現実の一幕
今日は定休日の水曜日だから、朝の仕込みの手伝いは無し。
昨日送られてきたメッセージに引き続き、補習がどうこうだったとブツブツ呟く早紀の文句を聞き流しながら登校し、平穏な学校生活が始まる。
あまりにも平穏すぎて、ちょっとしたことにでも反応してしまうぐらいだ。
「なあ、ハーレムってどう思うよ」
例えばこういう、休み時間に親友の一人が決め顔で口にしたアホ発言とか。
「晋太郎、親友が妄言を吐いた時はどう対応すればいいんだ?」
「ちょっと待ってね。親友、妄言、対応で検索するから」
「いやいやいや。親友だと思っているなら、そんなこと検索するなよ。というか妄言じゃねぇから!」
健は自分が口にしたのが、それだけのアホ発言だったと自覚しろ。
「だって、急にあんなことを言い出したら、誰でも妄言だって思うじゃないか」
「しかも決め顔でな」
「ちょっと意見を聞こうとしただけなのに、なんでそんな反応されるかなっ!?」
日ごろの行いだろ。
「で? なんで急にあんな妄言を吐いたんだ?」
「だから妄言じゃねぇって! 俺は至極真面目だ!」
それはそれで駄目だろう。
何をどうしたら、真面目にハーレムがどうこうなんて言いだすんだ。
そういった類の漫画の読み過ぎか?
「お前達はどう思う? 女を侍らせるなら、多種多様で色々なタイプがいた方がいいか? それとも自分の好みのタイプだけに集まってほしいか?」
すっげぇくだらねぇ。
晋太郎も同じ心情のようで、冷めた目を健へ向けている。
「そこら辺がどうかでそいつのストライクゾーンの広さや、趣味嗜好が分かると思わねぇか?」
「まあ、分かると言えば分かるだろうな」
分かったからなんだって話だけどな。
「晋太郎はどう思う? ほら、異世界もののラノベや漫画だとハーレム系多いだろ?」
「まあ、割とあるね」
その方面に詳しい晋太郎が言うんだから、間違いないだろう。
「でも、創作物だよ? 主人公のストライクゾーンとか、趣味嗜好が分かっても、意味が無いと思うよ?」
そりゃそうだろうな。
登場人物達は架空の存在であって、実際には存在しないわけだし。
「分かってねぇな。確かに創作物だけど、こういう子達に囲まれたいっていう作者の欲望が全く含まれていないとは言い切れないだろ」
あぁ、なるほど。
現実ではそんなことがありえないからこそ、作品に反映させたっていうことか。
その言い分は分からなくもない。だけど……。
「さすがにそれは作者に失礼じゃないか?」
「トーマ君に同感。中には作品を売るためと割り切って、ビジネス的にそうしている人も、いるだろうしね」
「どうしてお前らはそう、正論でぶっ叩くんだよ! ちったぁ夢を見ろよ!」
だったら健は現実を見ろ。
「そもそもの話、そんなを知ってどうするんだ?」
「俺のストライクゾーンや趣味嗜好の分析をするための練習だ!」
……訳が分からない。
そう思って晋太郎と二人で冷めた目を向けていると、慌てた様子で健が語り出した。
自分に彼女ができないのは、色々な子に声を掛け過ぎていたからじゃないか。
なら自分のストライクゾーンや趣味嗜好を理解して、それに当てはまる相手に狙いを定めれば、彼女ができるんじゃないかと考えた。
んなわけないだろ。
「結果、ストライクゾーンが広かったら、あまり意味が無いよね?」
「ついでに言えば、お前にとってのストライクゾーンや趣味嗜好に合致する相手だからって、相手側から見たお前もそうとは限らないだろ」
「言われてみれば!」
言われる前に気づけ。
そもそも自分のストライクゾーンや趣味嗜好が分かっても、普段からの言動を改めないと彼女ができるのは難しいぞ。
「ちっくしょう。創作物の中のハーレム主人公が羨ましいぜ」
とうとう二次元の存在まで羨みだすとは、色々と末期だな。
こいつこそ、塾長による矯正が必要な奴かもしれない。
「僕としては、そういう作品の作者さんは、優しい人なんじゃないかなって、たまに思うんだよね」
ほう? それはどういう意味だ?
