現実優先
とうとう香辛料を手に入れた。
購入できたのは黒ゴマと生姜そっくりのジンジャー、それとレオナが舌がビリビリ痺れると言ってた粉。
その粉はビリンの実っていう小さな木の実を乾燥させて粉末状にした、粉ビリンっていう物だった。
他には唐辛子とニンニクが購入可能だったけど、そっちはポッコロとゆーららんのお陰で入手できるから購入は見送った。
そして陳皮かと思っていた何かの皮を乾燥させたものは、オレの実っていう木の実の皮を乾燥させた陳皮と似てる香辛料で、カラシかマスタードだと思っていた物はマスタードの原材料のイエローマスタードシードだった。
ただしそれらは量が少なく、得意先に卸す分しかないからと売ってもらえなかった。
「陳皮に似た物があれば、良い風味付けになるのに」
「まあまあ、三種類でも入手できて良かったじゃない」
「次へ繋がる紹介もしてもらったしね」
若干の悔しさは残ったもののカグラとセイリュウの言う通り、三種類とはいえ無事に購入できたし次へ繋げることができたから良しとしよう。
天秤を使って量り売りしてもらった香辛料を受け取り、知り合いだという狩人の場所を教えてもらったら店を出て、ダルク達の武器や防具を修復するため鍛冶屋へ。
修復が終わったら今度は製薬ギルドと料理ギルドへ寄って必要な物を購入し、料理ギルドではオリジナルレシピを登録して作業館へ向かう。
周囲からのチラチラと視線を向けられる中、水出しポーションを作るために乾燥させた薬草を水に浸したら、抽出が終わるまでの間に香辛料の味を確認することにした。
まずはジンジャーをすりおろして、薄切りにしたタックルラビットの肉をこれに漬けておく。
その間に粉ビリンの味を確認するため、別のタックルラビットの肉を人数分焼いて塩と粉ビリンを少量振りかける。
焼タックルラビットの粉ビリン風味 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:8 完成度:91
効果:満腹度回復10%
体力+1【2時間】 魔力+1【2時間】
粉ビリンで風味付けしたタックルラビットの肉
少量でも舌が痺れる粉ビリンを使ったため好みが分かれる
大丈夫かどうか、食べる人に確認を
説明文に一抹の不安を感じつつ、ダルク達と試食する。
「うわっ!? 舌にビリビリくる!?」
「まあ、結構刺激が強いわね」
「山椒より痺れる」
「いいわねこれ! 花椒みたいじゃない!」
絶賛するメェナの言う通り、これは山椒じゃなくて花椒のようだ。
これは凄く痺れるから大量に使うなとスコーピに言われたから少量にしたけど、それでも結構痺れる。
普通花椒は粉にすると刺激が弱まるけど、これは花椒じゃないから粉でも刺激が強いんだろう。
「トーマ君! 鶏肉を手に入れたら、これで本格的な辣子鳥を作って!」
辛い物好きなメェナがグイグイきてる。
この粉ビリンがあれば、以前辣子鳥風に作った唐辛子炒めとは違って本格的な辣子鳥が作れるもんな。
「分かったから落ち着け。ちゃんと作るから」
「やった! お願いね!」
満面の笑みで喜んでるから、後日ちゃんと作ってやろう。
他にはひき肉やなんかで汁無し担々麺とか、ネンの実が手に入ればマーボーナスやマーボー餡のあんかけ焼きそばを作ってもいいかも。
「なあ、あれって――」
「どこで――」
「情報屋に――」
周囲がざわつく中、黒ゴマを炒って焼いたタックルラビットの肉へ塩と一緒に振りかける。
焼タックルラビットの炒りゴマ風味 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:7 完成度:89
効果:満腹度回復10%
体力+1【2時間】 器用+1【2時間】
焼いたタックルラビットの肉へ炒ったゴマで風味付けをした
炒ったゴマが香ばしく、噛んだ時の食感のアクセントにもなっている
ゴマの油分が脂の少ないタックルラビットに適度なこってり感を与える
「香ばしい」
「ゴマがあるだけで香りが変わるよね」
「しかも炒ってあるものね」
「これを絞れば、ゴマ油が作れるんじゃない?」
