食事に支えられてる少女達
香辛料を入手するため、モンスターの被害に遭ってるっていう農村へやって来た。
特別な産業や生産物なんて無い、至って普通の農村だと思っていたのに思わぬ盲点だったよ。
セカンドタウンサウスを目指して移動してる時に立ち寄ってれば、もっとスムーズに香辛料が入手できたかもしれないってトーマが言ってたけど、今となっては後の祭りだね。
「着いたはいいけど暗くなってきたわね」
「ひとまず宿を確保しておこうか」
日が落ちる前に村へ到着したものの、辺りは薄暗くなっていた。
この村には小さな宿が一つしかないから、ちゃんと確保しておかないとね。
というわけで宿へ行って部屋を確保。
今回ログインしてられるのは明日までだし、しっかり休んで英気を養わないと。
でもその前に、トーマの料理でご飯にしよう。
「はいよ。晩飯はこれな」
宿の一階にある狭い食堂で出してくれたのは、僕が不在中に作ったっていう熟成オーク肉を乗せた刻み麺のガーリックライス風。
前に食べたことがあるカグラ達がかなり喜んでるから、きっと凄く美味しいんだろう。
そして期待は現実になって、旨味が口の中を蹂躙していく。
なにこれすっごく美味しいじゃん。
思わず皿を持ち上げて口を付けて、スプーンでガッついちゃうよ。
「二度目でも美味しい」
「本当ね。連日なら飽きるけど、間を空ければそんなことは無いわね」
「改めて食べると熟成肉の美味しさがより分かるわね」
むぅ。皆だけ二回目なのがズルい。
そりゃあ、ちゃんと課題やらなかった僕が悪いんだけどさ、それでもズルイ。
トーマもトーマだよ。こんな美味しいものを僕がいない時に作るなんて、何を考えてるのさ。
手を抜けとまでは言わないけど、もうちょっと手加減してほしいよ。
……まあ無理な話か。トーマが料理で手抜きや手加減なんて、絶対にするはずがないもん。
材料や調味料や調理器具が足りなくても、有るもので作れる料理を全力で作るのがトーマだからね。
「うわっ、これHPの最大量を増やす上に体力も強化するじゃん」
「前衛向きの料理よね。オーク肉とニンニクの組み合わせだからかしら?」
トーマが作る料理には必ずバフ効果があるから、味だけじゃなくてどんなバフ効果があるのかを調べるだけで楽しいんだよね。
セイリュウなんか、料理の情報を全部スクショしてるくらいだしね。
本人は作ってもらった美味しいご飯を記録してるだけって言ってるけど、真意はどうなんだか。
「ほら、スープもちゃんと飲めよ」
そう言って差し出されたのは、前にも作った乾燥野菜出汁の塩スープ。
シイタケが手に入ったから作ってくれたこれが、口の中をスッキリさせてまた肉が美味しく感じられる。
「トーマ、これ無限ループできる組み合わせだよ」
「しようと思ってもできないぞ。スープのおかわりはあるけど、肉乗せガーリックライスはそれしかない」
「「「「えー」」」」
「無い物ねだりするな」
一斉に上がった文句が一蹴された。
おのれトーマめ。こんなに美味しいご飯なのに、おかわりを用意してないとはどういうつもりだ。
「なんでないのさ!」
「オークのロース肉がそれで終わりだから」
ちくしょう! 材料不足か!
さすがに材料が無いんじゃ、トーマでも作ることはできない。
くっそ~、次にオーク肉を狩ると書いて仕入れに行く時は、もっとたくさん仕入れないとね。
そう決心した食事が終わったら、狸の耳と尻尾が生えた宿屋の大将に畑の被害について聞いてみた。
どうやら被害は相当酷いみたいで、農家の人達はだいぶ生活が苦しいみたい。
そのせいでここへ飲みに来なくなったから、宿の経営も厳しいって大将が愚痴った。
「任せて! 僕達はそれを解決するため、ここへ来たんだからね!」
落ち込む大将を元気づけるためそう言ったら、本当かと迫られたから思わず頷く。
すると大将はバタバタと外へ出て行った。
「もう、何やってるのダルクは」
「へっ?」
どういうこと? なんで皆、呆れてるのさ。
「今の村の状況であんなことを言えば、助けを求めて人が押し掛けてくるのが目に見えてる」
「あっ」
ということは大将ってば、農家の人達の所へ伝えに行ったの?
やっばっ。僕ってば、やっちゃった?
「て、テヘペロ」
「テヘペロじゃないだろ」
「まあまあ皆。ひょっとしたら、これが何かのイベントのトリガーになるかもしれないわよ」
うぅぅ、僕の味方はカグラだけだよ。
「だから寛大な心で許してあげましょ」
ねえ、僕って寛大な心を持たなきゃ許してもらえないの?
