欲しい物のためならば
ガニーニから頼まれた、果物と木の実の仕込みがようやく終わった。
初めて扱う食材だから手こずった上に数が多かったけど、なんとか処理することができた。
「仕込みまで手伝ってもらって感謝する。約束通り、果物と木の実を君に売ろう」
「やったぁっ!」
「イエーッ!」
一番喜んだのは当然ながらカグラ。
ノリで一緒に喜んでるダルクと両手を繋ぎ、ピョンピョン飛び跳ねてる。
その際、一方は大きく揺れてるのに、もう一方は一切揺れてないのは気にしないようにした。
売ってもらえたのは仕込みを手伝ったコンの実、シュトウ、そしてシュウショウの三種類。
数は少ないし値段はちょっと高めだったけど、自分の所の製品を作れなくなったら本末転倒だから、数が少なくても文句は無い。
「ガニーニさん、修理終わりました!」
売買が済んだタイミングで、レオナが修理の完了報告をしに来た。
「ああ、すまない。悪かったな、急に頼んで」
ガニーニが微笑んで対応するもんだから、レオナは一瞬で真っ赤になった。
実に分かりやすくて、ダルク達が顔を寄せ合ってなにやらヒソヒソ喋ってる。
「いえいえ! 急な依頼が入るのは、この仕事では当たり前ですから!」
そうだな。機材はいつ故障するか分からないから、業者に急な修理依頼が入るのは当然か。
現実でもそんなもんだし、そうした場合に対応するためにサポートセンターとかがあるんだし。
「そう言ってくれると助かる。しかし今日は朝から魔道具が故障するし、そんな時に限って注文は多いしで、一時はどうなるかと思ったぞ」
そういうトラブルって、何故か重なるんだよな。
「だが、彼らのお陰でレオナを早く呼べたし、収穫と仕込みも終わった。案外なんとかなるもんだな」
なんとかなったのは、ここがゲームの中でそう設定されてるからこそだ。
こんなことは現実でそうそう起きることじゃないし、そう頻繁に起きては今回のように凌いでたら、どれだけご都合主義な人生なんだと言いたくなる。
「収穫はともかく、仕込みを手伝ってもらったんですか?」
「ああ。サラマンダーの彼は料理が上手いと、弟からの手紙にあったからお願いしたんだ」
いやいや、それほどでもないって。
まだまだ修行中の身。上手いと言っても本職ほどじゃない。
「へぇ、そうなんですか……」
なんかレオナから睨むような視線を向けられた。
何もしてないのに、どうしてそんな目を向けられなくちゃならないんだ。
「とにかく今日は助かった。お礼に今日売った三種類を少量なら、今後も君に売ってあげよう」
「本当ですか!?」
俺じゃなくてカグラが反応するのは、もう気にしないことにした。
「ああ。ただし、ちょっとばかり仕事の手伝いはしてもらうがな」
「分かりました!」
お前が返事するんじゃない、カグラ。
手伝いをするのは俺! 俺がガニーニの仕事を手伝うんだ!
とまあ、こんな感じでなんだかんだあったものの、無事に果物と木の実を三種類購入できた。
手を振るガニーニに見送られ、工房を後に……あれ?
工房からだいぶ離れた所で、次へ繋がる紹介を受けたり手紙を受け取ったりしてないと気づき、立ち止まる。
「どうかしたのトーマ君?」
「いや、ガニーニからどこの紹介も受けてないなって思って」
「「「「あっ」」」」
隣を歩いてたセイリュウに質問に答えると、果物と木の実の入手に浮かれてたカグラも、その様子に苦笑してたダルクとメェナも、勿論セイリュウもそのことに気づいて声を漏らして立ち止まった。
「言われてみれば、そうだった!」
「えっ? ひょっとして何か見落としてた?」
「いえ、これで終わりって可能性があるわ」
「その割にはあっさりしすぎじゃない? 一度、今回の行動を振り返ってみましょう」
メェナにそう言われ、ガニーニの下での行動を振り返る。
要求には全て応えたし、見落としはなかったはず。
ひょっとしたら俺達が見落としに気づいてないか、本当にこれで終わりなんじゃないか?
「とりあえず、ミミミか玄十郎に話して意見を聞いてみましょう。やっぱりこういうのは、その手のことに詳しい人に聞くに限るわ」
至極尤もな意見をありがとう、メェナ。
それ以外に結論を出す方法が思い浮かばず、ステータス画面を開いてログインしてるかをチェックする。
「すみませーん! そこのお兄さんとお姉さん達!」
ミミミはログアウトしてるけど、玄十郎がログイン中だから連絡を取ろうとしたら、工房の方からレオナが声を上げながら駆けてくる。
工具箱をガチャガチャ揺らしながら駆け寄ってくると、俺達の手前で止まってズイッと身を乗り出す。
「あの! もしよろしければ、力を貸してくれませんか!」
なんだなんだ? 何が起きてるんだ?
