イベントが終わって
上位三人がリング上に揃い踏みとあって、観客席からは大きな歓声と拍手が湧き上がってる。
塾長は両腕を上げてのアピールで応え、フドーは握った右手を突き上げて掲げる。
これで俺が何の反応もしないのは気まずいから、右手を控えめに上げて応えることにした。
途端に歓声が大きくなったけど、これは一緒にリング上に現れたイクトが俺の左手と手を繋ぎ、空いてる自分の左手を大きくブンブン振ってるからだろう。
連動して額の触覚と、塾長に貰ったカチューシャについてるレッサーパンダの耳がピコピコ動いてるのもあるだろう。
なにせ歓声のほとんどが、イクトを呼ぶ黄色い声なんだから。
「それでは表彰式を開始します。まずは貢献度第3位のフドーさん!」
名前を呼ばれたフドーが一歩進み出る。
「上位入賞の主な要因はイベント中に倒したモンスターの数もそうですが、最終日にイベント限定特殊モンスターを討伐したのが大きかったですね」
イベント限定特殊モンスター?
土地神やその眷属以外に、そんなのがいたのか。
「プロリフィックオストリッチとブチギレッサーパンダ。この二体との戦闘でタンクとして攻撃を受け止めつつダメージを与え、討伐成功に大きく貢献したのが貢献度を稼いだ大きなポイントでした」
その二体かい。
確かにその二体はどちらも塾長達が倒してた。
ということは塾長が一位なのは、それらとの戦いでフドー以上の活躍をしたからか。
「では、見事3位入賞されたフドーさんを表彰して副賞をお贈りします」
カウガールがそう言って指を鳴らすと、天井から光の粒子がフドーへ降り注ぐ。
「副賞が何かは後で確認してくださいね。さすがにこの場で公表はできませんので」
贈られた品を知ったプレイヤーが、それ欲しさに何かするのを防ぐためかな。
そんなことしなくてもと思うけど、イベント中にマナーの悪い連中がやらかした所業を考えると当然の対策だな。
「続きまして貢献度第2位のトーマさん!」
呼ばれたからイクトと手を繋いだまま進み出る。
会場の熱に当てられたイクトが空いてる左手をブンブン振り続けてるから、女性を中心に歓声が上がってる。
「上位入賞の主な要因は皆さんもご存じの通り、土地神の試練をクリアしたことですね」
カウガールの説明に、観客席からはやっぱりかって声が次々に上がる。
「それとイベント中、他の料理プレイヤーの皆さんと協力して、毎日食事を三食ずつ提供していたこともポイントを稼げた大きな要因ですね」
これについてはダルク達からもそう言われたな。
だけどこれに関しては他の料理プレイヤー達も同じだから、やっぱり土地神の試練をクリアしたのが大きかったんだろう。
そう思っていると、カウガールからある説明が行われた。
どうやらこのイベントでは、モンスターを倒すよりも生産系の活動をする方が貢献度を稼ぎやすかったようだ。
というのも、戦闘職はいくらでもモンスターを倒せるし入手した素材はフルクスの陣営に売って金を得られるのに対し、生産職は金を得られる機会が無いし活動内容も限られる。
その辺りのバランスを考慮して、生産活動での貢献度は点数が高めにされていたとのこと。
「ですので、生産職の皆さんにも上位に入るチャンスはあったのです。江乃島さんとフドーさんがイベント限定特殊モンスターを倒してなければ、生産職が上位を独占していた可能性もあったくらいです」
観客席から嘆きの声が上がった。
そりゃあ、チャンスがあったのに掴めなかったんだから嘆きたくもなるよな。
「ぬははははっ! あの二体、倒しておいて正解だったのである!」
塾長が腕を組んで豪快に笑う。
つまりその二体を倒してなければ、俺が1位だったのか。
飯を作ってただけなのに1位になることを避けられて助かったやら、1位を逃して悔しいやら複雑な気分だ。
「では、試練をクリアして見事2位に入賞したトーマさんを表彰して副賞をお贈りします」
カウガールがそう言って指を鳴らすと、俺にも光の粒子が降ってきた。
イクトが手を伸ばして粒子を掴もうとしてるけど、当然掴めるわけがなく何も無い掌を見て落ち込む。
そう落ち込むなって、ちゃんと副賞は貰えたから。
ほら、観客席から元気出してって声がいくつも上がってるぞ。
「そして見事、貢献度1位に輝いた江乃島平太郎さんです! 江乃島さん、今のお気持ちを一言」
「うむ」
大きく一歩進み出た塾長が顔を上げ、息を大きく吸った。
「わしが野郎塾塾長! 江乃島平太郎である!」
大きすぎる声に思わず俺もイクトもカウガールも耳を塞ぎ、空気が無いはずなのに空気がビリビリ振動してる感じがする。
観客席も同様に耳を塞ぐ人が続出で、中には大声の勢いに押されて倒れてるプレイヤーも何人かいる。
だけどさすがに大袈裟でわざとらしいから、おそらく遊び半分で倒れたんだろう。
そして仲間だから慣れてるのか、近くであの大声を聞いたのにフドーは平然としてる。
「ますたぁ。おみみがね、キーンってするの」
よほど響いたのかフラフラして触覚もクラクラ揺れてるから、抱き寄せて頭を擦ってやる。
ああそうだな、凄い声だったな。
今もさっきと雰囲気が違う黄色い声が響いてるけど、気にしなくていいからな。
さて、塾長は今の名乗りからどんなコメントをするんだ?
