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初実食する


 噂をすれば何とやら、気にした途端に帰ってきたよ。


「ふー、楽しかった!」

「うふふ、そうね」

「β版とはちょっと変わってたね」

「そんなの、よくあることじゃない」


 全員が満足そうな表情で作業台へ寄ってくる。

 どうやら存分に楽しんできたようだな。


「おかえり。時間かかったな」

「いやぁ、楽しくて思ったより町から離れちゃってさ。それにギルドも混んでて、依頼の達成報告に時間が掛かっちゃった」

「そうか。もうすぐ全員分出来るから、もう少し待っててくれ」


 喋っている間でも調理の手は止めない。麺と野菜と肉を焦げないよう、手早く炒めていく。


「わっ、それが今日のご飯!?」


 フライパンに顔を近づけるな、危ないだろ。


「あらまあ、美味しそうな焼きうどんね」

「こっちのお鍋は何?」


 大人しいカグラとセイリュウも、身を乗り出して興味深そうに見ている。

 カグラ、あまり身を乗り出すからユサユサしてるぞ。


「これは楽しみね。早く椅子を用意しましょう」


 早く椅子を用意しても、早く食べられる訳じゃないぞメェナ。

 ちなみに椅子は大部屋の端の方に置いてあって、それを持って来てここで食事をすることができる。調理ができる場だからこそ、そういう措置があるんだろう。

 ダルク達が早足に椅子を運んでくる間に、今作っている分が完成。

 これもアイテムボックスへ入れたら、料理ギルドで購入しておいたスプーンと木製のカップを人数分用意して、とろ火に掛けておいた鍋からお玉でスープを掬ってカップへ注ぐ。


「ほら、まずはこれでも飲んでな。おかわりは自分達で取ってくれ」


 スープ入りのカップにスプーンを添えて四人の前へ置くと、全員の視線がそれぞれの前にあるスープへ向いた。


「あら、スープね」

「具は何かしら?」

「はぅ……良い香り」

「何にせよ、いただきます!」


 最後の焼きうどんを作りつつ、四人の反応を窺う。

 息を吹きかけた四人は直接口を付けたり、スプーンで掬ったりしてスープを一口啜った。


「「「「……はぁ。美味しい」」」」


 うんうん、その一言が料理をする人にとって何より嬉しい。


「やっぱりトーマを誘って正解だったよ」

「そうね。まさかこのゲームで、こんなに美味しいスープが飲めるなんて」


 そう言ってもらえて何よりだ。


「このスープ、具はニンジンとキノコに……トマト?」

「野菜スープなのね。優しい味でいいわ」


 今はもう水分を吸って戻ってるけど、乾燥させたその野菜から良い出汁が出てるんだよ。

 うちでは母さんが店で余った野菜を干して、そういうスープを作って食卓に出してたから作り方を教わったんだ。


「この細い野菜は何かしら?」


 普通なら捨ててるキャベツの芯とニンジンの根本だよ。

 俺も食べられるのを教わった時、普段から食事に使っていると聞くまでは、使っていること自体に気づかなかった。


「ねえ、焼きうどんはまだ!? ハリー、ハリー、ハリー!」

「もうちょっとだから待ってろ」


 テーブルをバンバン叩くな。急かしても急にはできないって。


「ハッハッハッハッ」


 ダルクさ、そんな早く早くと餌を強請る犬みたいにするなよ。


「うふふ、まだかしらね」


 落ち着いた口調に反して気持ちは落ち着いていないカグラは、すごくソワソワしてる。


「まだ? まだ?」


 気になるなら気まずそうにチラチラ見ないで、普通に見てていいんだぞセイリュウ。


「美味しい、ご飯……。早く、食べたい……」


 やっぱりメェナはストレス溜まってるのか?