「力を貸してほしいって、何をすればいいんだ?」
「え、えぇっとですね。実は私、ガニーニさんのことが好きなんです」
空いてる手を真っ赤になった頬に添え、クネクネしながらとっくに気づいてることを口にした。
「そこでガニーニさんに私の手料理をご馳走してアピールしたいんですが、ちょっと困ってまして」
「何に困ってるんだ?」
「それはですね」
レオナによると、手料理でアピールするために川漁師からガニーニが好きな魚を購入したものの、珍しい魚ということで代金が高く、捌いてもらうための別料金を払えなかったらしい。
自分で捌こうにもレオナは魚を捌いた経験が無く、どうしようか困っていた。
そんな時に出会った俺に目をつけ、こうして頼んでるそうだ。
「無論、タダでお願いしようなんて思っていません。正直言って、お金にそこまで余裕が無いので、代わりに香辛料を扱ってるお店を紹介します」
香辛料、だと!?
「あっ、今トーマ絶対に興味持った」
「しょうがないわよ、香辛料だもの」
「トーマ君が反応しないわけない」
「なるほど。ガニーニさんから次へ繋がるんじゃなくて、レオナさんからこういう形で次へ繋がってるのね」
冷静に分析してるメェナ以外の言う通り、香辛料を見逃すはずがない。
購入できる物次第では、確実にレパートリーが増えるんだから。
「そこは一見さんにはなかなか売ってくれないんですが、祖父の代から利用してる私の紹介であれば、無下にはしないはずです。どうか、それでお願いします」
香辛料が手に入るのなら、むしろこっちからお願いしたいくらいだ。
「香辛料はどんなのがあるんだ!」
「ええと、私は胡椒と唐辛子の粉以外は詳しくないんですが、すり潰して練ると黄色くて辛くなる種とか、舌がビリビリ痺れる粉とか、真っ黒で香りの良い種とか、何かの皮を乾燥させた粉とか、色々ありますよ」
すり潰して練ると黄色くて辛くなる種は、おそらくカラシかマスタードだな。
舌が痺れる粉は山椒、香りの良い黒い種はゴマ、皮を乾燥させた粉はひょっとして陳皮か?
他にも色々あるのなら期待が持てる。
「わあ見て。トーマ君が玩具の山を前にした子供みたいな笑顔をしてるわ」
「あんな顔したトーマ、久しぶりに見たよ」
「トーマ君らしい反応だね」
「武器や防具よりも香辛料なのが、トーマ君らしいわね。まあ料理プレイヤーなら、誰でも欲しがるでしょうけど」
だって香辛料だぞ、香辛料!
料理に関わる身なら、欲しいに決まってる。
「それでどうでしょう。協力してくれますか?」
「勿論だ。喜んで引き受けよう」
「ありがとうございます!」
この機会は絶対に逃さない。
必ずやり遂げて、香辛料を入手してやる。
急かす気持ちを抑えながら、要求に応えるためレオナの店へ向かう。
道中ではダルク達と、手に入る香辛料次第ではあれが作れるこれが作れると話してるうちに店へ到着し、奥へ通された。
初対面がだらしない感じだったから室内は散らかってるかと思いきや、通りすがりに見た作業部屋は散らかってたのに対して、通されたリビングはちゃんと綺麗に整理されてる。
「今から魚を出しますので、ちょっと手伝ってください」
「分かった」
手伝いを求められてリビングのすぐ傍にある台所へ行くと、レオナは床を開けた。
どうやら床下に空間を作って食材を保管してるようで、梯子を降りて魚の入った箱を持ってくるから、それを上で受け取ってもらいたいとのこと。
そうして受け取ったのは、両手でないと持てないくらい大きくて長い箱。
台所だと狭いからリビングのテーブルの上に置き、梯子を上ってきたレオナが蓋を開けると、巨大な黄金色の鮭が入っていた。
「でっか! なにこれ!?」
「カイザーサーモンといって、海水でも淡水でも生息可能なとても美味しい魚なんです」
魚の大きさに驚くダルクにレオナが答える。
名前だけでなく、海水と淡水の両方で生きられるところも鮭と同じ設定なのか。
ちなみに情報はどうなってるんだ?