「だってさ、自分が思い描いた登場人物達の誰一人として、悲しい思いをさせたくなくって、いっそ全員くっ付けちゃえって思ってそうしたんじゃないかって、考えることがあるんだ」
へえ、なかなか面白い意見だな。
作者が登場人物達を大事に思うからこそ、感情移入して全員に幸せになってもらいたくて、ハーレム展開へ持っていくってことか。
そしてそのために、それが可能な世界観とストーリーを設定していると。
「同じハーレム関連の話でも、健よりずっと健全だな」
「むしろ健君の方が、不健全で不純なんだよ」
「不健全で不純じゃない男子高校生が、そうそういるかっての!」
力説するようなことじゃないだろ。
というか今の発言、自分が不健全で不純だって公言しているようなものだぞ。
そんなだから、周囲の女子から冷たい視線が向けられているんだよ。
「ところでトーマ君。UPOの第二陣の募集が始まったから、早速応募したよ」
「おっ、そうなのか。当選してログインしたら、俺の料理で歓迎するよ」
「いいの!?」
「どうせ一緒にプレイするだろうし、そうしたら仲間なんだから構わないぞ」
「あ、ありがとう」
そんなかしこまらなくても、親友なら当たり前だろ。
「えっ? マジで? もう応募始まってた? やっべ、俺も早く応募しないと!」
おー、頑張れー。
当選したら俺の料理で歓迎した後、塾長に紹介して鍛えてもらうよう頼んでおくから。
そういえばイクトの前のカチューシャを壊した三人、どうなったかな?
塾長に性根を叩き直されて、ちょっとは性格が矯正しただろうか。
*****
昨日のUPOでの出来事を報告中、早紀ちゃんは終始いいなを連発していた。
何を何度言っても、小テストがあったことを覚えていなかったのと、普段からちゃんと勉強していない早紀ちゃんが悪い。
私、悪くないもん。
「あらまあ。せっかく桐谷君と二人きりだったのに、そんなトラブルがあったのね」
「ふふふ、二人きりじゃ、ないよ。少なくとも、イクト君とミコトちゃんが、いたし」
あわわわっ、美蘭ちゃんの質問に自分でも分かるくらい動揺しちゃってるよ。
ログインしてそのことを失念していたと分かった時はがっかりしたけど、あの二人じゃ文句は言えないよ。
だって甘えてくる幼い弟と、ちょっと大人ぶってる妹みたいで可愛いんだもん。
「まさか戦闘とは無関係で、あのカチューシャが壊れるなんてね」
私も瑠維ちゃんと同じ意見だよ。
耐久値っていうと戦闘で減っていくイメージが強いけど、料理すれば包丁の、裁縫をすれば針の耐久値が戦闘ほどじゃないけど減るからね。
だから戦闘をしていない桐谷君も料理の後片付けの時、たまに公式イベントの景品交換チケットで入手した砥石で研いで、包丁の耐久値を回復させてる。
「他の子達と取り合いになっちゃったんだよ。イクト君、凄く落ち込んでた」
触覚が萎れるくらい落ち込む姿は初めて見たよ。
「うぅぅぅぅ。僕がログインでいない間に、そんなことがあったなんてぇ……」
机にうつ伏せになってふてくされている早紀ちゃん、間違っても楽しい出来事じゃなかったからね?
イクト君泣いちゃったし、トーマ君は凄く怒ってたし、ミコトちゃんも何も言わなかったし無表情だったけどそれが逆に怖かったし。
「その場に早紀がいたら、間違いなくもっと大騒ぎになっていたわね」
「そうねぇ。よくもイクト君を泣かせたなって、飛び掛かって取っ組み合いになる光景が浮かぶわ」
「当たり前じゃないか! テイムモンスターとはいえ、イクト君だって大事な仲間だからね!」
早紀ちゃんのそういう考え方は好感が持てるけど、取っ組み合いになるのは否定しないんだね。
悪いのは向こうとはいえ、他人のテイムモンスターと取っ組み合いの喧嘩になるのは、不味いんじゃないかな。
「なんにしても、また取ってきてくれた野郎塾の人達には感謝ね」
本当だよ。
あの人達って強面が多い割に良い人達ばかりだから、慣れれば頼りになるって思える。
「うん。おまけでグローブもくれたし」
「グローブ? なにそれ」
あっ、あれのことはまだ伝えていなかったね。
気になってこっちを見る早紀ちゃん達へ、野郎塾の人達からカチューシャとは別にコスプレッサーパンダグローブを貰ったこと、それがどういうものかを伝える。
当然だけど、お礼にお金を渡したこともね。
「耳のカチューシャの次は両手のグローブなのね」
「尻尾とか両足のとかもあるかも!」
「シリーズ系の装備なのかしら。何の効果も無い、コスプレ用のパーティーグッズみたいだけど」
名称からしてコスプレってあるからね。
全国にチェーン展開している、某大型雑貨店を探せば実際にありそう。
「で? 左右で違う鳴き声がするって本当なの?」
「うん。ミコトちゃん、気に入ってた」
変な鳴き声だったのに、どこが気に入ったんだろう?
