食材調達
金が金がとミミミが騒いだこともあり、通常ならイフードードーと折半で出すはずだった情報料はイフードードーが七割を出した。
余分に出した二割はミミミがイフードードーから借金した形となり、返済のために検証を進めて金を稼がなくちゃとミミミは張り切ってる。
「ちゃあんと稼げよ。あんまり返済が遅いようなら、容赦なく取り立てに行くかんな」
特攻服を着た鬼人族のイフードードーが怖い笑みを浮かべてそんなことを言うと、非合法の金貸しみたいだ。
「あなたがそう言うと、ヤバいとこからお金を借りた気分になるからやめてくれない!?」
「くはっはっはっ。なぁに、ちゃあんと返せば文句はねぇよ。同業者のよしみで無利子なんだ、きっちり返せよ」
「だから、そういう言い方やめてって!」
悪ノリしてるなイフードードー。
そう思いつつ情報料を貰ったら作業館前で二人と別れ、俺達もそれぞれの目的のため一旦別れた。
俺はそのまま転移屋へ行き、まずはファーストタウンへ転移。
ポッコロへこれから畑へ行く旨をメッセージで伝えると、用事があるからもう少し後にしてほしいと返信が届いた。
了解の返事と一緒に都合が良くなったら連絡をくれと書いたメッセージを送り、別へ買い出しへ向かう。
まず立ち寄ったのはベジタブルショップキッド。
受付カウンターにいるマッシュとその祖父ちゃんに出迎えられ、余り物のエリンギとホウレンソウを購入。
この後でポッコロとゆーららんと会う予定だから、その時にまた分けてやろう。
無論、育ててもらって安定供給へ繋げるために。
「兄ちゃん、フライドも会いたがってたから行ってやれよ」
「ああ、この後で寄ってみるよ」
今日はフライドの所にも立ち寄る予定だからちょうどいい。
マッシュに見送られて店を出たら、そのままフライドのいるフリーショップへ。
久々の再会に軽く言葉を交わしながら商品を見渡すと、相変わらず見た目は悪いけど品質は良い物ばかり並んでる。
その中で目に止まったのは、グニャグニャに曲がったキュウリと日焼けしたズッキーニと形の悪いサツマイモ。
これらも購入し、一部をポッコロとゆーららんへ渡すことにした。
結果的には二人と会うのが後回しになって良かったな。
次に料理ギルドと製薬ギルドで足りなくなってきた食材や薬草を買い足してたら、用事が済んだから会いましょうという連絡がポッコロから入った。
食材を栽培してくれたお礼に料理をご馳走したいから、合流場所に作業館を指定して向かうと二人は既に作業館前にいた。
「お兄さん!」
俺を見つけるや、嬉しそうに尻尾と両手を大きくブンブン振るポッコロが微笑ましい。
「待たせたな」
「いえ、それほど待ってませんから大丈夫です。それよりも、これが例のブツですから確認してください」
くくくっと笑いながら悪い取り引きっぽくゆーららんが言ってるけど、出されたのはザルに盛られたそら豆とシイタケとナス。
さらにポッコロからは、ニンニクを育ててたらこんなのも収穫できましたと、ザルに盛られた葉ニンニクとニンニクの芽も見せられた。
この二つは欲しい。
中華に関わってる身としては、欲しくないはずがない。
「その二つもくれ。お返しに、俺からはこれを出すから」
せっかくだからゆーららんのノリに付き合って、ふふふっと笑いながらマッシュのところで買ったエリンギとホウレンソウ、それとフライドのところで買ったキュウリとズッキーニとサツマイモを出した。
「わぁっ! お兄さん、これどうしたんですかっ!?」
一人だけ悪ノリせず、素直に喜ぶポッコロの満面の笑みが眩しい。
「ある店で入手したんだ。欲しい人」
「「はいっ!」」
二人揃って元気よく挙手をしたので、一部を進呈。
お礼はこれまでと同じく、安定した生産が可能になった際の優先的な販売権で交渉成立。
そして今回受け取る野菜の代金は、何か料理をご馳走してくれればタダでいいと言われた。
元々お礼にご馳走するつもりだったと説明しても、それでいいと言うのでこちらが折れて承諾する。
「本当にいいのか?」
「はい。実はお兄さんが入手した野菜をこうして分けてくれるお陰で、色々と良いことがあったんです」
なんでも、まだ星座チェーンクエストで香辛料の店へ辿り着いてない料理プレイヤー達が唐辛子とニンニクを購入しにきたり、今回くれた野菜を購入したいと料理プレイヤーや農業プレイヤーが交渉しにきたりしてるらしい。
それだけでなく、農業ギルドへ卸せる品が増えて貢献度が上昇したお陰で、畑を拡張したり数を増やしたりできるようになって生産量が増えて儲かってるそうだ。
