牛乳を入手しに行く
食事を終え、冒険者ギルドへ向かうダルク達を見送って料理ギルドへ向かう。
そこの掲示板に貼られている依頼の中から、特定の牧場からの依頼を受けることが牛乳の入手に繋がるんだけど、その前に未登録のオリジナルレシピを登録しておく。
コロッケ風春巻き
カボチャコロッケ風春巻き
今回登録したのは、このコロッケ風春巻き二種類。
登録したオリジナルレシピはこれで十個になったけど、そんなことよりも牧場からの依頼だ。
オリジナルレシピの登録が終わったら、目的の牧場からの依頼を受理する。
労働依頼
内容:子供達のための食事作り
報酬:500G
労働時間:3時間
場所:バイソン牧場
子供達の食事を作るなんて、いかにも料理ギルドへ持ち込まれる依頼っぽい。
だけどエクステリオと雷小僧の情報によると、この依頼で作る食事で特定の条件を満たせば、報酬とは別に牛乳を受け取れるらしい。
とにもかくにも職員からもらった地図に従って、目的のバイソン牧場へ向かう。
牧場は町の郊外にあるものの、道中でモンスターが出ることはないから安全に移動でき、周囲に広がるのどかな光景を見られる余裕すらある。
そうして辿り着いたのは、木の柵に囲まれた広大な草原でのんびり過ごしてる牛と羊が多数いる牧場だった。
「思ったより広いな」
予想より大きい規模に思わず見とれつつも、依頼主の下へ向かう。
地図にある走り書きによると、依頼主がいる家屋はいくつか並ぶ建物の中の一つで、他は牛や羊の小屋だったり乳製品の加工場や保管庫とのこと。
間違えないよう地図で確認しながら家屋へ到着したら、呼び鈴の代わりに吊るされている木の板を、同じく吊るされている木槌で叩く。
「はいよ」
女性の声がしてすぐに扉が開き、牛の角と尻尾が生えたオーバーオール姿の女性が現れた。
というか、牛だからか胸がやたらデカい。
「アンタ、どちらさんだい?」
「あっ、料理ギルドから依頼を受けて来ました」
危ない危ない。圧倒的な存在感につい唖然としてしまった。
「おや、そうかい。じゃあ仕事の説明をするから、上がりな」
そう言われて通された内部は至って普通だなと思っていたら、いらっしゃいと言いながら男の子二人と女の子三人が一斉に駆け寄って来て、あっという間に囲まれてしまった。
こら、尻尾を触るな。なんかこう、言葉にし難い変な感覚が伝わってくるから。
その様子に笑う女性によると、食事を作ってほしい子供達とはこの子達のことで、一番上の長女が十歳で一番下の次男が五歳だそうな。
女の子三人には母親と同じ牛の角と尻尾があって、男の子二人には羊の角と尻尾が生えている上に、髪が羊の毛のようにフワフワしたアフロヘアだ。
ちなみに順番は長女、長男、次女、三女、次男とのこと。
「材料は台所にあるものなら、何を使ってくれてもいいよ。ただし、必ず牛乳を料理に使っておくれ。牛乳は体にいいからね!」
腰に手を当てた女性が親指を立て、サムズアップする。
貰った情報通りのセリフだ。
そしてこの後には……。
「えー!」
「牛乳飽きたー!」
「いらなーい!」
「牛乳はもういいよ」
聞いていた通り、牛乳に飽きたコールが始まった。
一番年上の長女だけは苦笑いを浮かべてるけど、他の子達はブーブー言ってる。
「お黙り。あんたらを食わすのも楽じゃないんだ、普通に食えるだけありがたいと思いな」
なんとまあ、身も蓋もない。
五人もの子供を食わすのは大変なのは分かるし、そのために我慢を強いるのも分かる。
だけどそれを他人の前で遠慮なく言うなんて、NPCでそういう設定とはいえちょっと気まずい。
母親からの言葉に子供達が不満そうにしながらも黙ると、女性は任せたよと言い残して出て行った。
それを見届けた後、長女以外の子達は改めてブーブー言い出した。
「皆、牛乳嫌いなのか?」
「嫌いじゃないよ。飽きただけ」
「だって毎日飲んでるか、料理に使うんだもん」
長女と長男がそう告げたのに続いて、次女と三女と次男も同じく飽きただけと口にした。
そりゃあ、どんなに美味い物でも毎日食べれば飽きるからな。
どんなに味と品質が良い牛乳でも、続けば飽きて当然だ。
だけど、この依頼で報酬とは別に牛乳を受け取るためには手持ちの食材は一切使わず、台所の食材だけで牛乳を使った料理を作らなきゃならない。
しかも子供達の分だけでなく、後からやってくる両親の分も作る必要がある。
そうすることで、うちの牛乳を上手に料理してくれてありがとう、という流れで報酬とは別に牛乳を受け取ることができる。
エクステリオはこの依頼を、クリームシチューを作ってクリアしたそうだ。
さて、俺は何を作ろうか。
どうせなら、今は不満気な子供達が喜んでくれるものがいい。
いくらNPCとはいえ、美味く食べてもらった方が作った身としては嬉しいからな。
「肝心の材料は……」
