飯は出す
周囲がざわめき、ほぼ全員の視線が江乃島平太郎と名乗った中年男のプレイヤーへ向けられてる。
衝突してたプレイヤー達も黙ってしまい、中には怖がって腰が引けてるプレイヤーもいる。
だけど当の本人はというと。
「美味いのである! おかわり!」
お椀を傾けて掻っ込むようにすいとんを食べ、つごう三回目のおかわりをしてる。
たくさん作ったから要求に応じ、差し出されたお椀を受け取っておかわりを注いで返すと再びお椀を口に付けて傾け、掻っ込むように食べていく。
少し行儀が悪いけど、この食べっぷりは見てて気持ちがいい。
「あれが野郎塾の江乃島平太郎か。初めて見たよ」
近くにいたダルクが江乃島平太郎のことを口にした。
「知ってるのか、ダルク」
「知ってるもなにも、UPOじゃ有名人だよ」
なんでもあの人はUPO最強のプレイヤーとして名が上がるほど強く、攻略組の中でも筆頭と言われてるそうだ。
種族は背が高くて分厚い筋肉が特徴のハーフジャイアントで、職業は拳闘士がレベル30で転職できる剛拳士。
さらに、まだ非公式だけど野郎塾っていう戦闘系のギルドを率いてるギルドマスター、略してギルマスをしてるそうだけど本人は塾長と呼べと言ってるらしい。
そこに所属してるプレイヤー達も猛者が多く、戦闘で有名なプレイヤーが何人もいるとか。
ちなみにあの喋り方は昔の人気漫画の登場人物を真似してるようで、ハーフジャイアントを選んでスキンヘッドなのは見た目を真似るためじゃないかとのこと。
「そういう理由でキャラを作る人もいるんだな」
「オマージュプレイヤーっていうんだ。でも、あそこまで完成度が高い人はなかなかいないよ。とはいえ、さすがに顔までは似てないけどね」
ダルク曰く、見た目や喋り方や名前は似せてるけど顔はそこまで似てないらしい。
尤も、基になったキャラが分からないから俺にはよく分からない。
「お兄さん、おかわりください」
「私もお願いします」
おっと、ゆーららんとミーカからのおかわり要求だ。
塾長とやらも気になるけど、今は配膳を優先しよう。
「そこのお前らも今は食うのである。腹が減ってるから、あんな些細な事で衝突するのである」
対立してた二組は塾長からそう促され、一回睨み合ったら互いに背を向けて飯を食いだした。
「塾長さんのお陰で助かったわね」
「また後で衝突するんだろうけどね」
「そしたらまた、塾長の大声が響くわよ」
カグラ達の会話に心から同意する。
どうか次は外でやってもらいたい。
だけどそんな想いも虚しく、片付けの最中に衝突が再燃した。
こんな調子で大丈夫なのか?
