怖そうな人が来た
飯を作ってくれと訴えるダルク達のため、行き先を香辛料の店から作業館に変更して通りを歩く。
バフ効果付き料理の件はだいぶ収まったこともあり、いつも通り無料の作業場を借りることにした。
「大丈夫かな?」
「セイリュウが収穫を手伝ってる間、その件で声を掛けてきた人は両手で数えられる程度だったから、大丈夫だよ!」
確かにそれくらいだったな。
おまけに半分が確認のため話しかけてきた程度だったから、対応も楽なものだった。
「料理プレイヤーはトーマ君だけじゃないし、情報が知れ渡ってもう三日目よ。拡散の後にログインした人達も落ち着いてきたんでしょ」
情報の拡散からゲーム内で三日目でも、現実では三時間しか経過してない。
メェナの言う通り、遅れて知った人達も落ち着いてきた頃合いかな。
「そうだ。ガニーニさんとレオナちゃんの情報を、ミミミか玄十郎に伝えた方がいいんじゃない?」
ああそうか、それもあったか。
「だったら作業館での調理中に、私が連絡を取っておくわ。それでいい?」
「頼む、カグラ」
レオナの件が始まる前は玄十郎がログイン中だったけど、まだログインしてるかな。
まあ、駄目なら日を改めればいいか。
そんなやり取りをしてる間に作業館に到着。
作業場の作業台を借りて中へ入ると、ちょっとしたざわめきこそ起きたけど誰も迫ってこない。
そのことに安堵しながら、鍋に水を張って以前に下処理だけしておいた川魚の頭を全部入れ、出汁を取るため煮込む。
「おっ、いきなり出汁取りからいったね」
「スープかしら。それとも汁有りの麺類かしら」
「どっちにしても楽しみ」
スープでもいいけど、今回は汁有りの麺を作るつもりだ。
だけど今取ってる出汁がどんな味なのか、どれだけ味が強いのかが分からない。
味付けは塩でつけるとはいえ、取れた出汁に合うのは太麺か細麺か、さらに言えばストレート麺かちぢれ麺か。
そうやってスープと合う麺を考える必要があるから、出汁が取れるまでは明確に決めずにおく。
どんな麺とも合いそうになければ、麺を使わずにただのスープに仕上げることも検討しなくちゃな。
「皆、玄十郎さんと連絡が取れたわ。検証事項を絞りたいから、詳しく話を聞きたいんですって」
よかった、まだログインしてたか。
ガニーニの所で入手した臭み消しに使える果物、シュウショウの皮を剥きながら一安心する。
「だけど、もうすぐログアウトしなくちゃならないから、代わりに動いてくれる情報屋仲間を探すんですって。決まったら連絡するって」
あっぶね、ギリギリ間に合ったってことか。
皮を剥いて輪切りにしたシュウショウを鍋へ入れながら、代わりに来るのはどんな人かと想像する。
真っ先に浮かんだのは、リアクションがオーバーな人。
だってミミミも玄十郎も、情報を知った時のリアクションがオーバーだったから。
できれば今度は冷静な人に来てほしいなと思いつつ、川魚の頭とシュウショウで出汁を取ってる間に、別の料理へ取り掛かる。
鍋に油を注ぎ、熱してる間にカイザーサーモンの鱗をザルに入れて洗って水を切り、バットに広げて残ってる水気を乾燥スキルで乾かす。
ここで一旦出汁の方へ行き、火の調整をしながら浮いてきた灰汁を取って流しへ処分したら、引き続き煮込み続ける。
この間に油がちょうど良い温度になったから、カイザーサーモンの鱗を入れて揚げる。
「なんだあれ――」
「何かの薄切り――」
「でも小さすぎ――」
こっちを見てるプレイヤー達の距離じゃ、揚げてるのが鱗とは気づかないか。
その鱗が揚がったらザルを持って鍋の上にやり、お玉で掬い上げた鱗を油ごとそっとザルへ流す。
こうすれば鱗はザルに残って、油は鍋へ戻る。
穴付きのお玉やテボや平ザルのような道具があれば、わざわざこうする必要は無いけど、そういった道具が無いからこうさせてもらう。
さすがに鱗一つ一つを箸で取るわけにはいかないからな。
油が跳ねないよう、慎重にそっと流して鱗を全部取り出したら火を止め、ザルを軽く振って油を切ってバットへ広げる。
あとは塩を全体へ軽く振りかけ、バットを小さく揺すって塩を全体へ馴染ませれば完成だ。
