依頼を受けてみる
改めてやってきた料理ギルドだけど、さっきと変わらず中は閑散としている。
俺以外のプレイヤーは二人しかおらず、他はNPCばかり。
やっぱり料理人は不人気なのかと改めて思いつつ、依頼が貼ってある掲示板の前に立つ。
内容は、指定された料理や特定の材料を使った料理をギルドへ納品するものや、料理店や宿屋から厨房を手伝ってほしいというものが多い。
どれを受けようかと順番に見ていたら、ある依頼用紙で目が止まった。
「用紙が、光ってる?」
貼ってある依頼用紙の一枚が青くて淡い光を放っている。
これは何かと思い、受付で登録の時に世話になったおばさん職員へ尋ねてみた。
「ああ、それは達成可能な依頼だよ」
どうやら納品系の依頼は、既に納品物を持っていれば用紙が光って見えるそうだ。
今すぐ達成可能なのは青で、納品物を持っているけど数が足りないのは黄色、という感じらしい。
説明を聞いたら掲示板へ戻って、何の依頼が達成可能なのかを確認する。
【常時依頼】オリジナルレシピをギルドへ提供
内容:所持しているオリジナルレシピを料理ギルドへ納品
報酬:レア度×300G
オリジナルレシピだって?
確かレシピっていうのは、入手すればレシピにある品の作り方が分かるものだ。
それと料理の場合は無味になるけど、材料を揃えれば自動でレシピの品を作ることもできる。
で、プレイヤーによって生み出されたレシピのことをオリジナルレシピって呼ぶ。
そういえば、これをギルドへ提供すれば貢献度を稼げるんだったな。
まだ二品しか作ってないけど、どっちがオリジナルなんだろう。
用紙の下の方に確認方法が書いてあったから、それに従ってステータス画面を操作したら、料理可能なレシピの中にそれはあった。
塩焼きうどん 【オリジナル】
乾燥野菜出汁の塩スープ 【オリジナル】
焼きうどんとスープ、両方ともオリジナル扱いなのか。
オリジナルかそうでないかの基準はよく分からないけど、まあいい。とにかく受付へ行こう。
用紙を手に受付へ向かい、おばさん職員へレシピを提供。
案内に従い、表示された画面から塩焼きうどんと乾燥野菜出汁の塩スープを選択して決定を押した。
「はい、確かに受け取ったよ。これが報酬ね」
どちらもレア度2だから、報酬は合計で1200G。
それを受け取ったら再度掲示板へ行き、良さそうな依頼を選んで受付へ申請したら、町のマップを頼りに依頼先へ向けて出発する。
労働依頼
内容:盛り付け、配膳手伝い
報酬:100G
労働時間:1時間
場所:ファーストタウン孤児院
向かった先は教会に併設された孤児院。
そこでNPCのシスター達を手伝い、食事の盛り付けと配膳をする。
運営の趣味なのか、シスターはやたら美人ばかりだけど気にする必要は無い。
所詮はNPCという、このゲームの中にしか存在しない虚像なんだから。
「ありがとうございます、助かります」
「気にしなくていいですよ」
シスター達が調理した食事を器へ盛り、それをトレーに乗せたらテーブルへ運ぶ。
周りの大人が女性ばかりだからか、やたらと子供達に遊んでとせがまれたものの、そこはシスター達が対応してなんとかしてくれた。
配膳が済めば仕事は終了。後片付けは躾のために子供達がやるらしい。
「良ければ教会の方にも来てくださいね」
見送りに来てくれたシスターからそう言われ、教会へ行ったら何があるのかを尋ねると、快く教えてもらえた。
なんでも教会では夜になったら町の外に出現する、ゾンビやゴーストやスケルトンのようなアンデッド系モンスターに有効な光属性を武器や防具に付与したり、そいつらから受ける呪い状態を解いたりできるらしい。
教えてもらっておいてなんだけど、戦うつもりが無い俺には縁が無さそうだ。
とはいえ無下にするのも悪いし、機会があれば行くと返事をして孤児院を後にする。
そのまま料理ギルドへ戻って報酬を貰ったけど、まだ時間に余裕があるから別の依頼も受けた。
労働依頼
内容:仕込みの手伝い
報酬:200G
労働時間:2時間
場所:ビリーの宿屋
NPCがやっている宿屋の厨房で、ひたすらジャガイモの皮を剥いていく。
