魔王行軍
名も無き村が燃えた事件、あの日から数日後。再びその森のあちこちで、爆音と共に火の手があがっていた。
もう既に半分ほどが燃え尽きたその森の中で、軍団を率いる一人の男がいた。
「...徹底的に探せ。視界は私が開く。必ず見つけろ」
その男は、強大な魔力で手当たり次第に森を破壊していた。
「しかし...これ以上は森が滅びてしまいます。"奴"が本当にこの森にいるかどうかも...」
その兵士は、容赦なく破壊の限りを尽くすその男のやり方に、恐怖を覚えていた。
「責任は私がとる。"奴"を絶対に見つけろ。奴の痕跡でも死体でも何でもいい」
「っ!...承知しました」
項垂れる兵士に、別の兵士が話しかける。
「お前、新兵か。あのお方はああなったらもう止められねえぞ」
「...この森には花や動物などの命があります。こんな簡単に壊していいものでは...」
その兵士はうんうんと頷きながら、項垂れる新兵の背中を叩く。
「全くその通りだ!だがな、あのお方は王女様のことになると誰にも手がつけられねえのさ。例の"奴"が見つからなければ、この森は滅んじまうだろうな」
例の"奴"。エリュに致命傷を負わせた、あの村の少年のことである。
「あのお方は昔からそうなのさ。決して悪い人じゃねえ。だが、昔からあの冷酷無慈悲な様をずっと見てきた俺たちは皆、あのお方のことを裏でこう呼んでる」
兵士は、焼き尽くされた森を眺めながら言った。
「"魔王"ってな」
ティアステラの王、サウラス=フォン=セオーレ。
王としての実力と威厳を持ち民からの信頼も厚いが、大事な娘やその周りに危険が及んでいると知れば、例え相手が国であろうとその圧倒的な力でねじ伏せる。それを間近で見たものは皆、口を揃えて彼を"魔王"と呼ぶ。
「我が娘に危害を加えるつもりなら、直接この手で裁いてやろう。愚かな者よ」
"魔王"は、怒りに満ちた恐ろしい気配を放っていた。
その禍々しさすら感じる凄まじい魔力に、新兵たちはただ震えるばかりだった。
――そして彼らが捜しているその少年は、森が燃える様を遥か先の山上から見ていた。
「"魔王"サウラス...あの冷酷さこそ、王たる所以か」
少年には特に怯えるような様子はない。ただ、冷たい目でサウラスの暴れる様を見ていた。
「お前も、お前の大切なものも全て、俺が粛正する。だが今じゃない」
そう暗くつぶやくと、少年は姿を消した。
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サウラスが暴れている頃。セオーレ家の屋敷の一室で治療を受けていたエリュの元へアウラが訪れていた。
「エリュ、具合はどう?」
「アウラ様...もう大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
エリュとアウラは目を合わせられずにいた。お互い、迷惑をかけた自責の念に押しつぶされそうになっていた。
「...例の少年は見つかりましたか?」
しばらくの沈黙の後、エリュが口を開いた。
「見つかっていないわ...お父様が森を燃やし尽くしてしまったせいで。死体なんて残っていないでしょう」
「...アウラ様。あの少年はきっと、まだ生きています」
「どうしてそう思うの?」
正直、理由なんて知りたくない。アウラはそう思ってしまっていた。
「私はあの日、燃える村の前で立ち尽くしていた彼を見つけた時、何か嫌なものを感じました。だから私は気配を消し、影に紛れ、彼の後ろから忍び寄りました」
エリュの手は震えていた。
「しかし彼は、こちらを見もせずに私に声をかけました。アウラ様もご存じの通り、私は魔力操作に長けていて、気配を消すことには慣れています。しかし彼には全く通用していませんでした」
「何ですって...?」
アウラは心底驚いていた。実際にこうして話を聞くまで、不意をつかれたにすぎないと信じていたからだ。それほどまでに、アウラはエリュのことを騎士として信用していた。
「今回報告にあった悪魔の落とし子らしき少年は、彼のことで間違いないと思います。ですが、彼は悪魔の落とし子ではなかった。この世界には、まだ私たちの知らない何かがあるのかもしれません」
人間というのは、自分の理解を超えるものを恐れる。
エリュから聞かされた衝撃の事実にアウラはそれ以上口を開くことができなかった。
○登場人物
・サウラス=フォン=セオーレ
ティアステラ王国の英雄王。巨体に少し長めの黒髪で40歳前後。王として圧倒的な力を持ち、"魔王"とも呼ばれている。
大事な娘のことになると手がつけられなくなる。