「やかましい! いつまで同じ事を言い合ってるのである!」
再び出ました、塾長の空気を揺るがす大声。
しかしなんだろうな、この大声を聞くと妙に安心感を覚える。
不思議な感覚に包まれつつ様子を眺めてると、割って入った塾長が喧嘩両成敗とばかりに場を治め、対立するぐらいなら不干渉を貫けと言いつけて去っていった。
言われてみれば、互いの意見を押し付け合うぐらいなら不干渉の方が良いかもしれない。
双方も平行線を辿ってるし時間が限られてるからと思ったのだろう、互いに不干渉ということに納得して解散した。
これでようやく終わったと思ったら。
「おいお前、赤の料理長とか呼ばれてる奴だな。俺達のために飯作って、戦闘前にバフ強化しろ」
睡眠のためダルク達と割り当てられたテントへ向かおうとしたら、協力して試練をクリアすることに否定的だった側のグループから声を掛けられた。
これから外へ出てレベルを上げに行くから何か飯を作れ、取ってきた食材で自分達のためだけに飯を作れ、屈服の試練の前に飯を作ってバフ強化をしろ、その食材で作った料理は献上の試練に出すな。
そんな自分達にだけ有利な要求を一方的に喋り続けてる。
お礼付きで丁寧にお願いされれば考えたかもだけど、お礼を出すつもりは無いようだし上から目線での命令口調で態度もあまり良くない。
なにより、下心一色の目をダルク達に向けてるのも気に入らない。
「断る。俺は仲間や知り合いと協力して試練に挑むから、そんな要求には応えられない」
こうやって協力して試練のクリアを目指す側だという意思を示せば、不干渉だから引いてくれるだろう。
「なんだとっ!」
「ちょっと有名だからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
考えが激甘だった。
断わっただけで罵詈雑言の嵐だし、不干渉に納得したのに引こうとしない。
祖父ちゃんだったら間違いなく、お玉片手に塾長顔負けの怒声を上げて追い返してるだろうな。
ああそうか、塾長の大声に安心感を覚えたのは祖父ちゃんの怒声と似てるからか。
それに気づいて二人の大声を思い出したお陰か、幾分か気持ちが楽になった。
よし、二人のようにはいかないまでも反撃開始だ。
前に進み出ようとするダルク達を制して、一歩進み出る。
「協力してほしければ相応の礼を出して、食材は他のプレイヤー達への飯と俺が献上の試練で出す料理に使うことを確約しろ。勿論、質の悪い食材は一切受け付けない。そんなのをよこしたら、それは全部お前達に出す飯に使う」
相手を睨んで言い返すと、ダルク達から「えっ」って声が漏れた。
「んだと!」
「礼も出さず、一方的に利用されるだけのつもりなんか欠片も無い。こっちの出した条件が受け入れられないなら帰れ!」
『ぐっ』
二人には遠く及ばないながらも語尾を強めて言い返すと、相手側は一瞬たじろいだ。
「ちっ、調子に乗りやがって!」
「覚えてやがれ!」
まだ何か言うかと思ったら、捨て台詞を残して去ってくれた。
ふう、穏便にとはいかなかったけど引き下がってくれて助かった。
『おぉー』
ホッと一息ついた直後、周りに集まってた野次馬から感嘆の声と拍手が起きた。
ダルク達もそれに混ざってるし、ポッコロ達やまーふぃん達料理プレイヤーもいる。
「凄いよトーマ! 今の感じ、トーマのお祖父ちゃんみたいだったよ!」
えっ、マジで?
だけど何度か怒られた経験のあるダルクの言うことだからな……。
「怒った時のトーマのお祖父さんが、一瞬被って見えたわ」
いやいや、今の程度じゃ祖父ちゃんには遠く及ばないって。
相手を睨みながら強めの口調で言ってみたけど、ただそれだけだ。
メェナだって、祖父ちゃんが怒った時の様子は見てるんだから分かるだろ?
「まさかトーマ君が、あんな風に言い返すなんて思わなかったわ」
「かっこよかったよ!」
褒め言葉には反論できない。
カグラの言う通り自分でもよく言い返せたと思うし、セイリュウからかっこよかったと言われるのは素直に嬉しい。
「うむ! 良き男の一喝であったぞ!」
じゅ、塾長!? いたのか!?
