冷やせるようになった
「んじゃ、アタシらはこれで。また会えるのを楽しみにしてるよ」
「俺もだ。その時はまた料理の話をしよう」
道中で楽しい料理談義をしたセツナとフレンド登録を交わし、再会の約束をして固く握手を交わす。
できればもう少し一緒にいたいけど、向こうは人と会う約束があるし俺達もアスクの下へ行かなくちゃならない。
名残惜しさを残しつつセツナ達と別れ、いつものメンバーだけが残る。
「それじゃあ行こうか。診療所だっけ?」
「そうだ。そこへフィシーからのご祝儀を届けるんだ」
でもって返事の手紙を受け取ってフィシーへ届ければ、生鮮なる包丁が手に入る。
「で、肝心の診療所はどこ?」
「分からないから住人に聞いてみよう」
受け取ったのはご祝儀だけで、地図のような物は無い。
ステータス画面を開いての地図にも表示されてないから、住人に聞くしかない。
さすがに診療所を知らないってことはないだろうし、すぐに見つかるだろう。
そう思って近くの木彫り細工を売る屋台へ立ち寄り、小太りの男性NPCに尋ねたら親切に場所を教えてくれた。
早速そこへ向かうと、聴診器と注射針の絵が描かれた看板を発見。
文字の方の看板には診療所とあるけど、扉には休診中の札が掛かってる。
「ごめんくださーい!」
開いてないと分かるやいなや、ダルクが扉を叩きながら大きな声で中へ呼びかけた。
それを聞いたプレイヤーから視線が集まってるから、もう少し声を抑えてもらいたい。
すると中から駆け足が聞こえてきて、勢いよく扉が開いた。
「急患ですかっ⁉」
慌てながら現れたのは目が縦長で額に鱗のある青年、アスクだった。
前に会った時とは違い、白衣を纏った姿は医者っぽい。
「て、あれ? あなた方は以前に会った……」
「どうも。急患じゃなくてお届け物です」
呆気に取られるアスクへ、来訪の理由を伝えてご祝儀を手渡す。
「そうですか、伯父さんからの頼みで。申し訳ありません、診療所を引き継いだばかりなので緊張してて」
ご祝儀を手に、気まずそうな笑みを浮かべるアスクだけど気持ちは分かる。
俺もたった一品とはいえ、祖父ちゃんと父さんからお客に料理を出していいと言われた時は嬉しかったし、いざとなったらとても緊張した。
医者っていう職業で診療所を任せられたのなら、その時の俺以上に緊張してるだろう。
「あぁ、返事の手紙が必要なんですよね。用意しますので、中へどうぞ」
促されて診療所の中へ入ると、受付前には木製の長椅子がいくつか設置されてる。
そこに座って待つように言い残してアスクは奥へ引っ込み、俺達は適当な位置に座った。
イクトは当たり前のように俺の膝の上だ。
「この後はお昼食べたら、お金を稼ぎに行かないとね」
「ここらには食材をドロップするモンスターいるかな?」
「調べてみるね」
「お肉希望!」
ダルク達はこの後の予定を立て始めたし、俺は俺で食材のチェックをしておこう。
そう思ってステータス画面を表示させ、アイテムボックスを開こうとしたらメッセージが届いた。
送信者はミミミ、件名は先日の情報料とある。
情報料……ああ、フィシーのところでの出来事や認定証に関する情報の代金か。
一緒に送られてきた情報料を確認すると、それなりの額が届いてる。
これだけあれば、何人かサードタウンマーズへ転移できるだろう。
転移屋の料金は転移先が遠いほど高く、近いほど安いから隣町への転移なら安く済む。
とはいえ、さすがに全員で転移するのは厳しいか?
