暗躍の会
「ヘイレル様、ご報告いたします」
とある国の、とある屋敷にて。
「輝夜騎士団が、悪魔の落とし子の捕獲に失敗しました。村は森ごと"魔王"が焼き払ったようですが、例の少年はまだ見つかっていません」
「...これだけ騒ぎになっていれば、報告を受けずとも知っているよ」
ヘイレルと呼ばれた男は、無表情のまま答えた。
「そうでしたか。交戦した者は致命傷を受け治療中、行方不明になった者は現在も消息不明。騎士団は使い物になりませんね」
「それだけ今回の獲物が強力な個体だったということだ。このまま逃してしまうのは惜しい。手遅れになるまえに捕獲しなければならないね」
「では、どうなさいますか?輝夜騎士団はもう捜索する気はなさそうですが」
ふむ、とヘイレルは呟いた。
「"アスタの剣"を向かわせろ。3人ともだ。彼女たちなら痕跡を辿れるだろう」
「かしこまりました。すぐに向かわせます」
部屋を出た部下の男は、考えていた。
"アスタの剣"は我々の主戦力。それを3人とも向かわせるとは...。今回の少年はそこまで強大な存在なのか、それともヘイレル様が過大評価しているだけなのか?
まぁどちらでもよい。あの3人ならすぐに見つけて捕獲してくるだろう。
「全く...なぜ私が騎士団の尻拭いをせねばならんのだ」
男はそう呟きながらその場を後にした。
そんな部下の苦悩も露知らず、ヘイレルは自分の愛剣を撫でていた。
「あの王女お墨付きの女騎士を一瞬で倒した少年ねぇ...本当なら僕が捕まえにいきたいくらいだよ」
ヘイレルの顔からは、笑みがこぼれていた。
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あの事件の後から、ティアステラ王国内は不安に包まれていた。
エリュ=グランディアの敗北。
クレイン=ミルフォーゼスの失踪。
"魔王"による森の消滅。
そしてその全ての元凶である"例の少年"の噂は、既に王国中に広まっていた。
「はぁ...頭が痛いわ」
アウラは頭を抱えていた。
「お父様の暴走を止めるのに時間がかかったせいで、他の問題が何も解決してない。失踪したクレインの情報も何も掴めていないし、教会の連中は私たちがあの少年を逃したことでだいぶお怒りみたいだし...」
悪魔排斥教会。危険な存在である悪魔の落とし子は根絶やしにするべきだという信念を持った者たちが集まって立ち上げた教会で、今や各国にまで勢力を伸ばしている巨大な集団である。
「彼は悪魔の落とし子ではなかったと説明しても、そんなはずはないの一点張りなのよね。あいつら」
リオムはイライラしながら言った。
「まぁ、そうでないとあの少年の強さは説明ができませんから...信じられないのも無理もありません」
すかさずエリュがリオムをなだめる。
「実際戦ったエリュも、何が起こったかわからなかったのよね。彼は謎が多すぎる。リオム、私たちはあの少年から手を引くと教会に伝えておいてちょうだい」
「それはいいけど...教会からの他の依頼についてはどうするの?悪魔の落とし子の捕獲依頼が数件来ているけれど」
アウラは、まだ怪我が完治していないエリュを見つめながら答えた。
「そうね...今後、また彼のような危険な存在が現れないとは限らない。そんなところに大切な仲間を向かわせるなんてことはしたくない。でも、危険な存在を野放しにもできない。どうすればいいのかしら...」
その時、エリュが勢いよく立ち上がった。
「アウラ様っ!今回は、私の油断が招いた事態です。もうこのような失態はしません。だからどうか、私にお任せくださいませんか?」
「エリュ...」
アウラは複雑な気持ちだった。
今回の件、エリュは油断などしていなかったはずだ。だがエリュは負けてしまった。これ以上依頼を続ければ、自分の大切な仲間が再び危険な目に合うかもしれない。自分の期待に応えようと必死になっているエリュが、アウラは心配でたまらなかった。
しかし、エリュの目はまっすぐにアウラの目を見つめていた。それは、人のために戦う、騎士の目だった。
「...わかったわ、エリュ。指揮を執っていたクレインが行方知れずだから、これからはあなたが指揮を執りなさい」
「はいっ!ありがとうございます!」
こうしてエリュは、悪魔の落とし子を捕獲するべく各地へ赴くこととなった。
○登場人物
・ヘイレル
藍髪で美形の青年。怪しい雰囲気を放っている。