「声、顔つき、放つ気迫! まだ未熟なれど、男の魂が込められた実に良き一喝であった!」
「ど、どうも」
「ゆえに惜しいのである!」
何が惜しいんだろう。
「貴殿が未成年の生産職でなければ、仲間に誘ってその男気を鍛えてやったというのに!」
惜しいってそういうことかい。
心底残念そうにしてる塾長によると、野郎塾は戦闘職の独身成人男性プレイヤーのみが入れるらしい。
ということは後ろにいる、背中側で手を組んで休めの姿勢をしてる仲間らしき五人も、現実では独身成人男性なのか。
顔ぶれは魔法使いらしき杖を持った人が二人、大きな剣と盾を背負ってるのが二人、身の丈ほどの斧を持ってるのが一人だ。
「申し訳ありませんが、条件に当てはまってもお断りします」
だって戦闘職の独身成人男性だけなんて、暑苦しくてむさ苦しそうだから。
「むっ、そうであるか。安心せい、野郎塾は入る者は拒まず逃げ出す者は地獄の底の底まで追いかけるが、入塾を強制することは無いのである」
野郎塾って名前だから入塾って言ってるのかな。
それにしても、入塾を強制はしない潔さと入る人を拒まない懐の大きさはあるのに、逃げ出す人は地獄の底の底まで追いかけるしつこさはあるんだ。
これも真似てる漫画の登場人物の真似かもしれないけど、どうしてそこまで追いかけるんだろうか。
基になったキャラが出る漫画が少し気になってきた。
「だが今のやり取りで、奴らがお主を目の敵にするやもしれん」
「あっ、ありそう」
塾長の警告に何故かダルクが反応した。
でもあいつらの感じからすると、塾長の言う通りかもしれない。
「不干渉の約束を破ってですか?」
「うむ。ああいう輩は約束を破っても、所詮は契約書の無い口約束だと主張するのである。おまけに陰湿なことをしでかしかねぬゆえ、直接的ではなく間接的に何かをしてくるやもしれぬぞ」
絡んできた時の様子からして、本当にしでかしそうだから怒るを通り越して呆れる。
俺に対して何かするなら、食材や調理設備を駄目にするってところかな。
だけどそんなことをしたら自分達も飯を食えなくなるし、それは無いだろう。
いやでも、深く考えずに実行する可能性も否定できないか。
「ひょっとするとお主ではなく、そっちにおる連れの女子達に手を出すやもしれぬぞ」
「うえっ」
「まあ」
「ひっ!?」
「はぁ……」
塾長が示した可能性に対して、ダルクは面倒そうな表情をしてカグラは少し驚いてセイリュウは怖がってメェナは呆れた表情で溜め息を吐いた。
俺? イラッとしたよ。
狙うなら恥を掻かせた俺を狙えばいいのに、仲間ってだけでさっきのやり取りには無関係のダルク達を狙うのは許さない。
でも戦闘力が低い上に戦闘経験がゼロな俺にはどうしようもない。
「そこで一つ提案があるのである。そちらの女子達は四人でわしらは六人と、合わせれば屈服の試練を受けられる最大人数ピッタリなのである。屈服の試練に参加するつもりならば、わしらと組めば参加可能であるし連携の練習という名目で一緒にいれば奴らから守ることもできるのである」
おぉっ、それは良い提案だ。
だけど一つ問題がある。
「私、参加しない! あんな大きな虫と戦うなんて、絶対に嫌!」
ここにいる杖を抱いて必死に主張する虫嫌い少女は、絶対に屈服の試練に参加しないってことだ。
「むっ、そうであるか。ならばお主はこやつの傍にいればいいのである。わしらの方は、もう一人探せばいいだけであるからな」
まあそれが無難な判断かな。
「トーマ君の傍に……頑張るね!」
「お。おぉっ」
どうしてそんなに張り切ってるんだ。
「塾長さん、よろしいですか!」
遠巻きに様子を見てた野次馬から、一人の男性プレイヤーが挙手をしながら進み出た。
耳から魚のエラっぽいのが伸びてて鱗っぽいのも見えるから、魚関係の種族かな。
「なんであるか」
「自分、ギョギョ丸と申しますであります! 生産職の自分の仲間を料理長さんの傍に付けるので、自分が十人目としてご協力してもよろしいでありましょうか!」
緊張気味で語尾が少し変なことになってるけど、言いたい事は分かった。
俺としてはいいけど、ギョギョ丸とやらが十人目に名乗り出たことを塾長はどう思うだろうか。
「うむ、男らしい元気のある声が気に入ったのである。よかろう、お主を十人目と認めよう」
「ありがとうございます!」
判断基準はそこでいいのか?