「以上」
終わりかい!
以上の一言で締めくくると、また何人かのプレイヤーが大袈裟に転んだり倒れたりしてる。
ひょっとしてこれも、塾長が真似してる漫画のネタなのか?
「ふふっ、さすがは塾長。いつ聞いても心にズンとくる、ありがたいお言葉だ。今の一言に全てが集約されてる」
何故かフドーが感銘を受けてる。
どこがさすがなんだ、どこが。
今の名乗りに何の意味が集約されてるんだよ。
なんだかフドーに対するイメージが崩れた気がする。
「えー、ありがとうございました」
耳を塞いでいた両手を放したカウガールが、気を取り直して進行を続ける。
塾長に関してはスルーかい。
そう思いつつ、もう大丈夫と言うイクトを解放したら何故か残念そうな声が上がった。
どうしてそんな反応をされるんだろうか。分からない。
「江乃島さんはフドーさん同様、イベント限定特殊モンスターを二体倒してるのが1位になった大きな要因でした」
それでも順位に差が出たのは、戦闘の役割にあったそうだ。
防御を主体としたタンクのフドーに対し、攻撃を主体としたアタッカーの塾長。
フドーも防いでからの反撃でダメージは与えていたものの、塾長がより大きいダメージを与えて倒すのに貢献した分、得られた貢献度も多かったそうだ。
しかもモンスターを倒した数自体が、2位以下を大きく離してぶっちぎりのトップとのこと。
「残念ながら試練はクリアできませんでしたが、多くのモンスターを倒した上にイベント限定特殊モンスター二体を討伐に導いた立役者となったことで、見事トーマさんを追い抜いてトップに立ちました!」
ということは、塾長の貢献度とは結構な僅差だったのかな。
「では、見事1位に輝いた江乃島さんを表彰して副賞をお贈りします」
カウガールが指を鳴らし、俺とフドーと同様に塾長にも光の粒子が降り注ぐ。
1位ということもあってか、俺とフドーの時より幾分か光が大きいし輝きも強い。
それを浴びる塾長に向け、一部から塾長コールが上がる。
あの大唱声ほどじゃないとはいえ、響き渡る蛮声がうるさい。
その塾長コールも、光の粒子が収まったら自然と治まった。
「ここで一つ、皆様へご連絡があります。皆様は試練をクリアして通行手形を入手したので既にお気づきかと思いますが、今回のイベント終了後は会場であるフォクスター領が転移屋からの移動先に登録されます。イベント限定特殊モンスターも解放されるので、フォクスター領に行けば戦闘可能です」
この連絡に戦闘職から大きな歓声が上がった。
塾長も笑いながら、またあれと戦いたいのであるって言ってる。
「ですが移動範囲は今回のイベントと同様の範囲に限られており、新たな町や村を発見することは無いとご理解ください」
これには一部から残念そうな声が上がった。
新たな地を自分達が切り開く、とでも考えてたのかな。
「それでは簡潔ではありましたが、以上で表彰式を終了させていただきます。皆様、今後とも当ゲームをお楽しみくださいませ!」
カウガールはそう言うとホルスターから銃を抜き、銃口を天井へ向けると引き金を引いた。
すると轟音が鳴り響き、直後に視界が暗転。
気づいたらイベントに参加する直前にいた公園に立っていた。
違うのは時間が夜だから辺りが暗いのと、あの時はいなかったイクトが周囲をキョロキョロ見渡してることだけ。
周囲には他のプレイヤー達もいて、辺りを見渡してる。
「ふっふっふっ。ファーストタウンよ、僕らは帰ってきたぞ!」
胸を張って何言ってんの、この幼馴染。
やりたくない課題に取り掛かる時間が迫って、現実逃避でもしてるのか?