 普段からは考えられないくらい目をギラギラさせて、口から白煙でも吐いているような顔してるぞ。狼の耳と尻尾のせいで、今にも襲いかかられそうな気がする。

 だからといって料理に手は抜けない。ちゃんと先の四品と同じように仕上げて皿へ移したら、アイテムボックスから先に作った焼きうどんを取り出す。

 味見をした最初のは俺のだから、他の四皿をダルク達の前にフォークを添えて出す。


「お待たせ。焼きうどんお待ち」

『おぉー!』


 なんかダルク達だけでなく、いつの間にか増えて集まっていた野次馬達も歓声を上げた。

 いや本当に、なんでいるのおたくら。

 思わず野次馬達の方を見ると、ハッとした彼らは申し訳ないとかごめんなさいとか、一言謝罪を述べてそそくさと解散した。

 なんなんだろうかと首を傾げている間に、ダルク達はもう焼きうどんを食べている。


「あーっ! おいっしー!」


 叫ぶなダルク、周りに迷惑だろ。


「麺も野菜もお肉も美味しいわ」

「やっぱりトーマ君を誘って正解だったね」


 美味そうに食べながら褒めてくれるカグラとセイリュウ。

 ちょっと大げさじゃないか? でもお世辞だとしても褒められると嬉しい。


「うっ、うっ。このゲームで美味しいご飯を食べられるなんて夢みたい」


 もっと大袈裟なのがいたよ。

 まさかメェナが泣きそうになるなんて、このゲームでどれだけ美味い飯を求めていたんだ。

 呆れつつフライパンを洗おうとしたら、流しで水を掛けたらそれだけで汚れが落ちて綺麗になった。

 このゲームはこういう仕様なのか? 便利過ぎて現実でもこうあってほしいと思ってしまうぞ。

 そんな非現実的なことを考えながら調理器具を片づけたら、用意してくれた椅子に着席して自分の分を食べる。

 うん、味見はしたけど美味い。品質や鮮度が低い食材でもこれだけの味が出るのか。

 実家の店の日替わりで、月に一回ぐらいのペースで出してる焼きうどんには及ばないけど、上手くできてる方じゃないかな。


「焼きうどんもスープも最高! トーマには感謝感激雨あられだね!」

「うふふ、本当ね」

「こんなに美味しいのを、ありがとう」

「心の奥底から本当に真剣に感謝するわ」


 同じ食卓で食事をする友人達から、作った料理を褒められる。

 うん、悪くない。むしろ嬉しい。料理を褒められたことも、それを笑顔で食べてくれている事も。

 ただ周りで羨ましそうにガン見してる野次馬達よ、お前たちの分は無いぞ。


「そういえば、このうどんどうしたの? 料理ギルドでは売ってなかったよね?」

「小麦粉から作った。香川出身の祖母ちゃん直伝だ」

「そうなの!? 凄いね、うどん打てるんだ」


 尊敬の眼差しを向けるセイリュウにちょっと誇らしい気分になる。

 祖母ちゃん、教えてくれてありがとう。


「ねえトーマ君、このスープの出汁はどうしたの?」

「具材になってる野菜で取った。乾燥のスキルで乾燥野菜にしてから煮て、出汁であり具材にした」

「そういえば食材を乾燥させるため、乾燥スキルを取ったって言っていたわね。本当にやったのね、そして成功したのね」


 まあな。お陰で一品増やせたし、今後の料理に幅を持たせられそうだ。


「なんでもいいよ、美味しければ!」

「ふふふっ、そうね。美味しければそれで」

「えぇぇぇぇぇっ!?」


 なんか急にセイリュウが叫んだ。

 なんだどうした、周りも何事かってこっち見てるぞ。


「ど、どうしたの?」

「ちょっ、ちょっと待って。皆、ボイチャにして」


 ボイチャ? なんだそれ。

 分からないから隣にいるメェナに教わって、周囲に声が聞こえないボイスチャットモードにした。


「それで、どうしたの?」

「こ、これ、この料理、バフ効果がある!」

『えぇぇぇぇぇっ!?』


 また絶叫かよ。しかも今度はダルク達まで一緒になって。

 えっと、確かバフは能力を上昇させることを言うんだよな。

 そういえば塩焼きうどんと乾燥野菜出汁の塩スープに、HP自然回復がどうとか腕力がどうとかって表示されてたっけ。あれがバフか?


