ついでに貰った
昼食の準備が整い、蒸し上がった大きな馬拉糕が運ばれてくると子供達が騒ぎ出す。
一緒に席に着いているイクトところろとポルポリアとミコト、さらに椅子に座っていないおじじ達も騒ぐ子供達に当てられたのか、一緒になって騒ぎだした。
テーブルの上に用意されているスープや、芋やカボチャを主体にした煮込み料理なんかには目もくれず、馬拉糕へ注目している。
「今切り分けるから、もうちょっと待ってね」
落ち着いた様子のシスター達とは対照的に、子供達は落ち着きなくソワソワして、早く早くと急かす。
その中には元気を取り戻したイクトやミコト達もいて、身を乗り出しながら切り分ける様子を眺めている。
やがて全員に行き渡り、シスター達によって祈りが捧げられたら食事開始。
パンを用意してくれたお礼にどうかと誘われ、俺達もご相伴に預かる。
食べるのはシスターに教わって俺とくみみで作った同じ物だから味はしっかりするし、素朴な味わいで美味い。
決して塩が足りないんじゃない。そう思い込もう。
「……素材の味がしっかりするね」
「そうですよー。シスターご教授の味付けはー、素材が大事なんですよー」
「……ですね」
向かい合った席に座るセイリュウとくみみとルーイも同じ気持ちなんだろうが、口にはしない。
うん、それでいいんだ。
なにせここの厨房では、一回の食事で使える塩の量が限られているんだからな。
「ますたぁ! おいしい!」
子供達と一緒に遊んで美味い物を食えたからか、隣の席で馬拉糕を食べるイクトはすっかり元気になって、触覚が嬉しそうにギュンギュン動いている。
「……おいしい」
「たしかにうまいけど、いつもこんなのをくえるのがうらやましいなんて、おもってねーからな!」
イクトの隣に並んで座っているころろとポルポリアも、手にしている馬拉糕を美味そうに食べている。
あーあー、三人とも食べかすが口の周りに付いてるぞ。
まあ三人だけじゃなくて、孤児院の子供達も同じか。
辺りを見渡せば、他の料理はほとんど目もくれず馬拉糕を食べる子供達の姿がある。
口の周りだけでなく、テーブルにも食べかすが落ちるほど夢中になって食べてくれるのは、作った身としては嬉しいし目の前で切り分ける演出をした甲斐がある。
だけど馬拉糕は逃げないから、もう少し落ち着いて食べてくれ。
子供らしくて微笑ましいけど、少々行儀が悪いぞ。
あっ、くみみのテイムモンスター達もか。
「セイリュウさんー。トーマさんの表情がー、子供達を見守る保父さんかお兄さんかお父さんみたいですよー」
兄はともかく、誰が保父で父親か。
「トーマ君にとってはバフの効果や数よりも、美味しいかどうかが重要なの」
「だから周りの反応を見て嬉しそうなんですね」
そりゃな、見た目も香りも食感も料理にとって大事な要素だけど、不味かったら意味が無いからな。
食べている人達の反応を気にするのは、作った身としては当然のことだ。
だけど、ああして何度もおかわりをする子供達の姿を見る限り、心配は無用か。
群がる子供達を落ち着かせながら、おかわりを切り分けているシスターさん、頑張れ。
そんな騒がしい食事が終わり、子供達による片付けにイクト達も加わっている様子をセイリュウ達と微笑ましく見守っていると、初老のシスターが歩み寄ってきた。
「本日は大変ありがとうございます。おかげさまで子供達が、とても喜んでくれました」
「気にしないでください。頼まれたことを、なんとかやり遂げただけですから」
頭を下げてくれるシスターに席を立って対応する。
いやー、本当にどうにかなって良かったよ。
最悪、アイテムボックスに材料を入れて作業館へ行って作って、それを運んでくることも考えたもんな。
「だとしても、きちんとお礼をしないとあなたに引き合わせてくれた神に申し訳がありません」
ここで神を出してくるのは聖職者らしいな。
「なので、お礼にこれをお渡しします」
差し出されたのは中心に十字架が、下の方にそれを拝む人の後ろ姿が描かれた札のような紙。
文字の一つも無いから、どういうものかさっぱり分からない。
こういう時は情報の確認だな。
聖泊許可証
レア度:4
無料で教会に泊まれる許可証。ただし連泊は不可。一枚で泊まれるのは六人まで
*注意1:一度使った教会には使えません
*注意2:宿泊する教会、又は併設された孤児院で仕事をしなければなりません
*注意3:連れているテイムモンスターも人数に含まれます
教会に泊まれる許可証だって?