「急に何言ってんのよ」
「こういう時の定番ネタだって、前にネットで見た」
呆れた様子のメェナにダルクはサムズアップして答えた。
そんなのを調べてる暇があるのなら課題をやれと思っていたら、目の前にメッセージが表示された。
公式イベントのサーバー順位に応じた報酬を受け取りました
・所属ギルドの貢献度上昇
・賞金80000G
・ポイント8点
・イベント景品引換券×2
サーバー内で2位に入ったので副賞を受け取りました
・称号 【フロンティアスピリッツ】
・種族進化時全開放チケット×1
・転職時全開放チケット×1
表示された内容からすると、これが今回のイベントで俺が得た報酬と副賞か。
さらにイクトっていうテイムモンスターも得たわけだけど、これはどういった物なんだ?
「ますたぁ、どうしたの?」
「ん? ちょっと報酬の確認だ」
シャツの裾をくいくい引っ張るイクトに何をしてるのか教えたけど、意味が分かってないのか首を傾げられた。
「ねえねえ、トーマは何を貰ったの?」
「副賞も気になるわ」
「教えて」
はいはい、教えるからグイグイ迫らないで。
遊びじゃないからイクトも混ざるんじゃない。
「その前にボイチャにしなさいよ。周りに聞こえたら大変な物かもしれないから」
唯一迫ってきてない、冷静かつ常識的なメェナには本当に助けられてるよ。
周囲を見れば、他のプレイヤー達も報酬の確認をしてるのかステータス画面を開いてる。
指摘してくれたメェナに心の中で感謝しながらボイチャにする。
あっ、そういえばイクトの声は?
ふむふむ、主の俺がボイチャにしてればイクトの声もボイチャの相手にしか聞こえないのか。
なら安心して貰った報酬を全て教えよう。
「イベント景品引換券?」
「称号?」
「種族進化時全開放チケット?」
「転職時全開放チケット?」
注目すべき四つの報酬を一つずつ口にしたダルク達は、口を半開きにポカンとしてる。
「なにそれ、どういうものなの?」
「えっとだな……」
口で言うよりも実際に情報を見てもらった方が早い。
そう判断して、気になる四つの報酬の情報を順番に表示させて見てもらった。
自分も見たいと言いだしたイクトには、抱き上げて左腕で支えながら操作して見せてやる。
*****
イベント景品引換券
第一回公式イベントの上位入賞者へ送られる引換券
使用することでイベント用の景品欄が表示される
その中から好きな景品を選んで入手できる
*選べる景品は一枚につき一つです
*使用期限は入手してから現実で一週間以内です
*****
称号【フロンティアスピリッツ】
解放条件
第一回公式イベントにて上位三名に入る
報酬:なし
効果:フォクスター領でのNPCの好感度が上昇しやすくなる
*****
種族進化時全開放チケット
種族進化する際、特殊種族を含めて進化できる全ての種族を選べるようになる
*一枚につき一回のみ。アイテムボックスにあれば有効
*****
転職時全職業開放チケット
転職する際、特殊職業を含めて転職できる全ての職業を選べるようになる
*一枚につき一回のみ。アイテムボックスにあれば有効
*****
ほうほう、こういった物なのか。
説明文を見ながら頷いてると、左腕で抱かれてるイクトは真似してうんうん頷いてるけど、ダルク達はまた口を半開きにして固まってる。
「おーい、大丈夫か?」
「はっ! トーマ以外、集合!」
また当事者の俺を除け者にして話し合いをするのか。
集まってヒソヒソ話すダルク達を見ながらイクトを下ろそうとしたら、うつらうつらと船を漕いでいる。
「イクト、眠いのか?」
「うん……」
頷いてるのか船を漕いでるのか分からないほど眠そうな様子に我慢しろとは言えず、寝ていいぞと伝えて両腕でしっかり抱えてやると、しがみついてきてすぐにスヤスヤと眠りだした。
額の触覚とカチューシャのレッサーパンダ耳もペタンと倒れ、とても気持ちよさそうな寝顔をしてるから、つい微笑んでしまう。
「なに子守りしてるのよ」
おっと、当事者を除け者にしたダルク達の話し合いが終わったか。
「急に話し合いなんてして、俺が受け取ったのってそんなに凄い物なのか?」
「トーマは分かってないみたいだけど、引換券と名誉称号みたいな称号はともかく、チケット二つはとんでもないからね?」
そうなのか。
ダルク達の説明によると、UPOには三種類の進化があるらしい。
スキル進化、種族進化、そして職業進化とも言うべき転職。
それぞれに進化のための条件があるそうだ。
スキル進化:スキルのレベルを上げる
*特定条件を満たしてれば、特殊なスキルに進化できる
種族進化:プレイヤー自身のレベルを上げる
