初日からクライマックス?
「既にご存知でしょうが、皆さんには開拓作業を手伝っていただきます。それに先だって、まずは戦える方とそうでない方に分かれてもらいます」
戦える人は野営地の外で周辺の探索や調査を、戦えない人は野営地の内部や付近で作業をしてもらいたいとフルクスは言う。
「ということは、僕達とトーマは別行動だね」
「そうだな。だったら今のうちに、俺はパーティーから外れておくか?」
「その方がいいかもね。じゃあトーマだけ解除しとくね」
ダルクが操作をしたら問題無くパーティーから俺だけが外れた。
どうやらサーバーへの転移後なら、好きにパーティーを組んだり解除したりできるようだ。
「外で活動される方々は、こちらにいる当家の騎士であるブライアンから詳細を説明させていただきます」
「紹介に与ったブライアンだ」
ずっとフルクスの傍にいた鎧の人が進み出て兜を取る。
その下から現れた顔は白髪混じりながら顔の整った男性で、一部の女性がダンディとか呟いてざわめいた。
ああいうのをロマンスグレーって呼ぶのかな。
「戦える者には野外活動の説明をするので、こちらへ来てほしい。フルクス様、少々失礼します」
「ああ、よろしく頼む」
こっちだと言って離れるブライアンに、戦闘職と思われるプレイヤー達が付いていく。
「じゃあねトーマ」
「また後で」
「頑張ってね」
「ご飯よろしく」
こっちへ手を振るダルク達を見送ってると、離れていく集団の中に周囲より頭一つ飛び出るほど背が高くてガタイの良いスキンヘッドの人がいた。
あれはキャラをいじってるのか、それとも現実の体が大きいのか。
どっちにしろ目立ってるから、他のプレイヤー達もその人に注目してヒソヒソ喋ってる。
「それでは野営地内、及び野営地付近で活動していただく皆さんに説明をします」
改まったフルクスが説明を始めた。
どうやらここでさらに役割を細分化するようで、鍛冶ができる人は即席の鍛冶場で武器や道具の修理や金物の作製を、木工ができる人は防護柵や小屋や倉庫の作製を、という具合だ。
途中でプレイヤーの誰かから素材についての質問が出たけど、それについてはある程度の素材は既に用意されてる上に、野営地の外で入手した食材や素材は全て分配してくれるとのこと。
「皆さんと一緒に来られた方々には、ちゃんと買い取りという形で対応しますのでご安心ください」
これは戦闘職のプレイヤーが、入手したものを独占したり生産職へ高値で売りつけたりするのを防ぐためかな。
質問への回答を終えたら説明が再開され、ポッコロとゆーららんが加わる農業担当は畑にする予定の場所を耕すことになった。
そして俺が加わる調理担当は。
「皆さんはこちらへ運んだ食材、及び野営地外部で活動する方々が集めた食材で食事を作っていただきます」
まあそれくらいだろうな。
だけど肝心の調理担当の人員自体が手違いで遅れるため、食事は俺達に頼るしかないらしい。
「ご負担をおかけしますが、よろしくお願いします」
別にそれは構わない。
なにせ俺にできるのは主に飯を作ることで、それ以外は薬を作るくらい。
飯を作る仕事があるならドンと来いだ。
それに自分からこのイベントに参加してこうした状況にいるのに、仲間や知り合い以外には飯を出さないなんて狭量なことは言わない。
同じサーバーで過ごす仲間のための飯だし、他のプレイヤーとも協力して作る飯にまで個人的な拘りや思想を押しつけるつもりは無い。
売り物を作るってわけでもないんだ、イベント中はそういったことを気にせず皆へ飯を振る舞おう。
……いるよな、他にも一人くらい。俺以外の料理プレイヤー。
さすがにこの人数を俺一人はキツイぞ。
「それでは各担当の者を紹介しますので、そちらの指示に従ってください」
説明が全て済んだら各担当の責任者を紹介され、それぞれの持ち場へ。
ポッコロ達ともここで分かれ、担当者がいない調理組はフルクスによって仮設の調理場へ案内される。
同行する料理プレイヤーは俺を含めて十一人で、顔見知りはいない。
だけど周りは俺を知ってるようで、チラチラと視線を向けてくるからむず痒い気分だ。
「こちらが調理場です」
連れてこられたのは調理場というよりも、キャンプ場にありそうな炊事場。
そこでNPCの男性数名が石を積み重ねてかまどを作り、作業台なのか折り畳み式の木製机をいくつか設置してる。
「ここで飯を作るのか?」
「野外なのはともかく、屋根も無いのかよ」