だったらいっそ、俺だけサードタウンマーズへ行って生鮮なる包丁を受け取ってくるかな。
テイムモンスターのイクトは無料で一緒に行けるから護衛になるし、往復して戻ってくればダルク達に今日の晩飯を作ってやれる。
よし、この計画を聞いてもらおう。
「ちょっといいか?」
「あら、なあに?」
話し合いをしてるダルク達に声を掛け、ミミミから情報料が送られてきたことを伝える。
送られてきた金額を実際に見せ、転移屋を使って俺とイクトだけで生鮮なる包丁を受け取りに行って戻ってくるのはどうかと提案すると、ちょっと待ってと告げたダルク達は顔を寄せ合って小声で相談を始めた。
「ますたぁ、ひまー」
脚をブラブラさせてるイクトが暇と言うけれど、そんなこと言われても困る。
現実では病院や診療所によっては本があるけどここには無いし、スマホのような物も手元に無い。
何かないかとステータス画面を操作しようとしたら、ダルク達の相談が終わった。
「オッケー、それでいこう」
「私達は助けに行けないから、気をつけて」
「くれぐれも町の外に出ず、こっちへ戻ってきてね」
「変なのに絡まれそうになったら、すぐにGMコールするんだよ」
そういう注意は最初の頃に聞いたから、分かってるって。
実際に面倒なプレイヤーに絡まれた経験はあるし、町の外へ出るつもりは無いって。
重ねて注意してくるダルク達へ承知した旨を伝えてると、奥の方からアスクが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらを伯父へ渡してください」
「ありがとう。確かに届けるよ」
手紙を受け取ってアイテムボックスへ入れ、診療所を後にする。
そのまま転移屋へ移動してサードタウンマーズまでの料金を確認すると、俺とイクトだけなら余裕で往復可能だった。
「それじゃ、昼飯用の肉まんは渡しておくぞ。喧嘩せず、分けて食うんだぞ」
「ええ、ありがとう」
ダルク達の分の肉まんをメェナへ渡し、俺とイクトはサードタウンマーズへ転移する。
そしてフィシーの魔道具店へ赴いて手紙を届けた。
「おうっ、ありがとな。確認させてもらうぜ」
本当にアスクからの手紙なのか、内容を読んで確認したフィシーは満足した表情で頷く。
「確認させてもらった。それじゃあ、これが約束してた礼だ」
刃の部分を布製の鞘に納めた包丁を受け取る。
早速抜いてみると、前に見せてもらった時と同じ青みのある刃が姿を現した。
情報も生鮮なる包丁と表示されており、間違いなく目的の物だ。
「ありがとうございます」
包丁を鞘に納め、アイテムボックスへ入れてお礼を告げる。
「おう。これからも頑張れよ」
笑顔でサムズアップしたフィシーは、それ以上は何も言ってこない。
どうやらこれで完全に星座チェーンクエストは終了のようだ。
やり遂げたことにホッとする反面、終わったことがちょっと寂しく思える。
『プレイヤー・トーマさんへ運営よりお報せです』
うん? なんだ?
これって【クッキング・パイオニア】の称号を貰った時も流れたやつだよな?
まさか、また称号か?
『星座チェーンクエストの達成を確認しました。条件を満たしたため、冷却スキルと冷凍スキルが習得可能スキルとして開放されました。さらに最速達成の特典して、賞金とポイントを贈与します。以上で、お報せを終了します』
称号じゃなかったか。
でも新しいスキルが二つ解放されて、最速達成の特典まで入手したのは嬉しい。
すぐに確認したいけど店内だと邪魔になるだろうし、外へ出て確認しよう。
おっと、その前にホットプレートの購入を忘れずに。
魔力ホットプレートを購入したら店を出て、端の方に寄ってスキルと特典を確認する。
最速達成の特典で受け取ったのは賞金8万と5ポイント。
で、解放された二つのスキルはどういうのだ?
