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継続は大事


「ふっふっふっ。お前に会いたかったぜ」


 悪魔みたいな尻尾を揺らして得意気な表情で腕組みする、名も知らぬ少年の登場に周囲はざわついてる。

 どうでもいいけど料理の邪魔はしないでくれよ。

 ひとまず声を掛けられて止まってたコンの実の下処理を続けよう。

 茹でた時に爆発しないよう、皮に切れ目を入れてっと。


「おい、なんとか言えよ! 俺が一人芝居してるみたいじゃねぇか!」


 煩いな。周りに迷惑だろ。


「そもそも、お前は誰だ」


 乾燥野菜と干し肉を煮込んでる鍋と一緒に火に掛けた別の鍋の蓋を取り、沸いたお湯で下処理の終わったコンの実を茹でる。


「おっと、名乗るのを忘れてたな。俺の名はブレイザー。そう遠くない未来に、その名を世界に轟かせる名シェフになる男だ」


 少年が名乗った途端に周囲のざわめきが大きくなった。

 しかしなんだろう、強気でライバル気取りでプライドが高い割に主人公かその仲間にあっさり敗北する、料理漫画に出てくるモブキャラ的な自己紹介は。

 だけど本人は満足気だから、気にせずスープの灰汁取りを続けよう。


「ここではインプの坊ちゃんなんて呼ばれてるが、いずれはインプの名シェフと呼ばれるだろう」


 周りからやっぱりとかあいつが、なんて話し声が聞こえる。

 なんか有名人っぽいけど、今の最優先事項は目の前の料理だ。

 灰汁を取ったらシュウショウの皮を剥いて、すり潰しやすいように細かく刻む。


「だから聞けっ……」


 なんかシュウショウを刻む俺の手元を見たら固まった。

 よく分からないけど、静かなうちに調理を進めよう。

 刻んだシュウショウをすり鉢へ入れたら鍋の方へ行ってスープに浮いた灰汁を捨て、茹で上がったコンの実をトングで取って網をセットしたバットに置いて冷ます。


「ふ、ふん、なかなか良い包丁使いじゃないか」


 腰に手を当てて強がりみたいなのを言ってるけどスルーして、真っ二つに切ったシュトウからスプーンで果肉を取り出してすり鉢へ入れる。


「だから聞けよ!」


 シュトウの渋皮を処分したら、ここで一旦鍋の味見。

 お玉で小皿にとって味見すると、まだまだ煮込みが足りないからもうしばらく煮込もう。

 茹でたコンの実は……触れるくらいには冷めたから、まな板へ移して皮を切り取る。


「無視するなって!」

「話は聞いてるぞ。インプの坊ちゃんって呼ばれてる、そう遠くない未来にその名を世界に轟かせる名シェフになる予定のブレイザーだろ。俺の名前はトーマだ」


 調理しながらでも声を聞き取れないと、昼時の次から次へ注文が飛び込んでくる時とか、夜に飲みに来た酔っ払い共が騒いでる時とか、調理音や指示の声が響く厨房内にいる時とかに対応できないからな。


