情報は大事
作業館の作業台にて特攻服姿の女性プレイヤー、イフードードーと向き合って座る。
鋭い目つきのツリ目を向けながら脚と腕を組み、背もたれに寄りかかって座ってるから、ガラの悪い人に威嚇されながら対峙してる気分だ。
目つきは仕方ないとしても、どうしてこの人は情報屋なのにあんな格好と態度をしてるんだろう。
最初の大声のインパクトもあって、周囲にいるプレイヤー達がチラチラとこちらの様子を窺ってる。
「んじゃ、情報を聞かせてもらおうか。どういったもんかは玄十郎から聞いてっし、あんたらがやってるチェーンクエストも把握してっから遠慮せず喋りな」
「わ、分かりました。じゃあボイチャにして……」
「おっと、敬語はやめな。アタイは納豆と堅苦しいのが大っ嫌いなんだ。んなもんは、挨拶の時だけで十分だ」
見た目からしてもそんな感じがするから、お言葉に甘えて敬語はやめよう。
下手に逆らったら、顔面に拳か蹴りがめり込みそうだし。
というか、ここで納豆嫌いを宣言したのは何故だ。
「ならそうさせてもらう。で、情報についてだけど」
周りに聞こえないよう、ここにいる六人だけのボイチャに設定してガニーニとレオナのことを説明。
細かく聞かれるのは分かってるから、その時の様子や考えも説明しておく。
さらにガニーニの所で別行動していたセイリュウも、その時の様子を説明する。
その間のイフードードーは口を挟まず、相槌を打ちながら頷くだけ。
初対面の時の大声や挨拶の割に大人しいから、肩に入っていた力が徐々に抜けて気も緩んでいく。
やがて説明が終わっても、ミミミや玄十郎のようなオーバーリアクションは無い。
「なるほどな」
一言そう呟いて目を閉じた。
気になる点を頭の中でまとめてるのか?
どうやらこの人は、オーバーリアクションをしない冷静な人のようだ。
「くっ、くくっ、くはっはっはっはっはっ!」
なんか急に笑い出した!?
「いいねぇ、いいねぇっ! やっぱ未知のことを知るとゾクゾクして、テンション上がっちまうじゃねぇか!」
楽しんでるようだけど、笑ってるのに今にも襲われそうで怖い。
あれはそういうキャラを演じてるのか、それとも素なのか気になってきた。
「これだから情報屋はやめられねぇぜ。未知の情報を仕入れて、それがどんなもんか検証する。そうやって世界の仕組みを知るのが、ゲームの楽しみだよな。なぁっ!」
「あっ、ああ、そうだな」
獰猛な笑みを浮かべて荒っぽい声を掛けられたから、思わず返事をしてしまう。
イフードードーが情報屋をやってるのは、そういう理由があるのか。
だったらその格好の意味はなんだ。
「それで、何か確認したいこととかある?」
小さく手を上げたメェナがおそるおそる尋ねる。
組んでた腕と足を解いたイフードードーは前のめりになり、両肘を作業台に乗せて両手を組む。
サラシをしっかり巻いてるから、谷間が見えるなんてことは無いから安心だ。
ちょっと残念でもあるけど。
「まずガニーニの所での出来事だが、二つの頼まれ事は仲間と協力してもいいんだな」
「そうだ。確認したら、オッケーしてもらった」
「その時のお前達は、パーティーを組んでたか?」
「ああ、組んでた」
俺達は一緒に行動する際、必ずパーティーを組むようにしてる。
ダルク達が戦闘のために町の外へ出る時は俺だけ外れるけど、今回はパーティを組んだ状態だった。
パーティーを組んだ状態で町の中と外に分かれた場合と町の外で離れすぎた場合、それとメンバーがログアウトした場合はパーティーが自動解消されるけど、今回は全員町中にいたから自動解消はされてない。
「っつーことは、ソロの場合だけじゃなくて、複数人いるがパーティーを組んでない場合も検証する必要があるな」
今の確認にはそういう意図があったのか。
「収穫を手伝う時も、採取スキルが無い場合や複数人の場合や採取スキルが有る奴と無い奴の混合の場合と、調べるパターンは山積みだな」
思ったよりも調べることがたくさんあるんだな、ガニーニからの頼み事って。
