新装備と思わぬ出会い
水曜日は店が定休日だからログインがしやすい。
そう思いつつログインしてイクトとミコトが現れたのを確認したら、同じくログインしたダルク達と合流。
新たにミコトが装備したコスプレッサーパンダグローブの鳴き声を披露して、『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』で周囲の時を一瞬だけ止めた後、現状と今日の予定を確認。
現状はゲーム内の時刻が昼を過ぎたばかりで、全員の満腹度と給水度は問題無し。
予定としてはミコトの歓迎会を翌日に開くから、今日は俺の新しい装備を揃えるために動くことになっている。
「ところで例の件、忘れていないよな?」
例の件とは着せ替え人形にしたり変な装備を提案したりしたら、飯が塩味の茹でもやしになるっていう話だ。
「勿論だよ!」
「それだけはなんとしても避けたいから、覚えているわ」
「美味しいご飯のため、真面目に選ぶ」
「聞いての通りだから安心して」
やたら必死な表情だし、休み時間にもその件でダルクが煩かったからたぶん大丈夫だろう。
ということで、俺も真面目に飯の献立を考えよう。
塩サンの実とワインはまだ時間が掛かるから使うのは無理として、昨日仕込んでおいた酢とマヨネーズ、発酵スキルで作った泡辣椒と発酵唐辛子ペースト、それと出汁二種類とドライフルーツ類は使えるな。
これらに加え、アイテムボックスにある手持ち、この町で入手できる食材と調味料で作れる飯となると……。
飯の内容を考えつつ、イクトとミコトにそれぞれ手を繋がれてダルク達の後に続き、昨日セイリュウがした下見を基に新しい装備品について検討する様子を眺める。
長々と時間を掛けている点は気にしないで、イクトとミコトが暇をしないように気を配りつつ、着せ替え人形にされない程度の試着をして新装備が決定した。
*****
トーマ
装備品
頭:集中のバンダナ
上:吸水のロングシャツ
下:大地のロングパンツ
足:晴天のサンダル
他:紅蓮の前掛け
武器:鋼の包丁
*****
それぞれを紹介すると、頭は器用が強化される薄緑色のバンダナ。
上はサラマンダーが種族的に苦手な水のダメージを軽減し、知力が強化される水色の長袖シャツ。
下は体力が強化される薄茶色のロングパンツ。
足には俊敏が強化され、日が出ている時はさらにそれが強化される、足首の少し上まで留め具があるタイプの橙色のサンダル。
他の枠は、火に耐性効果のある鮮紅色の前掛け。
そして武器枠だけど武器として使うつもりの無い鋼の包丁は、器用と知力を強化する効果がある。
料理人なら模様入りより模様無しの方が似合いそうという理由で、上下も前掛けもバンダナも模様無しの無地だ。
ただ、濃い色合いの服を好む俺には明るい色合いばかりじゃないか?
