土地神からの試練
急ぎ土地神から距離を取ろうとするものの逃げられない。
というのも虫嫌いのセイリュウが抱きついたままで、走るどころか歩くことすら難しいからだ。
「セイリュウ、離れてくれ」
「虫やだー!」
やだー、じゃなくて離れてくれって。
戦わない俺がこの場にいても足手まといになるだけだし、虫嫌いで戦意喪失してるセイリュウも同様だ。
互いのためにも一旦離れて、土地神に背を向けて全力ダッシュで逃げないと。
「お、お待ちください!」
どうにかして離れてもらおうとしてたらフルクスの声が響いた。
戦闘職の面々が武器を構える前に進み出ての呼びかけに、土地神の目はそちらへ向いた。
「私はここの責任者のフルクス・フォクスターと申します。土地神と申す方、まずは知らぬとはいえあなた様へ無礼を働いていた事、平にご容赦ください!」
頭を下げて謝罪するフルクス。
そこへブライアンとその部下らしき鎧姿の騎士数人が駆けつけ、土地神を警戒する。
「若、危険です!」
「何を言う。相手の逆鱗に触れたのなら、なによりもまずは謝罪だ。それにあれだけ巨大な存在を、どうにかできると思ってるのか」
「っ……!」
普通に考えれば無理。
それを分かってるからか、ブライアンは言葉に詰まってる。
ゲームだからなんとかできるかもだけど、土地神って名前からしても凄く強そうだから無理かもしれない。
「土地神様! どうか、どうかご容赦ください!」
改めて謝罪して深々と頭を下げるフルクスに、土地神はそれを黙って見つめてる。
『ならば貴様は、かつてこの地を治めていた者達が何をしたか知っておるのか?』
「い、いいえ、存じ上げません」
『ふざけるな!』
問い掛けをしたから一瞬どうにかなるかと思ったけど、次の瞬間に怒りを露わにした。
なに? これどういう設定でどういうストーリーが発生してるんだ?
『我はずっと忘れておらぬぞ! あの時の怒りも悲しみも!』
これは黙って聞いてた方がいいんだろうか?
「トーマ、こういう会話は重要な可能性が高いからよく聞いてて」
助言サンキュー、メェナ。
だったらしっかり聞いておこう。
涙目でしがみつき続けてるセイリュウについては、離れてもらうのは諦めた。
そして落ち着かせるために背中を擦るぐらいはしてやろう。
『ゆえに我は決めたのだ。同じ悲劇を繰り返さぬよう、再び人が住処を築くようならそれを防いでこの地を守ると!』
いや大事な話どころか戦闘に突入しそうな雰囲気なんだけど?
だいぶ恥ずかしいけど、いざとなったらセイリュウを抱え上げて逃げることも考えておこう。
「お、お待ちください。私が存じてるのは、前任の領主であったメッサール家が治めていたこの地が、巨大な虫のモンスターの集団によって襲われて壊滅したという話だけです」
へえ、そういう事情があったんだ。
でもこっちにとっては事情の説明でも、相手側にとっては言い訳にしか聞こえない場合は多々ある。
しかも土地神は既に怒ってるから、逆効果じゃないかな。
『言うに事欠いて、モンスターだと! 土地神である我と我が眷族達をモンスターと同列に扱うなど、言語道断!』
ほら、身を乗り出すほど余計に怒らせちゃってるよ。
というか問題はそこなのか。
はいはい、落ち着けセイリュウ。
そんなにヤダヤダって首を大きく横に振っても、現状は変わらないから。
背中に加えて頭も撫でてやるから落ち着け。
おーよしよし。
『前任だかなんだか知らぬが、貴様ら人が身勝手にこの地を荒らした過去は消えぬ!』
前にここを治めてたっていうメッサール家、何やったんだよ。
『我にはこの地を守る義務がある。よって、あの時と同じ過ちが繰り返されぬように貴様らをこの地から排除する!』
「お待ちください! せめて、せめて何があったのかお教え願えませんでしょうか! でなければ、先ほどのような誤った話が広まってしまいます!」
誤った話……ああ、土地神がモンスターだって話か。
「土地神様がお怒りになられてる真意を知るためにも、なにとぞ!」
『……よかろう』
おぉっ、応じてもらえた。
ここも重要な話っぽいから、しっかり聞かないと。