カイザーサーモンの鱗揚げ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:5 完成度:89
効果:満腹度回復8%
器用+4【1時間】 運+4【1時間】
カイザーサーモンの鱗をカラッと揚げた
サクサクとした食感が心地よく、いつまでも食べられる
お酒が飲める年齢なら、つまみにどうぞ
一つ味見してみると、説明の通りサクサクした食感が心地良い。
味はそこそこぐらいだけど、食感の楽しさに乗せられていくらでも食べられそうだ。
今すぐにでも食べたいって表情のダルク達のため、自分の分を小皿にとってアイテムボックスへ保管したら、残りは大皿へ移してダルク達の前へ置く。
「はいよ。ちょっと時間掛かるかもしれないから、これでも食べててくれ」
「「はーい!」」
「「いただきます」」
子供かとツッコミたくなるような返事をしたダルクとカグラに対し、落ち着いた返事をしたセイリュウとメェナだけど、素早く鱗揚げへ手を伸ばして食べていく。
「んー! サクサク食感がいいね!」
「味も悪くないけど、これは食感で食べさせる料理ね」
「なんだか食感を売りにしたスナック菓子みたい」
「ねえトーマ君。これを衣にして揚げ物を作ったら、面白い食感になると思わない?」
出汁に浮いた灰汁を取ってたら、面白そうな意見がメェナから出た。
味はさほど強くないけど、揚げたらサクサクした食感になる鱗を衣にした揚げ物か。
それなら味が強い食材の邪魔をしないし、厚さに気をつければサクサク食感を活かせる。
「有りだな」
「でしょ」
そういうわけで釣りスキルを持ってるダルクよ、どうかカイザーサーモンを釣り上げてくれ。
そうすれば鱗を衣にしたサケフライを作ってやるから。
同じ魚の身と鱗を使うんだし、相性もいいだろう。
「もう鱗は無いから、欲しければダルクに釣ってもらってくれ」
「「「ダルク、釣ってきて!」」」
「無茶言わないで! 掲示板でカイザーサーモンについて調べたけど、β版のサービス終了前日に辛うじて釣れたくらいの魚なんだよ!?」
どうやらカイザーサーモンは、釣るために必要なスキルが高い魚のようだ。
もしくは釣れる確率が低い魚なのか?
まあどっちでもいいか、釣るのはダルクなんだし。
それよりも出汁の味見を……おっ、少し強さに欠けるけど良い味だ。
でもそれ以上に重要なのは、臭み取りの下処理をして臭み消しのシュウショウと一緒に煮込んだからか、臭みをほとんど感じない事だ。
もしかすると、味の強さに欠けるのは臭みがほとんど無いのが理由かもしれない。
料理によっては多少なりとも臭みがあった方が、味や香りの強さを演出する。
そういう意味では、この出汁は上品だけど大人しい感じかな。
というわけでシュウショウはここで取り除いて、味の強さを出すために川魚の頭だけはまだ煮込む。
今後、シュウショウを使う量には気をつけよう。
「そっちはまだ?」
「まだだ」
引き続き煮込み続ける間にもう一品作るか。
せっかく果物と木の実を入手したんだし、カグラが欲しがってる甘いものでも用意しよう。
「あっ、玄十郎さんから連絡が入ったわ。こっちへ来てくれる情報屋仲間が見つかったって」
「そうなんだ。どんな人?」
「イフードードーっていう、鬼族の女性プレイヤーですって」
また厳つそうな名前のプレイヤーだな。
偏見になるかもしれないけど、プロレスかレスリングでもしてそうな強い女性をイメージしてしまう。
「なんか怖そう」
「情報屋っていうよりも、戦闘専門っぽい名前ね」
まったくもって同感だ。
うんうんと頷きつつ、コンの実を人数分用意する。
鍋に水を張って塩を加えたら火に掛け、ガニーニの所でやった仕込みの通りにコンの実へ切れ目を入れていく。
それが済んだら、沸いてきたお湯に入れて塩茹でにする。
「なんだあれ」
「あんな実――」
「デカいトウモロコシじゃ――」
茹でてる間に出汁に浮いた灰汁を取る。
それが済んだら茹で上がったコンの実を取り出し、少し冷ましたら切れ目から包丁を入れ、魚を捌くようにして皮だけを切り取る。
ガニーニによると皮も食べられるそうだけど、繊維質が強くて食べにくいそうだ。
だからガニーニのところでも、加熱後には取り除いてるらしい。
「トーマ君、それはどうするの!?」