冷却スキル:スキルの対象に選んだ物を凍らない程度に冷やす
*食材、容器に入った液体、料理に対してのみ使用可
冷凍スキル:スキルの対象に選んだ物を凍らせる
*食材、容器に入った液体、料理に対してのみ使用可
おぉっ、食材か液体を冷やすスキルと凍らせるスキルか。
この二つのスキルがあれば新たに冷やすって選択肢が増えて、冷たい料理が作れるようになる。
最速の特典とイクトのお陰でレベルが上がってポイントが溜まってるから、早速両方とも習得しよう。
必要なポイントは職業補正とやら3ずつで済み、無事に両方のスキルを習得した。
「ますたぁ、さっきからなにしてるの?」
おっと、構ってやれなかったからイクトが下から覗き込んできた。
「新しいスキルを習得したんだ。これで冷たい料理を食べられるぞ」
「つめたいりょうり?」
頭を撫でながら説明したけど、よく分かってないようだ。
でも撫でられてるのが嬉しいのか、触覚とレッサーパンダ耳はピコピコ動いてる。
「まあいいか。それじゃ、広場で昼飯食べたらサードタウンジュピターへ戻ろう。用事は済んだからな」
「はーい!」
元気よく手を挙げたイクトに手を繋がれ、広場へ向けて歩き出す。
心配されてた迷惑なプレイヤーからの絡みはなく、むしろ微笑ましいものを見る温かい視線が向けられてる。
「ちゅーころったりゃんりょん、あぽろったら~♪」
視線の主な理由は間違いなく、微妙な歌を口にしながら嬉しそうに歩くイクトだな。
「おいおい、変な歌が聞こえるから誰かと思ったらトーマじゃねぇか」
俺の名前を呼んだから誰かと思いきや、サラシに特攻服姿が特徴的なイフードードーだった。
今回のログインはセツナといいミュウリンといい、こういう系の格好をしてるプレイヤーとばかり会うな。
「おーっ、そいつが噂に聞いたイクトか。はじめましてだな」
そういえばイクトとイフードードーは初対面か。
「……おねえちゃん、だれ?」
初めて会うから警戒してるのか、俺の後ろに隠れたイクトは顔だけ覗かせる。
するとイフードードーは初めて会って挨拶した時同様、両手を膝の上に置いて腰を落として頭を下げる。
「アタイはイフードードー。坊主のマスターのダチやってんだ」
「だち?」
「あー、友達ってこと」
そういうキャラで通してるんだろうけど、イクトが変な言葉覚えたらどうするんだ。
「ますたぁのおともだちなら、いいひと?」
「おう! こんな見た目だが悪い事なんかせず、真っ当に情報屋やってるぜ。職業は拳闘士から転職した喧嘩屋だけどな」
似合ってる職業だけど、どうやったらそんな職業になるんだ。
「じょうほうやさん? これのひととおなじ?」
俺の後ろから出てきたイクトがヘドバンしだした。
その行動にイフードードーは、意味が分からない様子で首を傾げてる。
ミミミよ、お前はイクトにヘドバンの情報屋って覚えられてるぞ。
ひとまずヘドバンはやめさせ、ポカンとしてるイフードードーへ説明すると腹を抱えて大笑いしだした。
まあ、そういう反応になるよな。
「ひー、ひー。久々に大笑いしたぜ。今度ミミミに教えてやろうっと」
「どんな反応をするだろうな」
「間違いなく落ち込むだろうぜ」
だろうな。膝をついてガックリするミミミの姿が容易に想像できる。
そうだ、ちょうどいいからさっきの情報を売ろう。
「ところで時間あるか?」
「ん? あるけどどうした?」
「伝えたい情報がある」
情報と聞いてイフードードーは獰猛な笑みを浮かべた。
それを見たイクトは、ビクッと跳ねて驚くと俺の脚に引っ付く。
こら、怖がらせんな。
「いいねぇ、どんな情報なんだ? またアタイをゾクゾクさせてくれんのか?」
ゾクゾクするかは保証できないけど、料理プレイヤーには結構重要な情報だと思う。
というわけで通行の邪魔にならないよう、端によってボイチャで情報を伝える。
生鮮なる包丁のことはミミミから聞いてたようで、特に反応は無かった。
だけど冷却スキルと冷凍スキルのことを話すと、より獰猛な笑みになって小刻みに震え出した。
「いい、いいじゃねぇか! ゾクゾクさせてくれる良い情報じゃねぇか! 高く買わせてもらうぜ!」
それはなにより。
というわけで、またも臨時収入ゲット。
今日はこういう系のプレイヤーに会うだけじゃなくて、やたらと儲かるな。
「うっしゃっ! 早速仲間と共有して、売りさばくぜ! 情報サンキューな、あばよ!」
