需要があるなら供給可能
月曜日の朝の教室。
始業前に晋太郎と話をしてると、たった今来たばかりの健が怪訝な表情で寄ってきた。
「なあ斗真。杉浦が随分と不機嫌だけど、なんかあったのか?」
健の言う早紀は現在、もの凄く不機嫌な表情でそっぽを向いてブツブツ呟いてる。
その様子に桐生は苦笑いを浮かべ、能瀬は渋い表情を浮かべ、長谷は手を頭と腰に当てて呆れてる。
山本は元気出しなよと言いながら早紀の背中をバンバン叩き、狭山は長谷と同様に呆れて溜め息を吐いてる。
「なんてことはないさ。昨日UPOでタウンクエストっていうのに参加できなかったから、拗ねてるだけだ」
お陰で朝からあんな調子だ。
いつも通り店の準備の手伝いを終えて登校中、いつもの背中への攻撃もせず、タウンクエストに参加できなかったことを恨み言のようにブツブツ呟き続けてた。
まったく、未練がましいったらありゃしない。
「タウンクエストってこれ? ゴーレムから町を守れっていうの」
晋太郎がスマホを見せてくると、そこには昨日参加しなかったタウンクエストについての書き込みが表示されてた。
「そうそれ」
「動画がいくつか上がってるけど凄いね。色んなゴーレムが、変形したり合体したりしてるよ」
マジで? 特撮物の動画と間違ってないか?
「本当か?」
「うん。これは宣伝用に運営が編集したやつなんだけど、ほら」
証拠として晋太郎が再生してくれた動画は確かにUPOのもので、そこにはゴーレムと思われる多数の動く甲冑と戦うプレイヤー達が映ってる。
画面が切り替わると、動物や虫やモンスターを模した鉄製のゴーレムが変形したり合体したりする様子が映った。
プレイヤー達は驚いたのか動揺したのか動きが止まり、その隙に攻撃されて吹っ飛んだり地面を転がったりしてる。
ていうか合体したゴーレムから、ビームやガトリングみたいなのが出てるし。
動画はそのまま続き、最後の方では前のイベントで会った塾長が活躍してるシーンが流れだした。
えっ。トドメは頭突き?
そしてラストが塾長の名乗りってなにそれ。
「おいおい、こんなに楽しそうなのに参加しなかったのかよ。そりゃ杉浦も拗ねるって」
ラストに塾長がかましたインパクトはアレだけど、健の言う通り楽しそうなクエストだったのかもしれない。
クエスト自体は成功してサードタウンウラヌスも守れたようだし、やりがいもあったんだろう。
だからといって現実での生活を無視するわけにはいかない。
「ログアウトする寸前で運営から告知があったんだよ。だけど俺は店の手伝い、桐生達は早紀の家から帰らなきゃならなかったから、参加できなかったんだ」
不参加の説明を聞いた健と晋太郎は、揃ってなるほどと納得してくれた。
「杉浦一人で参加しなかったのか?」
「参加しようとしたそうだけど、行ったことがない町だし仲間の俺達がいないから移動が大変で間に合わなかったらしい」
登校中に呟いてた文句によると、転移屋を使ってファーストタウンへ転移した後、似たような理由でサードタウンウラヌスを目指すプレイヤー数名と野良パーティーっていうのを組んで移動したそうだ。
だけど即席で組んだパーティーだから連携が上手くいかず、途中で死に戻りっていうのをしてクエストに間に合わなかったとか。
ようやく到着した頃にはタウンクエストは終わっていて、大活躍だった塾長が大笑いしてたらしい。
おまけに俺がログアウトしてて食う物が無く、泣く泣く死蔵してた携帯食料を食ってたとか。
さらにトドメとばかりに、サードタウンウラヌスから転移してサードタウンマーズへ戻る料金で大出費。
まさしく踏んだり蹴ったりだったらしい。
「それは不機嫌にもなるね」
「お前、そこは幼馴染として残ってやれよ」
「無理だ。店の手伝いを疎かにはできない」
父さんや祖父ちゃんと約束をしてたわけじゃないけど、遊んでばかりいて現実を疎かにするわけにはいかない。
だから今日提出の課題はちゃんとやったし、店の手伝いもしっかりやってるんだ。
ごく当たり前のことじゃないか。
「あのさぁ、そこは男なら優しく手を差し伸べろよ。でないと女にモテないぞ」
いや、別にモテるつもり無いし。
そもそも、モテない健にそう言われても説得力が無い。
「そういうのは彼女の一人でもできてから言え」
「ごめん健君、フォローできないよ」
「親友達が酷い!」