「き、聞いてんならいいんだよ」

「それで、何の用だ?」


 皮を剥き終えたコンの実はすり鉢の上で包丁を入れ、溢れ出る果汁を先にすり鉢へ入れたシュトウの果肉と刻んだシュウショウへ掛ける。

 せっかく溢れるほどの美味い果汁があるのに、それを使わないのは勿体ない。

 果汁が出切ったらコンの実を切り分け、これもすり鉢へ入れる。


「べつに大したことじゃないさ。赤の料理長とか呼ばれて調子に乗ってる奴が、どんな奴か見に来ただけだ」


 調子に乗った覚えは無いぞ。

 そもそも、そんな風に呼ばれてる事すら知らなかったんだから。

 もしも無意識のうちに調子に乗ってたんだとしたら、それは反省しよう。


「それで、自分の目で見た感想は?」


 鍋の様子を一度確認したら、すり鉢へ入れた三種の果実をすりこぎで軽く叩いて潰す。

 ある程度形が残ってる状態になったら叩くのをやめ、すり潰しながら混ぜていく。

 コンの実の果汁を加えたお陰か、思ったよりも混ぜやすい。


「色々と噂があるから楽しみにしてたが、思っていたほどじゃないな」

「そりゃあ、噂ってのは大抵が誇張されてるものだからな」


 手元の作業を続けたまま、横目で鍋を確認。

 パッと離れて火加減を調整したら、すり潰す作業へ戻る。


「なんだ、張り合いの無い。言い返すくらいしないのか」

「誇張された噂で作られた想像上の虚像に劣るって文句に対して言い返しても、現実は変わらないからな」


 すり潰しながら混ぜ続け、ドロドロした状態になったらスプーンで取って味見。

 おっ、いいねこれ。

 コンの実とシュトウの甘さが主張しあってるけど、シュウショウのほのかな甘さが双方を繋いで調和させてる。

 しかもどれも自然な甘さだから、三種が絡み合うとホッとして気分が安らぐ。

 ただ、ドロドロ感が強くて飲みづらい。

 コンの実の果汁だけでいけるかと思ったけど、やっぱり牛乳を加えよう。


「難しい事を言って誤魔化そうとするな!」


 別に誤魔化そうとしてないし、そんなに難しい事か?

 見た目だけで判断するなら年下みたいだから、分かり難い言い方だったかな。


「とにかく! お前が調子に乗ってられるのも今のうちだ。いずれ俺がUPOにおける料理の世界を席巻し、現実でもそれを成し遂げてみせる!」


 あー、うん。

 どうやら彼は料理が上手くて調子に乗ってるお年頃なのかな。

 俺にもあったな、そんな頃が。

 一通りの料理が作れるようになって変な自信を持って、それを察した祖父ちゃんと父さんに現実を教えられたっけ。

 そんな過去を思い出しつつ、牛乳を加えたすり鉢の中身を混ぜる。


「まあ頑張ってくれや」

「ふん、何も言い返さないとはやはり噂は当てにならないな。白のお嬢とやらの勝負に乗らなかったのも、腕に自信がないからだろ」


 そういえばそんなこともあったな。

 あいつ、今はどこで何やってんだろ。

 さて、なんちゃってスムージーの味はどうだ?

