虚を突くど真ん中
蒸し鶏の怪味ソースがけ、怪味鶏を完成させたから次は主食に取り掛かる。
そのために必要なスープに浮いた灰汁を取って二度目の味見。
……うん、これなら良し。
白濁とまではいかなくとも、十分に出汁が出てて美味い。
「ますたぁ」
イクトが味見したそうにキラキラした目で見ている。
はいはい、味見させてあげるって。
お玉で小皿にスープを少量注いで差し出す。
「ほら。熱いからふーふーするんだぞ」
「はーい。ふー、ふー」
小皿を受け取ったイクトは、息を吹きかけ冷ますと躊躇なく一気に飲み干す。
「おいしい!」
イクトから美味しいのお墨付きが出た。
だったらなおさら問題無いと判断し、同じように味見したそうなダルクの視線は無視して調理を続ける。
スープを煮こんでるのと同じ大きさの鍋を二つ用意して、一つには水を張ってコンロで火に掛け、もう一つには布を張って紐でしっかり固定。
そこへスープを流して布で濾し、煮込んだ骨や野菜や細かいゴミを取り除く。
固定した紐を慎重に緩め、乗ってる骨や野菜を包むように布を外すと鍋には鶏ガラスープだけが残ってる。
「良い匂い――」
「香りテロ――」
「やばっ、失敗――」
「大事な素材が――」
布と出し殻を処理したらスープ入りの鍋を火に掛け、塩を加えて味を調整。
ちょうどいい塩梅になったら人数分の細麺と丼を取り出し、お湯を沸かしてる鍋で麺を茹でる。
できれば平ザルやテボで一人分ずつ茹でたいけど、残念ながらそういった道具が無い。
だからこうして一度に茹でて流しに置いたザルに麺を上げて、しっかりお湯を切ったらトングで一人前ずつ丼によそって分けるしかない。
丼に麺をよそったらアイテムボックスから焼いたつくねと切ったネギとゴマを出し、丼へ塩味の鶏スープを注ぎながら箸で麺をほぐし、具材の鶏つくねと薬味のネギとゴマを乗せる。
「ラ、ラーメン様だ!」
『おぉー!』
セイリュウ、いくら麺類好きとはいえラーメンに様を付けるのか?
ダルクも唐揚げ様って言ってるし、ダルク達の中では好物をそう呼ぶのが定番化してるんだろうか。
そして周囲からはプレイヤー達の歓声が上がって、同時に小さな爆発が数回起きてプレイヤー数名の悲鳴が聞こえた。
何を作ってたのか知らないけど、自分の作業に集中しないから失敗してそうなるんだよ。
とにかく、これが今回のメインの鶏出汁の塩ラーメンだ。
本当ならタレを作りたかったところを、スープとの相性を考えて作る時間が無いからスープに直接塩味をつけてみたけど、どうだろうか。
不安を抱えつつ味見してみると、思ってたよりも美味い。
これならダルク達も文句無いだろう。
「じー」
見つめる擬音を自分で言ってるイクトには悪いけど、今は調理を優先させてもらう。
だって腹ペコガールズからの早くって訴える視線と圧が凄いから。
味見したのは自分の分として、急ぎ皆の分も仕上げたらダルク達の前には箸とレンゲ代わりのスプーンを、イクトの前にはフォークと同じくスプーンを添えてラーメンを出す。
鶏塩ラーメン 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:8 完成度:92
効果:満腹度回復28% 給水度回復7%
俊敏+3【2時間】 知力+3【2時間】
鶏の骨を主体に出汁を取ったスープの塩ラーメン
具材にはチャーシューではなく焼いた鶏つくねを使用
あっさりしながらも旨味のある塩ラーメンです
さらに先に作っておいた怪味鶏をアイテムボックスから取り出し、おかずとして並べたら今夜の晩飯の完成だ。
「はいよ。今日の晩飯、怪味鶏と鶏塩ラーメンのセットおまち」
「がいうぇいちー? なにそれ」
あれ? 日替わりで見たことなかったっけ?