カイザーサーモン【成魚】
レア度:4 品質:5 鮮度:78
効果:満腹度回復5%
普段は海にいるが季節によっては川でも獲れる高級魚
塩漬けにしたり乾燥させたりしたものでも、高値で取り引きされる
暴れると大人でも押さえるのが大変で、気を抜けば怪我をする
高級魚って出てるよ。
塩漬けでも乾燥させても高値で売れるってことは、それだけ味もいいってことか。
それを丸ごと一匹購入したなら、代金が高いというのも納得だ。
「どうでしょう。捌けますか?」
「これだけ大きいのは捌いたことが無いけど、特殊な捌き方をする必要が無いならなんとかなると思う」
こんな大きな魚、普通の町中華の店で捌くことはまず無い。
でも処理方法が普通の魚と変わりないなら、やれないことはないと思う。
普通の魚なら、日替わりの南蛮漬けやアジフライなんかで何度も捌いてるからな。
「川漁師からは、これといって特別な処理方法は必要無いと聞きました」
ならどうにかなるだろう。
「分かった、やってみよう」
「よろしくお願いします!」
さて、それじゃあ……おっと、その前に確認だ。
「どこまで捌けばいい? 三枚おろしか?」
「できれば厚めの切り身にしてください。あっ、皮は取らなくて結構です」
皮付きで厚めの切り身ね、了解。
台所だとこの大きさの魚を捌くには狭いから、リビングのテーブルを使わせてもらうことにした。
できるだけ大きなまな板を用意してもらい、カイザーサーモンを箱から出してまな板へ移して箱は片付けておく。
ダルク達は用意された椅子に座り、解体ショーだとか言ってる。
「トーマ、早く捌いて!」
分かったから落ち着け。ていうか、なんでダルクが急かすんだ。
包丁を装備して前掛けとバンダナを表示させて作業開始。
まずは鱗を取る。
これまでに捌いた川魚とは大きさが桁違いだから、ちょっと大変だ。
そういえばこれまでの川魚では気にしてなかったけど、鱗だけを調理したり、鱗を取らずに調理したりする料理もあったな。
カイザーサーモンの鱗はどうなんだろう。
取り終えた鱗を取って、情報を確認してみる。
カイザーサーモンの鱗
レア度:4 品質:4 鮮度:76
効果:満腹度回復1%
カイザーサーモンの成魚から取れた鱗
見た目はキラキラ輝いてるが金銭的価値は無い
火を通せば食用可能
どうやら食べられるようだ。
今回は鱗を取っちゃったけど、鱗を取らずに熱した油を掛けながら調理してみるのも面白いかも。
現実で鮭を使ったそういう料理があるとは聞いたことがないけど、ゲーム内だし細かいことは気にしないでおこう。
鱗を端へ纏めておいたら次はエラを取り、腹を切って内臓を取り出す。
「それでレオナさん、どうしてガニーニさんのことが好きになったの?」
おいこらカグラ、人が作業中に何を聞き出そうとしてるんだ。
こっちは内臓を取り終えて、流しで血を洗い流してるところだっていうのに。
「でへへへへ。えっとですね」
それでもってレオナも喋るんかい。
こっちは血を洗い終えて、頭を落としてる最中だっていうのに。
心の中で文句を呟きつつカイザーサーモンを捌く間も、レオナの話が耳に入ってくる。
それによると、何年か前に先代である亡き祖父の後を継いで修理士として働きだしたものの、名人と言われた祖父と比較されて評価されず依頼が減少していく中、ガニーニだけは評価してくれて何かと世話を焼いてくれたそうだ。
お陰でなんとかやってこれて、ようやく仕事が軌道に乗ることができた。
そんな世話になった日々の恩義が、いつしか恋心へと変わって現在に至るとのこと。
まあ、そんなものなのかな。
そんなことより……。
「捌き終わったぞ」
皆の興味がカイザーサーモンからレオナの恋話に移って、度々キャーキャー言ってる間も作業を進め、指定通りの皮付きで厚めの切り身をバット代わりの大皿に盛っておいた。
中骨にちょっとばかり身が残っちゃったのは、これだけ大きな魚を捌いたことがないことによる、ご愛敬ってことで勘弁してほしい。
「わぁっ! 助かりました!」
うん、どうやらこれで問題無いようだ。
「頭や中骨はどうすればいい?」
「出汁を取るのに使うので、そのままにしておいてください」
うんうん。どっちも良い出汁が取れそうだもんな。
「他にやっておくことは?」
「ありません。捌いてもらえれば、後は自分で調理できます」
胸を張って腕を組んでふんすを鼻息を吐くレオナに、ダルクとカグラとメェナが頑張れと言って拍手する。
おしゃべり中もカイザーサーモンを捌いてた俺には、何のねぎらいもないのか?