さらにこれはボイチャで教えてくれたことだけど、現在の農業ギルドへの貢献度だと購入できない野菜を入手して、それをギルドで種や苗と交換し続けたことでベジタブル・パイオニアという称号を二人揃って授かったようだ。
「これがその称号です」
称号【ベジタブル・パイオニア】
解放条件
現時点の貢献度で購入不可能な野菜の種や苗を、実物との交換で5種類入手
報酬:賞金2000G獲得
ポイント2点取得
効果:現在の貢献度では購入できない種や苗をギルドで交換時、貢献度が上昇
所持者の運を+2する
ほうほう、こういう称号もあるのか。
これは現時点の貢献度では買えないって条件だから、俺のようなユニークタイプじゃなくて誰でも入手可能なタイプか。
良いものを見せてもらえたから、ボイチャを継続してるうちにクッキング・パイオニアの称号を見せてやった。
「ユ、ユニークタイプの称号なんて、初めて見ました」
「お兄さん、凄いです!」
驚くゆーららんと、目をキラキラさせてこっちを見つめるポッコロ。
なんだかポッコロの中で俺の株が爆上がりしてる気がするけど、気のせいだろうか。
「普通、料理人はレシピを秘匿するものなのに、よくギルドへ提供しましたね」
「隠すようなレシピじゃないからな。それになんでもかんでも秘密にするんじゃなくて、公開した方が色々な変化を見られるだろ」
実際料理の世界でも、秘密にしてるのはソースやタレや味付けの方法くらい。
料理そのものの作り方は秘密にしてないし、スープ作りだって分量や要の食材以外は公開してる場合がある。
「今ある数多の料理だって、作り方を隠してなかったからこそ、過去からずっと伝わってきて色々な形に変化してるんじゃないか」
変化の理由だって地域性とか時代の流れとか生活環境とか多種多様。
それこそ、作り手の好みや思い入れで変化することだってある。
昔と同じ味を守るのも大事だけど、そういった何かしらの理由で変化していくのも料理の魅力で醍醐味だと思う。
「秘密にするだけが全てじゃない、ということですか」
「そういう考え方もあるんですね」
「そういうこと」
納得してもらえたところで作業館へ入り、空いてる作業台とオーブンを借りて作業場へ入る。
「おいあれ」
「えっ、まさか」
「セカンドタウンにいたんじゃ」
慣れてきた周囲のざわめきを聞き流し、作業台の前に立って前掛けとバンダナを表示させる。
「それでお兄さん、今回は何を作ってくれるんですか?」
「酢豚ならぬ酢兎。それとジャムパン」
変な組み合わせだけど、最近はダルクが好きな揚げ物やメェナが好きな辛いものやセイリュウが好きな麺類だったから、そろそろカグラが好きな甘いものを用意してやりたいんだ。
どちらも後でダルク達が欲しがるだろうから、たっぷり作っておかないとな。
「んじゃ、始めるか」
まずはジャムの仕込みから。
使うのはガニーニのところで入手したシュトウ。
仕込みの手伝いをした時に教わった通りの手順で果肉をボウルへ取り、ここへ果肉の半分くらいの量の砂糖を加えてそっと混ぜる。
「えっ、そんなに砂糖を使うんですか?」
「調べたらそうあったんだ。なんでもこうすることで、保存性を高めるとか」
そういうことだから、果肉と砂糖を混ぜたらそのまま寝かせる。
「んじゃ、寝かせてる間に酢兎だな」
最初にタレの準備をしておく。
タレはシンプルに、水と塩と砂糖、酸味を付けるために熱して冷ましたサンの実の果汁を混ぜるだけ。
味見して好みの甘酸っぱさになったら、後で加えるネンの実をすりおろしておく。
続いてタックルラビットのモモ肉を一口大に切り分け、鍋に油を注いで加熱。
その間に他の材料、ニンジンとタマネギとピーマン、それと皮を剥いたシュウショウを一口大に切っておく。
切り終えたら小麦粉を撒いて油の温度を確認。
良さそうな温度だから、タックルラビットの肉へ塩と胡椒と小麦粉を薄く纏わせて揚げ、揚がった肉は網をセットしたバットへ置いて油を切る。
次いで他の材料を軽く素揚げにして、旨味を閉じ込めると同時に食感を残した状態にしたら、これも網をセットしたバットに置いておく。
「揚げる時の音っていいよな」
「やっぱりあの人、本物じゃないか?」
具材を揚げ終わったら油を薄く敷いたフライパンを熱してタレを入れる。
タレに気泡が出てきたらすりおろしたネンの実を加え、とろみがついてきたら火加減を少し弱めて具材を投入。