左の掌に右拳をぶつけて気合いを入れたイフードードーは、雄たけびを上げながら走り去った。
嵐のような勢いに、イクトはポカンとしてる。
「さっ、行くぞ。昼飯にしような」
「ひるめし! はーい!」
飯と聞いて再起動したイクトと移動を再開し、広場に着いたらベンチに座って肉まんを頬張る。
イクトには口の中が大惨事にならないよう、割ってから息を吹きかけ、冷まして食べるように言いつけて渡す。
「ふー、ふー。あふっ、あふっ、おいひー!」
言いつけを守り、息を吹きかけて食べたイクトが満面の笑みを浮かべた。
そうかそうか、良かったな。
つまみ食いしようとした罰に味見できなかった分、存分に食べてくれ。
「あれって――」
「どこで――」
「いや、あの人って――」
「じゃあ――」
広場にいるプレイヤー達が、こっちを見てざわついてる。
移動中に向けられてきた視線同様、美味そうに肉まんを頬張るイクトが微笑ましいのかな。
「ますたぁ、おかわり」
「はいよ」
ダルク達も今頃、どっかで肉まん食ってるのかな。
そういえばカグラはセツナから貰ったクッキー、どうしてるんだろう。
俺の分は別にいいけど、できればイクトの分は残しておいてほしい。
飯を食ったら伝えておこうと決め、自分用のおかわりを出すためアイテムボックスを開いてたら、ある物を見つけた。
「あっ、すっかり忘れてた」
それは公式イベント終了後に受け取った、イベント景品引換券。
使用期限は入手してから現実での一週間以内。
入手したのが土曜日で、現実の今日は月曜日だからまだ余裕はある。
だけどまた忘れて使えなくなったらなんだし、今のうちに使っておこう。
おかわりの肉まんを取り出し、それを頬張りながら二枚あるイベント景品引換券の一枚を使用すると、交換可能景品がリスト状で表示された。
「この中から選ぶのか」
リストをスクロールして景品を調べていく。
どうやらそれぞれの職業に合う物が用意されてるっぽいから、料理人向けの物だけに目を通す。
その中から、調理よりも戦闘を目的とした物は無視して、調理を目的とした物だけを調べる。
だって戦う気なんて、これっぽっちも無いんだから。
結果、候補として挙がったのは、器用の数値が上がる包丁と包丁の耐久値を回復させる研石。
引換券は二枚あるから、まずは予備用として包丁を入手しようかなと思ってたら、最後の方である物を見つけた。
「マジかよこれ」
それは手動のパスタマシン。
無論、生地さえ用意できればパスタ以外も作れる。
選択して詳細を調べると、厚さや太さも調整可能とある。
これさえあれば麺作りが楽になるからと、即行で入手した。
さらに二枚目で研ぎ石を入手。
直接アイテムボックスへ送られた二つに思わず頬を緩ませつつ、もうすぐ食べ終わるイクトのために次のおかわりを取り出しておく。
「ますたぁ、もういっこちょうだい」
「はいよ」
予め出しておいたのを手渡し、俺も自分用に次のを用意しておく。
そんな感じで昼飯は穏やかに終わったものの、クッキーの件でカグラへ連絡を取るとこんな返事が送られてきた。
『ごめんなさい。皆で全部食べちゃった。テヘペロ?』
連絡するのが遅かったか。
まあ食っちゃったものは仕方ない。
このことはイクトには伝えず、帰ろうとだけ告げて手を繋いで転移屋を目指す。
しかしいくらでも食べられるとはいえ、四人で六十枚のクッキーを一気に食べ尽くすとか、どんなクッキークレイジーだよ。
*****
転移屋を使ってサードタウンジュピターへ戻ってきた。
ダルク達は町の外でモンスターと戦いに行ってるし、俺達はどうするか。
泡辣椒や塩レモンを作る予定とはいえ、時間はまだ随分と早い。
ここはギルドへの貢献度を稼ぐため、料理ギルドで依頼を受けようかな。
イクトも快く賛成してくれたから手を繋いで料理ギルドへ向かい、人がまばらな料理ギルドの掲示板の前に立って依頼を探す。
上から下までじっくり用紙を見ていき、依頼を探す動きを真似するイクトにクスリと笑う。
すると、一つの依頼に興味を引かれた。
労働依頼
内容:調理補助
報酬:700G
労働時間:2時間
場所:町長宅
時間的にもちょうどいいし、町長がどんなところに住んでるのか気になるからあれにしよう。
すぐに用紙を取ってイクトと受付へ向かい、おばさん職員に受理してもらったら受け取った地図を見ながら町長宅を目指す。
「ここか」
「わー!」