「わっ、本当だ!」

「焼きうどんはHP自然回復量上昇に腕力強化するの?」

「スープはMPの自然回復量上昇に魔力強化?」

「ちょっとトーマ君、いきなりなんて物を作ってるのよ!」


 なんで美味い物を作ったのに、怒られなきゃならないんだ。

 理不尽だ、不条理だ。


「文句を言うなら食うな」

「食べる食べる食べる! これは全力で食べるよ!」

「そっちじゃなくて、バフ付きの料理を作れたことが大変なの!」


 そうなのか? よく分からん。


「β版では、料理は作れてもバフ効果がある料理が作れたって情報が無かったの」

「作れても隠してるだけじゃないのか?」


 なんか凄いことっぽいし、情報を秘匿していても不思議じゃない。


「それは無いわね。β版で色々と検証していた人達の中に、料理ばかりしてたプレイヤーもいたから」


 そりゃご苦労なことで。


「本サービスからの仕様かな?」

「単に作る人の技量不足じゃないかしら? β版には無かった、完成度っていうのがあるし」

「料理は現実での腕前が必要な部分があるから、ありえるわね」


 どうでもいいけど、早く食べないと焼きうどんもスープも冷めるぞ。

 せっかく熱いうちに食べてもらいたくて、アイテムボックスへ入れておいたり火に掛けておいたりしたんだ、バフ効果付きの料理が凄いことは分かったから早く食べてくれよ。


「まあ理由はなんでもいいんじゃない? そういうのは検証する人達に任せて、僕達はこれ食べようよ。せっかくの美味しいご飯が冷めちゃうよ」


 よく言ったダルク。そうだ、そういうのを考えるのは後にするか、そういうのをする人達に任せて、今は飯を食え。


「……それもそうね」

「せっかく作ってもらったのに、冷めちゃったら悪いものね」

「美味しい上にバフ効果。ボイチャにしてなかったら、確実に騒ぎになってたよ」


 納得した三人は食事を再開したけど、どうしてボイチャにしてなかったら騒ぎになっていたんだ?

 まだボイチャ機能は切っていないから聞いてみると、これを公開していたら間違いなく話題になって、俺の料理を求めて他のプレイヤー達が殺到することになっただろう、とのことだ。


「騒ぎだなんて、大袈裟じゃないか?」

「「「「大袈裟じゃない!」」」」

「そ、そうか」


 大袈裟じゃない理由はイマイチよく分からないけど、こうまで強く言うんだから本当に大袈裟じゃないんだろう。

 オンラインゲームはそういうもの、ということだな、うん。


「とにかく! この事は絶対に口外しないでね!」


 分かった分かった。だからゲームでも委員長っぽく言うなよメェナ。


「ちゃんと秘密にしないと、メッよ」


 あのさカグラ、なんで幼い子供を叱るように言うんだよ。


「絶対絶対、秘密だからね!」


 内気で大人しいセイリュウがここまで強く念押しするなんて、そんなにこの料理は凄いのか?

 ただの塩味の焼きうどんと、乾燥野菜で作ったスープなのに。


「悪い意味で変なプレイヤーも少なからずいるからさ、そういうのに絡まれたくなければ秘密だよ、トーマ」


 何故かダルクの言い方が一番納得できる。

 現実では強引にゲームに誘ったり行動で振り回したりと自由奔放なくせに、なんでこういう時はしっかりした言い方ができるんだ。


「了解、気をつける。だからさっさと食え」

「そうだね。早く食べて、バフ効果があるうちにまたモンスター狩ってこようよ」

「「「賛成!」」」


 またどっか行くのか。まあいいさ、好きに行ってこい。

 その後、食事を終えたダルク達はモンスターを狩って入手したドロップ品や道中の採取品の中で、食べられそうな物を稼いだ金と一緒に渡しておくと言って送ってきて、それでまた美味しいご飯をお願いと言い残すと早足に作業館を出て行った。

 モンスターを狩ってくるって言ったけど、どれだけ狩ってくる気なんだか。

 まあいいさ。連絡はいつでも取れるんだからな。

 ダルク達を見送ったら食器類を洗う。やっぱりこっちも汚れがあっさり落ちて、備え付けの布巾で拭いたら水滴は一瞬で無くなった。

 ゲームだからこその仕様と分かっていても、やっぱり現実にもこういうのが欲しい。

 そう思いつつ、洗い終わった食器をアイテムボックスへ入れておく。


「さてと、今度はどうするかな」


 戻ってくるまで何をして過ごそうか。

 ステータス画面からの操作は大体理解したし、戦闘をするつもりはこれっぽっちも無いし、町中はおおよそ見て回った。

 金と一緒に渡された、食べられそうなドロップ品や採取品の確認もあっという間に終わって、次にやることを考える。

 市場はさっき見て回ったから、今度は町の商店でも見て回ろうかなと思っていたら、ふと思い出した。


「そうだ、ギルドにでも行ってみよう」


 料理ギルドで依頼を受けて達成すれば、経験値を稼いでレベルを上げられるし、ギルドへの貢献度を上げて新しい物やグレードの高い物を買えるようになる。

 せっかく登録したんだし、貢献度を上げるために行ってみるか。

 バンダナと前掛けを非表示にして、作業台を借りた時に受け取った札を手に作業館から退館する。

 作業場を出るまでやたら視線を感じたけど、あれはなんだったんだ?