タレを絡めながら炒めていく。
「くっ、甘酸っぱい良い香りがする」
「ちょっとログアウトして、近所の中華屋行ってくる」
「だから、なんでうちの近所にはラーメン屋しかないんだ!」
一度揚げてあるから火を通しすぎないよう、手早く調理したら皿へ盛って完成。
酢兎 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:6 完成度:87
効果:満腹度回復23%
MP最大量+20【1時間】 俊敏+2【1時間】
豚肉の代わりに兎肉を使ったので酢兎
余計な味付けをしてない分、酸味と甘味と具材の旨味がよく分かる
パイナップルはありませんがシュウショウも良い味してます
「「わー!」」
目を輝かせて身を乗り出すポッコロとゆーららんへ出す前に味見。
うん、酸味と甘味が利いてて美味い。
中華桐谷では香りを出すために塩を少なめにして醤油を加えてるけど、無しでも良いじゃないか。
そして説明の通り、シュウショウが良い味してる。
食感が芋に近いから試しに使ってみたけど、ホクッとした食感と軽い甘さがタレと合ってる。
これ、シュウショウを大学芋風にしても美味いかも。
「お兄さん!」
「どうなんですか!」
おっと、二人がお待ちかねだ。
「大丈夫だ。ほら、食ってくれ」
「「いただきます」」
添えて出した箸を使って一口食べたら、それだけでポッコロもゆーららんも幸せそうな笑みを浮かべた。
「美味しいです!」
「このお芋なのかバナナなのか、なんかよく分からないのも美味しいです!」
よく分からなくとも、美味ければそれで良し。
ダルク達の分を作りながら、美味そうに食べる二人の笑い声に耳を傾ける。
うんうん、作った料理を美味そうに食べてくれる人の声は何度聞いても嬉しい。
周りの騒いでる声なんかより、そっちの声の方がよく聞こえるくらいだ。
「あっ、もしもし。俺だ、お前酢豚作れる?」
「くそっ、あいつログインしてないのかよ」
「材料が足りないから無理? 集められる材料なら集めるから、足りない物を教えてくれ」
「おい皆、これから豚肉を狩りに行くぞ!」
さて、ダルク達の分も完成っと。
全部アイテムボックスへ入れたら、酢兎作りに使った道具を片付けてジャムパン作りに取り掛かる。
砂糖を加えて寝かせておいたシュトウの果肉から水分が出てるから、これを鍋へ移して火に掛けて煮込む。
イチゴだと一晩寝かした方がいいってあったけど、シュトウだから早く水分が出たのかな。
そう思いつつ焦げないように混ぜながら煮込み、灰汁が出てきたら丁寧に取り除く。
「今度は甘い香りが」
「ダイエット中なのに……」
「ここで我慢しないと、血糖値が……」
煮込み続けて灰汁が出なくなったらスプーンですくい、息を吹きかけて冷ましたら味見。
うぉっ、軽く噛んだだけで果肉が崩れてジュワッと強い甘味が溢れ出る。
そういえば、シュトウは加熱したら甘味が強くなるけど食感が弱くなるって教わったっけ。
しかしこれだと固さが足りなくてパン生地で包みにくいし、普通にジャムとして使うにも食べづらそうだから、急遽すりおろしたネンの実を少量加えて混ぜる。
徐々にとろみがついてきたら再度味見。
さっきより固さはあるけど、加えたのが少量だから味に影響は無いのを確認したら火を止める。
これならポッコロとゆーららんだけでなく、甘いもの好きなカグラも喜ぶだろう。
シュトウジャム 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:5 完成度:81
効果:満腹度回復6%
MP自然回復量+1%【1時間】
熱すると甘くなるシュトウを砂糖で煮て作ったジャム
単体だと少々甘味が強いので、パンやクラッカーと一緒にどうぞ
表示内容にも問題は無いようだから、冷ましてる間に生地を作ろう。
ジャムの甘味を味わってもらうため、材料はシンプルに小麦粉と水と塩と砂糖だけにしてよくこね、まとまって艶が出てきたら発酵スキルで膨らませる。
生地のガス抜きをしたら、パン一つ分の生地を包丁で切り取って丸めておく。
生地の準備ができたらオーブンを一度熱しておき、その間に生地をローラーで伸ばしてスプーンでジャムを取って包む。
そうしてジャムを生地で包み終えたら、発酵スキルで軽く発酵させて二次発酵も完了。
これを温めておいたオーブンで焼いたら完成だ。
シュトウジャムパン 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:6 完成度:83
