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なんかもらった


 食後の休憩を終えて作業館から退館すると、外はすっかり暗くなっていた。

 古めかしい感じの街灯に灯りが点き、周辺の店舗から漏れる光も町中を照らしてる。


「おー、夜の町の雰囲気がβ版よりいいね」

「β版は街灯が無くて灯りが少なかったから、薄暗くて不気味だったものね」


 へぇ、そうなのか。


「治安が悪そうで怖かった」

「そうね。現実だったら絶対に外を出歩きたくない雰囲気だったわね」


 そういう意見が多く出たから、今みたいに街灯が設置されたんだろうか。

 移動中に街灯を選択して調べたら、魔力街灯と出た。コンロや瓶もそうだけど、魔法がある世界観だからこその設備だな。


「で? ダルク達はまたモンスター狩りに行くのか?」

「ううん、行かないよ」


 ありゃ? 昼間の勢いからしたら、またモンスターを狩りに行くと思ったのに。


「いいのか?」

「うん。夜に出るモンスターは昼間より強いから」

「ガチ勢や攻略組を目指す人はレベルを上げるため、勇んで行くでしょうね。でもエンジョイ勢の私達は無理せず、昼間にじっくりレベルを上げてから挑むことにするわ」


 ふうん、そういうものなのか。

 よく分からないけど、ダルク達は楽しむのを優先するってことだな、うん。


「だったら、これからどうするんだ?」

「それなんだけどさ、ちょっと買い物に行ってもいいかな?」

「買い物?」

「うん。せっかく釣りスキルを取ったんだし、釣り竿を買いたいと思ってね」


 ああそういえば、魚を食べたくなった時に使えるかもしれないからって理由で、そんなスキルを取ってたっけ。

 だったら釣り竿の購入は必須だな。


「だったら私は、楽器を見に行きたい」


 小さく挙手をしながらセイリュウが意見を述べた。

 セイリュウも、エルフといえばハープやリュートなんかを演奏しているイメージだからって理由で、演奏スキルを取ってたな。

 釣りスキルに釣り竿が必要なのと同じく、演奏スキルに楽器が必要なのは当然か。


「トーマは? 何か欲しい物ある?」

「今のところはいいかな。あっ、でも料理ギルドには行かせてくれ」


 さっき気になって確認したら、茹で肉の油ソース掛けと豚肉の茹で汁スープがオリジナルのレシピ扱いになっていた。

 これを料理ギルドへ提供すれば1200Gの収入に繋がるし、ギルドへの貢献度も上がる。

 急ぐ必要は無いけど、用が無いならさっさとやっておくべきだろう。


「了解。それじゃあ――」

「な、なあ!」


 出発しようとしたら、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、白衣を纏って眼鏡を掛けた猿の耳と尻尾を生やした青年がいた。


「何か用かしら?」

「そっちのサラマンダーに、聞きたいことがあるんだ」


 メェナが対応しようとしたけど、相手は俺に用があるみたいだ。


「なんだ?」

「俺は春一番っていう錬金術士だ! さっきの料理に使っていたそら豆って、どこで入手したんだ!?」


 どうやらそら豆の入手先が知りたいようだ。

 でも錬金術士って、薬を作る職業だった気がする。

 それなのにそら豆が欲しいのはなんでだ? 単に好きなだけだろうか?

 まあ隠すようなことでもないし、教えてもいいかな。


「えっと」

「ちょっと待って、トーマ君」


 教えようとしたら、横からセイリュウの待ったが入った。

 そしてダルクとカグラとメェナが間に割って入る。


「ねえ君、春一番さんだっけ? それを知ってどうするつもり?」

「え? それは……」

「うふふふっ。私達知ってるわよ、あなたが生産系の掲示板でトーマ君の話題に参加していたこと」

「うぐっ」


 えっ? そうなのか?

 というか掲示板で話題って、どういうことだ?

 分からないけど下手に口を挟まない方がいいっぽいし、ここは黙って静観しよう。


「大方、そら豆の入手先を知って、そこからどこにも売ってないキノコや他の食材に辿り着けるかも。そう思ったのかしら?」

「うぅ……」


 気まずそうに顔を逸らしたってことは、図星か。

 でも豆はともかく、キノコになら錬金術士が反応しても不思議じゃないかな。

 個人的なイメージだけど、ゲームの中でならキノコって薬になりそうだし。現実でどうなのかは知らん。


「で、あわよくばその情報を売って一儲けかい?」

「そ、そんなことはしない! ただ、どこにも売っていなかった物を料理に使っていたから、気になっただけだ!」

「それで凸ったんだね」


 凸った? なんだそれ、こういうゲームの用語か?

