お嬢と再会
川魚の出汁を取りつつ、茹でているコンの実が茹で上がったからザルに上げてお湯を切り、冷却スキルで少し冷まして皮を剥き、切れ込みを入れて溢れる果汁をボウルへ垂らす。
こうして果汁を溜めるだけ溜めたら、小さく切った実を魔力ミキサーで細かく刻む。
刻み終わったら魔力ミキサーの中身を果汁の溜まったボウルへ移し、少しかき混ぜては冷凍スキルでちょっとだけ凍らせるを繰り返して、コンの実のシャーベットを作るつもりだ。
現実だったら袋に入れて冷凍庫で冷やし、時折振ったり揉んだりするところだけど、ちょうどいい袋が無いからかき混ぜる方法で作る。
だけど冷却スキルと違って、冷凍スキルは加減を間違えればガッチガチに凍ってしまう。
だから、先に水を張ったボウルで加減を確認しておく。
一回目、加減を誤ってガッチガチに凍ったから放置して溶けるのを待つ。
二回目、別のボウルに水を張って一回目を教訓に、最弱から徐々に出力を上げて検証してちょうどいい加減を把握。
三回目、ちょうど良さそうな加減で水で試作して、シャーベットというよりかき氷っぽいものになった。
せっかくだからこれを皿に移して砂糖水を掛け、かき氷の「すい」を作る。
かき氷の砂糖水掛け 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:4 完成度:77
効果:満腹度回復1% 給水度回復7%
氷耐性付与【微・30分】
大きな氷を削ったのではなく、徐々に水を凍らせながら砕いて作った
「すい」とも「みぞれ」とも呼ぶ食べ方
氷と砂糖の味が純粋に分かるので、良い水と砂糖を使ってください
レア度と品質が低いのは、普通の水と砂糖を使ったからかな。
でも美味い。冷たくてシャクシャク食感で甘い、まさにかき氷だ。
「ほら、皆も食べな」
「はーい!」
「いただくんだよ」
「イクト君、ミコトちゃん。一気に食べたら頭痛くなるから、少しずつ食べてね」
用意したスプーンをかっさらうように手にしたイクトとミコトへ、セイリュウが注意を促す。
だけどかき氷を食べたことがない二人は、思いっきり食べてしまった。
「んー! つめたい! あまい! しゃくしゃく!」
「氷をこうやって食べるのは初めてなんだよ」
あれ? 平気みたいだ。
ひょっとしてここはゲームだから、何かしらの方法で頭痛が起きないように設定されているのか?
それとも二人がテイムモンスターだからか?
「ぴゃあーっ! ますたぁ、あたま、あたまいたい!」
「キーンって、キーンってきたんだよ」
あっ、やっぱり痛むのね。
頭痛からか触覚とレッサーパンダ耳をギュンギュン動かし、頭を抱えて涙目で騒ぐイクトは俺が対処し、両手を頭に添えて俯いて震えるミコトはセイリュウに任せる。
「あぁ、イクト君が」
「あれって何度経験しても慣れないよな」
「どうして何度も経験しているの。一度で学習して気をつけなさいよ」
しばらくして頭痛が収まった二人に改めて注意を促し、セイリュウ監視の下でゆっくり食べている間に川魚の出汁に浮いた灰汁を取り、シャーベット作りに取り掛かる。
成分的な関係で果汁とは加減が違うかもしれないけど、そこは臨機応変に対応しよう。
砂糖を加え、さじで大きくかき混ぜて沈んでいた実を浮き上がらせ、沈む前に少しだけ凍らせる。
こうすれば魔力ミキサーで刻んだ実がシャーベット全体に散らばって、果汁と実が同時に食べられるはずだ。
やっぱり水とは違うから、少し加減を調整して混ぜては少し凍らせを繰り返し、ちょうどいい具合になったら人数分を皿へ盛りつける。
コンの実シャーベット 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:5 完成度:79
効果:満腹度回復3% 給水度回復6%
魔力+2【1時間】
コンの実の果汁と実で作ったシャーベット
凍った甘い果汁と、それに閉じ込められた実の食感が絶妙
一気に食べて頭痛が起きないようにご注意を
情報の確認終了。味の方も……良し。
柑橘系のように実を噛んだら果汁が出るわけじゃないけど、氷のシャリッとした食感とコンの実のシャクッとした食感が妙に合って美味い。
さてと、味見は済んだから待てをしている犬のような目でこっちを見ている三人にも、食べてもらおう。
「ちゃんとできてるから、食べていいぞ。頭痛には注意しろよ」
「はーい!」
「勿論」
「二の舞は演じないんだよ」
スプーンを手に、嬉しそうに食べる様子を見つつ、後片付けをして川魚の出汁から灰汁を取って味を確認。
……うん、いいだろう。自前の別の鍋を出して布を縛り付け、濾して出し殻を取り除いたら再度味見。
イクトとミコトからも美味しいの一言を貰ったら、出汁を鍋ごとアイテムボックスへ入れ、出し殻や煮込みに使った鍋の後片付けをする。
次は寝かせていた生地を麺にするためパスタマシンを取り出す。
太さや形状を調整できるそうだけど、どの程度のなのか情報に出てるかな。
手動パスタマシン
レア度:4 品質:6
効果:好みの厚さと幅の麺を作れる