香ばしいゴマの風味を感じながら、セイリュウの問い掛けに首を横に振って否定する。
「ゴマから油を取るには、結構な量をかなりの圧力で絞る必要があるから現状だと方法が無い」
中華に関わってる身としてゴマ油は欲しいけど、絞り出す手段が無い。
原始的な方法としては布で包んで重しを乗せ、時間を掛けて抽出する方法かな。
抽出にどれだけ時間が掛かるか、どれだけ重しを用意すればいいのか分からないけど。
とにかく不明な点が多いから、今すぐ作るのは無理だ。
「じゃあ、最後はこいつだな」
すりおろしたジンジャーに漬けこんでおいた薄切り肉をフライパンで炒める。
香りが立ってきたら、ここで別に用意したおろしジンジャーを少量と塩を加えて味付けして完成。
タックルラビットのジンジャー風味炒め 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:7 完成度:92
効果:満腹度回復11%
体力+1【2時間】 腕力+1【2時間】
薄切りにしたタックルラビットの肉をジンジャーで風味付けして炒めた
ジンジャーの辛みと香りが食欲をそそる
味付けは塩なので肉の旨味とジンジャーの風味がよく分かる
香りはまごうことなき生姜だ。
食欲をそそるジンジャーの香りに周囲の目もこっちへ向いていて、何人かは仲間とボソボソ話をしたり、ステータス画面を開いて何かを調べたりしてる。
試食すると味も見事に生姜で、ピリッとした辛さが肉と合う。
「生姜焼きとは違うけど、これはこれで美味しい」
「塩と生姜もいいね」
「こうなったら豚肉かオーク肉を確保して、またこれを作ってもらわないとね」
「今度、狩りという名の仕入れに行こうか」
ダルク達にとって狩りは仕入れなのか。
食材を仕入れるために狩る、という意味では間違ってないのか?
まあいいや。そっち方面はダルク達に任せて俺は飯を作る、それでいい。
さてと、味の確認は済んだからストックの補充をしておこう。
料理ギルドで購入しておいた小麦粉を使い、周囲の視線を流して太麺と細麵と刻み麺をそれぞれ量産する。
「相変わらず――」
「俺は太さが均一に――」
「さっきの香辛料って――」
ストックを作ったらアイテムボックスへ入れ、抽出が終わった水出しポーションは瓶に詰めたら談笑してたダルク達へ渡す。
これでやるべき作業はすべて終了。
明日の予定を確認したら、広場へ移動してログアウトした。
*****
木曜日の日中。
いつも通り朝の仕込みを手伝ったら早紀に絡まれながら登校して、授業の合間の休み時間に教室で健と晋太郎と雑談を交わす。
「でさ、バイト先でスゲー可愛い子と会ったんだよ。見た瞬間にピキーンときて、その場で声を掛けたんだ」
「だけどその子には既に彼氏がいて、フラれたの?」
「それとも軽蔑の眼差しを向けられてフラれたか? で、その後にバイトの先輩に怒られたとか」
「なんでフラれた前提で話を進めようとするんだよ! その通りだけどな!」
くそうと言いながら健が机を叩くと晋太郎がビクッと跳ねる。
そう言われても、フラれるのが前提の健だから仕方ない。
ちなみにその時の流れは、晋太郎の言う通り女性には既に彼氏がいて、しかもその場に居合わせたという。
加えて俺の言った通り、その後で仕事中に何やってんだと先輩から怒られたそうだ。
「やっぱりね」
「たまには違ったパターンでフラれてくれよ」
毎回フラれ方が似てるから、そろそろ新しいパターンを出してほしい。
「お前らそれでも俺の親友か⁉」
「だってフラれるのを慰めるの、もう飽きたし」
「飽きずに慰めてくれよ! 晋太郎も、斗真の意見にうんうん頷いてんじゃねぇよ!」
そんなこと言われても、これまでに通算何回フラれてると思ってるんだよ。
最初のうちは元気出せよとか言ってやってたけど、いい加減慰めるのも飽きるって。
「ぐうぅぅ……。いつになったら俺にとってディスティニーな彼女に出会えるんだ……」
さあな。そんなの誰にも分からないって。
「桐谷君、ちょっといい?」
能瀬か。どうしたんだ?