だって実際、モテるどころか彼女ができたことすら無いじゃないか。
実績も経験も無いのにアドバイスをしたって、そこに説得力は生まれない。
料理の腕一本で生き抜いて自分の店を持った祖父ちゃんや、祖父ちゃんの知り合いがやってる有名店で修業を積んで、そこから強く引き留めを受けたほどの父さん。
そんな二人から受けてきた料理のアドバイスとじゃ、説得力が比べ物にならない。
「第一、今は別にそういうのいいかなって」
恋愛関係より料理の腕を磨く方が今の俺にとって重要だ。
「僕もまだ、女子と話すのはちょっと……」
知り合いの早紀や桐生達との会話でさえ、ソワソワして落ち着きが無いもんな。
まるで困った時の犬みたいに。
「なんだよなんだよ。せっかくの高校生活がそれでいいのかよ、お前ら」
「別に人それぞれだろ」
健みたいに楽しむのを優先してるのがいれば、勉強に打ち込む奴や部活に打ち込む奴がいる。
そういう十人十色みたいなものだろ、高校生活に限らず世の中ってのは。
「うぐぅ、達観しやがって」
普通に考えれば分かることなんだから、達観って言うほどじゃないだろ。
「そういえば清君だけどさ」
「ん? 清がどうかしたか?」
清っていうのは、中学時代に俺達三人とよくつるんでた友人だ。
ちなみに苗字は清水だから、フルネームは上から読んでも下から読んでも同じ清水清。
人を楽しませるのが好きで、自分の名前すらネタに使ってた。
あいにく高校は違う所へ行ったけど、今でも連絡を取り合ってる仲だ。
「彼女できたんだってね」
「ああ、そういえばそうだったな。昨日、メッセージが届いてた」
「思い出させるなよ! あの野郎、抜け駆けしやがって!」
なんでそう受け取るかな健は。
ここは友人として、彼女ができたことを祝ってやれよ。
メッセージでも恨み言を送ってるしさ。
ああいうのって、健をよく知る友人だからこそ笑って済ましてくれたようなものだぞ。
無論、俺と晋太郎はお祝いのメッセージを送っておいたぞ。
「なあ斗真、晋太郎。俺に彼女ができないのは何故なんだ、何が足りないんだ」
知るかそんなの。
そういうのは彼女がいない俺らに聞かないで、清に聞けよ。
「さあな。そのガツガツした性格が原因の一つじゃないか?」
しかもそれが表に出てるから、余計な警戒心を相手に与えてしまってると思う。
「ごめん、よく分からないけど僕もそれが原因の一つだと思う」
だよな。晋太郎もそう思うよな。
「原因の一つ!? まだ二つめ、三つめもあるというのかっ!?」
あるんじゃないかな、二つめや三つめどころか四つめも五つめも。
「うおぉぉっ。俺に、俺にディスティニーな彼女ができるのは、一体いつになるっていうんだ」
頭を抱えて本気で苦悩してるのを悪いけど、それこそ知るか。
まあ悪い奴ではないし、いつか彼女の一人くらいできるんじゃないかな。
そのいつかがいつなのかまでは分からないけど。
「ところで斗真君。こうして掲示板とか動画を色々と見てたら僕もUPOがやりたくなってさ、二次募集に応募しようと思うんだ」
「へぇ、そうなのか」
晋太郎も早紀達ほどじゃないとはいえ、割とゲームが好きだからな。
だけど他人との交流があまり得意じゃないから、一人でも遊べるのを好む傾向がある。
それだけに他人との交流が欠かせない、UPOみたいなゲームに興味を示すのは珍しい。
「大丈夫なのか?」
「う、うん。いつまでもこんなんじゃ駄目だからね、まずはゲームで一歩踏み出そうと思うんだ」
おぉっ、晋太郎が自分から変わろうとしてる。
友人が成長しようとしてる姿を応援するためにも、ぜひとも二次募集に当選してもらいたい。
それにしても、むんっと頑張るアピールする仕草がちょっとイクトっぽいのは何故だ。
「とは言ったものの不安なことは不安だからさ、もしも当たったら斗真君や杉浦さん達と一緒に行動させてくれないかな?」
何故か申し訳なさそうに尋ねられた。
それくらい、友達なんだから気にすることないのに。
「俺は構わないぞ。杉浦達には……後で伝えておくか」
担任が来て皆が自分の席に戻りだした。
よろしくと言い残して席へ戻る晋太郎を見送り、放置してたことに拗ねてる健はさっさと席に戻れと軽く肘を入れて小突く。
しかし晋太郎がUPOをするとしたら、なんの種族と職業を選ぶんだろうか。
種族は分からないけど、手先が器用だから装備品とかを作る生産系の職業かな。