野菜はニンジンとタマネギとジャガイモとキャベツ、それにトマトとカブ。
肉は干し肉のみで調味料は塩と砂糖と油、他は小麦粉と牛乳とバターと使いかけのチーズ。
設備は作業館にあるのと同じ魔力コンロと無限水瓶と魔力オーブン、調理器具も鍋やフライパンや包丁と、必要なものは一通り揃ってる。
確かにこの材料と設備と器具だと、真っ先に浮かぶのはクリームシチューだな。
「お兄ちゃん、何作るの?」
兎の人形を抱えた末っ子の次男から、作る料理を尋ねられた。
後ろには他の子達もいるし、ちょうどいいから美味い物を食べてもらうために聞き込みをしよう。
「なあ、普段は牛乳をどう料理してるんだ?」
「普段はクリームシチューとかクリームスープですね」
「あとはグラタンとか?」
ということはエクステリオを真似してクリームシチューを作っても、この子達は喜ばないかもしれない。
だっていつも食べてる物を出したところで、よほどの味でない限りはそうそう喜ばないだろう。
そうなると……よし!
「それでお兄ちゃん、何作るの?」
「秘密だ。さあ、今から作るからちょっと待っててな」
「「「「「はーい」」」」」
返事をした子供達が台所を出るのを見届けたら、バンダナと前掛けを表示させて調理開始だ。
まずはボウルに小麦粉を入れて牛乳を注ぎ、塩と砂糖を入れてこねて生地を作る。
生地がまとまったらまな板へ移し、なめらかになるまでこねたらバターを加えてさらにこねていき、ツヤが出てきたら発酵スキルで発酵させて膨らませる。
これをしっかりこねてガス抜きをした生地はいくつかに分けて少し休ませ、その間にもういくつか生地を作っておく。
なにせ子供達のに加えて両親の分もあるから、たっぷり用意しないとな。
生地の準備できたらチーズを削り、休ませた生地を成形しながらチーズを少量加え、発酵スキルで二次発酵させたら魔力オーブンで焼く。
その間に二品目の下準備をしよう。
大きめの鍋に水を張ってコンロの火に掛けて、干し肉を入れておく。
次に使う野菜を用意してたら、パンが焼けた。
チーズ入り牛乳パン 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:1 品質:6 完成度:82
効果:満腹度回復8%
器用+1【1時間】
水を使わず牛乳で作ったパン
牛乳を使ったことで優しい甘さと風味がある
生地に混ぜ込んだチーズがコクを演出
一つ味見をしてみると、前に納品依頼のために作ったロールパンより少し甘さと風味が強く、少量加えたチーズがちょうどいい重さになって食べ応えがある。
これなら柱の陰から興味深そうに見てる子供達も、美味しく食べてくれるだろう。
パンの出来に頷きつつ、続けてパンを焼いてる合間に鍋に浮いた灰汁を取り、野菜を切っておく。
ニンジンとタマネギとジャガイモとカブを一口大に、ヘタを取ったトマトを細かく刻んだらボウルへ移してスプーンで潰す。別に今潰さなくてもいいんだけど、そこは人それぞれってことで。
焼けたパンは順次、熱いうちにアイテムボックスへ入れていき、同時進行で二品目の調理を進める。
そうしてパンを全て焼き終えたら鍋に集中。
干し肉の出汁が良い感じになったら煮込まれて戻った干し肉を取り出し、出汁に牛乳と潰したトマトを投入。
火力を弱め、お玉でしっかりかき混ぜて馴染ませていく。
刻んだトマトを鍋へ入れてから潰す方法もあるけど、今回はあらかじめ潰させてもらった。
取り出した干し肉は一口大に切り、ニンジンとタマネギとジャガイモとカブと一緒に鍋へ入れて煮込む。
「いい匂い」
「スープかな?」
「でも、どうせクリームスープだろ。さっき牛乳入れてたし」
半分正解、といったところかな。
そのまま煮込んでいき、浮いてきた灰汁を取りながら野菜に味が染みるのを待つ。
やがて良い感じになったから味見をしてみると、スープも具も良い感じになっていた。
ゴロゴロ野菜のトマトクリームスープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:6 完成度:84
効果:満腹度回復29%
知力+3【1時間】
牛乳とトマトを使った野菜たっぷりのスープ
干し肉の出汁と牛乳とトマトが三位一体の味を生み出した
そんなスープを吸った野菜もまた美味
トマトクリームスープだなんて、とても中華とは無縁の料理。
そりゃそうだ。なにせこの料理は、うちでバイトしてるお姉さんから教わったんだから。
賄い作りを手伝ってくれた時、実家の母親に教わった料理だと言って、顆粒出汁と賞味期限が迫っていた牛乳と痛みかけのトマトを使って作ったのがこれだ。
そう難しくないから覚えさせてもらったんだよな。
「さっ、できたぞ。皆席に着け」
「「「「「はーい」」」」」