買ってもらう側として、よほど酷い物でない限りは文句を言うつもりは無いけど、その点を指摘したらそれでいいと言われた。
「ここはゲームなんだから、普段のように汚れが目立つとか気にしなくていいんだよ!」
いやまあ、確かに俺が濃い色合いの服を好む理由は、調理で汚れても目立たないようにするためだ。
調理機器具や食器のどんな汚れもあっさり落ちるから、ダルクの言う通りではあるんだけどさ。
「トーマ君は、もうちょっとオシャレに気を使ってもいいと思うわ」
そんなこと言われても困る。
こちとらオシャレのオの字にも触れてこなかったんだから。
よほど変でなければ、無難でいいって感じで。
「大丈夫! 明るい色も似合ってるから!」
やたら力んでいるセイリュウの鼻息が荒くて、妙な圧を感じる。
「なんだかんだ理由をつけて濃い色ばかり選んでいるけど、要はファッションを考えるのが面倒なんでしょ。これを機にちょっとは気を遣いなさい」
メェナまでそう言うか。
だって祖父ちゃんも父さんも、普段着はあまり気にしてないから俺も気にしないんだよ。
誰かのせいにするなって? ごめんなさい。
「ますたぁ、にあう!」
「お姉ちゃん達、バッチリなんだよ」
イクトとミコトにまでそう言われたら、これ以上は何も言えないな。
明るい色合いなのはちょっと落ち着かないけど、しっかり選んで買ってもらったんだからお礼を言おう。
「ありがとな、皆」
「いいって。どうしてもお礼がしたいなら、二メートルくらいの唐揚げマウンテンよろしく!」
なんて油ギッシュな山を提案してくるんだ。
ゲームだから胃もたれや胸やけや栄養バランスとは無縁とはいえ、さすがにそれは作る気になれない。
「うふふ、気にしないで。美味しいご飯のお礼に貢がせてちょうだい」
だからカグラ、貢ぐとか言うなって。
「ど、どういたしまして」
いくらお礼を言われたからって、そんなに照れるなよセイリュウ。
「大したことないわよ。包丁以外はプレイヤーメイドだからそれなりに値段はしたけど、大騒ぎするほどじゃないしね」
そうなのか?
メェナの返事になんか申し訳ない気持ちになるけど、ここでそれを言うのは野暮ってもの。
黙って受け入れて、お礼は普段の飯で返そう。
ひとまず調理中じゃないからバンダナと前掛けを非表示にして、食費を受け取ったらダルク達と一旦別れ、イクトとミコトに手を繋がれて料理ギルドへ向かう。
途中、近道をしようと裏通りのような道を歩いていると、気になる店を発見した。
「ますたぁ?」
「どうしたんだよ?」
「ちょっとこの店が気になった」
裏路地にひっそりと建つ小さな店の前には、オイルショップという小さな看板が出ている。
名前そのままなら油屋だから入店してみると、受付に頬杖をついた不愛想なNPCのおっさんがいるだけだ。
「客か?」
NPCとはいえ、頬杖をついたままそういうことを言うなんて、一度接客というものを叩き込んだ方がいいんじゃないだろうか。
「おじさん、ここなにやさん?」
手を放したイクトが受付へ駆け寄って、おっさんへ話しかけた。
「看板通りの油屋だ。で、客なのか?」
「そのつもりで入ったけど、肝心の油はどこだ?」
接客態度は気にせず尋ねる。
店内は受付だけで、肝心の油はどこにも無い。
瓶詰したものが棚に並んでいるわけでも、油入りの樽か瓶が並んでいるわけでもない。
「奥に置いてんたよ。たかが油されど油、何かの拍子に引火させるわけにはいかねぇから厳重に保管してんだよ」
なんだ、そういうことか。
見た目は不愛想だけど、それに似合わず慎重なんだな。
「ついでに言うと、うちは客を選ぶぜ。せっかく良い油を仕入れてんのに、下手な使い方されちゃ生産者に申し訳ねぇからな。特に付け火に使われた日にゃ、たまったもんじゃねぇ」
管理体制といいその考え方といい、第一印象の割にしっかりした人だ。
それだけに接客態度がこれなのが残念でならない。
「ますたぁならだいじょうぶだよ。ますたぁ、おりょうりじょうずだから」
「イクトの言う通りなんだよ。マスターは料理に使う油が欲しくて、ここに来たんだよ。だよね?」
こっちを見上げて尋ねるミコトに頷くと、厳しい顔つきになったおっさんからジロジロ見られる。
「なら料理ギルドには入ってるか?」
「ああ、入ってる」
「だったらそこで証を貰えるようになれ。入るだけなら誰でもできるからな。ある程度は貢献して証でも持ってねぇと、上手く扱えるか馬鹿なことに使わねぇか信用できねぇ」
そこまで徹底するなんて、強い信念を持っているんだな。
だけど安心してほしい。そっちが望む物を、こっちは持っているんだから。
「これでいいか?」
アイテムボックスから鉄製の料理ギルド認定証を出して見せると、ずっと不愛想だったおっさんがニヤリと笑った。
「ほう? どうやらお前さんは、ちゃんとした料理人のようだな。いいぜ、売ってやるよ」
おっさんがそう言うと、目の前にウィンドウが現れて商品名と値段が表示された。
「鉄じゃまだ売ってやれねぇのもあるが、それを買えるようになるかは今後のお前次第だ」
それを買えるだけの信用と腕を上げろってことか。
まあいいさ、何か目新しい油が入手できるならそれでいい。
表示されている商品で購入できるのは……おっ、マジか。
料理ギルドで買えるのよりずっと品質が良いサラダ油はともかく、オリーブオイルとラードが買えるぞ。
油というよりは脂だけど、まさかここでラードが手に入るとは思わなかった。
分類としては食用油脂だからか?