「どんな鳴き声なの? 気になるわ」
「……今日のログインで、ミコトちゃんに頼んで聞かせてもらって」
あれを口に出すのは、さすがに恥ずかしいよ。
『レエェェェイッ!』の方はまだギリギリ良いとしても、『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』は小声で言うのも恥ずかしい。
なんで運営はブッチギレッサーパンダの鳴き声を、あんなのに設定したのかな。
そしてどうして、それをあのグローブが出るようにしたんだろう。
「あらあら。後のお楽しみだなんて、静流ちゃんにしては珍しいわね」
「そう言われたら、余計に早くログインしたくなっちゃうじゃないか!」
「はいはい、落ち着きなさい。少なくとも、昨日は早紀の自業自得なんだから」
楽しみにしているところを悪いけど、『レエェェェイッ!』はともかく、『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』は本当に一瞬だけ時間が止まるからね。
しかもその場にいるプレイヤー、ほぼ全員の。
昨日時間が止まらなかったのは、塾長さんぐらいだったよ。
「それにしても、テイムモンスターでふれあい広場を作ろうとしているプレイヤーがいるなんてね。私、羊さんの毛に埋もれながらお昼寝してみたいわ」
美蘭ちゃんの意見も良さそうだけど、私はリスさんと戯れるのが楽しかったよ。
「あとは教会に泊まれる許可証ね。働く必要はあるけど、お金が無い時に泊まれるのは魅力的ね」
お仕事自体も、掃除や子供達の面倒を見るくらいだしね。
「それよりもさ、今日はミコトちゃんの歓迎会をするんでしょ?」
「トーマ君はそのつもりみたい。タウンイベントでお世話になった、赤巻さん達にも連絡を取ってたから」
予定としては、今日のログイン初日は歓迎会の準備と私達による装備品の贈り物を選ぶ日で、二日目に歓迎会を開くつもりみたい。
赤巻さん達からも承諾を得ていて、楽しみに待っているって返事があったらしいね。
「楽しみだなぁ。揚げ物、どれだけ作るのかな?」
早紀ちゃん、顔がだらしないし口から涎が垂れそうだよ。
どんな妄想をしているかは容易に想像がつくけど、それは女子高生として駄目な気がするよ。
それと桐谷君は揚げ物を作るなんて、一言も言っていなかったからね。
「甘い物は当然、出るわよね? 出なかったら、どうしましょうかしら。うふふふふふ」
どうするつもりなのかなっ!?
へ、変なことはしないよね?
今の笑顔もそうだけど、美蘭ちゃんはたまに何を考えているか分からない時があるから、何をするつもりなのか予想できないよ。
「そっちよりも、桐谷君に贈る装備品には注意してよね。着せ替え人形扱いしたり変な装備を渡したりしたら、ご飯が塩茹でもやしなのよ」
そうだった!
歓迎会で出る料理よりも、そっちの方が重要だよ!
それを思い出した早紀ちゃんは、塩茹でもやしだけの食生活を想像したのか、絶望的な表情を浮かべている。
美蘭ちゃんも笑って平静を装っているけど、明らかに表情が引きつっている。
私だって嫌だよ。
ゲームの中での話とはいえ、普段から食べていた美味しいご飯を突然取り上げられて、塩茹でもやしだけの食生活になるなんて。
作っているのが桐谷君だとしても、それは嫌。
あっ、早紀ちゃんが駆けだして桐谷君の背中に飛びついた。
「トーマー! 真面目に装備選んであげるから、塩茹でもやしだけはやめてー!」
「いきなり飛びついて何言ってんだ、危ないだろうが!」
そうだよ、危うく倒れるところだったよ。
だけどああも気兼ねなく密着できるのは少し羨ましい。
むぅ……。昨日はもう少し大胆に攻めるべきだったかな?
でもそれはそれで恥ずかしいし……。
「うふふ。静流ちゃんってば、一人百面相して何を考えているのかしら」
へっ? 一人百面相って、今の気持ちが顔に出てた?
「気づいてないみたいだけど、不満そうに膨れて、羨ましそうにして、思い悩んで、最後に赤くなって恥ずかしそうな顔していたわよ」
思いっきり顔に出ていたみたい。
不覚、そして反省。
「それでそれで? 何を想像したの? 秘密にしてあげるから教えてちょうだい。ねっ、ねっ」
どうしてそこで目を輝かせながらグイグイ来るの、美蘭ちゃん!
友達になって結構経つけど、本当に何を考えているのか分からない時があるよ!
瑠維ちゃんも、呆れて溜め息吐いてないで助けて!
そんな困った状況は、咲ちゃんと月ちゃんが寄ってきてUPOの第二陣に応募したって話をされるまで続いた。
ちなみに、皆へ報告していないことが一つだけあるの。
それはくみみさんのテイムモンスター達の可愛らしい素振りに、桐谷君の表情が凄く緩んでいたこと。
膝に乗ったカワウソさんや、お腹を見せながらだらしなく寝転んだ猫ちゃんとかを見た時に、今までに見たことがないくらい笑顔だった。
思わぬタイミングの笑顔に胸がキュンときて、思わず黙ってスクショを撮りそうになっちゃったよ。
さすがにそれは不味いから、既のところで止めたけどね。
今思えば、凄く惜しかった。
次にくみみさんの所に行く機会があった時は、イクト君とミコトちゃんと一緒に撮影しようとか理由をつけて、あの表情の桐谷君を撮ろう。
うん、絶対にそうしよう!