「もしかするとレオナのクエストが発生する条件が、ガニーニのクエストを上手くこなすことなのかもしれねぇし、それについても検証しねぇと」
つまり何かを一つ間違ってれば、レオナの頼み事は発生しなかったかもしれないのか。
それが仲間との協力なのか、採取スキルを持ってるプレイヤーが収穫を手伝うことなのか、そういったことを調べるんだろう。
「他にも調べることは色々あるが、やりがいがあっていいじゃねぇの」
獰猛な笑みがさらに強くなった。
本人は楽しいんだろうけど怖い。
隣にいるセイリュウなんて、今にも泣きそうな様子で小刻みに震えてる。
もしもこの場に晋太郎がいたら、間違いなく椅子の上で膝を抱えて震えてるだろうな。
「レオナの方も、確認を取らずに切り身にしなかった場合の検証ぐらいはしねぇとな。くっくっくっ」
そういえば、どこまで捌くかを確認して切り身にしたっけ。
だったら確認をせず、切り身にしなかった場合も検証が必要なのか。
まあその後の流れからして、お礼に切り身を貰えないだけだと思うけど。
「おいトーマァッ!」
「はいぃっ!?」
急に大声で名前を呼ばれたから、思わず背筋を伸ばしながら返事してしまう。
だって怖いし迫力あるんだもの。
「良い情報サンキューな。金は弾むぜ、期待してくれ」
「い、いや。こちらこそ、ありがとう」
どうしてそれを言うだけのために、俺の名前をあんな大声で叫んだんだ。
ボイチャのお陰で周りには聞こえてないからいいけど、俺は心臓バクバクだし、ダルク達も警戒したり怖がってたりしてるぞ。
そう思ってると、ステータス画面を開いて何か操作をしてるイフードードーが固まった。
何かあったのか? パソコンがフリーズでもしたか?
「あー……悪い。今の手持ちじゃ、代金が足りそうにねぇぜ」
なんだ、金が足りないだけか。
「くそっ、こんなことならさっきの装備を買わなきゃよかったぜ。いや、あの屋台でドカ食いしなければよかったのか?」
別に原因はなんでもいい。
「分割か後払いでもいいぞ」
「いーや! そいつはアタイのポリシーに反する!」
「だけど払えないんだろ?」
「うぐぅ……」
初めて見せた苦い表情も迫力があって、悪いのは自分じゃなくてそっちにあると訴えてるようだ。
ここまでの様子から、そんな逆恨みをするような人じゃないと分かってても、見た目と雰囲気からそう感じてしまう。
とはいえ、無いものは無いんだから妥協してほしい。
でも自分から妥協しそうにないし、こっちから妥協案を提案しよう。
「なら代わりに何か情報を貰って、その代金で相殺ってことでどうだ?」
情報屋なんだし、妥協案としてはこれが一番だろう。
「そうきたか。まあそれならアタイのポリシーに反しないし、構わねぇぞ」
良かった、受け入れてもらえた。
これが駄目ならどうしようかと思ったぞ。
「んで、何が聞きたい? 代金の範囲内でアタイが教えられる情報なら、なんでも教えてやるぜ」
「はいはい! 教えてもらいたいことあるよ!」
「つーことらしいが、こいつが先でいいか?」
勢いよく席を立ちながら手を挙げるダルクを、親指で指差すイフードードー。
真っ先に反応する辺りがダルクらしいし、聞きたいことを考えるために順番を譲ろう。
「いいぞ、先に聞いて」
「ありがとトーマ!」
「んで? 何が聞きたいんだ?」
「この辺りのモンスター情報! 特に食材をドロップする奴! ノンアクティブでもいいから!」
あっ、それ俺も聞きたい。
「食材をドロップするのか。えっと……」
イフードードーから教わった食材をドロップするモンスターは三種類。
二種類は既に知ってるモンスターで、豚肉をドロップするエアピッグと鶏肉をドロップするロックコケッコ。
残る一種類は近くの森に出現する、フォレストスネークっていう蛇のモンスター。
大蛇のような大きさで、攻撃方法は締め付けと噛みつきと尾による薙ぎ払い。
ドロップは三割が牙で五割が皮、そして二割が自身の肉とのことだ。
「蛇のお肉、食べたことない」
「トーマ君ならどう調理する?」
「蛇なんて調理したことないから、分からないって」