「ラードも扱っているのか?」
「まあな。買うか?」
「買う。それとサラダ油とオリーブオイルも買おう」
「まいど」
残りの油が少なかったから、ちょうどいい。
食費を貰ったばっかりだし元々の所持金もたっぷりあるから、この機会に大量購入させてもらおう。
ラードとサラダ油を主体にして、オリーブオイルは少し量を減らして購入、
店を出たら改めて料理ギルドへ向かい、必要な食材を買い揃えるついでに、オリジナルレシピ扱いのドライフルーツ牛乳と野菜たっぷりオーク肉のスープ餃子のレシピを提供。
すると貢献度が上がって、新たな食材が買えるようになった。
今回買えるようになった食材で、野菜はブロッコリーとマッシュルームとアスパラガスか。
さっきオリーブオイルを買ったしニンニクと唐辛子もあるから、明日の歓迎会にアヒージョでも作ってみるかな。
それから魚がレッドバスの切り身、肉がタンポポシープの肉?
どっちもよく分からないけどこれらを追加購入し、今日の晩飯と歓迎会で出す料理の準備をするため作業館へ移動した。
場所はいつも通り無料のオープンスペース。
作業台の前でバンダナと前掛けを表示させ、イクトとミコトが踏み台を用意するのを待つ。
うん? 今回は隣じゃなくて正面に並んで陣取るのか。
「今日はそこでいいのか?」
「みことちゃんから、となりだとじゃまになるかもしれないっていわれたの」
邪魔と言うほどじゃないけど、隣よりそこにいてくれた方がやりやすいのは確かだ。
ミコトの方を見ると、グッとサムズアップした。
『レエェェェイッ!』
ナイス気遣いに感謝しよう。
でもサムズアップで右手を強く握ったから、鳴き声が出て周囲のプレイヤーが一斉にこっちを見てるぞ。
それとそのグローブ、サムズアップできるんだな。
「やった、居合わせることができたぞ」
「作業中止よ。彼の料理は香りだけで失敗作を誘発するわ。経験者は語るのよ」
「あれは苦い経験だったわ」
まあ細かいことはいいや、まずは今日の飯から準備しよう。
最初に取り出すのは、臭み抜きをしておいた川魚の身とジンジャー。
先にジンジャーを極細に切ったらフライパンで川魚の身の両面を焼き、昨日作った川魚の出汁が入った鍋でこの二つを煮る。
一度焼いたのは身が柔らかく、このまま煮たら煮崩れしそうだからだ。
火加減を調整したらミヤギの所で買ったホーンゴートの肉を出して、味見のため薄めに切り取って三等分し、油を敷いたフライパンで焼く。
しっかり焼けて塩で味付けしたら二切れは小皿に乗せてフォークを添え、正面から輝く目を向けているイクトとミコトへ差し出し、残り一切れは自分で味見する。
さて、肝心の味は……うん?