*****
早紀達へ晋太郎のことを伝えたら、その時のためにじっくり話し合いたいと言うから昼休みに食堂で話し合うことになった。
席には俺と晋太郎と早紀達の他、晋太郎と同じく二次募集に応募する予定の山本と狭山、それと何故か誘ってないのに健がいる。
「なんで健がいるんだ?」
「俺一人、仲間外れにするなよ!」
仲間外れもなにも、お前がUPOをやる話はこれっぽっちも出てないから声を掛けなかっただけだって。
「まあいいじゃん。間宮には関係が無くて話に加われないから、いようがいまいが変わりないって」
「仮にも昔からの友人に酷くねっ!?」
ロコモコ丼を前に軽くショックを受けてる健には悪いけど、ようやく機嫌が直った早紀の言う通り、今回の話に健は無関係だから話に加われないのは目に見えてる。
無理にここにいないで、他の友人と飯を食ってた方がいいんじゃないかと思う。
「でさ、仮に当選したら後藤はどういうプレイスタイルでいくつもり?」
「え、えっとね、できれば何かを作るのだけがいいかな。自分で戦うのは、あまり自信が無いし」
唐揚げ定食の唐揚げを大口で頬張る早紀の質問に、晋太郎はソワソワしながら答えるとたぬきうどんをすすった。
ソワソワしてるのは、周りが人だらけで落ち着かないからだろう。
顔ぶれも女子の割合が多いし。
「生産活動だけをする生産プレイヤーになりたいってことね。何か作りたい物はあるの?」
カレーにこれでもかと七味を振りかけた物を平然と食べる長谷の姿に、隣の席でミートソーススパゲッティを食べようとしてる狭山が信じられないものを見る目を向けてる。
「できれば装飾品、みたいないのがいいかな? 武器を作るのは、あまり興味が無いし」
「指輪とかイヤリングとかだね。装飾品なら戦闘向けだけじゃなくて、おしゃれ目的にしても需要はあるからいいんじゃないかな」
晋太郎が希望を口にすると月見そばを食べる能瀬が賛成した。
「へぇっ、おしゃれ目的の需要もあんの?」
おしゃれと聞いた山本が白身フライ定食を食べる手を止め、興味深そうに口を挟んできた。
「戦闘をしない時は見た目重視で着飾ろうとするプレイヤーとか、戦闘はするけど性能に拘らず見た目を重視するプレイヤーとか、桐谷君みたいに一切戦闘をしないプレイヤーは一定数いるから、そういう人達には需要があると思うわ」
鶏の照り焼き定食を食べてる桐生が山本の質問に答える。
俺のようなタイプを除けば、戦闘そのものを楽しんでる早紀達とは違った形の戦闘をするエンジョイ勢ってことか。
自分の中でそう結論づけ、焼き魚定食を食べ進める。ちなみに今日の焼き魚は甘塩の鮭だ。
「ならあーしが性能より見た目重視の服とか布製品を作っても、売れるってことね」
へぇ、山本はUPOでは服飾関係の職を選ぶつもりなのか。
同じ生産職として応援したい。
でもまずは、二次募集に応募して当選してからだぞ。
「先に言っておくわね。売れるとは思うけど、攻略のために効率を重視して性能しか見ないプレイヤーには不評を買うわよ」
「態度の悪いプレイヤーからは、心無いことを言われるかもね」
長谷と能瀬の言うプレイヤーがどういうのを指すのか、今の俺ならよく分かる。
始めたばかりの頃に飯を作れって絡んできたのとか、イベントで強制退場させられた連中とか、そういう類のプレイヤーのことだろう。
「やっぱり、そういう人っているの?」
「そりゃいるっしょー。ゲームの中とはいえ相手は現実に存在する人間なんだから、色んな人がいて当たり前じゃん」
山本の言う通りだ。
友好的な人がいればそうでない人もいるし、友好的と見せかけて悪意を見せる人もいる。
ゲームの中っていうだけで、そこは現実と変わらない。
「現実では大人しくてもゲームの中だと気が大きくなって、そういうことをする人もいるしね」
「ひいぃぃぃぃっ……。斗真君にはああ言ったけど、もう挫けそう」
箸を置いた晋太郎が椅子の上で膝を抱え、顔を伏せて震えてる。
「いや、まずは当選してからそういう心配しろよ」
気が早いにもほどがある。
その時はちゃんとフォローするから、落ち着けって。
「狭山さんはUPOに当たったら、職業は何にするの?」
「んぐ……盗賊」
口の中のものを飲み込んだ狭山が桐生の質問に答えた。
大人しくて表情の変化に乏しい狭山のイメージに合わないことはないと思うけど、なんで盗賊を選ぶんだ?