なんかちょっと悲しい気分でいたら、扉が勢いよく開いた。
そして大将の他、髭が長いお爺さんと坊主頭のおっちゃんが現れた。
「大将から話を聞いたぞ! 畑を荒らすモンスターを倒しに来てくれたんだって!?」
「えっ、あっ、はい」
坊主頭のおっちゃんに迫られて、思わず肯定しちゃった。
「助かります、本当にありがとうございます。あいつらの被害には心底困っておりまして」
髭が長いお爺ちゃんが何度もペコペコと頭を下げてる。
これどうしよう。落ち着いてもらなきゃ、話も何もできないよ。
「二人とも、落ち着いてください。仲間が困ってます」
「おっ、おぉ、悪かった」
「う、うむ、申し訳ない。嬉しくてつい」
ワタワタしてたらトーマが間に入って二人を落ち着かせてくれた。
さすがはトーマ。お店の酔っぱらい達に、お祖父さんがお玉片手に怒鳴る前に仲裁へ入ってる経験は伊達じゃないね。
そんな頼り甲斐に痺れる憧れる!
「落ち着いたのなら、畑を荒らすモンスターについて聞きたいのですが」
おまけに自然な流れで情報収集してるよ。
戦闘が僕達任せだから、別の形で貢献しようとしてくれてるんだね。
うんうん、さすがは僕の幼馴染。
なにはともあれ落ち着いた二人から話を聞くと、お爺さんは村長で坊主頭の人は村の農家のまとめ役みたいな人らしい。
で、畑を荒らしてるのは近くの山からやってくるギャングエイプ。
常に集団行動をとる黒い毛をした猿のモンスターで、なんでも見境なく食べるからどこの畑も荒らされてるんだとか。
だからスコーピさんのお店への入荷が減っちゃったんだね。
「普通の猿ならともかく、モンスター相手だと俺達じゃ太刀打ちできなくて」
「恥ずかしい話ですが、町の冒険者ギルドへ依頼を出そうとお金を出し合っても、あの数のギャングエイプを退治してもらうだけの額にはならなくて……」
どんだけたくさんいるのさ、そのギャングエイプ。
それでも明日、駄目元でセカンドタウンサウスの冒険者ギルドへ依頼を出しに行こうとしてたらしいけど、僕達が参上したから慌ててやって来たんだって。
ただ、まだ依頼も出してないのにどうして退治しに来たのかを尋ねられたから、スコーピさんからの頼みだって伝えたらちょっと驚かれた。
そりゃあね、この村の畑で採れる香辛料を仕入れてるお店で頼まれたからだもんね。
「なんであれ、退治してくれるのなら助かる」
「依頼用に集めたお金を報酬としてお支払いしますので、どうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げられて頼まれた。
NPCからとはいえ、そうやって頼まれたとあってはやってやるさ。
でないと女が廃るってもんさ。
それからさらに話を聞いて、現れるギャングエイプは十体ぐらいなのと、明け方くらいに畑へやって来るって教えてもらった。
それが分かったら、後は部屋でカグラ達と作戦会議。
明け方に畑へ現れると分かってるから、畑で待ち伏せして戦うことに決定。
そこなら村の範囲内だからトーマとのパーティーが自動解除される心配は無い。
パーティーが解除されたらクエストがどうなるか分からないし、戦闘しないトーマを十体のモンスターから守りながら戦うのは大変だしね。
「ダルク、明日は頑張ってね」
「相手の数が多い時は、タンクがどれだけ引き付けて持ち堪えるかが勝負」
「回復系の光魔法も覚えたから、援護は任せて」
うっはぁっ、頼られてるよ僕ってば。
ふっふっふっ。僕は頼られれば頼られるほど本領を発揮するからね、ステータスでは表示されない僕のなにかが何倍にも強くなるよ。
「じゃあ、私達は部屋に戻るわね」
「また後でね」
作戦会議が終わったらカグラとメェナは部屋を出て行った。
この宿には皆で一緒に泊まれる部屋が無いから、二人部屋を二つとトーマ用に一人部屋を借りた。
そういえばトーマはもう寝ちゃってるのかな。
まあいいや。今から寝れば日が上る前に起きれるから、明日に備えてさっさと寝ちゃおう。
といっても睡眠時間はほんの一瞬。
翌朝の日が昇る前の時間にセイリュウと起きたら、なんだか良い匂いがする。
それにつられて食堂へ行くと。
「よっ、飯できてるぞ」
トーマが美味しそうなご飯を作ってくれたよ。