周囲の建物よりも二回りは大きくて広そうな町長宅に、イクトは歓声を上げた。
ギルドでも作業館でもなく、個人所有の家でこんなに大きい建物は初めてだ。
どんな人が住んでるのかと思いつつ、扉の前にぶら下がってる呼び出し用のベルを揺らして鳴らす。
「あーっ、いくともならす!」
いやイクト、これは遊ぶための物じゃないから。
駄々をこねるイクトに駄目だと言いつけ、遊ぶ物じゃないと説明してるうちに扉が開いた。
「お待たせしました。どちらさまでしょうか?」
出てきたのは犬系の耳と尻尾が生えた、メイド服を着たNPCの女性。
メイド服と言っても、秋葉原とかにいそうなアイドルの要素が含まれた派手な衣装じゃなくて、古き良きって感じの顔と両手以外は出してないタイプのメイド服だ。
こういうのをなんて呼んだか、前に健が言ってた気がするけど興味無かったから忘れた。
「はじめまして、いくとです」
「はぁ、はじめまして。あの、どのようなご用件でしょうか?」
「ああすみません。料理ギルドの依頼を受けて来ました」
余計な考えを止め、訝しげな表情のメイドの女性へ料理ギルドの受理印がある依頼の用紙を渡す。
それを読んだメイドの女性は、少々お待ちくださいと言い残して一度中へ戻る。
どれくらい待つのかと思ってたら、一分もしないうちに戻ってきた。
「お待たせしました、確認が取れたのでご案内します」
確認取るの速いって。
本当に移動はせず、システム的なもので処理したのかな。
ともかく中へ通され、イクトが勝手にどこかへ行かないよう手を繋いでメイドの女性の後に続く。
家の中は割と広いけど、高そうな絵とか壺とかは一切無い。
まあ家が大きいとはいえ、所詮は町長なんだしそんなものなのか?
「こちらになります」
連れて来られたのは台所、というよりも厨房に近い。
作業館の作業台や依頼で訪ねた先の台所に比べ、やたら設備が充実してて本格的な空気が漂ってる。
そんな厨房にいるのは、茶色の尻尾が生えてるコックコート姿の茶髪の男性NPCが一人だけ。
「ドゥームさん、料理ギルドに出していた依頼を受けてくれた方をお連れしました」
メイドの女性に声を掛けられ、コックコートの男性がこっちを向いた。
精悍な顔つきをしてるその人は、髪と尻尾と同じく目も茶色でコックコートの隙間からは僅かに茶色の鱗が見える。
俺はこの種族を知っている。
だってキャラクター作成の時に、興味本位で一度だけ選んでみたんだから。
「やあ、来てくれたのか」
男性NPCが振り返って歩み寄ってきた。
「君が依頼を受けてくれた人かい?」
「はい。トーマといいます。こっちは連れのイクトです」
「いくとです!」
しっかり挨拶をしたイクトにコックコートの男性は笑みを浮かべ、よろしくと告げた。
「僕はこの家に雇われてるコックのドゥーム。見ての通り、リザードマンだ」
やっぱり、リザードマンだったか。
「いやぁ助かったよ。普段なら助手がいるんだけど、数日前に体調を崩してしまってね。今日までは僕一人でやってきたんだけど、さすがに少々疲れてきてね」
そりゃそうだろ。
普段二人でやってることを一人でやるんだから、負担が増えて当然だ。
「とにかく、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それで、何をすればいいですか?」
「まずはそこのタマネギを切ってくれないか? 半分はみじん切り、もう半分は細切りで頼む」
「分かりました」
前掛けとバンダナを表示させ、積まれたタマネギを指差すドゥームの指示に従ってタマネギを切るべく、まな板を準備して包丁を装備する。
今回は生食用じゃないから、前から使ってる包丁だ。
イクトはいつも通り俺の隣で見ようとしてるけど、踏み台が無いから縁に手を掛けてピョンピョン飛び跳ねてる。
「う~」
よく見えないから不満を募らせ、頬を膨らませて唸ってる。
ドゥームに踏み台を借りようかと思ったものの、別の作業に取り掛かってるから悪いかな。
「ふらいも~ど!」
あっ、そうするのね。
蛾の羽を生やして飛んだイクトは台の上に両腕を置き、まるでそこに止まってるようにしてこっちを見てる。
別にどう見ようが構わないけど、間違っても鱗粉を撒く真似はしないでくれよ。
「イクト、鱗粉は出すなよ」
「はーい」
うん、良い返事だ。
料理が台無しになりかねないから、本当にやるんじゃないぞ。