「ただし! 約束は必ず守るのである。それと、あの女子達を目当てにした不埒な気持ちでいるなら、即刻叩き出すのである!」
「勿論であります!」
敬礼をしながらハッキリと返事はしたものの、迫力のある塾長の言葉と顔に膝が小さく震えてる。
俺は似てる祖父ちゃんで慣れてるけど、普通に考えれば怖いよな。
それから塾長とギョギョ丸とで簡単な打ち合わせをした後、ギョギョ丸の仲間だという生産職のプレイヤー二人を紹介して貰った。
「薬師の薬吉だ」
「木工職人の赤巻布青巻布黄巻布だ。多少なら戦闘もできる」
紹介された二人から、やや緊張気味な様子で自己紹介された。
協力してくれることに感謝を伝えて握手を交わしたら、何故かやたら感激された。
この二人もオーバーリアクションな人達なのかな。
「そういえば聞いたか? 君が追い払った側の連中の態度が悪いから、生産職のプレイヤーのほとんどが協力して試練をクリアする側についたそうだ」
むしろあんな態度と条件で生産職が手を貸すと思ってる方がおかしい。
この二人も衝突が終わった直後に声を掛けられたそうだけど、すぐに断ったそうだ。
「当然の結果だね」
「そうね。ああいう人達が、ブラック企業の幹部になるんでしょうね」
「それは偏見じゃないかな?」
「かといって否定もしきれないわね」
見返りを与えずに自分達だけが得するように働かせるんだから、カグラとメェナの言い分も間違ってるとは言い難い。
そんなやり取りをして翌日の予定を話したらテントへ入る。
テントは最大六人まで入れる大きさで、中に入って適当に座ったらダルク達は装備を非表示にした。
「さぁて、明日は塾長と特訓だね!」
「噂に聞いた塾長と組めるなんて、これ以上無い機会だから楽しみだわ」
塾長との特訓が楽しみな手前側のダルクは、防具を非表示にして胡坐を掻いても上と下の袖が長いから問題無い。
でもメェナの袖はハーフだから上は隙間から中が見えそうだし、下は膝から下が丸出し。
腹部が丸出しなのは今さらだから気にしない。
「セイリュウちゃん、トーマ君をしっかり守るのよ」
「勿論!」
俺の護衛を念押ししてるカグラは、袖が長い巫女服と袴姿だからいい。
だけど頷いてるセイリュウは、マント無しだと短めのスカートから伸びる生足が目立つ。
正直、めっちゃ居づらい。
しかもいざ寝ようって時に、普段と変わりない笑みを浮かべたカグラが私達に挟まれて寝るかと聞いてきて、それにダルクが悪乗りしてきた。
無論、断固拒否して端の方で横にならせてもらった。
隣には常識人なメェナが位置してくれてるから、ダルクから悪戯されることは無い。
「もー。トーマってば真面目なんだから」
ほっとけ、悪いか!
これ以上は気にしても仕方ないし、明日の朝飯作りもあるからもう寝よう。
考えることを放棄して眠りに落ちたのは一瞬。目が覚めると朝日が昇りかけてる。
ダルク達は俺より後に寝たのかまだ寝てて、寝相の悪いダルクの拳がメェナの頬をグリグリ抉ってる。
その様子に笑みを浮かべてテントを出ると薬吉がいた。
なんでも宿と違って誰でも出入りできるからと、赤巻布青巻布黄巻布と交代で見張ってくれてたらしい。
「悪いな」
「いいってことよ。美味い飯を作ってくれてるし、土地神にどんな料理を出すのか気になるからな」
こうまでしてくれたのなら、彼の仲間も含めてイベント終了後にお礼のご馳走でもしようかな。
それを伝えてメッチャ喜ぶ薬吉とフレンド登録を交わし、引き続きダルク達が起きるまで見張りを頼んで調理場へ向かう。
「あっ、おはようございます」
「おはようです」
「おはよ」
既に来ていた料理プレイヤーの男女二人へ挨拶をする。
そうそう、彼らとは既にフレンド登録を交わしてて今後も交流をするつもりだ。
冷凍蜜柑達との知り合いもいるようで、今度料理プレイヤーによる大きな集会を開いたら楽しそうだな。
そんなことを考えつつ朝飯を作る準備をしてる最中に、協力してのクリアに否定的な側の話が出た。
「二人も絡まれたのか」
「ええ」
「勿論断ったぞ。あんな条件と態度で受けるはずが無いからな」
受けるとしたら相手の圧力に負ける、気の弱い人くらいだろう。
「ちなみに料理プレイヤーは全員断ってます」
「だから料理長も、遠慮せずに腕を振るってくれ」
それは勿論。でも何を出そうか。
土地神に相応しい料理ってなんだろう。
あんなんでも虫だから果物とか野菜とか、甘い物とか?