他の料理プレイヤーが不安そうにしてるけど、やるしかない。
最終的に用意されたのは、石を積み重ねて作られたかまどが六つと十人ぐらいでも余裕で使えそうな作業台。
調理道具は包丁とまな板と鉄板と鉄網と寸胴鍋とボウル、それからトングとフライ返しとお玉。
食器は木製の皿やらお椀やらスプーンやらフォークがある。
「覚悟はしてたけど、これは……」
「かまどが六つしかないの? 全員分を作れるかしら」
確かに寸胴鍋や鉄板や鉄網はそれなりの数があるのに、それを使うかまどが六つしかないのは困る。
かまどの大きさからして、一つのかまどで鍋を複数同時に使うのは無理そうだ。
「そして用意した食材は……こちらになります」
気まずそうなフルクスが近くに設営されてる小さなテントへ案内してくれた。
テントの中に入ってみると大量の木箱が置かれており、その中には食材が詰められている。
野菜がジャガイモやニンジンやタマネギといった日持ちするものばかりで、肉はジャーキーのような形状の干し肉だけで、魚はどこからどう見ても干物。
他には大量の小麦粉とガッチガチに硬いパンがあるだけ。
水は無限水瓶が複数用意されてるから大丈夫そうだけど、調味料は塩と砂糖と油しかない。
「おいおいマジかよ」
「これで何を作れっていうのよ」
「スープしか思い浮かべねぇって」
「あとは魚の干物を焼くくらい?」
他の料理プレイヤーが頭を抱える中、申し訳なさそうにフルクスが理由を告げる。
一番近い村でも相当な距離があるため、こうした日持ちする食材しか運び込めなかったのだと。
さらにガッチガチに硬いパンは旅路の食料として消費した物の残りだから、とてもじゃないが野営地にいる人数分は残ってないそうだ。
プレイヤーにはアイテムボックスっていう便利なものがあるけど、NPCにはそういったものが無い。
だからこそ、日持ちを考慮した食材ばかりなんだろう。
「ということは、パンも作れってことか?」
「オーブンも窯も無しに?」
「そうなります。大変でしょうが、どうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げてそう告げたフルクスは、別の仕事があるからと去ってしまった。
目の前にある食材に皆が困り顔を浮かべ、次いで俺の方へ顔を向けた。
なんで皆、こっちを見るのかな。
「あの、あなたって赤の料理長さんですよね?」
茶色い肌と緑の髪が特徴的な少女が、おずおずといった感じで尋ねてきた。
「そう呼ばれてはいるな」
「私、ドライアドの料理人でまーふぃんという者です。お噂は冷凍蜜柑さんやエクステリオさんから聞いてます」
自己紹介をしたまーふぃんが知り合いの名前を口にした。
これが横の繋がりってやつか。
俺と彼女は知り合いじゃなくても、互いに共通の知り合いがいる。
「あなたなら、これでなんとかできますか?」
これは明らかに俺頼みにする気だ。
いくら困ったからって、ここで投げてくるか。
「なんとかするもなにも、少なくとも最初の食事はこれでなんとかするしかないだろ」
野営地の周辺で食料が手に入るとしても、すぐに使えるとは限らない。
周辺で手に入る食材の量次第では今回だけとは限らないけど、少なくとも最初の食事はここにある食材で作るしかない。
「でもここにある食材じゃ、スープぐらいしか作れないだろ」
「さっきも言ったけど、パンを焼こうにもオーブンも窯も無いじゃないか。かまどもたった六つしかないしよ」
いかにも不満たらたらって感じの料理プレイヤーは二人だけ。
他は目の前の状況に不安にはなってるけど、不満は抱いてないように見える。
確かに食材も調味料も設備も限られてる。
でもそういう状況だからこそ、料理人は考えなくちゃならない。
無い無いだらけだからって思考放棄せず、有る物でなんとかしろ。
そう祖父ちゃんから教わったんだから考えろ。
今までに仕入れた知識を総動員して、作ったことは無くとも知ってる料理やその調理法から導き出せ。
まずはスープを作るのは確定として、問題は鍋の数に対してかまどが足りないこと。
そしてパンを焼くためのオーブンや窯が無く、代わりに麺を作るとしても茹でる時にかまどの数の問題が浮上する。
つまり最大の問題は、大人数のための食事を並行して作るには設備が足りないってことだ。
これを解決する方法は……よし。
「どうしようか」
「ひとまずスープ作っておくか?」