「蒸し鶏と野菜に、あの色々混ぜたソースを掛けた料理なのは分かる」
皆の目の前で作ったんだから、分かって当然だな。
「棒棒鶏とは違うのよね?」
「どういう料理なの?」
「えっとな」
「おいしい!」
説明をしようとしてたら、既にイクトが怪味鶏を食べていた。
フォークで肉や野菜を刺しては口に運び、その度にとても美味そうな表情でモグモグしてる。
そして次の肉を刺したタイミングで、食べずに自分を見てるダルク達に気づく。
「おねえちゃんたち、たべないの? おいしいよ」
ダルク達が食べない理由が分からず、首を傾げて告げるイクトにダルク達は箸を取る。
「そうだよね、美味しければ名前なんてどうでもいいか」
「よほど言い難いか言い辛いならともかくね」
「大事なのは味」
「聞いたことが無い料理だし、情報に怪しい味ってあったからつい身構えちゃったわ」
メェナの言いたいことは分かる。
俺も日替わりとして書かれてた怪味鶏を初めて見た時、怪しい味の鶏ってどんな味なんだろうって思ったから。
「あっ、本当だ美味しい」
「でしょ!」
一口食べて感想を口にしたダルクに、イクトが眩しい笑顔を向ける。
「くーっ! 私好みの辛さと痺れ具合だわ!」
熟成豆板醤とビリンをたっぷり入れて、超絶ビリビリ激辛な怪味鶏が次々とメェナの口の中へ消えていく。
ほんのちょっとの味見でさえ相当なものだったのに、よくああもバクバク食べれるよ本当に。
「一人一人ソースの調合を変えてたけど、普通はもっと抑え気味なの?」
「それは料理人の調合によるな。これには使ってない調味料が前へ出てる場合もあるし」
じっくり味わうように食べるカグラの問いかけに答え、自分の分を食べる。
ん、酸味とゴマの香りが効いて俺好みだ。
「ラーメンもおいしい。鶏ガラ主体のあっさりした塩ラーメンだけど、コクがあって味が薄っぺらくない。加えて具のつくねがスープと合ってるし、細麺とスープの相性も良い。贅沢を言うなら麺を縮れさせてスープが絡まるようにした方が良かったかも」
さすがは麺好きのセイリュウ、それっぽいコメントと指摘をありがとう。
そうだな。縮れ麺にしてスープを絡めさせれば、もっと美味かったかも。
あっさり系のスープだから、ストレートじゃなくてそっちの方が良かったな。
この反省は次回に活かそう。
「ますたぁ、らーめんもおいしいよ」
フォークで持ち上げた麺を不慣れな様子ですすりながら食べたイクトの姿は、親にラーメンを取り分けてもらって食べてる幼い子供客みたいだ。
「美味そう――」
「確かカップ麺が――」
「カップじゃ我慢できねぇ、どこか店は――」
「ログアウトして近所のラーメン屋――」
周りが騒がしい。
やっぱり皆、ラーメンともなると一家言あるんだろうか。
今の時代、出汁とかタレとか麺とかの種類が豊富で組み合わせを挙げればいくらでもあるし、なんとか系っていうのもたくさんあるからな。
「スープも美味しいわ」
「現実ならスープまで飲まないけど、ゲーム内なら飲んじゃうね」
「塩分とか油分とかを考えなくていいものね」
確かにそれを気にしなくていいのは大きい。
普段はスープを全部飲み干さないけど、体に影響が出ないゲーム内でなら全部飲み干せる。
「その通り。だからいちいちスプーンで飲まず、こう飲みたい」
そう言ったセイリュウは両手で丼を持ち、麺と具を食べ終わった後のスープをグビグビ飲みだした。
いや、全部飲もうとしてくれるのは嬉しいけどそこまで豪快にいくか。
「いくとものむ!」
おいおい、イクトも丼から直接飲むか。
しかも上手く持ち上げられなくて、プルプルしてスープが波打って危なっかしい。
咄嗟に箸を置いて丼を支えてやった。
「支えてやるから、ゆっくり飲め」
「ありがと、ますたぁ」
ニパッと笑ってお礼を言ったイクトは、傾けた丼からクピクピとスープを飲みだした。
途中で傾きを戻して丼を口から離してやると、一杯やった後の酔っ払いみたいにプハッとやった。
「おぉっ、いい飲みっぷりだね。イクト君、美味しい?」
「うん!」
ダルク、その言い方だと飲み会の席っぽいぞ。
「ふぅ、満足……」
恍惚の表情を浮かべるセイリュウが丼を置いた。
スープを全部飲み干したから、丼の中は見事に空になってる。
残すのが当たり前になってるスープだけど、やっぱり飲み干してもらえた方が嬉しい。
それに続いてダルクやイクト、さらにカグラとメェナもスープまで完食していく。
無論、俺もスープまで完食。
怪味鶏も綺麗に完食してくれたから、嬉しくて自然と笑みが零れてしまう。
「ますたぁ、わらってる。なにかたのしいの?」
イクト、できればそれは指摘してもらいたくなかったぞ。