 スプーンで一口味見すると、牛乳のお陰で味がまろやかになってる。

 しかもドロドロ感も弱まったから、コップで飲めそうだ。



 牛乳入り果実スムージー 調理者:プレイヤー・トーマ

 レア度:3 品質:7 完成度:91

 効果:満腹度回復4% 給水度回復3%

    魔力+3【2時間】 知力+3【2時間】

 シュトウの果肉と刻んだシュウショウと茹でたコンの実を使用

 主張の強いシュトウとコンの実の甘さをシュウショウがまとめる

 加えられた牛乳が味わいをまろやかにして、飲みやすくなってます




 これをシュトウジャムパンと出したら、絶対にカグラは大喜びだろう。

 ……またハラスメント警告が出る行動を取りそうだから、気をつけないとな。

 だけど役得でもあるから悩みどころだ。

 まあそれは後で考えることにして、今はこれをいつでも飲めるようにコップへ注いでおこう。


「ほう、それがお前の料理か。どれ、この俺が味見を」


 させるわけないだろ。

 これはダルク達のために作った料理だから、コップへ注いだらすぐにアイテムボックスへ入れる。


「おい、なにするんだ!」

「これは仲間達のための食事だ。無関係の奴にはやらん」


 スムージー入りのコップをアイテムボックスへ入れたら、スープを煮込む鍋へ向かう。

 おっと、また灰汁が浮いてるから取らないと。


「この俺が味見してやるって言ってるんだぞ!」

「味見なら自分でするから結構だ」


 灰汁を取り除いたスープの味は……よし。

 これで干し肉と野菜のスープが完成だ。


「お前、何様のつもりだ」

「そっちこそ何様のつもりだ」


 人が作った料理を、注文をしたわけでも貰う立場でもないのに手を出そうとしやがって。

 火を止めたらスープの一部をボウルへ移し、鍋ごとアイテムボックスへ入れる。

 自前の鍋で調理しておいて良かったぜ。


「ぐっ、ちょっと有名だからって偉そうに」


 どの口がそれを言うんだか。

 次は白菜代わりのキャベツとニンジンとネギとタマネギとピーマンとニラ、それとタックルラビットのモモ肉を取り出す。


「そうか、俺の腕を知らないからそんな態度を取ってるんだな。だったら俺の腕を見せてやる!」


 別にお前の腕を見る気なんて、これっぽっちも無いぞ。

 自分勝手に演説をするブレイザーに呆れつつ、用意した肉と野菜を一口大に切っていく。


「今回は特別に、お前の指定する料理を作ってやろう。さあ、何でもいいから言ってみろ!」


 いい加減にしてくれないかな。

 さっきからカッコつけたようなポーズや仕草しててうざったいし、そこまで自信があるならやってもらうか。

 おっと、キャベツの芯も捨てずに刻んでおかないと。


「ならタマネギとニンジンとピーマンとキャベツ、それからもやしを使った野菜炒めを作ってくれ」

「なんだ? そんな簡単なのでいいのか?」


 簡単ね……。


「ああ。味付けは塩のみで、油も同じ種類を使って五人前作ってくれ」

「五人前?」

「そうだ。ただし五人前を一度に作るんじゃなくて、一人前ずつ順番に作れ」

「ふん、それぐらい楽勝だ。材料を買ってくるから、逃げずに待ってろよ!」


 材料を切りながら作業場を出るブレイザーを見送る。

 さっ、静かなうちに調理を進めよう。

 材料を切り終えたら、次はネンの実の皮を剥いてすりおろす。

 そしてフライパンに少量の油をひいて熱したら刻み麺を軽く炒め、皿へ盛ったらアイテムボックスへ入れるのを人数分繰り返す。

 次は肉と野菜を火が通り難い順に炒め、火が通ってきたらボウルに取っておいたスープをお玉で注ぎ、ここへすりおろしたネンの実を加えて炒める。

 徐々にとろみがついてきたら塩胡椒で味付けして、これをアイテムボックスから出した軽く炒めた刻み麺の上に掛けて、中華丼もどきの完成。




 あんかけ刻み麺 調理者:プレイヤー・トーマ

 レア度:3 品質:6 完成度:85

 効果:満腹度回復30%

    HP最大量+30【1時間】 体力+3【1時間】

 肉と野菜を使った熱々の餡を刻み麺へ掛けた

 中華丼のようなあんかけ焼きそばのような、判断に困る一品

 だけど美味しいので問題無し




 なんで説明文が判断に困ってるんだよ。

 味見したら美味いし、餡は熱々でトロトロだからいいんだけどさ。

 さて、ダルク達の分も作ろう。

 残ってる肉と野菜を炒め、スープを加えてとろみを付けてを繰り返してダルク達の分を作り上げていく。

 最後の一皿をアイテムボックスへ入れてたら、ブレイザーが戻ってきた。


「ふっふっふっ、逃げずに待ってたのは褒めてやろう。俺の腕前、とくと見せてやる!」


 そう言って空いてる作業台で調理を始めるブレイザー。

 ダルク達から戻るって連絡はまだ入ってないし、今のうちの他の仕込みをやっておこう。

 買ってきた川魚を捌いて鱗と皮を取った身、それから頭と中骨に臭み取りのため塩を振っておく。

 次いでサンの実の果汁を酢のように加工した際に出た皮を刻んで、黒ゴマと一緒に軽く炒ったら刻んだ唐辛子と粉ビリンとすり鉢で合わせ、すり潰しながら混ぜる。