宿屋の大将でNPCの依頼人ビリーによると、この宿は晩飯に出す山盛りのフライドポテトが売りのようで、ジャガイモが大量に必要とのこと。
ところが今日に限って下働きが休んだから、代わりを求めて依頼を出したとか。
そういう設定なんだろうけど、引き受けた以上はしっかりやるさ。
「ほう、手際良いなお前」
「慣れてますから」
これでも本職を目指している身、仕込みの手伝いで毎日のように食材を切っているからな。
たかが皮剥きと馬鹿にすることなかれ、当たり前の基本こそ丁寧に。それが祖父ちゃんと父さんの教えだ。
そうして黙々と皮剥きを続け、二時間以内にジャガイモの皮を全て剥き終えて依頼を達成して、ギルドで報酬を貰う。
日も暮れてきてちょうどいい時間だから、そろそろ食材を買っておこうと思ったところへダルクからメッセージが届いた。
他のプレイヤーは一人だけとはいえ、受付前だと迷惑だから場所を移動してメッセージを開く。
『もうすぐ日が暮れそうだから、これから帰るね。豚肉がたくさん手に入ったから、美味しく料理してねー!』
子供か。そして豚肉をたくさん手に入れたって、一体何をしてたんだ。
ちょっと気になるけど、それよりも豚肉を美味しく料理してというリクエストに、どう応えるかが優先事項だ。
いや待てよ。その前に一つ確認をしないと。
『それだと、帰って来て肉を受け取ってから調理開始になるけど、それでいいか?』
送信っと。
すぐに返信は来ない。四人で話し合ってるのか?
おっ、返事が来た。
『全然オッケー! それでいいよ! 料理してるところも見たいしね!』
料理してるところって、焼きうどん作ってるところを見てただろ?
とりあえず了解の返事を送信したら、アイテムボックスに残っている食材を確認してメニューを決め、受付に戻って足りない食材を買い足す。
それが済んだら作業館へ向かい、一階の作業場で空いている作業台を借りて調理の準備をする。
「おい、あれ」
「掲示板にあった人?」
「どうだろう……」
なんかまた視線を感じるし、周りがざわめいている。やっぱり料理人が珍しいからか?
周囲を見渡したら顔を逸らされたけど、誰も料理はしていない。
やっているのは鍛冶か、薬草をすり潰すローラーみたいなので薬作りしてるプレイヤーばかり。
これは料理人が不人気だからなのか、それともダルク達とは違って料理を味わうのを諦めているからなのか。
どっちにしても、こうも料理がされていないと料理人志望としては寂しい。
まあここはゲームの中なんだ、遊びに来たのに料理なんかしたくないって思っているのかもしれないな。
細かいことは気にせず、帰ってくるまでに準備を整えておこう。
「これとこれとこれと……」
ダルク達に作業館の一階にいるメッセージを飛ばし、非表示にしていたバンダナと前掛けを表示させたら、必要な道具を準備してアイテムボックスから使う食材と調味料を取り出す。
「まずは……」
鍋に水を張って火に掛け、お湯が沸くまでの間にマッシュの所で買ったそら豆に火が通りやすいよう、装備品のマイ包丁で黒い筋の部分に切れ込みを入れる。
お湯が沸いたら塩を加えてそら豆を投入。切れ込みを入れておいたから数分で茹で上がり、流しに置いたザルへ上げてお湯をよく切ったら、まな板の上に広げて置いて少し冷ます。
「あれだけでも――」
「ビールが――」
「やっぱりあいつが例の――」
「――だろう?」
冷ましたそら豆の皮を剥いたら中身はバットの端へ移し、剥いた皮を切っていく。
ここもキャベツの芯と同じく可食部だけど、このままじゃ食感が気になるだろうから、開きにするような感じで切ってから細切りにして中身の傍へ移しておく。
続いてネギを青い部分と白い部分に切り分け、一口で食べられる長さに切ってから細切りにして、これもそら豆を乗せたバットに青い部分と白い部分を別々にして移す。
そこへダルク達から受け取ったハーブも置いておく。このハーブが生食可能なのは、既に目利きスキルで確認済みだ。
「あとはダルク達が戻ってくれば」
「ただいまー!」
「……なんという、タイミングの良さ」
近くで頃合いを計っていた、とかじゃないよな?