温かい湯気が立つ朝ご飯を並べながら、微笑んでの出迎え。
幼馴染だし同級生だしエプロンじゃなくて前掛けだし、何より男だけどなにこのお母さん感。
一瞬お母さんって言いそうになっちゃったよ。
「あら、トーマ君ご飯作ってくれたの?」
あっ、カグラとメェナも来た。
「昨日のうちに大将に厨房を使う許可を貰っておいた。俺の代わりに戦ってくれるんだら、これくらいはやらないとな。というか、これくらいしかできないからな」
とか言いながら、昨夜おかわりがあるって言ってた乾燥野菜出汁の塩スープを並べてる。
しかも今の台詞って、頑張る子供にこれくらいしかできないからって言いながら、温かくて美味しいご飯を並べるお母さんみたいだよ。
今朝だけでトーマのお母さん度が爆上がりしてるや。
「私達より早く起きたの?」
「俺は作戦会議に参加しなかったからな。その分早く寝て、これ作ってたんだ。といっても、スープはアイテムボックスにストックしてたやつだけどな」
いやいや、だとしても凄くありがたいよ。
「ほら、さっさと食えよ。戦う前に食って満腹度と給水度を回復させて、ついでにバフ効果で強くなっておけ。無事に勝って香辛料買えたら、それで美味い飯作ってやるから」
それも、今夜も美味しいご飯作って待ってるから頑張ってきなさい、って言ってるお母さんみたいだ。
いや、ちょっと違うかな?
まあいいや、とにかく食べよう。
皆に着席を促して席に座ったら、両手を合わせていただきます。
さあ、今日もトーマのご飯の時間だよ。
「スープとライス代わりの刻み麵と、これはポークピカタかしら?」
「ああ、オークのヒレ肉のな」
オークのヒレ肉ピカタ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:8 完成度:85
効果:満腹度回復22%
腕力+2【2時間】 俊敏+2【2時間】
薄切りにしたオークのヒレ肉に卵液を纏わせて焼いた一品
ケチャップとマヨネーズを混ぜた、いわゆるオーロラソースが肉にピッタリ
なお、ピカタ発祥の地であるイタリアでは卵液を纏わせずに焼くそうです
*卵を溶き、乾燥させて解したハーブと少量の牛乳を加えて混ぜる。
*オークのヒレ肉を薄切りにして塩胡椒を振る。
*肉に小麦粉を纏わせたら卵液にくぐらせる。
*油を敷いて熱したフライパンで肉を両面焼く。
*焼けたら皿へ移し、ケチャップとマヨネーズを混ぜたソースを掛ける。
*切って塩を振ったおつまみトマトを付け合わせに添えて完成。
なんか説明文に豆知識が載ってる。
まあそれはそれとして、料理はいつも通り美味しい。
さすがはトーマ、僕の自慢の幼馴染だよ。
「トーマ君、こういうのも作れるんだ」
「瑞穂さんに教わった。ハーブと牛乳じゃなくて、パセリと粉チーズでも美味いって」
あー、あの胸に贅肉が集まってるバイトのお姉さんからね。
ノリがいいのは嫌いじゃないけど、お姉さんぶってトーマにベタベタするのは気に入らない。
それをやっていいのは、幼馴染特権を持ってる僕だけなの。
「今日の夕方にはログアウトする予定なんだ、それまでに頼むぞ」
「「「「任せて!」」」」
いつまでも借りを返さないのは悪いし、僕達のご飯のためでもあるから頑張るよ!
そのためにも、しっかり食べないとね!
*****
ふっ、ふふふふふっ。
やり遂げた、僕達はやり遂げたんだ。
夜明けと共に現れたギャングエイプの群れは、確かに十体ぐらいだった。
だけど全滅させたら第二陣、第三陣、第四陣といらないおかわりが提供されたよ。
あんまり強くなかったから誰一人死に戻りせずに勝てたけど、第四陣の辺りであと何回続くんだって叫んだね。
「町へ戻ったら、装備の修復をしないとね」
「それまでは私の応急処置スキルでなんとかするよ」
「ポーションも使い切っちゃったから、トーマ君に頼んでまた補充してもらいましょう」
装備品とポーション類のチェックをしたら、畑という戦場から撤収する。
ドロップはギャングエイプの皮や爪や牙ばかりで食べられないけど、数はあるから結構な収入になるんじゃないかな。
そう思いつつ宿へ戻ると、なんだかいい香りが漂ってる。
ひょっとしてトーマが何か作ってるのかな?