 チラリとブレイザーを見ると、ちゃんと一人前ずつ調理してるようだ。


「くくくっ、俺に抜かりはないぞ。一人前を作ったらすぐにアイテムボックスに入れるから、先に作ったのが冷めてるなんてことはない!」


 得意気な表情と喋り方で二皿目の調理をする手際は悪くない。

 包丁で材料を切る速さ、フライパンを振る動作、どれも言うだけのことはある。

 だけどあの様子を見るに、問題は後半の三皿かな。


「この調子でガンガン作ってやるよ」


 ニヤニヤ顔で調理を続けるブレイザーへ時折視線を向けつつ、すり潰していたものを味見して瓶に詰める。

 これで七味唐辛子ならぬ、四味唐辛子の完成。




 四味唐辛子 調理者:プレイヤー・トーマ

 レア度:2 品質:6 完成度:81

 効果:満腹度回復1%

    俊敏+2【1時間】

 唐辛子を中心にした辛味の調味料

 七味には三味足りなくて一味には三味多い

 炒った黒ゴマとサンの実の皮が香りを、粉ビリンが痺れを演出




 これがあればメェナは喜ぶかな。

 俺の好みで調合したけど、後でメェナにも意見を聞こう。

 こいつもアイテムボックスへ入れたら、塩を振っておいた川魚の頭と中骨と身を洗って塩と臭みの原因の水気を洗い流す。

 そして乾燥スキルで表面を乾かしたらアイテムボックスへ入れる。


「二皿目上がり、この調子で次だ!」


 向こうも進んでるか。

 ならこっちも別を作っておこう。

 キャベツを洗って千切りにしたらボウルへ入れて、塩とよく一緒に混ぜて水分ごと瓶へ詰めて蓋をしてしっかり固定。

 これを発酵スキルで発酵させたら、前にも作ったザワークラウトの完成。

 さらに熟成瓶へ酢のようになったサンの実の果汁を注ぎ、塩と砂糖と刻んだ唐辛子を少々加えたら、ニンジンとピーマンを細長く切ったものをこの調味液へ漬けておく。

 キュウリも同じように細長くして漬けたいけど、グニャグニャで形が悪くて細長く切れないから、熟成瓶へ入れられるように切ったら調味液へ漬けておく。

 このまましばらく放っておけば、ピクルスになるはずだ。


「ほい三皿目! 残り二皿だ!」


 今回の調理はここまでにしよう。

 後片付けを済ませたら椅子に座り、さっきまでは調理の合間にチラ見してたブレイザーが調理する様子をじっくり見る。

 やがて四皿目も作り終え、五皿目を調理してる時にダルク達から戻るってメッセージが届いた。


「できたぞ!」


 了解のメッセージを送り終えてすぐにブレイザーが調理を終え、アイテムボックスから先に作った四皿を出して並べた。


「どうだ、俺にかかればこんなもん楽勝だ」


 どの野菜炒めもパッと見は遜色が無いように見える。

 でも、他の要素はどうかな。


「これから味見するけど俺だけじゃ信用できないだろうし、野次馬から四人選べ」

「ふん、いいだろう」


 終始見物してた野次馬の中からブレイザーが四人のプレイヤーを選ぶ。

 選ばれたのは青年と少女と若い女性、それから中年男性。

 その人達へアイテムボックスから出した箸を渡して、作った順に試食を開始する。

 先入観を持つと拙いから、情報の確認は無しだ。


「うん、美味い!」

「野菜がシャキシャキしてる」

「塩加減もちょうどいいわね」

「火の通し具合もいいから、野菜が甘いな」


 他の人達の言う通り、火の通し具合も食感も味も香りも文句は無い。


「当然だ。この俺が作ったんだからな」


 野次馬がやたら緊張した様子で見守る中、全員で水を飲んで口直しをしたら二皿目を試食。

 こちらも良い出来で、選ばれた四人の反応も良い。

 さて、三皿目は……あぁ、やっちゃったか……。


「えっ?」

「うん?」

「あれ?」

「おやっ?」


 どうやら彼らも気づいたようだ。


「うん? どうした、何かあったか?」


 俺達の反応の変化にブレイザーが声を掛けてくる。


「いやその、さっきの二皿より美味しくないなって」

「はぁっ!?」


 中年男性の返事にブレイザーは、思わずといった感じの声を上げた。


「何を言ってるんだ、そんなはずがないだろ!」

「本当ですよ。なんか歯応えが変だし、少ししょっぱい気がします」

「俺もそう思う」

「私も」


 反論するブレイザーに、他の三人も同意見だと告げる。


「そんな馬鹿なことがっ! ……えっ?」


 信じられずに箸を取り出して食べたブレイザーの表情が驚愕に包まれた。

 どうやら自分でも、味と食感が変だと気づいたんだろう。


「なんで、どうしてこうなった……」

「四皿目と五皿目も食ってみな。それよりもずっと酷いぞ」


 先に四皿目と五皿目を食べた俺がそう告げると、押しのけるようにしてブレイザーが残る二皿を食べて驚愕し、選ばれた四人もそれらを食べて表情を曇らせる。


「これがインプの坊ちゃんの料理なのか?」

「私の方がもう少しマシなのを作れるわ」

「こっちはもっと美味しくない」

「最初の二皿は凄く美味かったのに」