柱の陰に隠れていた子供達が各々の席に座る間にスープをよそい、アイテムボックスから取り出した焼きたて状態の牛乳パンを皿に盛って置いていく。
「このスープ、なんだ?」
「クリームスープじゃないよ」
「変な色」
「でも良い匂いだよ」
「とにかく食べましょう。いただきます」
長女に続いて他の子達もいただきますと言い、まずはスープを一口飲んだ。
さあ、どうかな。
「「「美味しい!」」」
下の子三人が声を揃えて美味しいと言って、せわしなくスプーンを動かしてスープを食べる。
子供は美味しい不味いに正直だから、NPC相手とはいえ嬉しい。
「なんだこれ、うめぇ!?」
どうせクリームスープだろと言っていた長男さえ、皿を持ち上げてスープをがっついてる。
「これ……トマトと牛乳のスープですか?」
「正解」
一人冷静にスープを味わっていた長女が当ててみせた。
まあそこまで難しい作り方じゃないから、よく味わえば分かるよな。
「そうだこれ、トマトじゃん!」
「クリームスープにトマトスープを混ぜたのかな?」
「トマトを混ぜただけなのに、ママのより美味しい」
「入ってるお肉も野菜も美味しいわよ」
「パンも美味しい! チーズ入ってる!」
さすがは食べ盛りの子供達、パンもスープもあっという間に減っていく。
別々に食べたり、パンにスープを付けて食べたり、パンの上にスープの具材を乗せて食べたり、思い思いの食べ方をしてる。
「お兄ちゃん、スープおかわり」
「はいよ」
パンは数に限りがあるけど、スープはたっぷり作ったから両親の分を除いてもおかわり可能だ。
子供の食欲は意外と侮れない。
なにせ限度を知らないから、どこにそんなに入るんだってくらい食べることもある。
腹八分目なんて、子供には無縁の言葉だ。
「兄ちゃん、パンもっとくれよ!」
「あたしも!」
「パンのおかわりは一人二つまでな」
「「「「えーっ」」」」
長女以外から文句が出たけど、数に限りがあるから仕方ない。
そうして食事をしてると、玄関から母親のただいまが聞こえて両親登場。
父親と思われる男性には男の子達と同じ羊の角と尻尾が生えていて、やっぱり同じフワフワのアフロヘアだ。
なるほど、男の子達の角とか髪は父親の遺伝か。
「戻ったよ。食事を作ってくれたようだね、ありがと」
「君が依頼を受けてくれた少年か。感謝する」
男性が穏やかな口調で柔らかい笑みを見せた。
なんというか、アフロヘアだからサングラスとか似合いそう。
「気にしないでください。それよりお二人の分もあるんですが、いかがですか?」
「おやまあ、本当かい? 悪いね」
「だがせっかく作ってくれたんだ、いただこう」
そう言って席に座った二人は、ものすごい勢いでスープとパンを食べる子供達に目を見開いた。
「この子達がこんなに夢中で食べるなんて」
「何を作ったんだい?」
「こちらです」
論より証拠、説明するよりも実際に食べてもらった方が分かってもらえるだろうから、パンとスープを出して説明しながら食べてもらう。
その結果、説明を聞いてるのか分からないくらい、二人とも無言でガツガツ食ってすぐにおかわりを要求。
大鍋に作ったスープはまだ余裕があるからともかく、残ったパンが一つずつだと知って残念そうにしていた。
「牛乳でスープは作ってたけど、そこへ潰したトマトを加えるとはね。これは参考にさせてもらうよ」
「生地を作る時に牛乳を使ったパンは聞いたことはあるけど、普通のより風味が良いね。しかも削ったチーズまで入れるとは」
どうやらお気に召したようだ。
やっぱり相手がNPCであろうと、美味いと言って食べてもらった方が気分が良い。
お姉さん、トマトクリームスープの作り方を教えてくれてありがとう。
「こんなに美味しいのを作ってもらったのに、報酬が500Gじゃ安すぎるね。どうする、お前さん」
「そうだな。報酬とは別にうちの牛乳を分けてあげよう。どうだい?」
「ぜひください!」
よし、この肯定の返事で教えてもらった条件は全部クリアだ。
これで牛乳が入手できる。
やがて全員が食事を終えると男性に作業場へ連れて行かれ、そこでエクステリオと雷小僧から聞いた通り、銭湯とかにある瓶の牛乳を三十本貰った。
既に加熱処理も済んでおり、調理に使うこともそのまま飲むこともできるそうだ。
「ありがとうございます」
「なに、美味い飯のお礼だ」
微笑む男性に頭を下げ、牛乳をアイテムボックスへ入れる。
これで用事は終了――。
「お兄さん、待ってください」
引き上げようとしたら長女の声が聞こえた。
振り返ると、瓶を抱えた長女を先頭に子供達が駆けてくる。
「お兄ちゃん。美味しいご飯、ありがと」
「お礼にいいものやるぜ!」
「お母さんから許可は貰ったので、どうぞ」
子供達がお礼にと差し出したのは、長女が抱えている電気ポットぐらいの大きさで蓋が付いてる茶色い瓶。
これはなんだ?