美味いことは美味い。思ったより脂があるし、肉自体の味もしっかりしている。
ただ固い。厚みはそれほどじゃなく、固くなるほど焼いていないのに固いと思えるほど、歯応えが強い。
「むー。おいしいけどたべにくい」
「柔らかくしないと、食べづらいんだよ」
イクトとミコトもそう思うか。
固さをなんとかする手段としては、もっと薄く切るか、刻みタマネギに漬け込んで柔らかくするか、ミキサーで細かくするか、圧力鍋で煮るか、蒸篭で蒸すか。
予定としてはこいつとたっぷりの野菜、それとレギオンマッドザリガニの出汁にネンの実でとろみをつけたもので、八宝菜風の炒め物を作るつもりだった。
となると薄くするのが一番か?
献立を変更するなら、ミキサーや圧力鍋や蒸篭も使えるか。
ただ飯の時間を考えればそこまであれこれできないし、今回は念のためミキサーでひき肉にして別の献立にしよう。
でもその前に一度鍋を確認。
魚にも火が通ったみたいだから塩で味を調整。
小皿に汁と魚とジンジャー数本を移して魚を箸で三等分にしたら、魚とジンジャーを一緒に食べて汁をすする。
うん、美味い。予め臭み抜きした上に、念のためジンジャーも加えたから臭みが無い。
一緒に煮たから魚とジンジャーの風味が喧嘩していないし、塩だけの味付けだからなんかホッとする。
これで汁物は完成だな。
川魚のすまし汁 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:6 完成度:81
効果:満腹度回復7% 給水度回復12%
魔力+2【1時間】
しっかり臭み抜きをして丁寧に仕上げたすまし汁
具の魚は一度焼いてあるので煮崩れず、適度な歯応えと旨味がある
細切りのジンジャーが風味と味を引き締める仕事人
「「じー」」
はいはい、自分達の視線の擬音を口に出しているイクトとミコトにも味見させてやるよ。
身とジンジャーが残っている小皿に追加の汁を注ぎ、順番に食べろよと言って二人へ渡す。
「わーい」
「ありがとなんだよ」
嬉しそうに受け取り、順番を決める二人を横目に鍋をアイテムボックスへ入れる。
「おーいしー!」
まずはイクトが味見したか。
笑顔と発言だけでなく、触覚とレッサーパンダ耳が嬉しそうにグイングイン動いているから、お気に召したようだ。
「はぁ、落ち着く味わいなんだよ。似たようなのをリュウの所でも飲んだけど、それより美味しいんだよ」
切った肉を魔力ミキサーでひき肉にしながら、向こうではどんなのを飲んだのか聞いてみると魚を焼いて干したのを煮込み、出汁にしていたらしい。
つまりは焼き干しの出汁か。
そういえば和食の道に進んだ祖父ちゃんの古い友人から、そういうのを色々と教わったっけ。
手に痺れが出たとかで三年前に引退して以降会っていないけど、元気にしてるかな。
「吸い物か」
「いつも味噌汁かスープだけど、たまにはああいうのもいいな」
「昔は何がいいのか分からなかったけど、今なら吸い物の良さが分かる」
懐かしく思いつつひき肉を作ってボウルへ出したら、試しに少しだけ炒めてみる。
ひき肉だからすぐに火が通り、軽く塩を振ったら小皿へ移してイクトとミコトと一緒にスプーンで味見する。
「おいしー! さっきよりたべやすい!」
「細かくした分、固さが気にならないんだよ。むしろちょうどいい弾力のある歯応えで、ひき肉なのに食べ応えを感じるんだよ」