「パンはどうするんだよ」
「別にパンじゃなくてもよくない?」
「代わりに麺でも作るの?」
「茹でるためにかまど使ったら、スープを作るのに支障が出るだろ」
「いっそ、すいとんにする?」
不満たらたらでやる気を失ってる二人と縋るような目を向けてるまーふぃんを除く七人が意見交換してる。
すいとんはいいかもしれない。
俺の案が却下されたら、それに賛成しよう。
「ちょっといいか? 一つ提案があるんだが」
『なんでしょう!』
不満な二人以外が凄い勢いで反応した。
向けられてる圧がちょっと怖いぞ。
「えっとだな……」
考えついた提案を皆へ話したら満場一致で賛成された。
不満たらたらだった二人もやる気を出して、碌に考えようともせず生意気言ってすいませんと頭を下げてきた。
うんまあ、別に気にしないから食材を運び出して調理を始めよう。
でもその前に、まーふぃん以外は名前が分からないから自己紹介頼む。
*****
全員で自己紹介をしたら、調理を開始する前に手分けして今ある食材の量をチェックする。
野営地周辺でどんな食材がどれだけ手に入るか不明のため、今ある食材を早々に使い切るなんて愚行を犯さないよう、全体量を把握して計画的に使うためだ。
それを済ませたら今日使う分を運び出して調理開始。
担当を決めて野菜と干し肉を切って、塩と砂糖と水を加えた小麦粉をこね、鉄板を設置したかまどで火を熾す。
さらに不満を口にしてた二人には大量の石を運んできてもらい、それを無限水瓶の水で綺麗に洗って拭いたら、かまどの一つで熱してる鉄板の上に置いてもらう。
俺は小麦粉の方を担当して、ボウルで生地作りに励む。
「トーマさん、生地できました」
「よし。発酵スキル持ちで生地を発酵させるぞ」
十分にこねた生地を俺を含めた発酵スキルの所持者が発酵させ、生地を膨らませたらガス抜き。
続いてできるだけ均等な大きさに包丁で切り分けたら平べったく伸ばし、再び発酵スキルを使って二次発酵。
石を置いてない残り五つの鉄板に油を垂らし、フライ返しで広げたら生地を置いて焼く。
「いやぁ、すっかり忘れてましたよ。ナンみたいな平パンなら、こうして焼けるって」
苦笑いを浮かべるまーふぃんの言う通り、焼いてるパンはナンのような平パンだ。
前に調べたらフライパンで作れるってあったから、だったら鉄板でも焼けるんじゃないかと思って提案した。
「野菜切り終わったわ」
「干し肉もオッケーだ」
「よし、分量に気を付けて鍋へ入れてくれ」
切り終えた野菜と干し肉は水を注いだ鍋へ入れていく。
鍋ごとに具材の分量が違わないよう、担当の人達には気を付けてもらう。
「料理長! 石、いけそうです!」
この状況で料理長って言われるとむず痒い。
今回のメニューの提案者だから自然と俺が指揮を執ってるから、間違いじゃないんだろうけど妙な気分だ。
「具材を入れ終わった鍋から、順に入れてくれ」
「「はい!」」
返事をした二人は両手にトングを持ち、鉄板で熱した石を取って具材を入れ終えた鍋へ投入する。
直後に凄い音と湯気を発して鍋の中が沸騰した。
「うおぉ、こんなに音と湯気が出るのか」
「石焼鍋って聞いたことしかなかったけど、本当に焼いた石で鍋ができるんだな」
俺も動画で見たことはあるけど実際にやるのは初めてだから、今の音に少し驚いたよ。
かまどが足りなくて同時に料理ができないのなら、かまどを使う以外の方法でスープを作ればいいと思って提案したのが秋田の石焼鍋の手法。
この方法なら石を焼くためのかまどが一つあればいいし、他の五つを平パン作りに使える。
焼く前に洗って土や砂は落としたし石ならいくらでも拾えるから、複数の大きな寸胴鍋に仕込んだスープを熱するほどの数は揃えられる。
「よし、今のうちに残り物のパンを切りましょう」
『おう!』
さっきまで野菜を切ってた面々は、ガッチガチに硬くなった残り物のパンを切る。
そのままでは硬くて食べにくくとも、切ってスープに浮かせれば柔らかくなって麩やクルトンのようになると思って利用するのを提案した。
だって捨てるの勿体ないし。
「さあトーマさん、こっちもがんがんパンを焼きましょう」
「ああ。なにせ人数がいるからな」
やる気をみなぎらせるまーふぃんに返事をして、鉄板で焼いてる平パンをひっくり返して両面をしっかり焼く。
そうして分担してスープとパンを作ったら、調理してる身だからこその特権である味見を皆でする。
