なんでもいいと言うのなら
厨房で夜営業を手伝っている最中に、もう上がっていいと祖父ちゃんに言われたから、先に上がらせてもらう。
祝日でもない月曜日の夜とあって飲みに来てる客は少なく、時間が遅くなるにつれて食事に来る客も減ってきた。
もう俺がいなくても大丈夫だということで、明日に備えて厨房を上がる。
これまでなら、この後は風呂に入って課題があれば片付けて寝ていた。
今日は課題は無い代わり、早紀達との約束があるからUPOにはログインする。
父さんや祖父ちゃんも、遊んでこいと普段の平日より早めに上がらせてくれたし、その心遣いに甘えよう。
「さて、ログインするか」
UPOへのログイン準備を整え、ヘッドディスプレイを被ってベッドへ寝転がってログイン開始。
沈み込む感覚の後、前回ログアウトしたセカンドタウンイーストの広場が目の前へ広がった。
時間帯は昼ぐらいのようで、周囲にはプレイヤーやNPCが賑やかに行き交ってる。
「さて、ダルク達は……」
登録してるフレンドからログイン状況を確認すると、ダルク達はまだ誰もログインしてない。
約束の時間より少し早めにログインしたから、いなくても不思議じゃない。
とりあえず、ダルク達がログインするまでは広場のベンチに座り、アイテムボックスの中身やメッセージを確認していく。
おっ、エクステリオとミミミからメッセージが届いてる。
『前に教えた牛乳の入手方法は、β版と同じなのが確認できた』
『支払う情報料がようやく集まったわ。渡したいから、現在地の情報を求む』
エクステリオからは情報共有の、ミミミは連絡を求めるメッセージか。
どっちもログインしてるから、さっさと返事を送っておこう。
『分かった。情報感謝する』
『お疲れさま。現在地はセカンドタウンイーストの広場』
送信っと。
そういえばミミミはどこにいるんだ?
別の町にいるのなら、向こうがこっち来るのはいいけどこっちが行くことになったらどうしよう。
その時はダルク達に相談して、また護衛してもらうかな。
おっ、返事来た。
『了解。今はファーストタウンにいるけど、すぐに行くからそこで待ってなさい』
待ってなさいって、これからファーストタウンから移動するつもりか?
それまでここで待たなきゃならないのか?
すぐにって書いてあるけど、どんなに急いでもゲーム内で半日は掛かるんじゃないか?
「あらトーマ君、もう来てたの。早いわね」
おっとカグラが来たか。ちょうどいい、この件を相談しよう。
「なあカグラ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「あら、何を聞きたいの? スリーサイズ?」
「そういう冗談はいいから」
一瞬存在感を主張する胸元へ目を向けたのは、心の中でごめんなさい。
「うふふふ。トーマ君にはお世話になってるから、冗談抜きで教えてもいいのよ?」
前のめりになるな、ユサッて揺れたから。
「はいはい、そういうのいいから。それよりも、ミミミからメッセージが届いたんだけどさ」
「ぶぅ」
なんでそこでむくれるんだ。
何故か不機嫌になったカグラを宥めつつメッセージについて尋ねると、転移屋を利用するんだろうと言われた。
UPOにおける町には必ず転移屋という店があり、そこのNPC店員に料金を支払えば、行ったことがある町へ転移させてくれるそうだ。
ただし、目的地が遠ければ遠いほど料金が掛かるらしい。
「ファーストタウンからの転移なら、さほど料金は高くないわよ。便利だからβ時代、よく利用したわ」
そうなのか。
なら、ポッコロとゆーららんが唐辛子とニンニクの量産に成功したら、それを利用して気軽に取りに行けるわけか。金は必要になるけど。
「分かった。ありが」
「おっ待たせー! トーマ!」
ダルクによってお礼を妨げられた。
ジト目を向けると、ダルクとその後ろにいるセイリュウとメェナに首を傾げられた。
「なに? なんかあった?」
「別に。ミミミが金を払いに来るから、ここで待つことになっただけだ」
「えー、そうなの? じゃあすぐにご飯作れないじゃん」
問題はそこか。いや、こいつらにとっては重要か。
まだ満腹度が八割もある俺と違って、ダルク達は五分の一を切ってるからな。
そこに気づいたカグラとセイリュウとメェナも、ハッとして小刻みに震え出した。
「うー! 早くこーい!」
それで早く来たら苦労は。
「待たせたわね。お金持って来たわよ」
来たよ。これが噂をすればなんとやらか?