うん、俺もミコトと同意見だ。
そうと分かれば鍋に油を溜めて熱し、この前ポッコロとゆーららんから購入したナスを大量に切り分ける。
ヘタを取って縦長の一口大に切り分け、油がいい温度になったら衣とかはつけずに素揚げにする。
揚がったナスは網をセットしたパッドに乗せ、全部揚げ終えたら冷めないよう、一旦皿へ乗せてアイテムボックスへ。
一旦片づけをしたらレギオンマッドザリガニの出汁が入った鍋とネンの実を出し、ネンの実の皮を剥いてすりおろす。
準備が整ったら、フライパンに油を敷いてボウルに取っておいたひき肉を炒め、火が通ってきたらレギオンマッドザリガニの出汁とすりおろしたネンの実と塩を加える。
全体に火が通ってとろみがついたら火を弱め、アイテムボックスから揚げナスを出して小皿に三つ乗せ、フライパンからそぼろ餡をかけて完成。
揚げナスのそぼろ餡かけ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:7 完成度:83
効果:満腹度回復13%
知力+3【2時間】
とろみのお陰で冷めにくい、寒い日にぴったりの一皿
ナス、ホーンゴートのそぼろ、レギオンマッドザリガニの出汁
肉と魚介と野菜が三位一体となった旨味を味わってください
情報は問題無し。肝心の味は……良し。
サクッとしたナス、とろっとした餡、歯応えのある肉。
それぞれ食感が違うのに上手く調和しているし、香りはレギオンマッドザリガニの出汁の良い香りが立っている。
一緒に調理したから、肉と出汁の味が喧嘩せずがっちり肩を組んだように一体化していて、ナスはそれをしっかり受け止めている。
これで十分に美味いけど、前に祖父ちゃんが賄いで作ったのに比べて一体感が弱い気がする。
やっぱり使った肉と出汁の味が強いからか?
あくまでメインはナスであって、肉と出汁はもう少し大人しめの方が全体的なバランスが……うん?
「「あー」」
色々考えている間に正面から近くに移動したイクトとミコトに前掛けを引っ張られ、そっちを見たら揃って口を開かれている現状。
ごめんごめん。はい、味見をどうぞ。
餌を強請る雛鳥のような二人の口へ、息を吹きかけて冷ました料理を入れてやる。
「はふっ、はふっ、おーいしー!」
「炒めて煮たことで、餡にもお肉の旨味が加わっているのが大きいんだよ。だからより肉と餡の一体感が増しているんだよ」
ミコトの言う通りなんだけどさ、その肉と餡がやや強めだからナスとの一体感が少し弱いんだよ。
出汁は乾燥野菜の出汁で、肉はタックルラビットか鶏肉くらいがちょうどいいかな。
「イクト君に、ふーふーして食べさせてあげた、だと……」
「やばい、滾る。色々と滾ってきた!」
「ふふふふふふっ。ネタが溢れて止まらないわ。今の場面をショタリス君が目撃して、嫉妬して乱入して修羅場なんて展開もありね」
うっ! なんだ!?
晩飯用に追加の餡を作っていたら、ゲーム内なのに寒気が走った気がする。
思わず周囲を見渡したけど何も無い。
正面に戻って微妙な歌を口にして見学しているイクトと、それに微妙なんだよと言っているミコトはいつも通り。
他のプレイヤー達はサッと目を逸らしたり自分の作業をしたり、なんか変な空気を発しながら仲間内で話し合っているだけで、おかしい様子はどこにもない。
今のは一体、なんだったんだ?