「何か用か?」
「今日のログインなんだけど、出来なさそうだから無しでお願い」
「いいけど、何かあったか?」
「運営から、これまでに届いたバグの修正と土曜日の公式イベントに向けたアップデートを今夜からやるって、公式サイトに発表があったの」
バグの修正と公式イベントのアップデートか。
そういえば土曜日に、そんなのがあるって話があったな。
「分かった。じゃあ、次のログインは金曜の夜だな」
「そう。だから昨日決めた予定も、明日へ持ち越す」
予定と言っても、スコーピに紹介してもらった狩人の下へ行くことくらい。
その後はダルク達は仕入れという名の狩りへ行き、俺は料理ギルドと製薬ギルドで簡単な依頼を受けるつもりでいる。
簡単な依頼でないと、腹減ったガールズが帰って来た時にすぐ飯を出せないからな。
他に用事があるとすれば、ミミミか玄十郎かイフードードーへ連絡がつけばスコーピの件を伝えることくらいだ。
「了解。早紀は悔しがってるだろ」
「うん。修正とアップデートなら仕方ないって言ってたけど、ログインできなくなってふてくされた。今、皆で慰めてる」
だろうよ。あのゲーム狂いのことだ、ふてくされるに決まってる。
視線を早紀の席へ向けると机に伏せてる早紀へ桐生と長谷、それから山本と狭山が声を掛けてる様子が見えた。
背中しか見えないけど、表情はふてくされた表情を浮かべてるだろう。
「たった一日なんだから、我慢してほしいぜ」
「早紀ちゃんにそれを求めるのは無謀」
難しいや無理じゃなくて無謀ときたか。
まあ分からなくもない。
あんなのでも付き合いの長い幼馴染だから、能瀬が無謀と言い切ったのにも納得できる。
「とにかく分かった。早紀には鬱憤晴らしに店へ来てドカ食いしてもいい、その代わり金はちゃんと払えって伝えておいてくれ。払わなかったら祖父ちゃんが怖いからとも」
前に別のネトゲで酷い目に遭って店へやけ食いしに来た時、金が足りなくて祖父ちゃんから説教された上に皿洗いさせられた前科があるからな。
あの時の祖父ちゃんは、傍目で見てる俺も凄く怖かった。
ちなみにそのネトゲはなんか色々あって、割と早々にサービス終了したらしい。
「任せて。ちゃんと伝える」
「頼んだぞ」
早紀の下へ戻る能瀬を見送り、健と晋太郎の方へ向き直る。
「悪い、脱線した」
「いいって別に」
「そうだよ。気にしないで」
理解のある友人達で助かる。
直後に早紀の席がある方から、お金が無いって叫び声が聞こえた。
だからって、俺に頼み込んで奢ってもらおうなんて考えるなよ。
決してフリじゃないぞ、フリじゃないからな。
「なんだかんだ、UPO楽しんでるんだな」
「まあな。ゲーム内での交流しかないけど、料理仲間ができたぞ」
前に料理談義で交流した、冷凍蜜柑とかエクステリオとか七海とかメアリーとか。
あと白のお嬢とか呼ばれてるエリザべリーチェだっけ?
