来たんだが、無事に目を覚まして安心したよ。...んでクレインのことだが、探しに行くのを止めはしない。だが一つ条件がある」
「条件ですか?」
「まず騎士団に入れ。そこで鍛錬して一人前の騎士として認められれば、捜索隊としてクレインを探しに行くことを認める」
「私が騎士団に...?」
お兄様がいた騎士団に入ってしばらく鍛錬する...。正直、本当は今すぐに探しに行きたい。けど街の外は危険だらけなのは確かだ。
「わかりました。ドレアスさん」
「よし。今はクレインの代わりに俺が魔剣術指南役を務めている。俺より強い魔剣騎士に鍛え上げてやるからな」
「それは無理ですってば!」
ははは、と3人で笑い合う。私とお兄様の人生は決して幸運と言えるものではないけれど、ロアナさんとドレアスさんがこうして私たちに笑い合える家庭をくれた。
その幸せな時間を、取り戻さなきゃ。お兄様、すぐ見つけてあげるからね。
私はその決意を胸に、輝夜騎士団へ入団した。
〇登場人物
・ユノア=ミルフォーゼス
クレインの妹。明るい茶髪のセミロングで活発な少女。自分の為に必死になってくれる兄を尊敬しているが、同時に非力な自分を申し訳なく思っている。
突然兄が行方不明になったショックで意識を失って治療を受けていた。
・ロアナ=フォルガン
クレインとユノアの第二の母。王国で雑貨屋を営んでいて、夫のドレアスは輝夜騎士団の精鋭騎士であるため多方面にあらゆる人脈がある。
・ドレアス=フォルガン
クレインとユノアの第二の父。輝夜騎士団で長年騎士として活躍しており、国王サウラスからも厚い信頼を得ている。何度か騎士団の団長候補として推薦されているが、全て断っている。