「おっ、トーマじゃん。久し振り」
全員分の揚げナスのそぼろ餡かけを作り終え、次の料理に使わない道具を片付けていたら声を掛けられた。
そっちを向くと料理プレイヤー仲間の冷凍蜜柑とエータとメアリー、それと初めて見る男性プレイヤーがいた。
「久し振りだな。そっちの人は初めましてだな」
「ども。こいつらと同じ料理プレイヤーで、チャパティっていいます」
チャパティ? ああそういえば、前にチラッと聞いた覚えがある。
この人がそのチャパティか。
特に角とか尻尾とか動物耳とかはないから、カグラと同じ人族なのかな。
「トーマだ、よろしく。こっちはテイムモンスターのイクトとミコト」
「こんにちはー!」
「初めましてなんだよ」
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
挨拶はともかく、グローブから鳴き声を出すのが余計だぞミコト。
周囲の時が一瞬止まったじゃないか。
「は、ははっ。知っていますよ。こいつらから聞いてるし、赤の料理長は有名だからね」
「狙ってそうなった訳じゃないんだけどな」
なんでそうなったのか今だによく分からないと思いつつ、両手タッチをするイクトと冷凍蜜柑達を眺める。
「ところで、今日は四人で料理しに来たのか?」
「いいや。今日はチャパティのツテで亀の大将と会うことになってさ、ついでにちょっとばかり料理を教わることになったんだ」
「亀の大将?」
「「「「知らないのか!?」」」」
知らないと頷くと、驚きつつもどういう人か教えてくれた。
エータが楽しそうに言った亀の大将とは、俺やセツナやエリザべリーチェ同様に料理プレイヤーでは有名な人らしい。
お孫さんに誘われてこのゲームを始めた元料理人で、プレイヤーとしての名前は暮本流輔っていうそうだ。
って、うん?
「それって本名か?」
「ネトゲあるあるだよな」
「まあね。ゲームに慣れてない人が、自分の名前入れちゃうってやつ」
もしも本当にそうなら、ひょっとすると。
「やあチャパティ君、待たせたね」
「あっ、暮本さん! お疲れ様です!」
背筋を伸ばしたチャパティが深々と頭を下げた方を向くと、作務衣姿に亀の甲羅を背負った人の好さそうな老人がいた。
隣にはお孫さんらしき、狐っぽい耳と尻尾を生やした、ポッコロとゆーららんと同じくらいの年頃でボーイスカウト風の服装をした少年がいる。
そして暮本さんのあの顔、やっぱりそうだったか。
「あとこちら、偶然会ったんですが赤の料理長と呼ばれているトーマさんと、そのテイムモンスター達です」
暮本さんを見ながら、チャパティが冷凍蜜柑達を紹介する様子を見守っていると、こっちまで紹介されたから会釈する。
「こんにちは」
「はじめましてー!」
「初めましてなんだよ」
イクトとミコトもちゃんと挨拶して偉いぞ。
「おぉっ、君が。孫から話は聞いているよ」
「スゲー! 初めて会った!」
初めて、か。
「あの、その名前は本名ですよね?」
「そうなんだよ。後から本名じゃなくていいと孫に教わってね。まあ別に、気にするほどのことじゃないらしいがね」
「お陰で気づきましたよ。ご無沙汰しています」
「うん? 君は私を知っているのかね?」
尻尾や鱗があるこんな外見じゃ、気づかないのも仕方ないか。
「ええ、俺は」
「ちょっと待ったー! トーマ、それは現実での話か? もしもそうならボイチャにしろ、個人情報が漏れる可能性があるから」
急に割って入ったエータにそう言われ、現実でのことだからボイチャに切り替えることにした。
指摘してくれたエータにお礼を言いながら操作をして、暮本さんもお孫さんのコン丸に教わってボイチャにして、ついでだからコン丸もボイチャに参加してもらった。
「それで、君は誰だね?」
「斗真です。桐谷源治の孫、桐谷斗真です。覚えていますか?」
「源治の……おぉっ! 覚えとるよ! そうか君か、三年ぶりか? いやあ、懐かしいな!」
やっぱりそうだったか。
まさかこんなところで会うなんてな。
「えっ、斗真兄ちゃん? 本当?」
「ああ」
そしてコン丸と名乗っている君は、暮本さんの孫の暮本重也君だな。
暮本さんから料理のことを教わっている最中なのに、引っ張られて一緒に遊ばされたっけ。
「マジで? 久し振り!」
「まさかこんな形で再会するとは。人生とは分からんものだな」
それ、暮本さんのような年配者が言うとすごく説得力があります。