いや、あいつは料理勝負を申し込んできて、それを断っただけだから料理仲間とは言えないか。
「それ以外にも知り合いが何人かできたしな」
情報屋のミミミと玄十郎、それとイフードードー。
あとはポッコロとゆーららんか。
「その中に、可愛い子とか綺麗なお姉さんはいるか⁉」
こいつは……。
「健君、ゲームなんだから外見は好きに変えられるんだよ?」
「うぐっ、そうだった。外見はあてにならないんだった。じゃあ、性格の良い子はいるか?」
「……こう言っちゃなんだが、見せてる姿が本性とは限らないぞ」
猫被りなんて現実でもあるし、ゲーム内に至ってはロールっていうのをやってる場合がある。
だからエリザべリーチェやイフードードーの言動も、本人の性格によるものかそういうキャラを演じてるのか分からない。
「んなこと言い出したら、キリが無いだろうがよ」
「それはそうだけど、ネット上の出会いから事件に発展する話は多いんだから軽く考えない方が良いぞ」
今朝のニュースでもそんなのやってたし。
「だよなぁ。ちぇっ、ネトゲからの出会いってのも有りかと思ったのによ」
そんな理由でゲームやってたら、絶対に早紀達から非難轟々になるだろう。
その早紀達の方を見ると、健へ向けて誰よりも冷たくて若干怒りのこもった目を向けてる。
「それで上手くいくのは、ラノベの中だけだと思うよ」
「右に同じく」
現実ではそんな上手い話は全く無いとは言えないけど、そうそうあるものじゃない。
絶対に上手くいくとすれば、晋太郎の言うようにライトノベルや漫画のような空想の中だけだ。
「そんな夢の無いこと言うなよ」
夢ばかり見て連戦連敗してる奴が何を言ってんだか。
「健はもう少し現実を見た方がいいぞ」
「見てるって。だから彼女ができるように頑張ってるんじゃないか」
その頑張りの方向性が間違ってるから、女子から冷たい視線を向けられて距離を置かれるんだよ。
あと、成績とか他のことでも現実を見た方がいいぞ。
早紀ほどじゃないにしても、健だって成績が良い方じゃないんだから。
「うーん。やっぱり今年から共学化した女子高を探して、そこへ入ってモテモテルートへ突入するべきだったか?」
それこそライトノベルか漫画の世界の話だって。
というか健がモテモテなんて、まずありえないと断言できる。
ありえるとすれば、モテようとして総スカンくらってのボッチルートか同じような男子との友情ルートだな。
「仮に健君がそういうのを狙った場合さ」
なんだ晋太郎。
「合格者が同じような目的で受験した男子ばかりになって、上級生へアプローチかけても空振りに終わって、男子だらけの高校生活を送りそうな気がする」
「ひでぇっ⁉」
いや、案外的を射てるかも。
それもそれでライトノベルか漫画っぽいけど、健ならそういう展開の方がありそうだ。
もしもそういうライトノベルか漫画が実際にあったら、絶対に健みたいなのが主人公のコメディ系かギャグ系だと思う。
周りも似たような感想を抱いたのか、納得した様子を見せてる。
「で、落ちた女子達は別の高校へ入った結果、そっちの学校の方が女子だらけになってたりして」
「でもって友人ポジションの斗真と晋太郎が、そっちの高校で女子に囲まれてハーレムな学生生活を送るってかっ⁉」
そこまで言ってない。
というか俺と晋太郎がハーレム生活なんて想像できないって。
そもそも、そんな学生生活になんて興味が無い。
「む、無理だよ。僕、女子に囲まれたら絶対に精神がもたないよ……」
だろうな。晋太郎は注目されるのが苦手だけど、女子と話すのはもっと苦手だもんな。
健の言う展開を想像したのか、晋太郎は椅子の上で膝を抱えて俯いた。
「俺もそんな学生生活はパスだ」
「お前ら、それでも男かっ!」
男が全員、健と同じ思考だと思うんじゃない。
というか否定しないと冷たい視線が俺達にも向くから、きっぱり否定する必要がある。
勿論、そんな学生生活がパスなのは本音だけど。
女子が嫌というわけじゃないけど、女子ばかりに周りを囲まれるのはさすがにキツイ。
早紀達、女子四人と一緒にUPOをしてるくせに?
それはそれ、これはこれだ。
「はぁ。やっぱり間宮との友情は一度リセットして、ゼロからリスタートするべきかな」
「またその話かよ! それはやめてくれって!」
「だったら適当なこと言うんじゃない」
「分かったよ、悪かったって。この通りだ」
机に両手を置いた健は深々と頭を下げて謝る。
まったく。そういう所が無ければ、いじられキャラとしてある程度は女子から人気が出そうなのに。
やっぱり健は残念な三枚目だよ。
それと晋太郎も、いつまでも椅子の上で膝を抱えて俯いてるんじゃない。
もうちょっとシャキッとしろ、シャキッと。