まさかクワガタだからって、樹液を使えなんてことはないよな?
「それにしてもあの連中、今思い出してもムカつくわね」
「だな。料理長、あいつらに飯なんか出さなくていいよな」
「いいや、これまで通りに出す」
テントから運び出した食材を作業台に置きながらそう言うと、二人から驚いた表情を向けられた。
「なんでだよ」
「あんな連中に、ご飯なんて出さなくていいじゃない」
「それとこれとは別だ。マナーが悪いとか作った飯を台無しにしたとか暴れたとかならともかく、気に入らない連中だからってだけで飯を出さないことはしない」
祖父ちゃんや父さんからそう教わった。
仲が悪かったり気に入らなかったりする相手が来ても、何もしなければ客として扱う。
その代わり、店と料理と来てくれた客に対して謂れの無い侮辱をしたら遠慮するな。
店や料理に対する正当な注意や文句ならともかく、そんなことをする奴は客なんかじゃないって。
「奴らに何かするとしたら、俺達の作った飯かそれを美味いと言ってくれてる人達が侮辱されてからだ。それまでは何もしない」
食材の運び出しは終わったから、次は火の準備をする。
早い時間から仕込みを開始するとはいえ、大人数の飯を作らなきゃならない。
他の人達が来たらすぐに調理に入れるよう、準備は整えておかないと。
火魔法を使える料理プレイヤーがいるからその人に火を点けてもらえるよう、かまどの傍に木の枝や薪を置いておく。
「それでいいの?」
「いいんだ。そもそもあれくらいで仕返ししたら、向こうが余計に何かしてくるかもしれないだろ」
火を熾せる準備をしたらかまどに鉄板を設置。
今日の朝飯はこいつに活躍してもらうメニューだからな。
「あれくらいって……」
「無茶な要求を突きつけられただけ、だろう?」
断わった後で暴力を振るわれたり迷惑を掛けられたりした訳じゃないし、仲間達や知り合いが被害に遭ったわけでもない。
ならこっちも何もせず、これまで通り皆と同じ飯を出せばいい。
何かするなら、何かされた後だ。
「そう言われれば……そうよね?」
「ムカつくけど、下手にやり返したって争いの種になるだけだもんな」
そうそう、その争いの種をこっちから撒くことは無いだろ。
だから何もしなくていいんだ。
「というわけで、皆も来たみたいだから飯を作ろう」
「「はい」」
返事をした二人と起きてきた他の料理プレイヤー達を迎え、調理開始。
まずは火を熾して鉄板を火に掛けたら、火の番一人を残して皆で水と塩と砂糖を加えた小麦粉をこね、発酵スキル持ちが発酵させて膨らませたらガス抜き。
包丁で切り分けて平べったくしてスキルで二次発酵させたら、熱した鉄板に油を垂らしてフライ返しで広げて生地を焼く。
そうして初回の食事と同じ平焼きパンをガンガン作っていく。
ある程度の数が焼けたら何人かは別の作業へ入る。
熊や狼や蛇や猪、野営地の外でそれぞれのモンスターから入手したっていう肉を種類別に薄切りに。
さらにタマネギとニンジンと野営地の外で採取した食用キノコも薄切りにして、一緒に採取したハーブを刻んでおく。
これで下準備は完了。
試食のためここにいる人数分、油を敷いた鉄板で肉とハーブ以外の野菜を火の通り難い順に加えてフライ返し二刀流で炒める。
ちなみに肉は鉄板毎に違う種類を使い、数が多い狼と蛇の肉は鉄板を二枚ずつ使ってる。
種類が違えば味わいも変わるけど、最適な組み合わせを探求する時間が無いから今回は種類別に調理することにした。