効果:満腹度回復9%
魔力+1【1時間】
シュトウのジャムを包んで焼いたパン
パンそのものは甘さ控えめなので、ジャムの甘さがよく分かる
無論、甘いだけでなく美味しさもしっかりしてます
味見の結果も問題無し。
シンプルなパンが甘味が強めのジャムを良い感じに中和して、甘いのに食べやすいジャムパンになってる。
すぐさま用意したジャムを包んだ生地を焼いていき、その間に残ったジャムを瓶に詰めたり後片付けをしたりする。
「糖質の、塊……!」
「冷静になれ、現実で食べなければいいだけだ」
「どこかに甘いパンを売ってるプレイヤーの情報はないか」
焼けたジャムパンは自分達用をアイテムボックスへ入れ、残りは皿に盛ってポッコロとゆーららんへ差し出す。
「はいよ、お待たせ。さすがに酢兎の後にジャムパンはどうかと思うから、これは後で満腹度が減った時にでも」
「「いただきます!」」
食うんかい。
中華系の酢兎の後なのに、ジャムパン食うんかい。
二人は皿に盛られたジャムパンを一つずつ手に取り、大きく口を開けてかぶりついた。
いいね、そういうわんぱくな食べ方。
「甘いです! 甘くてとても美味しいです!」
「何のジャムか分かりませんけど、美味しいので気にしません!」
よく分からなくとも、美味ければそれで良し再び。
「せっかくのお返しなのに、私達の方が貰いすぎな気分ですよ」
「むしろお金を貢がせてください!」
貢ぐ言うなポッコロ。お前、どこでそういう言葉を覚えるんだ。
まあ今の時代、どこで覚えてても不思議じゃないか。
とりあえず二人には、さっき決めた交換条件が料理をご馳走することだから気にするなと説得し、今後も良好な関係を続けていこうと握手を交わした。
なお、直後に二人は残りのジャムパンを等分してそれぞれのアイテムボックスへ入れ、一日何個までにするかを真剣に話し合ってた。
「じゃあな、また会おう」
「はい! お預かりした物については、任せてください!」
「さあ、早速農業ギルドへ行くわよ!」
後片付けを全て済ませてオーブンと木札を受付で返却したら、作業館前でポッコロとゆーららんと別れて転移屋へ。
今度はセカンドタウンイーストへ転移し、星座チェーンクエスト出発の地とも言えるシープンの牧場を訪ねて牛乳を購入。
子供達から、またあのトマトクリームスープを作ってと強請られたけど、相変わらず立派な胸を揺らしながら現れた奥さんによって厩舎の掃除へ連れて行かれた。
「悪いね。妻も作ってるんだけど、君の方が美味しかったと子供達が言うんだよ」
そう言われると作った身としては嬉しい。
だったらもう一度作ってあげたいけど、残念ながら時間が押してる。
とはいえ、色々な食材や調理道具を手に入れる切っ掛けになったから、多少なりとも恩返しをしたい。
「今度時間がある時にでも、作って持ってきますよ」
「本当かい? 子供達が喜ぶよ」
そういう喜ぶ顔を見るのが料理を作る魅力の一つだから構わない。
いつになるかは確約できないけど、必ず来るとシープンと約束して牧場を後にした。
どうせなら次に来る時は、スープだけじゃなくてチーズ入り牛乳パンも作ってこよう。
そう思いつつ、商店やプレイヤーの屋台や露店なんかを見て回って干し肉を買い、さらに今度参加するイベントの最中に包丁が壊れた時に備えて予備の包丁を数本購入しておいた。
さて、日が傾いてきたし食材の仕入れは完了したからセカンドタウンサウスへ戻って、ダルク達の食事の準備をしよう。
アイテムボックスの酢兎は晩飯に、同じくジャムパンは睡眠後の朝飯に出して、それぞれにもう何品か付けたい。
晩飯には干し肉と乾燥野菜で出汁を取ったスープと、それにネンの実でとろみをつけた餡をストックの刻み麺にかけた中華丼もどき。
朝飯にはシュトウとシュウショウ、それから茹でたコンの実をすりばちですり潰して牛乳で割った、なんちゃってスムージーでいいかな。
よし、そうと決まれば早く戻って準備しよう。
肉やなんかを仕入れて帰ってくる、腹ペコガールズを満足させるためにな。
というわけで転移屋を利用してセカンドタウンサウスへ戻り、作業館で乾燥野菜と干し肉を煮込みながらコンの実の下ごしらえをしていたら。
「お前が赤の料理長か!」
悪魔っぽい尻尾とコウモリっぽい小さな羽を生やした、中学生くらいのコックコート姿の坊ちゃん刈り少年が突然現れ、こっちを指差してそう言われた。
君、誰。というか人を指差すんじゃない。