*幅を変える際は備え付けの刃を交換してください
*長さ調整はできません
情報に厚みと形状に関する情報は無し。
なら実際に触れて確認しよう。
厚さは最大でうどんくらい、最小で紙くらい薄くできるのか。なら餃子やシュウマイの皮も作れるな。
幅は備え付けの刃を交換する必要はあるけど、幅広から極細まで調整できる。
長さの方はこっちで調整する必要があるのか。まあそれくらいの手間なら構わないさ。
「ますたぁ、それどうするの?」
「麺を作るんだ」
確認は済んだから、寝かせていた生地をある程度伸ばして、薄く小麦粉をまぶしたらパスタマシンのローラーで好みの厚さに伸ばす。
これを好みの長さに折り畳んで切り分け、今度は好みの幅に合わせた刃をセットした方で生地を一つ切り分ける。
「わっ、ほんとうにめんになった」
「これは便利なんだよ」
そう、便利なんだよ。
素人でも均一の厚さと幅にできるし、なにより数を作りやすい。
人数が増えた現状、こういった便利な道具は一つでも多い方がいい。
そんなことを考えている間に麺を切り終えた。
確認をすると、ちゃんと目的の中太で幅が広めの麺になっている。
これで機能性に問題は無しと判断して、残りの生地も麺にしていく。
「ぐーるんぐーるぐるぐるぐるーん♪」
「リズムが微妙なんだよ」
「えぇぇっ!?」
ごめんイクト、俺もそれは思った。
回している音を表現しているだけなのに、リズムが微妙すぎる。
俺もそこまで歌が上手じゃないけど、それくらいは分かる。
「パスタマシンなんてあったのかよ」
「あれがあれば、私達にも麺類が作れそうね」
「下手な手打ちより機械打ちだからな」
「でもあれ、どこで入手したんだ?」
これで麺作りは終了。
次は醸造樽とブルットでワイン造りだ。
ガニーニから教わった醸造樽の使い方は至極単純。
熟成瓶と同じで、材料を中に入れて放っておけばいいだけ。
ただし事前の加工は必要だから、ブルットを房から外してボウルに溜めておき、それを魔力ミキサーで皮も種も一緒に刻んでは醸造樽へ入れるを繰り返す。
「あれは何をしているのかしら?」
「葡萄みたいなのをミキサーで刻んで、樽の中へ? まさか酒かっ!?」
「マジか。しかも葡萄みたいなのを使っているということは、ワインだな」
「ちょっと情報屋に連絡を取って、酒の情報がないか探ってみるわ」
それなりの時間を掛けて醸造樽の一つがいっぱいになったら、蓋をしてアイテムボックスへ入れる。
後はワインが完成したら、濾して皮や種や実を取り除けばいい。
あいにく直接飲むことはできないけど、何を作ろうか。
定番のワイン煮込みか、それとも酒蒸しならぬワイン蒸しか、焼き物や炒め物で香りづけに使ってもいいな。
「ますたぁ、それはいまたべれる?」
「いいや、食べられない。そもそも飲み物だし、酒だから飲んじゃ駄目だぞ」
「えー」
「リュウからお酒は大人じゃないと飲めないと聞いた。だから私達は飲めないんだよ」
その通り。熱を通してアルコールを飛ばした料理ならともかく、未成年の飲酒は絶対に駄目だ。
飲食に関わるなら、未成年と運転手に酒の提供は絶対にするなと祖父ちゃんから口酸っぱく言われているから、完成しても絶対に二人には飲ませないぞ。
勿論、俺も飲まないしダルク達にも飲ませない。
まあそもそも、ゲームのシステム的に飲めないんだけどな。
「どうしてもだめ?」
「駄目!」
おねだりするイクトに強い口調で返す。
肩を落としてしゅんと落ち込むけど、こればっかりは絶対に駄目だ。
「料理には使うから、それで我慢してくれ」
「はぁい」
やや不機嫌な返事をするイクトに、ミコトとセイリュウが元気を出すように慰める。
フォローは二人に任せて、最後にストックのパンを作っておこう。
ただし普通のパンじゃなく、今回はミヤギの頼みで木の枝を拾っている時にセイリュウが採取して、そのままアイテムボックスに入れっぱなしだったクルミを加える。
そのためには殻付きのクルミを割る必要があるから、ステータス画面からのネット検索で調査。
くるみ割り器を使わない方法を見つけ、それに従ってフライパンでクルミを炒り、隙間に包丁を差し込んで割る。
中身を取り出して細かく切って軽く炒ったら、小麦粉と水と塩と砂糖とバターで生地作り。
生地ができたらクルミを加え、生地に混ぜ込んだら発酵スキルで発酵させる。
発酵して膨らんだ生地のガス抜きをしたら切り分け、魔力オーブンで焼いてクルミパンの出来上がり。
クルミパン 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:6 完成度:82
効果:満腹度回復10%
物理ダメージ軽減【微・1時間】
砕いたクルミを生地に混ぜて焼いた香ばしいパン
勿論、香りだけでなく味も良い
パンとクルミの食感の妙もご堪能あれ
よしよし、情報の内容も味見も問題無し。
そうと分かれば味見したそうにしているイクトに、味見をさせてやろう。
「ちょっとトーマさぁぁぁぁぁんっ!」
「うひゃっ⁉」
うおっ!? なんだ?