ほらみろ、ダルク達がこっちを見て何か期待した眼差しを向けてるじゃないか。
分かったよ、言うよ。言えばいいんだろ。
「作った飯を全部食べてくれたのが嬉しいんだ」
照れが混じってやや早口になりながらそう告げて立ち上がり、後片付けのため皿と丼を回収する。
美味いの言葉も嬉しいけど、作った料理を綺麗に完食してくれることも嬉しい。
特に残しがちなラーメンスープまで完食となれば、料理人を目指す身として嬉しくないはずがない。
食べてくれた相手が友人達やテイムモンスターだとしてもな。
「ぜんぶたべるのあたりまえだよ。だってますたぁのごはんおいしいもん。いつもおいしいの、ありがと!」
子供のストレートな感想って想像以上に効く。
今までの美味しい発言や笑顔も効いたけど、これはそれ以上にがら空きのボディのど真ん中へ突き刺さった。
「そ、そうか。ありがとな」
「うん!」
怖ぁ、子供の素直な反応怖ぁ。
こらそこのダルク達、無言でニヤニヤ笑いを向けるのはやめろ。
お前達の明日の朝飯に、不味いって言われてた一昔前の青汁みたいな感じの野菜スムージーを出すぞ。
「おねえちゃんたちは、ありがとういわないの?」
「「「「えっ?」」」」
「ますたぁにおいしいの、つくってもらってるんでしょ? ありがとういわないとだめだよ」
これぞまさしく飛び火。
傍観者を気取っていたつもりなんだろうけど、そうは問屋が卸さないぞ。
そう思いつつ、洗い終わった皿と丼を乾燥スキルで乾かし、残ったスープは自前の鍋へ移して皿と丼と一緒にアイテムボックスへしまう。
さて、次は空いた鍋を洗わないと。
「それもそうだね。トーマ、いつもありがとね」
「イクト君の言う通りね。本当にありがとう」
「私達のお願いを聞いてくれて、いつも美味しいご飯を作ってくれてありがと」
「改めてお礼を言うわ。ありがとう」
全然飛び火なんかじゃなかった。
考えてみれば、お礼を言うのを恥ずかしがるようなダルク達じゃなかった。
不意打ちでイクトからお礼を言われて冷静さを欠いていたのか、そのことに気づかなかった。
「どういたしまして」
冷静ぶってそう返したけど、内心はやっぱり嬉しい。
知り合いからとはいえ、こうしてお礼を言われて嬉しくないはずがない。
それを誤魔化すように鍋を洗う。
「あらら、照れちゃってるわね」
なんで分かったカグラ。
「隠してるつもりなんだろうけど、顔に出てるわよ」
本当かメェナ、どう出てるんだ。
「褒められ慣れてないんだね」
「おじさんもお祖父さんも、あまり褒める方じゃないから仕方ないよ」
セイリュウとダルクの言う通りだ。
祖父ちゃんも父さんは積極的に褒める方じゃないから、褒められ慣れてないんだよ。
「ますたぁ、よかったね。みんな、ありがとうだって」
イクト、お前のその眩しい笑顔がいつもより三割増しで眩しく見えるよ。
これが穢れを知らない純粋さゆえの無自覚さってことかな。
まあいい、この話題はここまでだ。でないとキリがない。
洗い終わった鍋を片付けたら気持ちを切り替えて、明日の朝食の仕込みをしよう。
「明日の朝飯、起きてすぐに食べられた方がいいか?」
「ん~? 別にすぐじゃなくていいかな」
「明日の目的は魔道具店だけだから、起きてから作ってもいいわよ」
だったら仕込みだけでいいかな。
そのために熟成瓶を出し、これの中に入れて熟成させていたオークのロース肉を取りだす。
「ますたぁ! おにく、くさってる! そのおにく、くさってる!」
腐ってる発言に、周囲のプレイヤー達は驚きながらこっちを向いた。
大丈夫だぞイクト、腐ってないからな。
表面にカビはあるけど腐ってないぞ。
「これは熟成肉だから腐ってないぞ」
熟成肉だと分かると、こっちを見てたプレイヤー達がなんだって感じで作業へ戻った。
「じゅくせいにく?」
「メェナ、これからトリミングに集中するから説明頼む」
「任せて」
説明をメェナに投げ、布巾と綺麗にした包丁でトリミングへ取り掛かる。
布巾は切った場所に触れないようにして、包丁を洗うのと肉の情報はこまめに確認。
そうして細心の注意を払って慎重に作業を進め、どうにかトリミングは終了した。
前回もそうだけど、これは本当に緊張して気疲れする。
「終わったの?」
「ああ、終わったぞ」
「そう、お疲れさま」
「ますたぁ、おつかれさま。はい、おみず」
メェナに声を掛けられたイクトが、水の入ったコップを両手で持って差し出してくれた。
なにこのテイムモンスター、凄く気が利く。
「ありがとな」
お礼を言って受け取り、水を一気飲みする。
そういえば背丈が足りないのに、どうやってコップに注いだんだ?