干し肉と野菜の石焼鍋風スープ 調理者:多数〈選択で全員表示〉
レア度:2 品質:5 完成度:77
効果:満腹度回復19% 給水度回復11%
知力+2【1時間】
熱した石で豪快に煮込んだスープ
調理法は豪快でもシンプルで優しい味わい
クルトン代わりの硬いパンもスープを吸って柔らかい
石はちゃんと洗ってあるので、土や砂利は入ってません
平焼きパン 調理者:多数〈選択で全員表示〉
レア度:1 品質:6 完成度:80
効果:満腹度回復10%
体力+1【1時間】
平べったくした生地を鉄板で焼いたパン
塩と砂糖以外の味付けをしてないため味わいは素朴
カレーが欲しくなる? 作ってもらいなさい
「おぉっ、干し肉の出汁がちゃんと出てる」
「おまけに柔らかくなってるから噛み切れるぞ」
「野菜にもちゃんと火が通ってるわ」
「浮かせた硬いパンもいいな」
「焼いた方のパンも美味しいです!」
反応は概ね良好、自分でも悪くないと思う。
しかし平焼きパンの情報め、どうしてカレーが欲しくなるって表示した。
気にしないようにしてたのに、欲しくなるじゃないか。
「そういえばトーマさん、いいんですか?」
平焼きパンを食べてると、隣にいるまーふぃんに声を掛けられた。
「何がだ?」
「いえ、こうして他のプレイヤーへ向けて料理を振る舞うことがです。お仲間やご友人以外には、振る舞わないってスタンスだと聞いたんですが」
あれ? ここでそういう話はしてないよな。
冷凍蜜柑やエクステリオから聞いたのかな。
まあいいや、今は質問への返事を優先しよう。
「気にしなくていいぞ。この飯はここにいる全員で協力して作ったから俺個人がとやかく言う資格は無いし、なにより俺達は同じサーバーで活動する仲間だろ」
そう決めて調理して飯を作ったんだ、今になってそれを覆すつもりは欠片も無い。
第一、一から十まで全部自分一人で作ったわけじゃないのに、個人の意向を主張するのは違うだろう。
「だから気にせず皆へ……どうした、まーふぃん」
「あの、師匠って呼んでも良いですか?」
なんでそうなる。
「……本職でもない未熟者の身で、そう呼ばれたくないし弟子は取らない」
「でしたら先生と」
「同じだろ!」
『えー』
どうして皆してそういう反応するかな。
そして今のやり取りのどこに、そう呼ばれる理由があるのか分からない。
「そんなことより、味見したんだから調理再開しよう。全員分の食事を用意するのは大変だぞ」
『はい、料理長!』
……もう好きにしろ。
そんなこんなありつつも、役割分担して鉄板で平パンを焼いて熱した石でスープを作っていく。
そうして作った飯は野営地で他の作業をしてたプレイヤー達、野営地の外を探索してたプレイヤー達、そしてフルクスを始めとしたNPCの面々からも好評だった。
一部のプレイヤー達が平焼きパンを食べながら、カレーが欲しいと叫んだけど聞き流す。
その後で休憩中にダルク達やポッコロとゆーららんと作業のことを話したり、調理班で料理談義をしたり、野営地の外で集まった食材を調理班で検分して使い道を相談したりと、比較的穏やかな時間を過ごしてた……はずだったのに。
『貴様ら、この地に再び住処を築こうとするとは良い度胸をしておるな』
午後の探索を終えた戦闘職のプレイヤー達が戻ってきて間もない夕方。
夕日を背に浴びながら腕を組んで仁王立ちしてるそれは、全長十メートルはありそうな直立二足歩行の巨大な人型クワガタムシ。
頭の鋏を開閉させてガシャガシャ鳴らし、今は閉じてる羽で飛来して野営地の傍へ降り立った存在に野営地は混乱してる。
それを知ってか知らずか、こっちを睨むように見下ろすそれは再度声を上げた。
『ただ通るだけなら見逃したが、住処を築く意思が有るのなら黙ってるわけにはいかん』
どうやらここを開拓することが不満のようだ。
突然の展開に頭の整理が追いつかず、帰りを出迎えたダルク達もそれを見上げて呆然としてる。
虫が大っ嫌いなセイリュウは涙目で抱きついてイヤイヤと首を振り、そのせいでハラスメント警告が鳴ってるけどそれどころじゃない。
ひとまずハラスメント警告にはノーを押して、組んでいた腕を解いたそれを見上げ続ける。
『かつての繰り返しを防ぐため、この地を守る土地神である我の力をもって貴様らを排除する!』
えっ、待って、これって突発的な戦闘開始なのか?
よし逃げよう。
だって戦う気なんて、これっぽっちも無いんだから。