しかも泊まる教会か併設された孤児院で働けば無料で泊まれるのか。
シスターからの説明も表示させた内容と同じで、労働内容は泊まる教会次第だけど、主に礼拝堂の掃除や子供達の相手といったものらしい。
「じゃあー、これがあれば一日は宿代がタダなのー?」
「代わりに働く必要はありますけど、そういうことですね」
「泊まる場所に困った時、役立ちそうだね」
いつの間にか席を立って傍にいた、セイリュウとくみみとルーイの言う通り。
宿に泊まる金が無かったり、宿の部屋が空いていなかったりした時に役立ちそうだ。
「これまで何度もお世話になり、子供達も喜んでくれましたからね。旅路で宿に困った時、使ってください」
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
感謝を伝えて聖泊許可証をアイテムボックスへ入れる。
まさか泊まれる場所の選択肢が増えるアイテムがあるなんて、思いもしなかった。
「マスター、後片付けが終わったんだよ」
「またあそんできていい?」
「ああ、いいぞ」
後片付けを済ませたイクトとミコトが戻って来て、また遊びたいと言うから許可を出した。
そりゃね、後ろで子供達が遊ぼ遊ぼって無言の圧を掛けてきてるんだ、許可しないわけにはいかないって。
そう思っていたらころろとポルポリアだけでなく、俺達まで引っ張っていかれて一緒に遊ぶことになり、ドッジボールが開始された。
「うおぉぉっ! にーちゃんに当たらねー!」
「このっ! このっ!」
「ますたぁ、すごい!」
ゲームが進んで味方は全滅し、内野に残っているのは俺一人。
だけど昔から避けるのは上手いから、四方からどれだけ投げられても避け続けられる。
「うわー、ドッジボールで特撮物みたいに転がり避けるのなんてー、初めて見ましたー」
「しかもすぐに起きて足元への追撃をジャンプで避けて、次は頭を狙ったのを屈んで避けてますよ」
はっはっはっ。避けるのは得意なんだ、避けるのは。
「でもトーマ君、避けるのは上手で投げるのはそこそこなんだけど、捕るのが凄く下手なんだよね」
セイリュウの言う通り、俺が上手いのは避けることだけ。
打ったり投げたり蹴ったりするのはそれなりで、捕るのは超が付くほどド下手だ。
だからサッカーでキーパーをやっても捕れないから弾くことしかできず、野球やソフトボールでは捕球するのが下手だけど投げるのはそこそこできるから、投手ばっかりやっていた。
「じゃあ、相手がミスするまで反撃できないんだよ」
「そうだね。トーマ君、捕るのが下手なのを自覚しているから、絶対に捕ろうとしないだろうし」
これまたセイリュウの言う通り。
向こうがミスするまで反撃できない。
ドッジボールは野球やソフトボールと違って、捕れなくとも前に落とせばいいってわけじゃないからな。
だけど残念ながらミスは起きず、かといって俺に当たることもなく時間切れで終了し、内野の人数差でこっちの負けになった。
でも俺の回避が凄いと、イクトやミコトやポルポリアや子供達が寄って来たから悪い気はしない。
こうして孤児院の子達と遊んだことでイクトは復活。
孤児院から立ち去る際、子供達とここで別れることになったくみみ達とまた遊ぼうと約束して別れた。
まだ塾長から連絡は来ておらず、せっかくファーストタウンに来たんだからと、マッシュのところやフライドのところに立ち寄り、運良くあった余り物や規格外の食材を購入。
そうしているうちに、塾長からコスプレッサーパンダカチューシャが手に入ったとの一報が届いたからすぐに広場へ向かい、塾長と野郎塾の面々と合流。
ゴリ髭からコスプレッサーパンダカチューシャを受け取り、イクトに装備させた。
「わーい! ありがとー!」
嬉しそうに触覚とレッサーパンダ耳を動かしながら小躍りするイクトに、俺とセイリュウだけでなく塾長も野郎塾の面々、さらに同じ物を壊した三人の主達も表情を緩ませている。
だけど当の壊した面々は何があったのか、ぐったりと地面に倒れて微動だにしていない。
どうやら塾長によって、相当しごかれたようだ。
塾長曰く、まだまだ鍛えるそうだけど。
「ついでにこれも貰ってくれ。カチューシャの前に入手したのだが、使い道が無いのでな」
そう言われて差し出されたのは、動物の手の形をした二つの手袋。
なんというかあれだ、コスプレする時に使う動物の手を模した大きな手袋みたいだ。
両手用の二つセットになっていて、両手に同時装備するのか。
せっかくだから受け取って情報を確認してみる。
コスプレッサーパンダグローブ
レア度:6 品質:5 耐久値:260
ブッチギレッサーパンダを倒すとそれなりの確率でドロップする装備品
レッサーパンダの両前脚を模した手袋
見た目が可愛くなる以外、何の効果も無い記念品のような物
手を強く握るとランダムで設定された鳴き声の一つが出る
*左右で鳴き声が違います
内容はコスプレッサーパンダカチューシャとほぼ同じか。
しかし鳴き声が出るってなんだ。
カチューシャは耳を動かすことができるから、それと似たような付加効果か?