いきなり大声で呼ばれたから作業場の出入り口を見ると、いかにも駆け込んできましたって感じのミミミがいた。
急にどうしたんだ。驚いたイクトが踏み台から落ちそうになったじゃないか。
落ちる前に俺が支えたけどさ。
「お酒! お酒を造っているって本当ですかっ!」
ズカズカと歩み寄ってきたミミミの口から出たのは、さっき造っていた酒、というかワインのこと。
というか、まだ教えていないのになんで知っているんだ?
野次馬の誰かが、さっきのワイン造りについてミミミへ連絡を取ったのかな。
そしてどうしてそんなに酒に食いつくんだ。ひょっとして酒好きなのか?
「ああ、造っているぞ。でもさっき仕込んだばかりだから、まだ飲めないぞ」
「いつ! いつできるの! いつ飲めるの!」
やたら熱のこもった様子で迫ってくるから、やっぱり酒好きなんだろう。
「できたら連絡しようか?」
「よろしくお願いします! お礼はお金でも情報でもアイテムでも、なんでも出すのでどうか!」
土下座してなんでも差し出すほど、酒を飲みたいのか!?
どんだけ酒好きなんだよ。
突然土下座するから、イクトがとりあえず渡しておいたクルミパンを食べながらポカンとしているし、ミコトは冷めた目を向けているし、セイリュウは戸惑っているぞ。
「ミミミさん、ここにいるのですか? 急に走り出してどうしたと……あぁっ! トーマさん!?」
「あっ、エリザべリーチェじゃないか」
久しぶりに会ったな。
相変わらず見事な縦ロールだ。
「おい見ろ、料理長とお嬢が遭遇だ」
「前に会った時は料理勝負を申し込んで袖にされていたけど、今回はどうなるのかしら?」
周囲がざわめく中、エリザべリーチェが不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふっ。ここで会ったのも何かの縁、今度こそ私と料理勝負です!」
「断る」
「前回の反応から断られるのは想定していましたが、やっぱり即答されると悔しいです!」
そんなこと言われても、嫌なものは嫌なんだよ。
というか、まだ諦めていなかったのか。
なんでそう、勝負に拘るかな。
「もういいですわ。それで、これはどういう状況なんですの?」
まだ土下座をしているミミミを見ながら腕を組み、状況説明を求められた。
と言っても、状況はちっとも深刻でも複雑でもない。
「どこからか俺が酒を造っていた情報を得たミミミが、酒を求めて突撃してきた」
「ミミミさん……。いきなり駆けだしたから、何かと思えば……」
「悪い!? いいじゃない、美味しいお酒こそ我が人生! アルコールイズ、ジャスティス!」
立ち上がって激しい動きをしながら力説するミミミは、世紀末を描いた某漫画で悔いなく立ち往生したキャラのように腕を掲げて、アルコールが正義だと言いきった。
ゲーム内なら心配は無いけど、現実でのミミミの肝臓は大丈夫なんだろうか。
「ますたぁのりょうりいず、じゃすてぃす!」
クルミパンを食べ終えたイクトが、セリフとポーズを真似した。
嬉しいけど、恥ずかしいからそんなことを大声で言わないでくれ。
ミコトとセイリュウもうんうんと頷くのは構わないけど、真似はしないでくれよ。
真似されたミミミも恥ずかしがって、真っ赤にした顔を両手で隠して耳が力無く垂れている。
「まったくもう。急に矢継ぎ早に残りの情報を伝えて代金を急かす上に、すぐ走り去ったので何が重大なことが起きたのかと思いましたわ」
「何を言っているんですか、お酒が飲めるなんて重大中の重大じゃないですか!」
「どれだけお酒が好きなんですの!?」
同感だ。ミミミは現実でなら、うちの店に来る酔っ払い共と意気投合できそうだ。
「はぁ、もういいですわ。それよりトーマさん、その子達が噂のイクトさんですの?」
「そうだけど、イクトに何か用か?」