『あれは遠い昔の話だ』
腕を組んだ土地神が昔を懐かしむように語り出す。
かつてこの地に一人の男が多くの人々を率いてやって来た。
率いてきた男を長とした人々は住処を築きだしたが、必要以上の開拓で自然を壊したり生態系を乱したりせず、自分達が生きるために得た日々の糧に対する感謝を欠かさなかった。
当初は警戒して監視してた土地神だったけど、自然を大事にして自然への感謝を欠かさない姿を見続けたことで彼らを信用するようになり、黙って見守り続けることにした。
やがて集落ができて村や町へ発展していき、その過程で長が代替わりしてもそれを守り続けたことでこの地に繫栄が訪れた。
しかし長い年月が経てば、時にはロクデナシだったり愚鈍だったり金の亡者な人物が長になることもある。
そういった人物達によって自然への感謝や約束は徐々に廃れていき、金のために必要以上の採取や狩猟をして収穫量を増やすためだと大地を荒らし、生態系は乱されるどころか壊されそうになった。
『そんなことされて、土地神である我が怒りを覚えないはずが無いだろう!』
空に向かって咆哮を上げる土地神に一言。
ごもっとも。
『必要以上にこの地に生ける生命を奪って生態系を狂わせかけ、身勝手に大地を荒らす行為はとても看過できん! ゆえに我は、奴らがこの地でしでかしたことをそっくりそのまま奴らの住処にしてやったのだ!』
その結果が、伸びた草に埋もれてた倒壊した小屋や石造りの壁の一部といった、僅かに残った生活の痕跡ってわけか。
なんというか、因果応報?
『といっても全員が悪人というわけでもなかろう。だからまずは警告して、反抗した奴らには軽く力の差を見せつけて追い払った後、眷属共と住処だけを徹底的に破壊してやったわ』
うむうむと懐かしみながら頷いてるけど、ついさっきそれをされそうになったこっちは気が気じゃない。
おっとセイリュウ、抱きしめる力を強くしないでくれ。
おーよしよし、大丈夫だぞ。……たぶん。
『これがかつてこの地で起きたことの真実だ。全く、我はしっかり土地神だと名乗ったというのにモンスターなどと適当なことを言いおって』
ブツブツ文句を言う土地神が怒る理由はよく分かった。
だけどこの状況が好転する切っ掛けが、全くもって分からない。
「そ、そうでしたか。えっと、一応伝えておきますが当時この地を治めてたメッサール家は、直後に色々と不正が発覚してお取り潰しになりました。当時は良くない噂が絶えなかったそうですが、土地神様が破壊した屋敷から証拠の品が続々と出たので」
えっ、そうなの?
『そういえば我が住処を破壊した後、調査団とやらが来て証拠がどうこう言っておったな。一時的に滞在しただけだから、見逃してやったが』
町を壊されて家まで潰されるなんて、まさしくご愁傷様としか言いようがない。
『だがそれはそれ、これはこれだ。長い年月を経てようやくここまで再生したこの地を再び荒らされぬよう、我は貴様らをこの地から追い出させてもらう!』
ですよねー。
あーあ、一歩踏み出して身を乗り出した土地神のドアップを直視したセイリュウが、とうとう耐え切れずにマジ泣きだよ。
こりゃ恥ずかしいけど、抱えて逃げるしかないか。
「お、お待ちください! 確かに人は過ちを犯しますが、それを知って正すこともできます! どうか我らにこの地を開拓するチャンスをいただけませんか、この通りです!」
再び野営地が混乱して、戦闘職プレイヤー達が今にも土地神と戦闘を開始しようとする寸前で響く、フルクスの全身全霊渾身の懇願と土下座。
傍にいるブライアンがおやめくださいとか言ってるけど、相手は土地神だからそれぐらいしないと誠意は伝わらないと思う。
いや、そもそも人の土下座に土地神が価値を見出すだろうか。
『ほお、地べたに額を擦りつけるか。我のような土地神にとって、地上に生きる者が大地へ向けて己が身を委ねるが如きその姿は、我々に対する最大の謝意と敬意を表す。そこまでされて願いを無碍にしたら土地神の名折れになるゆえ、無視するわけにはいかぬな』
さすがはゲーム、ナイスご都合主義。