 *****



 ファーストタウンを出て草原のフィールドに出た僕達は、出くわしたモンスターをバッタバッタと薙ぎ倒す。

 といっても、この辺りに出るのは体当たりしてくるウサギのタックルラビット、こういうゲームの定番スライム、それと猫ぐらいの大きさで角が生えたホーンマウスくらい。

 他にも、こっちが攻撃しない限りは見つかっても何もしないノンアクティブのモンスターが三種類くらいいるけど、得られる経験とお金はさほど多くないから、本気でレベルを上げたい人は非効率的だから手を出さない。

 一応そのモンスターにもドロップアイテムはあるけど、あまり値段は高くないし戦闘職には無用の物ばかり。

 そんなのを倒してる暇があったら、少しでも先に進んで経験値を稼いだ方が効率的だよね。

 まっ、エンジョイ勢の僕達には効率的なレベル上げなんて無関係だけど。


「ふぅ。あの料理のバフのお陰で、食事前より早く倒せるわね」


 二体のホーンマウスを連撃スキルで倒したメェナが、生き生きとした表情をしてる。

 本当にメェナは、戦闘になると人が変わるよね。

 普段の落ち着きのある委員長的な雰囲気はどこへ吹っ飛ばしたのか、楽しそうに嬉々としてモンスターを蹴散らしていくんだもん。

 おまけにHPの回復量が増えたからって、食事前の戦闘では軽やかに避けていた攻撃を、わざと受けて回復量を確認してたし。

 そういうのはタンクの僕がやることじゃない?


「MPの回復量が増えたから魔法が多く使えるし、魔力が増えて威力が上がって助かる」


 三角帽子を揺らすセイリュウが控えめに喜んでいる。

 腕力が増して相手の攻撃を抑えやすくなって、攻撃力も上がったから私も嬉しいよ。

 HPの回復量が増えたお陰で、ちょっとばかり無理もできるしね。


「あらら、もうすぐ時間切れでバフが切れるわ。惜しいけど、こればかりは仕方ないわね」


 フッフッフッ。カグラには悪いけど、バフが切れるのは野菜スープによる後衛向きの効果だけ。焼きうどんによる前衛向きの効果は、まだ時間が余っているのだよ。


「それにしても、初っ端からいきなりバフ効果付きの料理を作るなんて、トーマはやってくれたわね」


 ドロップアイテムの確認をしたメェナがため息交じりに呟いた。


「本当ね。しかも美味しかったし」

「これからのご飯も期待できるね」


 うんうん。僕もカグラとセイリュウに同意するよ。

 美味しくて強くなれるご飯が、このゲームで食べられるなんて幸せだ。

 幼馴染にトーマを持って、今日まで友情を育んできた自分を褒めてあげたいね。


「でも、それのせいで騒ぎが起きそうね」

「なんで? バフのことなら黙ってればいいじゃん」

「バフ効果は私達が黙っていればいいけど、美味しい食事はそうはいかないわ。ここの無味や不味い食事に辟易しているプレイヤー達が、トーマ君の料理を求めて押し寄せてもおかしくないわ」


 確かに。僕達だってそれが嫌で、トーマにゲームへの参加を頼んだわけだし。


「あっ、生産系の掲示板でもう話題になってる」

「あらら、本当ね。サラマンダーの男性プレイヤーが、とても手際よく料理して、後から来た女性プレイヤー達が絶賛していたですって」


 それ絶対、あの時作業館にいたプレイヤーの書き込みだよね。メッチャ羨ましそうにトーマの料理見てたし。


「早くも色々と反応してるわね。うどんはどこで売ってるんだ、ですって」

「キノコもそうだね」

「あっ、乾燥野菜は皆の前でやっていたから、その様子が書き込まれているわ」

「さすがはトーマ、早くも注目の的だね」


 たぶん本人は気づいてないだろうけどね。


「そういう問題じゃないでしょ。心配だから一旦戻った方がいいんじゃない?」

「大丈夫だと思うよ。だってトーマだもん」


 ゲーム以外は割とテキトーな僕とは違って真面目だし、良くも悪くもマイペースだから周りが騒いでどうこうってことは絶対に無い。

 この三人と出会う以前、小学生の頃だったかな。体が大きくて力が強いのをいいことに好き勝手やっていたいじめっ子相手にもマイペースを崩さず、結果として唯一抵抗していた形になっていたぐらいだからね。