日本でも食う手段はあるんだろうけど、普通の生活を送ってれば食べる機会は無い。
というか、日本なら食べたことが無い人の方が多いだろう。
「聞いた話だと、蛇の肉は鶏のささみに似たあっさり味らしいわ」
ささみに似たあっさりした味か。
だったらささみのように茹でてみるか、蒸してみるかな。
それか大体はなんとかなる、唐揚げにするか。
「なんにしても、入手して味見してみないと決めかねるな」
「ねえ、味の情報ってある?」
さすがにそこまでは。
「あるぜ。味は肉汁が結構あってジューシーらしいが、筋肉質だから固めなんだってよ」
あるんかい。
おそらくは料理プレイヤーの誰かが入手して、それを味見した情報なんだろう。
だけどお陰で調理法のイメージができた。
固い肉を柔らかく処理して、肉汁を活かすため揚げてみよう。
肉を柔らかくする方法はいくつかあるけど、どの方法を使おうか。
「その情報をくれた人はどう調理したの?」
「情報をくれた時点では、串に刺して焼いたのを塩で味付けしただけだって話だ」
味見の方法としては定番だな。
俺もオーク肉の味見は焼いて塩を振っただけだったし。
「それでトーマ、調理のイメージはできた?」
「上手くいくか試作する必要はあるけど、おおよそは」
「「「「どうするの?」」」」
よほど気になるのか、ダルク達が身を乗り出して聞いてきた。
「肉は刻みタマネギに漬けこんで柔らかくして揚げる。使ったタマネギは炒めて何度か作った塩ダレに唐辛子で辛みを付けたものに加えて、それを揚げた肉へかけて油淋鶏風に仕上げようと思う」
選んだ料理は中華桐谷流、刻みタマネギ入り油淋鶏の作り方。
この方法なら、柔らかくするために使ったタマネギが無駄にならないって父さんが言ってた。
さすがに店で使ってるのは普通の鶏肉だけど。
「よし、フォレストスネークの肉を狙おう」
揚げ物と聞くやいなやダルクがやる気を出した。
「うふふ、楽しみね」
「私の拳と脚が火を噴くわ」
「遂に私も本気を出す時がきた」
カグラとメェナとセイリュウもやる気満々か。
まだ試作すらしてないんだから、期待しすぎて後でがっかりしても知らないぞ。
「おーい、他に聞きたいことはねえか? 代金的に、まだ情報は教えられるぜ」
組んでた手を解いて頬杖をつく姿勢になったイフードードーが告げる。
他に聞きたいことは……。
「なら、調理器具に関する情報ってあるか? ミキサーとか製麺機とか、作業館に無い物で」
みじん切りも麺作りもできるけど、そういった道具があった方が調理時間短縮に繋がるし作れる物のレパートリーが増える。
特に製麺機。ストックを作るのが楽になって量をこなせるし、ほぼ同じ幅に切るのは大変だから製麺機があるなら欲しい。
下手な手打ちより機械打ち。手動でいいから製麺機があるなら入手したい。
「あるぜ。サードタウンマーズに、そういった調理関係の魔道具や器具を扱って店があるって話だ」
「よしっ!」
ニヤリと笑うイフードードーからの情報に、つい声に出して小さくガッツポーズしてしまう。
だけどサードタウンってことは、今いるセカンドタウンより先なんだろう。
町の位置を教えてもらうと、セカンドタウンイーストの南西方向にあるようだ。
「掲示板にあるサードタウンの名称に関する情報だと、一番北側の町が水星のマーキュリーで、それを起点に太陽系の惑星を順番通りに時計回りで使ってるみたいね」
カグラの言う惑星の順番というと、水金地火木土天海のアレか。
昔は冥王星も含めて九つだったそうだけど、今はこの八つだったっけ。
つまりサードタウンも八つあるってことだな。
「だけど、誰もそこで魔道具を買えてないそうだぜ」
「えっ? なんでだ?」
「注文が立て込んでるって言われたらしい。でも毎回それだから、何かしら条件を満たしてないから購入ができないと踏んでるんだ」
それが本当なら、条件って何だろう。
「ちなみにそこ、創始者が無限水瓶の開発で名を挙げたことから看板に水瓶を刻んである、魚人族がやってる店だってよ」
だからなんだっていうんだ。
それが条件と関係あるのか?