肉と野菜に火が通ってきたらハーブを加えて軽く炒めながら混ぜ、塩と隠し味程度の砂糖で味付けして混ぜたら肉の種類別に大皿へ盛る。
そしてこれを平焼きパンの上に乗せ、パンを折り曲げるなりパンで巻くなりして包めば完成。
肉野菜炒めの平焼きパン包み【蛇肉】 調理者:多数〈選択で全員表示〉
レア度:2 品質:5 完成度:76
効果:満腹度回復19%
HP最大量+20【1時間】
平べったくした生地を鉄板で焼いたパンに肉野菜炒めを乗せて包んだ
噛みしめると肉と野菜の旨味が溢れ、パンがそれを優しく支える
蛇肉のためややクセがあるものの、ハーブがそれを和らげてる。
情報では問題無しそして味見も勿論、問題は無い。
説明にある通り少しクセはあるものの、ハーブのお陰で嫌なクセになってない。
「美味しいですね」
「狼の肉って不味いイメージがあったけど、そこまで不味くはないな」
「熊は結構いけるぞ」
「いや、やっぱり猪が一番いいって」
何種類か食べてみたけど、どれも十分に食べられる。
硬そうな肉はより薄切りに、クセが強そうな肉は野菜やハーブを多めにしたのが功を奏したか。
「ところでトーマさん。このお二人から聞いたんですが、これは本当に全員へ出していいんですね」
うん? ああ、例の件についてか。
声を掛けてきたまーふぃんによると、皆はあいつらに飯を出す必要は無いと考えてるらしい。
「ああ、出すぞ」
「でも……」
納得できない様子のまーふぃん達のため、もっと詳しく説明するか。
「そこの二人にも言ったんだけど、奴らに何かするとしたら、俺達の作った飯かそれを美味いと言ってくれてる人達が侮辱されてからだ」
「あっ、はい。その話は聞いてます」
だったら話が早い。
「反撃するのは、あいつらが飯にいちゃもんをつけてきてからだ」
「えっ?」
「文句を言うならお前達には飯をやらない、ってな。要はこっちが飯を食わしてやるのを拒絶するための口実があれば、飯を出さなくていいだろ?」
「あっ、なるほど!」
まーふぃんも皆も納得してくれたようでなによりだ。
勿論、これも祖父ちゃんと父さんに教わったやり方だ。
料理人にとって一番なのは味で黙らせることだけど、今の材料と設備じゃそれは難しいと言わざるをえない。
だからこうした次善の策を取るわけだけど、そのためには作った飯が相手を黙らせるほどじゃないにしても美味い必要がある。
さすがに絶品とまではいかないまでも、この飯なら周囲が不味いとか美味くないなんて声を封じるだろう。
「ほら、いつまでも感心してないで飯を配る準備をするぞ」
『はい、料理長!』
返事をしたまーふぃん達は、パンと水を配る係と整列係、そしておかわり用のパンと肉野菜炒めを作る係に分かれる。
後は飯を食いに来た人達がパンと水を受け取り、好みの肉野菜炒めをパンに乗せて食ってもらえばいい。
そうして始まった朝飯は好評で、肉の種類を変えていくつも食べる人や複数種類の肉野菜炒めを少量ずつ乗せて食べる人が大勢いる。
そのお陰か、絡んできた連中やそっちの側のプレイヤー達は睨んで舌打ちはしたものの、何もしてこなかった。
俺はそれはそれでいいと思うけど、料理プレイヤーの一部は反撃できずに不満そうだった。
さてと、片付けをしたら献上の試練に出す料理を考えよう。
それにしても、土地神に相応しい料理って何だろうか。