「なんで盗賊にするのさ?」
同じ疑問を抱いた早紀が聞いてくれた。
「戦闘に毒や麻痺といった状態異常は基本。盗賊はそういったのを仕掛けやすいみたいだし、クリティカルが出やすいと聞く」
真剣な表情で物騒な事を言ってるよ、この女子高生。
「なるほどね。確かに盗賊には【仕込み武器】っていう、状態異常を誘発する武器の効果が出やすくなる職業スキルがあるからね」
いやそれむしろ暗殺者だろ。
盗賊なのに盗む系じゃないんだな。
あっ、盗む系だとプレイヤーからも盗むってことができるからそうしたのか?
「おまけに器用が高くなりやすいからクリティカルも出やすい」
「運が良くなる装備を付けて器用が成長しやすい種族を選べば、状態異常やクリティカルがもっと出やすくなるわよ」
「クリティカルも大事だけど、盗賊といえば素早さでしょ」
「むっ。速さも捨てがたい」
……これは戦闘に一切関わらない俺が口を挟める流れじゃないな。
大人しく焼き魚定食を食べて傍観してよう。
「そーいえば桐谷は料理人やってんしょ? どんな装備してんの?」
おっと、ここで山本から話を振られるか。
「前掛けとバンダナとあとは包丁」
「金属製のは、付けてないの? 指輪とかネックレスとか」
おっと、晋太郎が復活したか。
「晋太郎には悪いけど付けてない」
装備枠は調理器具であり武器扱いの包丁以外、全部布製だ。
「だったらいつか、あーしが作ってあげよっか? ゲームの世界だからこそ作れるような、この世のものとは思えないくらい可愛いの!」
「気持ちは嬉しいけど普通ので頼む」
この間、およそゼロコンマ五秒。
我ながらよくこれだけ速く反応できたものだ。
「えー、なんでー?」
「そんなの付けて人前で飯作れるか」
山本にとって、この世のものとは思えない可愛いのがどんなのか予測するのは不可能だ。
でも俺が公衆の面前で装備できるものでないのは、安易に予想できる。
平然と着れる人もいるかもしれないけど、少なくとも俺には無理じゃないかと思う。
「ぶーぶー、おーぼーだー。せめて見てから言ってよー」
むっ、確かにこれは山本の言う通りだ。
可愛いものを装備する趣味は無いとはいえ、勝手な想像で拒否するのは早計だったな。
「斗真君、これは山本さんの言う通りだと思うよ?」
「だな。悪かった」
「分かればよし! よーし、当選したらフリフリでドピンクなエプロン作っちゃうぞー!」
それを俺に着ろと!?
駄目だ、一気に不安になってきた。
晋太郎、両手を合わせられても困るぞ。
「ねっ、ねっ。UPOの服飾ってどんな感じでやんの?」
「僕も装飾について、知りたいかな」
服飾と装飾か。
イベントで知り合ったミーカは服飾をやってるらしいけど、詳しくは知らないんだよな。
「あいにく詳しくは分からない。代わりに生産活動の拠点になる、作業館って施設について教える」
教えられそうなのはこれくらいだから、分かる範囲で作業館について説明する。
こんな些細な情報でも興味があるようで、二人とも身を乗り出して聞いてくれてる。
「ちくしょう。マジで会話に入れねぇ……」
半分食べたロコモコ丼を前に健が落ち込んでる。
今さらそんなことを言ってるけど、分かりきってたことだろ。
早紀達は狭山の職業や戦闘について喋り続けてるし、こっちはこっちで生産関連の話してるし。
「こうなったら俺も、UPOの二次募集に応募するしかない!」
えっ、健もやるのか?
話をしてた早紀達も揃ってそんな表情でお前を見てるぞ。
「そして戦闘で大活躍して、一躍人気者になってモテモテルートだ!」
何を考えてるんだかこのアホは。
いっそ本当に健がUPOに当選したら、強い人を教える体で塾長でも紹介しておこうかな。
戦闘での大活躍を希望のようだしな。
そうだ、今のうちに。
「早紀、今夜のUPOはパンとか麺のストックを補充したいから少し時間をくれ」
「オッケー。僕達もレベル上げて装備を強化したいから、最初の一日はそれに使おうか」
「ん、サンキュー」
だったら時間もありそうだし、転移屋を使って食材の補充もしておこうかな。