「私がというよりも、知り合いがイクトさんに会いたいそうです」
エリザべリーチェ曰く、以前の公式イベントでイクトと同じ子を手に入れたプレイヤーが、是非イクトと会いたいと言っているらしい。
「その人は今、ログインしているのか?」
「ちょっとお待ちになって。……いますわね。連絡を取ってもよろしくて?」
「いいぞ。今日はもう何の予定も無いし」
食材の調達と試作や仕込みやストックの補充は済んだし、俺の新しい装備はダルクとカグラとメェナの不在で次回に持ち越されたから、これといって予定は無い。
「分かりましたわ。では早速、連絡を取りますわね」
さてと、エリザべリーチェが連絡を取っている間に作業台の上を片付けておこう。
冷凍スキルで凍っていた水も溶けてきたから、流しへ落としておく。
そして洗い物は一瞬で洗い終わり、水滴を拭き取るのも一瞬。
本当にこれが現実だったら、どれだけ楽なことかと思いながら備品を片付ける。
「話がつきましたわ。向こうがこっちへ来るそうでなので、少々待ってください」
「そっか。分かった」
待機のために椅子へ座ったら、さも当然のようにイクトが膝の上に座ってきた。
ちょいとイクト君、何しているのさ。
「イクト君、ずるいんだよ。私もマスターの膝の上に座りたいんだよ」
「はやいものがちー!」
「むぅ」
無表情ながら怒気を放つミコトを気にせず、イクトは触覚とレッサーパンダ耳を嬉しそうにパタパタ動かす。
こらこら喧嘩するな。
「順番に交代で座れ。イクト、後で交代してやれ」
「マスターがそう言うのなら従うんだよ。次は私のターンなんだよ」
「いまはいくとのたーん!」
なんだろうこの、不利な状況を逆転できるカードを引くようなやり取りは。
弟可愛くて妹可愛いから別にいいけどさ。
「ねえミコトちゃん、交代するまで私の膝に座る?」
「座るんだよ」
正面の椅子に座るセイリュウの提案に、ミコトは素直に応じて膝の上に座った。
「悪いなセイリュウ」
「これくらい構わないよ」
セイリュウの気遣いに感謝しつつ膝の上のイクトの頭を撫でると、にへへ~と表情が弟可愛く緩んだ。
するとミコトは、何かを訴えるようにセイリュウをじっと見上げた。
何を訴えているのか察したセイリュウがミコトの頭を撫でてやると、満足そうにむふーと鼻息を吐いた。
「ちょっと、なに一家団欒やっているんですか」
「まるで本当の家族のようですわね」
さっきまでイクトとミコトが使っていて、今は空いている席に座ったミミミとエリザべリーチェが変な事を言い出した。
「はひゃっふっ!?」
驚いたセイリュウが真っ赤になって奇声を上げた。
しかし言われてみれば、そう見えなくもないな。
息子のイクトを膝に乗せる父親の俺と、娘のミコトを膝に乗せる母親のセイリュウ。
……あっ、駄目だ。想像したら恥ずかしくなってきた。
「ますたぁ、おかおまっか」
「セイリュウお姉ちゃんも真っ赤なんだよ」
そりゃセイリュウだって恥ずかしくもなるって。
「初々しいですわね」
「ふふふっ。私もそんな青春時代を過ごしたかったわ……」
生暖かい目で見てくるエリザべリーチェはともかく、目が死んでいるミミミは一体どんな青春時代を過ごしたんだ。
触れない方が良さそうだけど、気になる。
「エリザさーん? どこー?」
「あっ、来ましたわね。こちらですわ」
おぉっ、エリザべリーチェが言っていたプレイヤーが到着したか。
正直気まずい雰囲気だったから助かった。
「あー、お待たせー」
間延びした口調で喋りながら近づいて来たのは、長い茶髪を束ねてシンプルなエプロンを身に付けている、細い目をした長身の女性プレイヤー。
何かをおぶっていると思いきや、スヤスヤと眠っているイクトと同じ子だ。
うん、あの人の第一印象はどう考えても保育士だな。