甘いもの好きのカグラが身を乗り出すほど楽しみにしてる。
「初めて食べるから、余計なことはせずこのまま出す」
これに合うのは砂糖じゃなくて塩だとガニーニが言ってたから、加熱方法は塩茹でにしてみた。
見た目も相まって、なんだか塩茹でしたトウモロコシのようだけど、これはコンの実っていう木の実だから違うと言い切れる。
そうして皮を残らず取り除いたら完成。
コンの実の塩茹で 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:6 完成度:87
効果:満腹度回復3%
MP自然回復量+1%【1時間】 魔力+1【1時間】
コンの実を塩茹でにして皮を取り除いた
切ると果汁が溢れる様子は、まるでステーキのよう
だけど木の実なので、塩茹でして食べると引き立つ甘さが溢れる
これはデザートだから、皿に乗せたらアイテムボックス行き。
「あぁ~」
そんな残念そうな顔をして手を伸ばしても、今すぐには出さない。
さて、出汁の方はどうかな。
途中からシュウショウを取り除いてさらに煮込んだけど、味は強くなっただろうか。
鍋から漂う香りは良い。
なにせ周りで作業してるプレイヤー達が、作業の手を止めてこっちを見てるくらいだ。
「良い香り」
「これは期待できそうね」
確かに香りは良い。でも肝心の味はどうだろう。
お玉から小皿にとって一口……おっ、だいぶ味が強くなった。
濃厚とまではいかないけど、これなら麺を入れても大丈夫だ。
すぐに火を止めて別の鍋に水を張って火に掛け、出汁は紐で固定した布を張った大きなボウルへ流して濾す。
空になった鍋を洗って汚れを落としたらボウルへ取った出汁を戻し、弱火に掛けて温かさを保つ。
布とガラは処分して、アイテムボックスからネギとストックしてある細麺を出す。
先にネギを刻んでおき、麺は揉み込んでちぢれさせたら出汁を濾す前に用意したお湯で茹でる。
細麺だから茹で時間は短め。
これをザルに上げたらよく振って湯切り。
ちぢれ麺は茹でた時のお湯をよく絡めるから、ストレート麺よりもしっかり湯切りしないと、残ったお湯がスープを薄めてしまう。
論より証拠だと祖父ちゃんに言われ、実際にそれを自分でやって食べた時は、父さんが仕込んだスープが薄まって台無しになってた。
そうならないよう、これでもかと湯切りを繰り返す。
「ちょっとちょっと、そこまで湯切りする必要あるの?」
不安な様子で尋ねるダルクへ、湯切りの理由を説明。
納得してもらったら湯切りの終わった麺を一人分ずつバットへ分け、器に出汁を注いで塩で味を調整したら麺を入れて菜箸でほぐし、刻んでおいたネギを薬味として乗せて完成。
川魚出汁の塩ラーメン 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:7 完成度:90
効果:満腹度回復24%
HP自然回復量+3%【2時間】 知力+3【2時間】
川魚の出汁がしっかり効いた塩ラーメン
シュウショウのお陰で臭みはほとんど無く、あっさりした味に仕上がってる
スープがちぢれ麺に絡むので、口の中で一緒に味わえます
味見として一口すする。
うん、説明通りのあっさりした塩ラーメンだ。
合う具材まで考える時間が無かったし、薬味はネギのみだけど問題無く美味い。
「ラーメン……だと」
「お前の知り合いに、料理プレイヤーいたよな?」
「作れるか聞いてみる!」
さてと。周りのざわめきは気にせず、前のめりになって早く早くと目と表情で訴えてる腹ペコガールズへ、これを出してやるか。
「はいよ、塩ラーメンお待ち」
「「いただきます!」」
箸と一緒にダルクとセイリュウの前に置いたら、両手を合わせていただきますして勢いよくすする。
いやいや、まだカグラとメェナに出してないから待てって。
「ぷはー! 美味しい!」
「やっぱり麺類最高」
気に入ってくれたのは嬉しい。
でもカグラとメェナが、先に食べるなって目を向けてるぞ。
その二人の前にもラーメンと箸を置くと、こちらも両手を合わせていただきますして勢いよくすすりだした。
「は~。まぜそばも良かったけど、やっぱり麺といえばこういうスタイルよね」