 ちなみにその結末は、怒った相手の子がやり過ぎちゃってトーマが大怪我。学校どころか教育委員会案件になって、一時期地元では騒ぎになったんだよね。

 検査のためトーマは入院しちゃったし、激怒したトーマのおじいさんがお玉を片手に相手の下へ怒鳴り込もうとしたし、人前で目撃者多数だから相手は平謝りするしかなくて、最終的にいじめっ子は親子共々引っ越しして転校しちゃった。

 まあ本人は当時のことなんて、今ではまるで気にしてないけどね。


「その謎の信頼感はどこから出てるのよ」

「幼馴染だからこそだよ!」

「……はぁ」


 現実同様に悲しいほど薄い胸を張ってドヤ顔で答えたら、何故かメェナは溜め息を吐いて呆れて、カグラとセイリュウは苦笑いを浮かべた。

 大真面目に答えたのに、なんで?


「ん。気配察知にモンスターか引っかかったわよ」


 おっ、今度は何のモンスターかな?

 構えていたら、目の前に出てきたのはノンアクティブモンスターのエアピッグだった。

 見た目は一昔前にアニメ化までされたっていう、書いた文章や描いた絵が本当になる日記帳から現れた豚そっくりだ。


「なんだ、こいつなら放っておこうよ」


 ノンアクティブモンスターでも攻撃したら戦闘になるけど、こいつの場合はHPが半分を切ると高確率で逃げる。

 大きな鼻の穴から強風を吹き出して、ものすごい勢いでバックしながら逃げるんだ。だから別名、ロケット豚なんて呼ばれてる。

 ちなみにそれを攻撃にも使ってくるんだけど、さほどダメージは受けず、数秒足止めをする程度なんだよね。

 だからもうちょっとで倒せるってところで逃げられる可能性が高いし、そもそも倒しても経験値や得られるお金が微々たるものだから無理に戦う必要も無い。

 よって、僕達もこいつはスルーしよう。


「そうね。囲めば逃走を阻止できるらしいけど、そこまでする気はないわね」

「バイバイ、豚さん」


 メェナもカグラも戦意を見せず、このまま無視して進もうとした。


「ねぇ、確かエアピッグって豚肉をドロップするんだよね?」


 このセイリュウの一言を聞くまでは。

 僕だけでなくメェナもカグラも足を止め、エアピッグへ視線を固定する。


「プイ?」


 円らな瞳をこっちへ向けて首を傾げるけど、今の僕達にはそれを可愛いと思えない。

 今の君はそう、肉だ。美味しい料理の材料になる豚肉なのだよ。

 料理スキルが無ければ狙う意味は無く、料理スキルがあっても上手く料理できなきゃ意味が無いということで、今のところは売る以外に使い道が無いと言われている豚肉が、僕達には必要なのだよ。


「生姜焼き……」

「酢豚はまだ無理だろうけど、肉野菜炒めなら」

「小麦粉はあるから、肉まんかシュウマイか餃子は作れるかしら?」


 それぞれが好きな料理を口にしながら、ジリジリとエアピッグとの距離を詰める。

 アクティブモンスターなら襲ってくるところだけど、ノンアクティブモンスターだから何もしてこない。

 僕はそうだな……春巻きがいいかな。


「プ、プイ?」


 フッフッフッ。どうやら僕達の食欲に気圧されているみたいだね。

 でも、もう遅いよ。今から君は僕達の食料になるんだよ!


「囲めぇっ! 豚肉狩りじゃー!」

「「「おぉぉぉぉっ!」」」

「プイー!?」


 フハハハハハーッ! 肉じゃ肉じゃ、僕達には肉が必要なんじゃー!


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蒸し器買えなかったの見てただろw 蒸し料理をねだるんじゃねぇw
[気になる点] 導入のわりに簡単に美味しいものができて違和感ありすぎる 普通に作ってもまずいから、芋虫から抽出した苦みを利用するとか、そういう系統かと思った
[良い点] 豚肉はまだ売ってなかったなあ。 確保〜!
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