「お待たせトーマ! これ約束の豚肉ね!」
意気揚々といった雰囲気のダルク達が、作業台の上に大量の肉を出した。
なんだこの量は。厚めのステーキくらいの肉が積み重なって、山のようになってるぞ。
とりあえず、この肉を目利きスキルで見てみよう。
豚肉【バラ】
レア度:1 品質:3 鮮度:97
効果:満腹度回復1% 病気状態付与
エアピッグを倒すと高確率でドロップする肉
野生育ちで適度に脂が乗っていて美味
生で食べると病気状態になるので注意してください
うん、確かに豚肉だ。しかもバラ肉。
目利きスキルで調べてみると、どれも同じ形状をしていても表示されている部位は何種類かある。
バラ、モモ、ロース、肩ロース、ヒレ、肩。豚足や頬肉や内臓といった部位は見当たらないけど、これだけ種類があれば十分だ。
鮮度の数値が高いのは、倒してすぐにアイテムボックスへ入れたからか?
そしてゲーム内でも、豚肉の生食はできないようだ。現実では無菌豚っていう、生に近くても食べられる豚の飼育がされているけど、ゲーム内ではどうなんだろうか。
「それにしても、随分と量があるな」
「うふふ。美味しいお肉を食べたくて、張り切っちゃったわ」
頬に手を当てたカグラが男を魅了しそうな笑みを浮かべるけど、口の端から涎が垂れそうだぞ。
「や、やり過ぎた自覚はあるわ」
「でも、美味しいご飯のためなら後悔しない」
「右に同じく!」
気まずそうなメェナはともかく、目をキラキラさせて言い切ったセイリュウと、それに同意したダルクはそれでいいのか?
周りもこの量に驚いたのか、やたらざわついてるぞ。
「豚肉って確か、エアピッグの――」
「掲示板で女の子四人組が――」
「ひょっとして――」
「ええ? まさか――」
まっ、済んだことは気にしなくていいか。それよりも使う肉を決めよう。
「さてと、どの部位がいいかな」
「部位? 何言ってるのさ、どれも同じ豚肉じゃないか」
「えっ?」
「えっ?」
思わずといった感じでダルクと視線がぶつかり、揃って首を傾げる。
話を聞くとダルク達には部位が見えておらず、ただ豚肉としか表示されてないらしい。
どうやら部位は、食材目利きスキルがないと見えないようだ。
そういえば焼きうどんに使ったタックルラビットの肉も、モモ肉って表示されてた気がする。
ということは、ハーブや小麦粉の種類もダルク達には見えていないんだろう。
それにしても、食材目利きにこういう効果があるのは嬉しい。作る料理によって部位を選べるし、逆に残っている部位で作る料理を決められるから、メニューを考えやすくなる。
さて、疑問も解決したし、そろそろ料理に取り掛かろう。
「んじゃ、作るから待ってろ」
「はーい! じゃあ、椅子用意しとくね!」
「うふふ、お願いね」
「何を作るか楽しみ」
「はぁ……」
ダッシュで椅子を取りに行くダルクと、それに続くカグラとセイリュウは笑顔だけど、最後尾のメェナだけは溜め息を吐いて肩を落としている。
頑張れメェナ、四人の中で一番常識的かつ真面目なのはお前だ。しっかりダルク達の手綱を握っていてくれ。
そうすれば俺は余計な事を考えず、料理だけに集中できるから。
「ほらトーマ、早く作って!」
椅子を運んできて着席したダルクが、作業台をバンバン叩いて子供みたいにねだるから、調理を始めるとしよう。
サラダ油を数センチ溜めた小さい鍋と、水をたっぷり張った鍋を別々のコンロに置いて点火。調理手順を考えると、油は水よりも火力を弱めておこう。
「鍋に油を入れて温めてる? ひょっとしてトンカツ!? それとも豚天!?」
揚げ物大好きダルクが立ち上がって目を輝かせているけど、残念ながら違う。
ちなみに豚天は、関西風の豚肉の天ぷらのことだ。
「それにしては鍋に溜める油の量が少ないような? それに衣の材料が無いし、火力も弱いじゃない」
さすがはメェナ、よく見てる。
水と油を熱している肉を用意するんだけど、さすがに全部は使えないから今回はロース肉だけを残し、他の部位は一旦アイテムボックスへ入れておく。