ほーらセイリュウ大丈夫だぞ、もう身を乗り出してないから落ち着けよ。
『だからといって、そう簡単に許すことはできん。そこで若き長よ』
「はい!」
『貴様でも周りにいる者達でも誰でも構わん。我が出す二つの試練のうち、どちらか一つでもクリアすればチャンスをやろう』
良かった、この場での戦闘は回避できたみたいだ。
「ありがとうございます! して、その試練とは?」
『うむ。それはな』
一つ目は屈服の試練。
土地神の眷族六体に対してこちらは最大十人で挑み、眷族全てを倒すことで力を見せつけて屈服させろというもの。
二つ目は献上の試練。
武器でも防具でも細工物でも作物でも焼き物でも木工品でも、なんなら演奏や歌や料理でもいいから土地神に捧げるに相応しい物を献上しろというもの。
戦う気が無い俺がやるとしたら献上の試練一択だな。
『ちなみに屈服の試練の場合、相手になるのはこの眷属達だ』
土地神が右腕を掲げると魔法陣が六つ浮かび上がり、そこから眷属とやらが現れて。
『いーやー!』
しがみつくセイリュウ他何人かの悲鳴が響いた。
というのも、現れたのがカマキリとカブトムシとサソリとクモとハチと蛾だからだ。
しかも全て全長二メートルはあるから、虫嫌いには地獄絵図以外の何物でもない。
「お兄さん! 僕、虫はそこまで嫌いじゃありませんけど、ハチだけは駄目なんです!」
「私はクモ! クモはどうしても無理です!」
いつの間にか近くにいたポッコロとゆーららんが、嫌いなものを口にしながら脚へしがみついてきた。
ああもう、そんなことされたらハラスメント警告が出るだろうが。
ゆーららんからのにノーを押して、ポッコロからのにもノーを……同性同士でも出るんだな、これ。
今は多様性の時代だから、そういうことかな。
とりあえずノーを押して説明の続きに耳を傾ける。
どちらの試練も一人で何度受けてもいい。
ただし屈服の試練は人海戦術で疲労を誘う作戦対策に、一回戦うごとに眷族を同種の別個体に交代するだって?
その手を考えてたらしきプレイヤー達が悔しそうにしてる。
『献上の試練とて生半可なものではないぞ。我に相応しいものでなければ満足などせぬから、心しておけ』
その代わり一人で何種類作ってもいいし、作るものや歌や音楽も好きにしていいそうだ。
試練の開始は翌日の同じ時間。
それまでなら素材や食材集めのために採取と狩猟が許可されたものの、採り過ぎたり狩り過ぎたりしたら潜んでる眷属が集団で襲い掛かるとか。
『では我らは引き上げよう。明日を楽しみにしておるぞ。まあ我としては、それまでに貴様らが尻尾を巻いて逃げても構わないがな。はっはっはっ』
そう言い残して眷族達を消した土地神は飛翔して、夕焼け空の向こうへ去って行った。
ようやく難が去って周囲からは溜め息が漏れ、少ししてざわめきが起きる。
プレイヤー達は土地神の出した試練について話し合い、NPCはフルクスにどう対応すべきか求めてる。
ひとまず引っ付いたままのセイリュウ達に離れてもらって、これからのことをダルク達と相談しようとしたらポッコロとゆーららんを探してたルフフン達とも合流した。
「なんか凄い展開になったね」
「開拓を進めるには、あの土地神様の件をなんとかしないと駄目ってことかしら」
だろうな。でないと開拓なんてできやしない。
「あの土地神と直接戦わなくていいだけ、まだマシよ。いくら私でも、あれは戦う気にはなれないわ。眷属の方がまだマシよ」
確かにメェナの言う通り、土地神に比べれば眷属の方が戦いやすそうだ。
だけど……。
「やだ! 私、あれと戦うなんて絶対嫌だからね!」
首どころか全身を横に振って必死に拒絶するセイリュウは戦力になりそうにない。
「だよねー」
「そもそも私達だけじゃ、不利なのは目に見えてるわよ」
相手は外見こそ虫だけど、土地神の眷属なだけあって強いんだろう。
しかもそれが六体。どう考えてもダルク達だけで挑むのは無謀だ。
「どっちにしても屈服の試練は最大十人なんでしょ。参加するなら、レイドを組む必要があるわね」
レイドって何?