熟成瓶
レア度:4 品質:6
効果:中に入れた物の熟成を促す
*熟成は持ち主がログイン中の時に進み、アイテムボックス内でも進む
マジか。これって熟成を促す道具だ。
ということは、これの中に魚や肉を入れておけば熟成して旨味が増すのか。
ていうか、このゲームに熟成って概念があったんだな。
「いいのか? こんなに良い物貰っても」
「ええ、どうぞ」
「そいつなら俺も構わないぞ」
男性も熟成瓶の受け取りを許してくれた。
なんでもこれは、チーズやヨーグルトを作るために必要な道具を注文した際、手違いで紛れ込んだ品らしい。
発注先も自分達の手違いだからと譲ってくれたものの、使う機会が無く死蔵していたそうだ。
「というわけだから、遠慮せず持って行ってくれ。あれだけの料理を作る腕があるなら、使いこなせるだろう」
「そういうことなら遠慮なく」
まさか熟成を促す道具があって、それを入手できるとは思わなかった。
だけどこんな情報、エクステリオも雷小僧も言ってなかったよな。伝え忘れか?
「そうだ。こうした道具に興味があるのなら、それを作った職人を紹介するぞ」
「本当ですか!?」
実を言うと醸造のための道具が欲しいと思っていたんだ。
というのも、発酵は食材そのものへ使うから道具が無くとも問題無いのに対して、醸造はそれ専用の道具がないと上手くできないのだと、この前の料理プレイヤーの集いで教わったからだ。
しかも醸造のための道具の入手方法は不明で、β版でも道具が存在することとそれが必要なのは分かっても、入手はできなかったそうだ。
「ああ。バイソン牧場のシープンの紹介だと言えば、話は聞いてくれるはずだ」
話は聞いてくれる。ということは、物を売ってくれるとは限らないってことか。
だけどここはゲームなんだ、そう簡単に手に入ったらゲームらしくない。
一応シープンに入手方法を尋ねたけど教えてもらえず、代わりに熟成瓶の使い方と職人の工房の場所を教えてもらった。
さらに、今後ここへ来れば牛乳を売ってくれると言われた。
そういえばエクステリオと雷小僧から、この依頼を達成できれば日中に牛乳を買えるようになるって言われたっけ。
熟成瓶を貰うなんて予定外のことが起きたから、すっかり忘れてた。
まあ、なにはともあれ、これにて牧場での依頼は完全に終了。
料理ギルドへ報告に向かう前に熟成瓶の件を確認するため、牧場の外へ出たらログイン中のエクステリオにフレンドコールで連絡を取る。
『ようトーマ、どうかしたか?』
「急に悪いな。実は確認したいことがあるんだ」
教えてもらった通りのやり方で依頼を達成したら、牛乳だけでなく熟成瓶も入手したことを伝えたら、やたら驚かれた。
どうやら熟成瓶を入手なんて、β版でも今回でも無かったそうだ。
『詳しく話を聞きたい。どこかで会えないか?』
「だったら料理ギルドでいいか? 依頼達成の報告をしたいから」
『分かった。雷小僧にも連絡を取って待ってるぞ』
「了解だ」
話が終わったからフレンドコールを切り、急ぎ足で料理ギルドへ向かう。
さて、どういうことなのやら。