「ん? 水瓶の看板に魚人族?」
「おっ、気づいたか狼娘」
狼娘って。確かにメェナは狼人族だけどさ。
「ここまでトーマ君がやってきたクエストの内容からして、そういう気はしてたのよ」
「どういう意味だ?」
「つまりね」
メェナ曰く、今俺がやってる次から次へ頼みや紹介が繋がるのはチェーンクエストっていうもので、何かしらのテーマに沿ってることが多いとのこと。
それを踏まえて今回のチェーンクエストのテーマを考えると、占いで使う十二星座らしい。
「最初が羊と牛の一家、次は双子の蟹、そしてレオナさんはライオンだから獅子で乙女。そして次は天秤を使う蠍人族。ほら、十二星座じゃない」
ああなるほど、言われてみればそうだ。
「調理用の魔道具と器具のお店は水瓶と魚だから……」
「天秤を使う蠍人族のお店の次は、射手座と山羊座に関係する人ね」
「それぞれが別々に関係してる人かもよ」
おお、凄いな。あっという間にこの先の展開が予想されていく。
特にそういうのは気にしてなかったけど、ダルク達の予想通りなら残り三回か四回でチェーンクエストっていうのは終わるんだな。
「ということは、購入のための条件はそれの可能性があると?」
「アタイはそう睨んでる。もし本当ならミミミでも玄十郎でも他の情報屋仲間でもいいから、真っ先に情報売ってくれよ」
「いいぞ。今後の見通しができたお返しってことで」
「サンキュー。んじゃ、情報はここらでいいか? ここまでの代金を引けば、手持ちで情報料は払えるぜ」
俺からはもう聞きたいことはないけど、ダルク達はどうだ?
見渡してみるとセイリュウとメェナは首を横に振り、カグラは手を横に振り、ダルクはもう大丈夫だと言った。
「じゃあ、情報料の支払いを頼む」
「あいよ」
ステータス画面を操作するイフードードーから、代金が送られてきた。
結構な額だけど、情報を貰わなかったらこれ以上の額を貰っていたのか。
ちょうどいいから、これを香辛料の購入資金にしよう。
「おっと、フレンド登録も交わしておこうぜ。でないと情報売ってもらう時に不便だからよ」
そうだった。お返しって言ったんだから、連絡手段を確保しておかないと。
ちょうとステータス画面を開いてたからそのままイフードードーとフレンド登録を交わし、ダルク達も同じくフレンド登録を交わした。
「そんじゃ、アタイはここで失礼するぜ。できれば教えてもらった香辛料の店にも行きたいが、別に用事があるんでな」
席を立ちながらそう言ったイフードードーは、最後にあばよと言い残してポケットに手を入れて去って行った。
最初は怖い人かと思ったけど、オーバーリアクションもしなかったし対応に粗雑さや乱雑さは無かったから、根と芯はしっかりした人なんだろう。
ただ、最後の方は慣れたけど見た目と雰囲気が終始怖かったのは確かだ。
「よし。飯も食ったし情報も売ったから、そろそろ香辛料の店に行くか」
「はいはい、分かったよ」
「私達も行くわ。また協力が必要かもしれないもの」
「そうだな。よろしく頼む」
ガニーニの所のように別行動が必要になるかもしれないし、何が次へ繋がる切っ掛けになるか分からないから同行してもらった方がいい。
そう思って同行を承諾した判断を下した自分を、後になって凄く褒めたくなった。
というのも、レオナからの紹介状を読んでもらった香辛料の店の店主であるスコーピから……。
「彼女の紹介なら売ってもいい。ただ最近、仕入れ先の村の畑がモンスターの被害に遭っていて仕入れ量が減ってるんだ。今は得意先の分を確保するので精一杯だから、欲しいのならその村に現れるモンスターを退治してきてくれ」
という風にモンスター退治を頼まれたからだ。
「やっぱり付いて来て良かったね」
「うふふ。戦闘なら私達に任せて」
「パーティーを組んでないと駄目かもしれないから、トーマ君も一緒に来てね」
「今こそ辣子鶏の時に作った借りを返す時ね。ガンガンやってやるわよ」
早くも戦う気満々なダルク達が頼もしい。
本当、同行してもらって良かった。
「よし! 行くぞー!」
「「「おー!」」」
張りきった様子でダルク達が右拳を突き上げる。
そんなダルク達と向かうことになった村は、セカンドタウンイーストからの道中で立ち入らずに通過した農村だった。
ひょっとして移動の途中で村へ立ち寄って先に解決しておけば、もっとスムーズに香辛料が入手できたのか?
村へ向かう途中でそれをダルク達に話したら、その可能性もあったかもしれないと言われた。
でもそうなると、次への繋がりはどうなるんだろうという疑問も浮かぶ。
そこはもう出たとこ勝負で、詳しい検証は情報屋へお願いしよう。
とにかく今は、村でモンスター退治だ。
まっ、戦闘はダルク達に任せて俺は一切戦わないけどな。