「ますたぁ、それもいくとにくれるの?」
キラキラした期待の眼差しを向けてくるイクトには悪いけど、これは渡せない。
だってこれを付けてスラッシュモードやシザーモードになったら、内側から押し広げて壊しかねない。
上下の服やサンダルと違って、土地神の眷族達の想いが詰まっていないから、手の変化による損傷での再生もしないだろうし。
そういった不安があるから渡せないと言ったら、触覚とレッサーパンダ耳がしょぼんと萎れ、代わってミコトが寄ってきてちょうだいと両手を差し出した。
「私なら使えるんだよ」
それはそうだろうけど、装備できる箇所で空いているのは武器枠だけだぞ。
セイリュウに確認。あっ、いける?
何の効果も無いだけで一応武器枠? なら装備させてやろう。
というわけでミコトの両手にコスプレッサーパンダグローブを装備させてやったけど、シスター風の装いにそのグローブは少々妙な感じだ。
「あったかくてフワフワなんだよ」
「う~、いいな~」
付けた感触を口にするミコトを羨むイクトが、なんだか姉を羨む弟みたいだ。
「イクト君はそのお耳で我慢してね」
「む~」
そう言ってセイリュウが慰めるけど、不服なイクトは頬を膨らませて拗ねている。
「マスター、これは何かできるの?」
「手を強く握ると鳴き声が出るらしい」
「こう?」
試すようにミコトが右手をギュッと握った。
『レエェェェイッ!』
なんだ今の変な鳴き声は。
本当に鳴き声が出たとかいう以前に、何の鳴き声だ。
声の質としては怒声みたいだけど、何に対して怒っているんだ。
「おぉっ。それはブッチギレッサーパンダの鳴き声ではないか」
鳴き声に対して心の中でツッコミを入れていたら、塾長が鳴き声の正体を教えてくれた。
そうか、ブッチギレッサーパンダから入手したんだから、鳴き声の主がそいつでもおかしくはないか。
名前からして声質が怒声なのも納得できる。
だけど運営よ、なんだこの鳴き声は。
架空の存在だから多少変でもいいんだろうけど、あれはどうなんだ?
さすがに微妙かなと思っていると、いつも無表情なミコトが初めて微かに笑った。
「面白いんだよ。気に入ったんだよ」
えっ? そう?
まあ気に入ったのならんだけどさ。
ちなみに左手の方は別の鳴き声が出ると教えたら、今度は左手を強く握った。
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
……なにそれ。
一瞬時が止まったように周囲が静まり返ったぞ。
セイリュウもイクトもミコトも野郎塾の人達も、塾長にしごかれた三人とその主達も、この場を見守っていた野次馬達も通行人達も、プレイヤーは総じて数秒だけ動きが止まって静かになった。
「ほう、今のもブッチギレッサーパンダの鳴き声であるな」
今のもブッチギレッサーパンダの鳴き声なのか!?
撃たれて倒れた仲間が意識を失わないよう、必死に呼びかける感じの今の声が!?
信じられない表情をしたセイリュウと顔を合わせ、改めてミコトを見ると、さっき以上にニヤリと笑っている。
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
いや何回連続で鳴らしてんの?
顔も笑ったままだし、気に入ったのか? その鳴き声が気に入ったのか?
そうして十回ぐらい繰り返して、ようやく鳴き声を鳴らすのを止めた。
「マスター。これはもっと気に入ったんだよ」
「……そうか、それは良かったな」
どこがミコトのツボに嵌ったのかは分からない。
でも気に入ったのならそれでいい。
そう結論づけ、塾長達にお礼の言葉とグローブの分の金を払って別れた。
カチューシャの分は壊した三人の主が払ってくれるけど、こっちは別だからな。
塾長は塾生達を引き連れ、引き続きあの三人を鍛えるらしい。
今度は野郎塾名物、剣山屈伸っていうのをやるそうだ。
名前から内容はおおよその予想はつくけど、怖いから想像するのはやめておこう。
塾長達に連れて行かれる三人と同行する主達を見送ったら、明日はダルク達と行動するためサードタウンジュピターへ転移した。
「じゃ、最後に装備品の下見に行こうか」
最後はセイリュウの希望通り、俺の新装備の下見へ向かう。
バンダナ、前掛け、上下一式に靴と見て回っていたら広場へ移動し、先日のタウンクエストで世話になった四人へお礼とミコトの歓迎会への参加に関するメッセージを飛ばしたら、延ばし延ばしになっていたログアウトを実行。
なんだかんだで結構ログインしていたなと思いつつ、店の方へ向かった。
なお、いつも通り就寝前に動物や子供の激カワ動画を見て癒されようとスマホを取ると、早紀から補習がどうこうっていうメッセージが長々と届いていた。
いやだから、自業自得だって。
改めてそう思いつつ、登録したお気に入りのチャンネルから動画を再生した。
はぁ、やっぱり激カワ動画は癒される。