 周りの野次馬も低評価に動揺を隠せず、大きなざわめきが起きてる。


「どういうことだよ、これは!」


 怒って作業台を叩くブレイザーは分かってないようだけど、理由は明白だ。


「経験不足と集中力の低下だな」

「はぁっ?」


 分かってなさそうな表情のブレイザーへ、順を追って説明する。

 一皿目と二皿目の時は気が緩んでなかったから、集中して良い出来に仕上がった。

 だけど三皿目から集中力が低下して気持ちが緩んだことで、料理がその影響を受けた。

 味が落ちた原因はそこにある。


「調理してる時の表情と様子を見てたけど、三皿目を作ってる時にこう思ってたんじゃないか? どんな作り方をさせても、俺が作る料理は全部美味いって」

「ぐっ」


 図星か。

 集中力が低下したところへ、そうした気持ちの緩みが顔を覗かせたから野菜をフライパンへ入れるタイミングを誤った。

 結果、火が通り難い食材はまだ火の通しが不十分でやや固く、逆に火が通りやすい食材は火が通り過ぎて食感が弱い。

 さらに加える塩の量を誤ったから、先の二皿に比べてしょっぱくなった。

 四皿目を作ってる時は面倒そうな表情で溜め息をしてたから、精神的な疲れが出たんだろう。

 油の量まで誤って油っぽくなった上に、野菜から水分が出て食感と味がより悪くなってしまった。

 五皿目に至ってはこれまで以上に表情が緩んでたから、ようやく終わるって気持ちでも出たんだろうな。

 集中力がさらに低下したから、油と塩の量や火加減や野菜を入れるタイミングがますます適当になって、まるで素人が初めて作ったような味になった。

 調理してる表情と様子からして、こんなところだろう。


「経験を積んでれば少々気が抜けても体が覚えてるから、ある程度はなんとかなる。だけど君にはそれが無いし、集中力も気持ちも二皿目までしか保てなかった。それがこの結果だ」


 一度に五人分を作るならともかく、一人前ずつ五人前を作らせるとそれがよく分かる。


「で、でも」

「シェフになるってことは、一日に何皿も料理を作るんだぞ。しかもただの料理じゃなくて、代金を取れる美味い料理をだ」


 反論されるより先に強い口調で制し、三皿目から五皿目を指差す。


「こんな料理で客からお代を取れるのか?」

「うぅっ……」


 取れるはずがない。

 それが分かってるからこそ、言葉に詰まってる。


「予約客だけの営業形態でない限り、お客はいつ来てどんな注文をするか分からない。おまけに混雑時は次から次へバラバラの注文が入ってくる。それでも味に大きなブレが出ないように美味い料理を提供するのが本職なんだよ」


 作ったもの全てを完全に同じ味にするのは無理でも、ブレを可能な限り小さくして美味い料理を客へ出し続ける。

 せめて営業時間中はこれができないと、お代が取れる料理を作れるようになったとは言えない。

 自分達がいる場所に立ちたければ、それができるようになれ。

 これが作れる料理が増えて調子に乗ってた頃、祖父ちゃんと父さんにやらされて教えられたこと。

 本職を目指す上で大切な、料理以外のとても大事な要素の一つだ。


「シェフを目指すのなら単に美味い料理を作れるんじゃなくて、それを百皿でも二百皿でもほぼ同じ味に仕上げられるようにならなくちゃ、話にならないぞ」


 俺が実家の店で出していいと許可を得た料理は、それが出来るようになったと認められた料理だからだ。

 言い換えれば、他はまだその域に達してない。

 だからここで作ってる食事は、できる限り五人前を一度に作らず個別に作って訓練してるんだ。


「う、うるせぇっ! このくらいで勝った気になってるんじゃねぇぞ、バーカ!」


 そんな捨て台詞を吐いてブレイザーは作業場から出て行った。

 素直になれない年頃なんだろうけど、本気でシェフを目指すなら反発心からでもいいからこれが出来るようになってほしいものだ。


「ただいまー、トーマー!」

「うふふふ。お肉と卵をたっぷり仕入れてきたわ」

「ハーブや木の実もバッチリ」

「あら、その野菜炒めはどうしたの?」


 おっと、ダルク達が帰ってきたか。

 さあ、飯にしよう。

 ちなみにブレイザーが置いてった野菜炒めは、あまり美味くない三皿目から五皿目も含めて野次馬達によって綺麗に全部いただかれた。

 ゲーム内とはいえ、食材を無駄にしないのは良い事だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鉄鍋のジャンであった「料理店の料理」の話を思い出しました。 この話とは逆に「大鍋で大量に作る宴会料理」で工程等は超絶技巧がいるわけでもないけど、「材料が多いから大量に水分が出る」ため 塩加減…
[一言] 現実だと肉体的疲労もあるしほんと頭が下がるおもいだわ
[一言] 無断で人様のものを食べようとするのは良くないな その上逆切れ それに大人の対応して、料理人に大事なことを教える 主人公の器の大きさ
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