そのロース肉は側面から横向きに包丁を入れ、しゃぶしゃぶ用くらいの薄さに切る。
肉を全部切り終えたら、沸騰させたお湯が吹きこぼれないよう火加減の調整をしながら、肉をお湯の中へ投入。
「あら、茹でちゃうの?」
「だったら、あっちのお鍋の油はどうするんだろう」
料理を予想してるダルク達やざわめく野次馬達は気にせず、油の方に注意を向けつつ浮かんでくる灰汁を取る。
肉に熱が通ったらトングで掴んで持ち上げ、お湯を切ってネギやハーブを置いてるのとは別のバットへ置く。
その最中に油を熱している方の火加減を調整し、加熱しすぎて燃えないように注意。
ゲームだから本当に燃えるか分からないけど、燃える仕様だったら怖いから注意はしておこう。
肉を全部茹で終えたらトングでバットから皿へ盛り付け、その上にハーブと細切りにしたネギの青い部分と白い部分を散らして、端の方に付け合わせとして茹でたそら豆を添える。
熱している油は薄っすら煙が上がっていて、準備万端だ。
「もうすぐできるぞ」
完成間近を伝え、注目しているダルク達の前へ皿とフォークを置いていく。
「茹でた肉に、ハーブやネギを乗せてそら豆を添えただけ?」
「これで完成なの?」
「まあ待て。仕上げをするから、ちょっと下がれ」
困惑するダルク達を下がらせ、熱した油入りの鍋を持って近づく。
傾けた鍋からお玉で油を少量掬い、肉の上に乗せたハーブやネギの上へ垂らす。
するとジュワっという揚げ物を作る時のような音や、バチバチと弾ける音が響き渡り、舞い上がる湯気と一緒にネギとハーブの香りが広がる。
『おぉー!』
音と見た目と香りに、ダルク達だけでなく野次馬達からも歓声が上がった。
「何これ、凄い」
「そういうことね。こういうのをテレビで見たことがあるわ」
「こうすると、見た目と音と香りでも料理を楽しめるんだ」
油が冷めないうちに全員の皿へ熱した油を掛けていき、音と湯気と香りを立ち昇らせる。
そして最後に味付けとして、塩と胡椒を全体へ軽く振りかけて完成だ。
茹で肉とネギとハーブの油ソース掛け 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:8 完成度:86
効果:満腹度回復41%
体力+3【2時間】 腕力+3【2時間】
仕上げに熱した油を掛けたことで、目と耳と鼻で気分はアゲアゲ
熱した油がそのままソースとなって、香ばしさと旨味を演出
茹で肉なので油を掛けてもクドくなく、落とした脂を補ってます
添えてあるそら豆もホクホクとして良い口直し
ほうほう、油ソース掛けときたか。
確かに美味い油はそれ自体がソースと言っても過言じゃないと思うけど、それだけに品質が低いサラダ油なのが残念だ。
まっ、無いものは無いんだから仕方ないか。
「美味しそうね。だけどトーマ君のところでは、こういう料理は出してなかったわよね?」
「ああ。でも、賄いで作ってみたことはある」
テレビで見たのを祖父ちゃんや父さんに聞いて、本やネットでも調べて試作したんだ。
その際に油を直接掛ける関係上、茹でた物か蒸した物との相性がいいと思ったから、今回は茹で肉で作った。
ちなみにうちの店で出していない理由は、お前が店で出したいのならお前が店を継いだ時にしろと、祖父ちゃんや父さんから言われたからだ。
「ねえ、これも……」
「ええ。あるわね、あれが」
あれ? ああ、バフ効果ってやつか。
そこは別に狙ったわけじゃないから、勘弁してくれ。
「もう我慢できない! いただきます!」
下がっていた位置から戻ったダルクが、フォークを手に料理を食べだす。
「うはっ、美味しい!」
ダルクが感想を口にすると、他三人も元の位置に戻って食べだした。
おいおい、周りの目もあるんだからそんなにガッつくなよ。
「うーん。良い香りがするから、食欲が刺激されるわ」
「お肉を茹でたのは、油を掛けるからなのね。ちょうどいいコッテリ感だわ」
「おまけに茹でたそら豆が、箸休めにちょうどいい」