*特定条件を満たしてれば、特殊な種族に進化できる
職業進化:プレイヤー自身と職業に関係するスキルのレベルを両方とも上げる
*特定条件を満たしてれば、特殊な職業に転職できる
特定条件っていうのは、所持してるスキルの構成やスキルのレベルを指してるらしい。
つまり俺が入手したチケットがあれば、一度きりとはいえ特定条件を無視して特殊な種族と職業になれるのか。
どっちのチケットも自分のレベルを上げなくちゃならないから、使うならギルドの依頼をこなしたりオリジナルレシピをギルドへ売ったりして、経験値を稼ぐ必要があるな。
戦わないのかって? 俺は飯を作るためにここにいるんだから、そんな選択肢は存在しない。
というか、飯を作ってただけでこんなのを貰ってよかったんだろうか。
「うわー、いいなぁ。僕も欲しい!」
「ダルクちゃんだけじゃないわ。誰だって欲しいわよ」
ということは、周りに知られないようボイチャを使って正解だったわけか。
メェナの言った通りにして良かった。
「ところで、そっちは何を貰ったんだ?」
「えっとね」
ダルク達が受け取った報酬は、所属ギルドの貢献度上昇と賞金とポイントと素材を一つ。
貢献度がどれだけ上がったかは不明だけど、賞金とポイントは俺よりずっと少なく、ダルクとメェナに比べてカグラとセイリュウはさらに少ない。
素材はダルクとメェナが武器や防具を作るのに使えるメタルインゴット、順位が少し下のセイリュウとカグラは衣服や装飾品に使える丈夫な麻布。
おそらくは何位から何位まではこれ、という感じで範囲毎に報酬が決まってるんじゃないかとのこと。
「だから僕とメェナ、カグラとセイリュウで賞金とポイントが同じなんだね」
「順位毎に一人一人、賞金やポイントやアイテムを変えるのは大変でしょうしね」
カグラの意見に同意する。
団体客が来て注文がバラバラだと、調理が大変だもんな。
「さて、報酬は確認したしログアウトしましょうか」
「やっぱり、しなきゃ駄目?」
「当たり前でしょう! もう公式イベントは終わったんだし、ここからは課題イベントよ!」
「そんなイベント嫌だあぁぁぁっ!」
どんなに嫌がっても、このイベントからは逃げられないぞ。
それとあまり大声で騒ぐな。
気持ちよさそうに寝てるイクトが起きるだろ。
「じゃあ、私達はこれで失礼するわね」
「うぅ~……」
悲しそうに肩を落とすダルクだけど、同情はしない。
「あっ、そうだトーマ君。テイクアウトのお願いしてもいい?」
「いいけど、なんでだ?」
「ダルクちゃんの家で課題しながら食べるため」
ああそういうことか。
祖父ちゃんと父さんには俺から伝えておけば大丈夫だろうから了承し、注文を聞く。
チャーハンが四人前、焼きそばが二人前、焼き餃子と唐揚げを五人前ずつ?
唐揚げ五人前は、そこで落ち込んでる揚げ物狂いの幼馴染がいるから分かる。
でも四人で食うには多くないか?
「そんなに食えるのか?」
「ええ。夜から咲と月が合流するから大丈夫よ」
「その二人の分もあるから、これくらい必要なの」
「頼む物もあらかじめ聞いておいたから、問題無いわ」
なるほど、山本と狭山の分もあるのか。
だったら納得だ。
受け取り時間は19時ぐらいで、山本と狭山が受け取りに来るんだな。
了解、注文承った。
現実へ戻ったら祖父ちゃんと父さんへ伝えておこう。
「じゃあそういうわけで、これで失礼するわね」
「次のログインは予定通り、明日の午後3時でお願いね」
「ダルクはそれまでに、課題を終わらせるつもりでいてね」
「ひいぃぃぃっ⁉」
怯えるダルクに、半分義務感で頑張れと心の中でエールを送る。
おっと、ログアウトされる前に一つ確認しておこう。
「ログアウトする時、イクトはどうすればいいんだ? 何か特別な手順は取らなくていいのか?」
何もせずにログアウトして、イクトが一人ぼっちでここに残されるなんてことはないよな?
「別にそういうのは無いわよ」
「主人がログアウトするとテイムモンスターも同時に自動セーブされて、ゲーム上から消えて休眠状態になるの」
「だから安心してログアウトして」
それは良かった。
一安心して寝てるイクトを片腕で抱え直したら、ログアウトしていくダルク達に続いてログアウトのための操作をする。
現実に戻ったらイベントのお疲れさま会兼イクトの歓迎会についてメェナへメッセージを送って、その後は夜営業の仕込みの手伝いだな。
引換券を使うのは、次にログインした時でいいや。
じゃあイクト、またな。
眠ってるイクトを起こさないよう軽く頭を撫でてやったら、ログアウトボタンを押した。