ダルク達が手伝ったのかな?
「めぇなおねえちゃんにきいたよ。そのくさったおにく、すごくおいしいじゅくせいにくになったんだよね!」
興奮気味に力説する様子は微笑ましいけど、腐ってないんだって。
説明を振ったメェナを見ると、両手を合わせて頭を下げられた。
頑張ったけど理解させられなかったってことか。
まあいいか、説明を振った身として文句は言い辛いし。
「気にしなくていいぞ」
「そう言ってくれると助かるわ」
「?」
なんのことかよく分かってないイクトはそのまま、トリミングしたオークの熟成ロース肉はアイテムボックスへしまう。
「あれ? それで仕込みするんじゃないの?」
「これは別の機会に使う。今必要なのは、こっちなんだ」
ダルクの質問に応え、念のため熟成瓶の中を洗って乾燥スキルで乾燥させる。
「そうなの。残念だわ」
「熟成オーク肉を目の当たりにしてお預け……」
「トーマのケチ」
残念そうにするカグラとセイリュウはともかく、どこがケチだっていうんだダルクよ。
「文句言わないの、私達は作ってもらってる身なんだから」
そうだメェナ、もっと正論をぶつけてやれ。
「ますたぁ、なにつくるの?」
椅子に座っていたイクトが調理の様子を見るため、また踏み台の上に乗った。
「ヨーグルト買ったし、熟成瓶で鶏の胸肉をヨーグルトに浸け込んでみようと思う」
確かそういう調理方法があったはず。
詳しいやり方までは覚えてないからステータス画面を表示させ、ネット検索を選択して調べる。
いくつもあるみたいだから、これはと思うものを選んで内容をじっくり読む。
ふむ、なるほど。よし、作り方は把握したから早速取り掛かろう。
まずは下準備としてニンニクとジンジャーをすりおろし、唐辛子を刻む。
熟成瓶へヨーグルトを入れ、これにすりおろしたニンニクとジンジャーと塩と油と粉ビリンと刻んだ唐辛子を加えてよく混ぜたら、漬け込み用のヨーグルト床の完成。
次は鶏の胸肉を一口大に切って、味が染みやすいように軽くフォークを刺す。
「ぷすぷすぷっす~♪」
どうしてイクトの歌はこうも微妙な歌ばかりなんだろうと思いつつ、下処理した鶏の胸肉を熟成瓶のヨーグルト床へ入れる。
「ひょっとしてそれ、タンドリーチキン?」
「いや、タンドリーチキンはもっと香辛料を使うからタンドリーチキン風ってところかな」
なにせ入手できる香辛料の種類が少ないからな。
だからあくまで、それっぽいものだ。
鶏の胸肉をヨーグルト床へ入れ終えたら熟成瓶に蓋をして、アイテムボックスへ入れて明日の朝まで待つ。
「それで終わり?」
「もう一品仕込んでいいか?」
「いいわよ。何を作るの?」
「ヨーグルトに漬け込んだ鶏肉に合いそうな主食」
ああいう肉に合うのは麺や米っぽい刻み麺じゃなくてパンだろう。
ストックにパンはあるけど、ただのパンじゃなくてこういう肉に合いそうなパンを仕込もう。
ボウルに小麦粉と水と塩と砂糖を入れ、よくこねて生地を作る。
滑らかになってきたらバイソン牧場で買ったバターを加え、さらにこねてツヤが出てきたら発酵スキルで発酵される。
それをこねてガス抜きしたら、これもバイソン牧場で買ったチーズを削って入れてよくこねたら包丁で生地を切り分け、平たく伸ばして自前の皿に乗せて二次発酵させれば準備完了。
「これを焼けば、チーズナンっぽい平パンになるはずだ」
あくまでタンドリーチキン風だけど、こういう料理にはやっぱりナンみたいなパンだろう。
「「「「チーズナン!」」」」
「? なん?」
そこの過剰反応してる満腹のはずの腹ペコガールズ、そんな物欲しそうな顔しても今は作らないぞ。
これは明日の朝飯だから、焼くのは明日の朝だ。
向けられる表情と視線を無視して、二次発酵させた生地を容赦なくアイテムボックスへ入れる。
『あぁ~』
どうしてダルク達だけでなく、周りからも落胆の声が上がるんだ。
そう思いつつ後片付けをしていき、イクトに踏み台を戻してくるように言いつける。
ほら、明日は魔道具店行くんだし、さっさと宿を探して部屋を取って寝るぞ。
だから飯を食べたばかりのに、今すぐ食べたいって表情をするな。
ちゃんと明日、パンも肉も焼いてやるから。