うんうん。今回の料理も好評のようだ。
周りが羨ましそうに見てるけど、お前達に出す義理は無いぞ。
さてと、さり気なく準備してたこっちも出すか。
「はいこれ、スープな」
豚肉の茹で汁スープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:6 完成度:90
効果:満腹度回復2% 給水度回復19%
俊敏+1【1時間】 運+1【1時間】
豚肉を茹でた際に出た脂や旨味が詰まったスープ
加えたネギが臭みとしつこさを消し、適度な旨味と香りに
豚肉を茹でたお湯は豚の旨味が流れ出ているから、そのままスープの素にできる。
丁寧に灰汁を取ったら、細切りにしたそら豆の皮と具であり臭み消しにもなるネギを加えて煮込み、塩で味を調整したのがこのスープだ。
肉を調理しながらスープも作れる、一石二鳥の方法だと父さんから教わった。
「ぷはっ! こっちも美味しい!」
美味いと言ってくれるのは嬉しいけど、熱々のはずなのに一気飲みしたよ。
「茹で汁がそのままスープになるのね」
「まさに一石二鳥だね」
「お昼の優しいスープと違って、脂でちょっと力強い感じがあっていいわ」
スープも好評そうで良かった。
さてと、そろそろ俺も食うか。
……うん、悪くない。とりあえずは有る物でなんとかなった、ていうところかな。
これで満足したら、調子に乗るなって祖父ちゃんに頭を小突かれるよ。
「いやぁ、今回のも美味しかったー!」
もう食べ終えたダルクが、満面の笑みで腹をポンポンと叩いてる。
ゲームだから関係ないけど、早食いはあまり体に良くないぞ。
「本当ね。本格的な修行前なのが、信じられないわ」
「褒めてもデザートは出ないぞ」
「あら残念」
そういえばカグラはうちの店に来た時、毎回デザートを頼んでたな。でも残念、デザートは用意していない。
今ある材料でデザートを作るなら、ゴマ団子かな。
砂糖はあるし小豆はマッシュの所で買った。それで餡子を作れれば、あとは小麦粉の生地で包んで揚げればゴマ無しのゴマ団子が作れる。
いや待てよ、ゴマが無いからゴマ団子とは呼べないか? だったらなんだ? 揚げ団子?
まあ名称はどうでもいいや、ゴマが無いってだけで甘い物には違いないし。
「手に入る食材や調味料が増えれば、もっと美味しいご飯が作れる?」
目をキラキラさせたセイリュウが、ズイッと前のめりになって尋ねてくる。
「もっと美味いのを作れるかは分からないけど、レパートリーは増えるな」
西部劇な世界観からして、食材はともかく調味料は何が手に入りやすいだろう。
さすがに醤油や味噌は無理だろうけど、香辛料の類ならなんとかなるかな?
「なら、このゲームを楽しむっていう僕達の基本方針に、新たな食材や調味料を見つけるっていうのを加えない?」
「「「大賛成!」」」
「よし、決定だね!」
その食材や調味料を扱う、俺の意見を聞かずに決定したよ。
「よろしくね、トーマ!」
「……はいよ」
どうせ断ったら了承するまでしつこく煩いだろうから、さっさと了承した。
それにゲームだからこその食材や調味料もあるかもしれないし、一人で探すのは限度があるから、この提案自体は嬉しい。気になったのは本人への確認が無いこと、それだけだ。
そんなことを話しているうちに食事は終わり、いつの間にか野次馬もいなくなっていた。
使った食器と調理器具を洗ってバンダナと前掛けを非表示にしたら、最初からアイテムボックスに入っている水を飲みつつ、休憩がてらダルク達が出かけていた間のことを話す。
オリジナルレシピを提供した件はそうでもなかったけど、受けた依頼のことを話したら少し驚かれた。
「えっ? そんなハズレ依頼やってたの?」
「ハズレ依頼?」
「拘束時間が長いのに報酬が少ない。そういう割に合わない依頼を、ハズレ依頼って呼ぶのよ」
そうなのか。全然知らなかった。
「どうしてそんな依頼を受けたの?」
「時間で決めた。あまり拘束時間が長いと、飯が作れないから」
「「「「それは困る!」」」」
だろう?