 首を傾げているとセイリュウが小声で、突撃したという意味だと教えてくれた。

 なるほど、突撃取材をしに来た感じと思えばいいのか。


「頼む。情報への対価は出すし、広めないと約束するから教えてくれ」


 顔の前で両手を合わせて頭を下げる様子は真剣に見える。

 だけどオンラインゲーム初心者の俺が勝手に判断するのは不味そうだから、引き続きダルク達に任せよう。


「そう言われても、初対面だから信用も信頼もし辛いわ」


 まあそれはゲーム内での交流だけでなく、現実でも同様だな。


「食材の情報ならBANされないから、一儲けするにはちょうどいいものね」


 また専門用語っぽいのが出たよ。BANってなんだ。

 小声でセイリュウに尋ねると、違反行為への罰としてアカウントを停止されたり削除されたりすることらしい。

 要するに、規約違反をしたプレイヤーを運営が追い出すようなものか。


「というわけで、悪いけど今回は見送らせてもらうね」

「情報の秘匿はオンラインゲームではよくあることだし、悪く思わないでね」

「……分かった」


 どうやらオンラインゲームでは、情報の扱い方は重要なようだ。

 仮に相手側が本当に悪用する気が無かったとしても、慎重に対応すべきなんだろう。

 下手に口を挟まなくて正解だったな。何も知らずに親切心を出していたら、どうなっていたか。

 がっくりと肩を落とし、背を向けてトボトボと去って行く春一番には悪いけど、了承の返事をしたんだから納得してくれ。


「さっ、トーマ。行くよ」


 大人しく引き下がった春一番の後ろ姿を見送っていたら、ダルクに腕を引かれて春一番とは逆方向に連れて行かれる。


「彼には悪いけど、そういうものなのよ」

「情報は迂闊に明かせないの。特にトーマ君の場合は、作る料理が騒ぎになりそうだから」

「そうよ。だから気にすることは無いわ」


 カグラ達もそうは言うけど、やっぱり悪いことしたような気分だな。

 だけど、そういう気持ちに付け込む悪い奴がいるのもまた事実。初対面の人との付き合い方が難しいのは、現実もゲームも同じか。

 春一番はこれにめげず、何かの折には交流をして信用や信頼を築きたい。

 彼が本当に悪い奴でないのなら、きっとそれができるはずだから。


「それにしても、早くもああいう人が出ちゃったね」

「似たような人が続出する前に、情報屋へ売りに行く?」


 情報屋だって? なんだその裏社会や非合法って言葉が浮かぶ職業は。

 というかそんな職業、選択肢の中にあったか?


「あっ、トーマ君。情報屋っていうのはゲーム内での情報を買い取って、それを適正に扱って販売してくれるプレイヤーやグループのことを言うの」


 プレイヤーだけでなく、グループも指すのか?


「情報屋は職業じゃないのか?」

「職業というよりも、そういうのが趣味の人がやっているゲーム内での役目みたいなものかな。先へ進むための攻略情報や、トーマ君が持っている入手方法が分からない食材のような、入手困難なアイテムの入手方法の情報とかを集めて、ゲームの規約に抵触しない範囲でプレイヤーへ向けて販売してるの」


 趣味って。まあ色々な人がいるんだ、楽しみ方は人それぞれさ。


「さっきの春一番には売らなかったのに、その情報屋っていうのには売るのか?」

「同じ見ず知らずでも、ちゃんとした情報屋は情報の扱い方や価値を熟知してるからね」


 それは裏を返せば、ちゃんとしていないモグリの情報屋もいるってことか。

 ゲーム内でもそういうのがいるのは嫌だな。


「安心して。β版で知り合って、何度もやり取りしてた信用できる情報屋がいるから」


 そりゃ心強い。

 俺にとっては春一番と同じ見ず知らずでも、ダルク達が見知った相手なら安心だ。

 ただ、β版でのフレンド登録が消えているとかで相手がどこにいるか分からないし、そもそもログインしているかも分からないそうだ。

 再会もしていないから、連絡を取る手段が無いらしい。


「まっ、いつか見つかった時に売ればいいんじゃない? 向こうも当面はここを拠点にするだろうし、そのうち再会するよ」


 そんなダルクのお気楽発言だけど、連絡を取る手段が無い以上はそうするしかないという結論に至り、とりあえずは予定している買い物や料理ギルドへ行こうということになった。