ふんふん、強敵を倒すために多数のプレイヤーが協力することか。
説明ありがとう、セイリュウ。
「ルフフンさん達はどうです?」
「あー。私達は完全に生産のみのプレイをしてるので、やるとしたら献上の試練ですかね」
そういえばルフフンは薬師でミーカは裁縫士でレイモンドは鍛冶師、そしてシャロルは農家だったな。
「シャロルは農家だから、今回の参加は難しいかの」
「何言ってるの。献上の試練は作物をそのまま出してもいいって言ってたじゃない」
いや、今日の明日で作物を準備するのは無理だろ。
と思いきや、フルクスの実家がどんな作物でも一晩で育つ特別な肥料を持たせてくれていて、午後の種植え作業でそれを使ったらしい。
なら明日には育ってるんだろうけど、それを土地神が気に入るかは別だ。
「お兄さん! 僕達が作った作物を使って、美味しい料理を作って土地神を満足させてください!」
「その手があったわね、ポッコロ! お兄さんの料理なら、土地神だろうと篭絡させられるわ!」
もしもし、さっきまでハチやクモを怖がってたそこの坊ちゃんとお嬢さん。
俺の料理に対する期待値が高すぎて、お兄さん困っちゃうんだけど?
はーい、ダルク達もあまり期待の眼差しを向けないで。駄目だった時はショックが大きくなるから。
何人かのプレイヤーからは睨まれてるし、なんなんだよ。
「あの、皆さん! せっかく来てくださったのに、こんなことになってしまって申し訳ありません!」
おっと、ここでフルクスが謝罪しに来た。
ブライアンとその部下を引き連れ、あんな事態に巻き込んだことを謝ってる。
まったくだと言いたいところだけど、誰もが気にするなとか、協力するから俺達私達に任せろって言ってる。
どうしてそんな反応をするんだろうか。
「トーマ君、首傾げてどうしたの?」
「いや、なんで誰も文句一つ言わないのかなって」
「そりゃそうだよ。これは僕達プレイヤーからすれば、貢献度を大きく稼ぐチャンスなんだから」
セイリュウの問い掛けに答えたら、何故かダルクがドヤ顔で説明しだした。
というのも、土地神が出した試練をクリアしないと開拓が進まない以上、それをやってのければ開拓へ大きく貢献したことになる。
しかもその過程で他の形での貢献度を稼いでおけば、仮に別のプレイヤーに出し抜かれても上位に入れる可能性がある。
そういった事情を分かっているから、土地神の試練に協力することへの文句は出ないそうだ。
「そういうものなのか?」
「うふふ。こういうゲームはね、そういうものなのよ」
「だからトーマも頑張って料理しなさいね」
言われなくとも、料理をする以上は全力を尽くす。
問題はここにある設備と道具と食材で何を作るかだ。
「皆さん、ありがとうございます。もしも土地神様の試練をクリアなさった時は、皆さんへ相応のお礼をします!」
おぉっと、フルクスからのお礼まで確約されたよ。
しかもクリアした特定の個人じゃなくて皆へときたか。
「あれなら多少は妨害行為が減るかしら」
「うん? 妨害?」
頷きながら口にしたカグラの呟きに疑問を抱く。
どうして妨害なんて考えが出るんだ?
「だって試練をクリアした人は貢献度を大きく稼げる可能性があるのよ。それに加えてクリアした人にしかお礼をくれないんじゃ、他の人にクリアされないように妨害するプレイヤーが出ちゃうじゃない。特に生産職なんか、素材を入手できないか高値で吹っかけられるわよ」
そういうことをするプレイヤーがいることが嘆かわしいよ。
「だから、皆がお礼を貰えるようになってるのか」
「ええ。そうすればトーマ君みたいに生産しかしてなくても、試練をクリアしてもらうために素材や食材を分けてくれるかもしれないじゃない」
お礼が貰えるのなら、誰がクリアしてもいいってわけだな。
「とはいえ、他人に試練をクリアされて貢献度を稼がせてたまるかって考える人や、自分がクリアしてヒーローになるって考える人も一定数いるでしょうけどね」
何人かはそういうプレイヤーがいそうだな。
もしも健がこのゲームをしてたら、目立って異性からの注目を集めるためにやりそうだ。
あっ、ひょっとしてさっき睨んできたプレイヤー達は、俺にクリアされてたまるかって考えの人達なのか?