「料理の納品依頼とか、なかったの?」
「いや、あった」
「作れない物だったの?」
「どれも今手に入る材料で、作れる物ばかりだった」
「じゃあなんで、それをやらなかったのよ」
セイリュウとカグラの質問に答えたら、不思議そうにメェナが聞いてきた。
「食材を買うのに必要な金が無い」
「はい?」
「えっ? 僕達、お金渡したよね?」
「あれはお前達が飯を食うために渡した金だろ。なのにそれ以外の目的で使うのは、筋が通らない。採ってきた食えそうな物も、以下同文」
俺には技術料と協力への礼として、一緒に食っていい許可が出ているけど、ダルク達の食事以外の目的で受け取った金や食材を使うつもりはない。
そういう依頼を受けるとしたら、自分が稼いだ金から食費を引いても受けられる場合に限る。
「真面目かっ! トーマ、真面目かっ!」
どうしてそこでツッコミを入れられなくちゃならない。そしてなんで二回言った。
「別に気にしなくていいのに」
「俺が気にするんだ」
客から預かった金や食材を、その客以外の客のために使うようで良い気分がしない。
今夜はこれを出してくれと渡されていた食材は別のお客へ出しました、別のお客に出す食材の購入に使ったので前金の返金には応じません、みたいな感じで嫌だ。
「それでハズレ依頼を受けたんだね」
「頼んだ身としては嬉しいけど、行動を制限させちゃったようで悪いわね」
「そうでもないさ」
ほとんど現実と変わりない感じで料理できるのは楽しいし、限られた材料と道具で何を作るか考えるのは、将来店を継ぐ時に役立つ経験だ。
なにより、腕を見込んでくれたダルク達の期待に応えられているのが嬉しい。
それを伝えて、だから気にするなと言ったらダルク達の反応は分かれた。
「当たり前じゃん! トーマの作るご飯が不味いはずないって!」
親指を立ててサムズアップするダルク。
その、謎の分厚い信頼感はどこから出てくるんだろうか。
「そうね。実際に美味しいもの」
右手を頬に添えて笑みを浮かべるカグラ。
そう言ってもらえてなによりだ。
「えへへへ。そっかぁ、嬉しかったんだ……」
朱に染まった頬に両手を当てたセイリュウは、俯き気味になってクネクネしてる。
恥ずかしがってるのか照れてるのか分からないけど、なんでそんな反応をするんだ?
「だったらいいんだけど。やっぱりゲームは楽しんでこそだからね」
メェナはそう言って笑みを浮かべた。
確かにこのゲームは楽しい。料理以外の事はしなくていいし、やれること自体も多そうだ。
自分で乾物を作れるし、市場や料理ギルドでは買えなかった食材がひょんなことから買えたし、現実では作るのに躊躇しそうな料理もゲーム内ならお試し感覚で作ってみることができそうだし、失敗しても現実じゃないから材料を無駄にした罪悪感が無い。
それにまだ本職じゃない俺の料理を、ダルク達が楽しみにしてくれてるんだ。こいつらのために、少しでも美味い飯を作ってやりたい。
「とはいえ、そんな話を聞いた以上は黙っていられないわね」
「そうね」
「うん」
「?」
なんのことだ? カグラとセイリュウは分かってるようだけど、絶対にダルクは分かってない。
あの微妙な笑顔で首を傾げる様子は、話が分かってない時にするやつだ。
「トーマ君。今の話のような配慮をしてもらってる以上は、何の見返りもしないわけにはいかないわ。だから今後は、食費とは別に報酬を出させてくれない?」
報酬だって?
「別に気にしなくていいんだぞ?」
「駄目だよ。これはトーマ君の気持ちと料理のアレに対する、私達からの正当なお礼としての報酬なんだから、受け取ってもらわなくちゃ困るよ」
料理のアレ? ああ、バフ効果ってやつか。
「そうよ。私達に貢がせてちょうだい」
メェナとセイリュウの言い分は分かる。
いずれは家を継ごうと思っている身だから、金を受け取ることの大事さはしっかり教わった。
お礼として金を払うと言っているのに、それを断るのは相手に対して失礼だな。
ただカグラ、貢ぐなんて言い方はするな。どうしてお前はそう、貢ぐって言い方を好んで使うんだ。しかも含み笑いした表情で。
「そういうことなら僕も賛成だよ。トーマにはこの正当な報酬を受け取る、逃れられない権利があるよ」
逃れられない権利ときたか。なら同時に発生する、美味い飯を作る義務をしっかり果たそうじゃないか。
「分かった、受け取ろう」
了承したらダルク達は笑みを浮かべた。
とはいえ使い道はどうするかな。ダルク達と違って戦わないから武器や防具、回復アイテムみたいなのは必要無いし、食材や食器は食費から出すことにしている。
他に金を使うとしたら……。そうだ、ギルドの納品依頼をこなすのと、料理を試作するための資金に使わせてもらおう。
美味い飯への報酬は、美味い飯を作る研究に使ってこそだよな。
この使い道には全員が賛成してくれて、しっかり稼がないとねとやる気を出した。
「それじゃ、次も期待してるよトーマ」
「ああ。期待に応えてみせるよ」