「トーマ君、お疲れさま」
俺の味方は笑顔でねぎらってくれたセイリュウだけ。
しばらくはそう思うことにした。
よって、次に飯を作る時はセイリュウが好きな麺類にしよう。
川魚の頭で取った出汁を使った、塩ラーメンとかうどんとか。
「切り身にまでしてくれて、助かりました。紹介状とは別に切り身を人数分、追加のお礼として差し上げます」
マジか。これを人数分くれるのか。
「いいのか?」
「正直、こんなにあっても使い切れませんから。試作分を考えても、確実に残りそうなので」
「自分で食べないの?」
「基本的に魚より肉派なので、魚を食べ続けるのはちょっと……」
ダルクの問いかけに、視線を逸らしたレオナが答える。
恋する乙女でもライオンはライオンか。
「分かった。ありがたくいただこう」
カイザーサーモンの切り身を五つゲット。
ついでに鱗を貰えないか聞いてみると、そんな物で良ければどうぞと譲ってくれた。
「では、紹介状を用意してきますね!」
何故かビシッと敬礼したレオナを見送り、切り身と鱗をアイテムボックスへ入れる。
直後に何かが崩れる音とレオナの悲鳴っぽい声が聞こえたけど、大丈夫だろうか。
「ねえ、鱗なんて貰ってどうするのさ?」
「そうよ。モンスターじゃない魚の鱗じゃ、素材にもならなさそうよ?」
不審な表情のダルクとメェナがそう言うのも分かる。
でもちゃんと理由はある。
「食うんだよ。火を通せば食えるらしい」
「あらら。そうなの?」
「そういえば、鱗を外さずに料理を作ったり、鱗だけを調理したりするのを何かで見たよ」
セイリュウの言う通り。
俺も鱗を取ってる最中に、ふとそのことを思い出して調べてみたんだ。
その結果が食用可能。
それを貰えるのなら、貰っておかない手は無い。
「どう食べるの!?」
食べられると分かった途端、ダルクが食いついてきた。
「とりあえず、サッと揚げて塩を振ってみる。初見の食材だし、それでいいだろ」
「美味しかったらいいなぁ。もしも美味しかったら、釣れるように頑張るよ!」
それは俺からも頼みたい。
美味い食材を入手してくれるのなら、いくらでも応援しよう。
「お待たせしました。こちらが紹介状です」
何かが崩れた時に乱れたのか、跳ねた髪を直しながらレオナが紹介状を差し出す。
「ありがとう」
「お店の場所はこの町の北側にあって、目印は唐辛子と天秤の絵が刻まれた看板です。店主のスコーピっていう蠍人族のおじさんは気難しい方ですが、その紹介状があれば追い返されることはないと思います」
なんか、うちの祖父ちゃんみたいなイメージを抱いた。
まあいいさ、香辛料が手に入るのなら気難しいくらいは構わない。
よし、情報を確認だ。
店は町の北側にあって、店主はスコーピっていう気難しい蠍人族のおじさん。
でもって目印は唐辛子と天秤の絵が刻まれた看板……えっ、天秤?
「なんで天秤なんだ?」
「量り売りをしてるからです。今では重量を計る魔道具がありますが、スコーピさんはそういうのが苦手なので、今も天秤を使い続けてるんです」
現実でいうところのアナログ派なのかな。
そういう人は現実にも一定数いるし、ここはゲームの中だから別に気にしないけど。
「分かった。ありがとな」
「こちらこそ、ありがとうございました」
紹介状はアイテムボックスへ入れ、レオナに見送られて店を後にする。
さあ、次は香辛料の店だ!
そうして意気揚々と香辛料の店へ行こうとしたら、前方に回り込んだダルクが両腕を広げて通せんぼした。
「待ってトーマ。香辛料の店に行く前に、ご飯にして!」
「なんだかんだ動き回ったから、満腹度と給水度がだいぶ減ってるのよ」
「収穫を手伝ったセイリュウちゃんの減り具合は、特に顕著ね」
「お願い、ご飯……」
後ろにいるメェナとカグラの援護射撃に加え、両手を組んで祈るようにしてるセイリュウからお願いされてしまった。
仕方ない。できれば香辛料を手に入れてから作りたかったけど、先に飯を作るか。
だって後回しにしたら、絶対にうるさいだろうし。特にダルクが。