「まっ、少なくとも僕達はトーマが料理できるように食材採ってくるから安心して」
「僕も育てた野菜をお兄さんへ提供します!」
「私も!」
ニシシと笑うダルクだけでなく、挙手しながら協力を申し出たポッコロとゆーららんもありがとう。
「俺達もやれるだけのことはやろう」
「そうね。今こそ日々鍛えた裁縫の腕を発揮する時ね」
「献上の試練って、美味しいポーションでもいいんでしょうかね?」
どうだろう。
まあとにかく、今は今すべきことをしよう。
それ即ち、土地神の登場で忘れられた晩飯だ!
焼いた石の上に寸胴鍋を置いて、作ったすいとんが冷めないようにしてるから安心してくれ。
干物出汁の石焼鍋風すいとん 調理者:多数〈選択で全員表示〉
レア度:2 品質:5 完成度:76
効果:満腹度回復14% 給水度回復12%
HP最大量+20【1時間】
干物で出汁を取って作ったすいとん
しっかりこねられたすいとんが良い食感
無論、干物の出汁もそれを吸った野菜も良い味してます
*水を張った寸胴鍋に魚の干物を入れ、かまどで煮て出汁を取る。
*出汁が出たらかまどから下ろし、別の鍋を置いたら干物を取り出す。
*ニンジン、タマネギ、野営地の外で入手した食用キノコ等の野菜を切る。
*小麦粉に水と塩を加えてこねる。水は数回に分けて加える。
*こねあげた生地を一口分に切り分けて平たくする。
*野菜を鍋へ入れ、鉄板で熱しておいた焼石を入れて煮込む。
*途中ですいとん生地も加え、火が通ったら塩で出汁の味を調えて完成。
料理プレイヤーの一人が、干物で出汁を取ったことがあると言ったのでそれをベースに作ったすいとん。
ちょっと魚の匂いが強いから好き嫌いが分かれるかもだけど、概ね好評を得られた。
さて、試練にはどんな料理を出そうか。
そんなことを考えつつ配膳をしてたら、遠くから言い合いをしてる声が聞こえてきた。
「だからさ、試練を乗り越えなくちゃ開拓なんてできないんだから皆で協力しようって」
「嫌だね。そんなことしたら他の奴に良い報酬や副賞を持ってかれるかもしれねぇだろ。協力するぐらいなら、俺が試練をクリアするのを全面支援しやがれ」
聞こえてくる内容によると、どうやら試練に対する考え方の違いが原因のようだ。
誰でもいいからクリアして三日目につなげるため協力しようってプレイヤーと、自分が試練をクリアするからその支援をしろっていうプレイヤー。
そこへ他のプレイヤー達もそれぞれが賛同する側に加わり、言い合いが大きく激しくなっていく。
「うわー、ご飯の時にやめてほしいよ」
「ホントね」
「せめて外でやってほしい」
「平行線を辿るのは分かってるのに、なんで言い合いするのかしら」
おかわりを取りに来たダルク達の呆れ顔での文句に同意。
せめて飯を食った後にしろ。
だけどイベントを楽しめればいいって主張と、イベントに参加した以上は良い報酬が欲しいって主張の対立は平行線を辿って収まりそうにない。
これ、どうすればいいんだよ。
「双方、静まれぃっ!」
野営地が悪い空気に包まれていく中、驚くほど大きな声が響いた。
声の主は対立の場の近くに進み出てきた、周囲より頭一つ背が高くてガタイの良いスキンヘッドをしたあの男だ。
顔は声と同じく迫力のある目力を放つ中年で、装備を非表示にしてるのかノースリーブのタンクトップにハーフパンツ姿に草履を履いてる。
というか体全体が分厚い筋肉に覆われてて、とても強そうだ。
あれはキャラを作った時に見た目をいじったのか、それとも現実でもああいう体つきなのかとても気になる。
周囲の注目がその男へ集まる中、仲間らしき男五人を連れた中年男は大きく息を吸った。
「わしが野郎塾塾長! 江乃島平太郎である!」
そして聞いてもないのに、気合いの込められたド迫力な大声で名乗った。
にしてもなんて声だよ。ゲームなのに空気がビリビリと震えた感じがするし、耳がキーンとしそうだ。
そして今のは本名か? それともそのキャラの名前か?
なんにしても衝突の仲裁に入ってくれるようだけど、どうやって収めてくれるのやら。
「飯時に喧嘩など言語道断! せっかく料理プレイヤー達が作ってくれた美味い飯が不味くなるのである!」
いや、そっちかい!
だけど飯を作った身としては、そう言ってもらえて嬉しい。