「それだけに、具が無いのが残念ね」
「それに関しては悪かった」
でもスープや麺との相性を考える必要があるから、薬味や具材は何でもいいってわけにはいかない。
だからといって具も薬味も無い光麺で出すのも寂しいし、薬味としてネギだけは加えておいた。
「どうだ? 食べてみて具材は何が合いそうだ?」
使った器具の片づけをしながら問いかけると、出汁が魚だからやっぱり魚じゃないか、肉だよ肉、あっさり味だからタンメン風に野菜を、海老や蟹はどうかなんて意見が次々に出てくる。
片づけを終え、自分でも食べながら考える。
そうだな……海老や蟹を使うならそれの殻を使った出汁と合わせたいし、これに肉を加えるなら鶏肉がいいだろうし、野菜は塩茹でしたもやしや葉物かな。
薬味はネギでいいとしても青い部分じゃなくて白い部分で、他にはゴマも合うと思う。
「トーマ! お代わりある? 替え玉でもいいよ!」
「無い」
スープは使い切ったし、ストックの細麺もこれで使い切った。
また後で細麺のストックを仕込んでおかないと。
「えー……」
「後でデザート出すから、文句言うな」
「むしろ、そっちを先に出してよ!」
無茶苦茶言うなよカグラ。順序を考えてくれ。
とりあえずこの場は宥めて落ち着いてもらって、塩ラーメンを食べ終えたら塩茹でしたコンの実にフォークを添えて出す。
セイリュウとメェナはケーキを食べる時のように、フォークでコンの実を一口分に切って食べるのに対し、ダルクとカグラはコンの実にフォークを刺して持ち上げてかぶりついた。
ダルクはともかく、カグラがそういう食べ方をするなんて意外だ。
「なにこれ、すごく甘いわね」
「だけど砂糖みたいな甘さじゃないよ」
「噛むと口の中が、果汁の洪水になってる!」
「うふふ。粒あんもカスタードクリームも良かったけど、こういう自然な甘さが一番ね」
笑顔がほころんでるカグラの言う通り、コンの実から溢れ出る果汁は砂糖のような強い甘さじゃなく、食べやすい自然な甘さだ。
それでいてカシュッとした歯ごたえもあるから、本当に大きなトウモロコシの粒みたいだ。
「これは残るシュトウも期待できるわね」
そっちはどう食べようか。
ジャムにすれば加熱して食感が弱くなっても気にならないし、その加熱で甘さが強くなれば砂糖も使わずに済むかもしれないから、シュトウジャムでも作ってみるかな。
作り方は検索して調べるか、甘いものに詳しそうな天海にでも聞いてみよう。
そうだ。天海といえば、情報料を折半する件を忘れてた。
せっかく思い出したんだし、今のうちに送っておこう。
フレンド登録の中から天海を選択して、ミミミから受け取った情報料の半分を送金。
何の金か分からないと驚くだろうし、メッセージも添えておこう。
「おぉいっ! ここにサラマンダーのトーマってのはいるかっ!」
天海へ金とメッセージを送った直後、空気がビリビリするほどの大声で呼び出された。
いや、ゲーム内だから空気は無いけど、それぐらいの大声だ。
作業場にいる誰もが声のした方を向くと、出入り口の所に額から短い角が二本生えた特攻服姿の女性が、ポケットに手を突っ込んで仁王立ちしてる。
長い黒髪が腰まであって、特攻服の下はやや存在感のある胸元にサラシを巻いてるだけ。
そしてツリ目で鋭い目つきの顔が怖い。
「どいつだ、トーマって奴は!」
まさかあれも、俺の料理目当てのプレイヤーか?
やばい、あれはこれまで会った中で一番怖い。
さすがのダルク達の困惑してるぐらいだし、できれば関わりたくない。
でも無視するわけにはいかないから、席を立って名乗り出る。
「あっ、はい。俺です」
おそるおそる手を上げながら名乗り出ると、女性はこっちをキッと睨み、ポケットへ手を突っ込んだままズカズカ歩み寄ってくる。
怖がりながらもダルク達が立って有事に備える中、女性は俺達の前で止まると、ポケットから出した手を膝に置いて腰を落として頭を下げた。
「お初にお目にかかる! アタイは玄十郎の代理で来た、鬼人族の情報屋で名はイフードードー! どうかよろしく頼むぜ! 押忍ッ!」
えっ? この人がイフードードー?
恐喝に来た人じゃないのは助かったけど、なんというかまあ、名前通りっぽい人だな、うん。