「おおっ、戻られましたか」
「どうだったんだ?」
食堂から村長と坊主頭のおっちゃんが出て来た。
勝利報告をしたらすごく感謝されて、お礼のお金を取りに行くと言い残して出て行った。
続いて僕達は、良い香りが漂う厨房で何かを作ってるトーマにも勝利報告。
「ありがとな。香辛料が手に入ったら、美味いの作ってやるから」
「気にしなくていいよ。僕達は借りを返しただけなんだから」
ちょっとカッコつけた返事をしたら、ここで決め顔。
ふっ、決まった。
「それは香辛料を使った料理はいらないってことだな。分かった、ダルクには無しな」
「待って! そういう意味じゃないよ!」
おのれトーマめ、よくも僕のカッコよく決まったシーンを台無しにしてくれたな。
「ところでそれ、何を作ってるの?」
「良い匂い」
こっちからじゃよく見えないけど、フライパンで何かを炒めてる。
「昼飯の仕込みだ。時間もちょうどいいし、出してやるよ」
そういえば、もうそんな時間なんだね。
何が出てくるのか楽しみにしながら席に着いて待つこと数分、出てきたのはまさかの料理だった。
「待って、待って! これは予想してなかった!」
「まあまあ。トーマ君、なんという料理を作ってくれたの」
「まさかこれを出してくるなんて……」
カグラ達も驚くその料理。名はキーマカレー。
ご飯じゃなくて刻み麺だけど、この見た目と香りは間違いなくキーマカレーだ。
「大将が香辛料を少しだけ使わせてくれたから、作り方を検索して作ってみたんだ。本当のキーマカレーとは言い難いかもしれないけど、味見はしてあるから安心してくれ」
タックルラビットのキーマカレー風 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:5 完成度:80
効果:満腹度回復27%
体力+2【1時間】
タックルラビットのミンチ肉を使ったキーマカレー風の料理
香辛料は少なめなので刺激は弱い
その分、肉と野菜の旨味がしっかり味わえます
*タマネギとニンジンとピーマンとニンニクを細かく刻む。
*ヘタを取って茹でておいたトマトの皮を剥いてを潰す。
*タックルラビットをミンチにする。
*フライパンに油をひいて、ニンニクだけを炒める。
*香りが立ってきたらタマネギを加えて炒め続ける。
*タマネギの色が変わったら肉と残りの刻み野菜を加える。
*ここへ塩と胡椒を加え、ほぐすように炒めて水分を飛ばす。
*肉に火が通ってきたら、香辛料を加えて全体に混ぜるように炒める。
*潰したトマトを加えてしばし煮詰めたら、刻み麺にかけて完成
そんなの関係無い!
カレー又はそれに準ずる料理なら文句は無い!
「「「「いただきます!」」」」
普段より速い口調でいただきますをしたら、もうここからは無言。
喋ってる暇があったら、スプーンを動かして食べたい。
「問題無いか?」
「あるわけがないよ!」
「もっと辛みが欲しいけど、十分美味しいわよ」
「優しい味で食べやすいわ」
「……! ……っ!」
不安そうに尋ねるトーマへ率直な感想を返す。
口いっぱいに頬張ってるセイリュウは何も言えないけど、何度も頷いて僕達の感想に同意してる。
「なら良かった。一人一回ならおかわりも作ってあるから、たっぷり食ってくれ」
イエス! 分かってるじゃないかトーマ!
それでこそ僕の自慢の幼馴染だよ!
遠慮なくおかわりを貰って楽しく食事をしてると、坊主頭のおっちゃんが農家の人達を連れて戻って来て順番に感謝されて、村長からはお金の他に僕達をここへ送ってくれたスコーピさんへの感謝の手紙を渡された。
そうして食事を終えたら村の人達に見送られて村を去り、セカンドタウンサウスへ戻ってスコーピさんのお店へ。
モンスターを退治したことを伝え、村長からの感謝の手紙を渡した。
「ありがとな。約束通り、香辛料は売ってやるよ。ただし量が少ないのもあるから、いくつかの種類だけな」
「よしっ! じゃあ早速ですが、売ってくれる物を教えてください!」
トーマがすごく喜びながら、買える香辛料を聞いて買えるだけ買ってる。
これで借りはしっかり返したからね。
ところが話はここで終わりじゃなかった。
村長からの手紙を読んだスコーピさんは上機嫌になると、改めてありがとうと言った。
というのも、モンスターを退治した僕達を村へ送ってくれたお礼として、今後の取引がいくらか有利になったようだ。
「これもお前達のお陰だ。その分の礼として、俺の知り合いを紹介してやるよ。腕の良い狩人でな、普通じゃ手に入り難い肉が手に入るかもしれないぞ」
続きキターッ!