 移動中は春一番とのことがあってか、時折ダルク達が周囲を見渡して警戒している。

 いつの間にか囲まれてるし、なんだか護衛されている気分だ。

 そんな感じで移動して訪れたのは、生活用品からちょっとした武器まで幅広く扱っているという雑貨店。

 なんでもダルクが欲しがっている釣り竿は、海や湖が無いファーストタウンでは雑貨店か武器屋にしか売ってないらしい。

 どうして武器屋にもあるのかと思ったら、職業が漁師だと装備品が釣り竿だからだとか。

 でも武器屋のだと釣りだけでなく武器としても使える分、釣りにしか使えない雑貨店の釣り竿より値段が高いから、安く済む雑貨店で買うそうだ。

 売られてる釣り竿はどれも低品質だけど、まだ序盤のファーストタウンだからこれで十分らしく、ダルクは予備も含めて二本の釣り竿を購入した。

 店内には楽器も数点売っていたからセイリュウに勧めたものの、気に入る物が無いため店を後にする。

 それから小さな楽器店や露店を回って、最終的に購入したのは木製の横笛。

 エルフといえばハープとかリュートを演奏してるイメージって言ってたのに、どうして弦楽器じゃなくて笛を選んだんだろうか。


「ハープやリュートじゃなくていいのか?」

「だって、弾いたことないもん」


 どうやら料理だけでなく、演奏にも実際に楽器を扱う腕が必要なようで、ハープやリュートどころかギターやウクレレすら弾いたことが無いから笛を選んだようだ。

 そういえば前に、小学校の頃に音楽教室で笛を習ってたとか言ってたっけ。


「次は料理ギルドだね!」


 買ったばかりの釣り竿を雑貨店からずっと手にしているダルクが、元気よく告げる。

 しかし鎧姿に釣り竿とは、なんともミスマッチだ。



 *****



 閑散として、俺達以外のプレイヤーは誰もいない料理ギルド。

 その受付でオリジナルレシピを提供する依頼を受け、毎度お馴染みのおばさん職員へ、茹で肉の油ソース掛けと豚肉の茹で汁スープのレシピを提供する。


「はい、レシピを受け取ったよ。これが報酬だよ」


 レア度3の茹で肉の油ソース掛けで900G、レア度1の豚肉の茹で汁スープで300G。合計1200Gを受け取った。


「塩焼きうどんと乾燥野菜出汁の塩スープと合わせて、これで提供したレシピは四つだな」


 貢献度もだいぶ上がったんじゃないかな。


「初日で四つもオリジナルレシピを生み出すなんて、大したものね」

「それでこそトーマだよ!」


 腕を組んだメェナが苦笑し、未だに竿を手にしているダルクが何故かドヤ顔をする。


『プレイヤー・トーマさんへ運営よりお報せです』


 うん? なんだ?


『開発した料理のオリジナルレシピを三つ以上、最速でギルドへ提供したのを確認しました。プレイヤー・トーマさんには報酬として、【クッキング・パイオニア】の称号が与えられます。以上で、お報せを終了します』


 称号ってなんだ。

 そもそも、今のアナウンスはなんだったんだ。


「どうかした?」

「いや、今のアナウンスはなんだろうなって」

「アナウンス? そんなの聞こえなかったわよ?」


 あれ? そんなはずは……。


「何か聞こえた?」

「全然」

「アナウンスなんて、流れてないわよ?」


 メェナだけじゃなくて、ダルクにもセイリュウにもカグラにも聞こえなかったのか?

 どうなってんだ?

 気のせいにしては長いアナウンスだったし、なんか気になる。


「あっ、ひょっとして個別アナウンス?」

「「「それだ!」」」


 アナウンスの正体に気づいたっぽいセイリュウの言葉に、ダルクとカグラとメェナが同意する。

 言葉から察するに、俺個人へ向けられたアナウンスってことなのは分かる。最初に俺へのお報せって言っていたし、それで間違いないんだろう。

 でも、なんでそんなことが起きたんだ?


「トーマ、個別アナウンスは何かをしたプレイヤーだけにしか聞こえないんだけど、なんてアナウンスされたの?」


 なにかをしたって、特別何もしてないぞ。

 とりあえず、さっきアナウンスされたことをそのまま言ってみるか。


「開発した料理のオリジナルレシピを三つ以上、最速でギルドへ提供したのを確認したから、報酬として【クッキング・パイオニア】の称号を与えるって」

「「「「称号!?」」」」


 うおっ!? なんだ急に大声出して。

 直後にダルク達はハッとしながら口を塞ぎ、辺りをキョロキョロ見渡すとホッと胸を撫で下ろした。

 なんなんだ本当に。


「ふぅ、他にプレイヤーがいなくてよかったわね」

「驚いて、思わず口にしちゃったものね」


 なんだ? ひょっとして、他人に聞かれたら不味いことなのか?


「もうトーマってば。そういうことは無暗に口にしないでよ!」


 いや無茶言うな。俺初心者、その辺のこと分からない。


「えっとね、トーマ君。称号っていうのは、凄いものなんだよ」


 周りに注意しながら称号について教えてくれた。

 なんでも称号は一定の条件を満たさないと入手できない特別なもので、誰でも入手できるタイプと、一番最初に条件を満たした人だけが入手できるユニークタイプがあるらしい。

 入手できれば特典として金を貰ったり、ステータスが上昇したり、少し特別なスキルを入手したり、通常ならレベルアップ時に得られる新たなスキルの入手やステータスの強化に必要なポイントを入手できる。

 中にはイベントの報酬として、特別な効果は無い名誉称号なんてのもあるらしいけど、オンラインゲームのプレイヤーなら大抵は称号を欲しがるそうだ。


「なるほど、図らずも俺はそれを入手したってことだな」

「どうしてそんなに冷静なのさ!」

「落ち着いてダルク。トーマ君は初心者だから、よく分かってないのよ」


 カグラの言う通りだ。この称号っていうのが、どれだけ凄いものなのかよく分からない。


「トーマ君、アナウンスでは最速でって言ってたんだよね?」

「ああ」


 セイリュウの問いかけを肯定したら、メェナが腕を組んで悩ましい表情をした。


「だとしたらユニークタイプね。なおさら安易に知られるわけにはいかないわ」


 どうやらこの称号は入手した俺だけの特別なもので、他のプレイヤーに知られたらやっかみや嫉妬の対象になる恐れがあるから、知られるわけにはいかないんだそうな。

 ゲームで嫉妬の対象にされても困るんだけど……。


「ちなみにその称号って、どんな効果なの?」

「さあ?」

「ステータス開いて調べて!」


 はいはい。えっとステータスを開いて……称号を見るにはどうすればいいんだ?

 分からないから見方を教えてもらい、その通りに操作をして称号の詳細を表示させる。




 称号【クッキング・パイオニア】


 解放条件

 開発した料理のオリジナルレシピを三つ以上、最速で料理ギルドへ提供


 報酬:賞金4000G獲得

    ポイント3点取得


 効果:オリジナルレシピを料理ギルドへ提供時、貢献度が上がりやすい

    所持者の器用を+3する




 へえ、オリジナルレシピを提供した時の貢献度が上がりやすくなるのか。

 これはいいな。新しい調理器具や食材が手に入りやすくなる。

 感心しながら頷き、見せてとねだるダルク達にも見せたら、どういうわけか難しい表情をされた。


「トーマ以外、集合!」


 離れて手を上げ、カグラとセイリュウとメェナを呼び寄せるダルク。

 四人はそのまま頭を突き合わせる形で集まって、ヒソヒソと内緒話を始めた。

 たぶん、称号に関してのことを話してるんだと思うけど、なんで当事者の俺をハブるわけ?

 いくら初心者とはいえ、当事者は俺なんだけど?


「じゃあ、そういうことで」

「「「オッケー」」」


 どうやら話し合いは済んだようだ。

 長引きそうなら依頼の掲示板を見に行くところだったよ。


「トーマ、それは絶対に口外しないでね!」

「知られたら大騒ぎになって、大勢の人に囲まれるわよ!」

「それと、絶対に一人で町の外には出ないでね!」

「PK禁止でPVPは拒否してても、MPKはされるかもしれないからね」

「あ、あぁ」


 矢継ぎ早に注意されて思わず頷いたけど、カグラの言ったMPKってなんだ。

 さらに、今後次第では念のため、町中でも誰か一人が護衛に付くかもしれないと言われた。

 だからなんでだ。俺は美味い飯を作ってるだけなのに。


「いいね! 分かった?」


 強い口調でダルクが念押ししてくる。


「分かった分かった。でも一ついいか?」

「なによ」

「MPKってなんだ?」


 真面目に質問したのに、昔のコントのようにずっこけられた。

 雰囲気がぶち壊し? 知ったことか。


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[一言] 現在、読み進め中です。 MPK:マジ ポン コツ
[一言] モンスターペアレントキル(ぉぃw
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