「支払いを待ってもらって悪かったわね。その分、色を付けてるから」
「「「「そういうのいいから、早く払って!」」」」
「は、はいー!?」
落ち着け腹ペコガールズ。
それから即座にミミミからかなりの額の金が渡され、その流れでダルク達からも食材と食費が渡された。
所持金が一気に増えたから、なんか怖い。
「よし、用事は終了だね。トーマ、すぐに作業館でご飯お願い!」
「善は急げね!」
「早く早く」
「じゃあねミミミ、また何かあったら連絡するわ!」
「えっ、ちょっ、待っ」
何か言いたげなミミミを放置し、有無を言わさず作業館へ連れて行かれる。
ダルクに右腕を、メェナに左腕をそれぞれ引っ張られ、カグラとセイリュウに背中を押されて走らされる。
おいおい、走ったら満腹度の減少が早まるんじゃなかったのか?
あっ、やっぱり。ただでさえ少ない満腹度がジワジワ減ってく。
そんな心配をしている間に作業館へ到着して、何事かと周りから視線を浴びながら、借りた作業台の前へ立たされた。
「「「「さあ、ご飯作って!」」」」
「はいはい」
昔、遊びに来た親戚の幼い子が腹減ったって騒ぐ様子に、祖父ちゃんが腹減った怪獣だって言っていたのをふと思い出した。
それじゃあ俺も、腹減ったガールズのために料理しますか。
でもその前に、設備と備え付けの調理器具を確認しよう。
「おいあれ――」
「まさか――」
「様子を――」
パパっと調べてみると、ファーストタウンの作業館と同じだから調理に影響は無さそうだな。
「そんじゃ、やりますか」
今回のメニューは学食でも伝えておいた、中華桐谷で提供している鶏肉と野菜のピリ辛スタミナ炒めの塩味版。
まずはおろし金でニンニクをすりおろしたら、鶏モモ肉をやや小さめの一口大に切る。
これに下味を付けるんだけど、店で出してるのは切った肉を酒と醤油とおろしニンニクなんかと一緒に袋へ入れて揉み込むのに対し、今回は肉をボウルへ移して塩を少々とおろしニンニク半分をまぶして揉み込んでおく。
揉み込みが終わったら手を洗い、次は野菜を切る。
ニンジンとピーマンは細切り、ネギは白い部分も青い部分も斜め切り、ニラは一口大に切り、少量の唐辛子を輪切りにしておく。もやしも使うけど、これは切る必要が無いからザルで洗って水を切っておくだけ。
そして備え付けの中で一番大きいフライパンに油を敷いて熱したら、まずは鶏モモ肉を炒めていき、色が変わってきたら一旦皿へ移して火の通りにくい順に野菜を加えながら炒めていく。
野菜に火が通ってきたら、皿へ移しておいた鶏肉と唐辛子と残ってるおろしニンニクを加える。
唐辛子とニンニクが熱されて香りが立ってきたら、塩胡椒を加えて全体の味を調えたら完成。
食欲をそそるニンニクの香りの中に、少量の唐辛子によるほどよい刺激のある香りが混ざって食欲を刺激する。
「腹が――」
「この香りは――」
「噂は本当――」
味の方は……うん、ニンニクに支配されず辛みもピリ辛程度だから、肉と野菜の味がしっかり感じられるし歯応えもバッチリだ。
「はいよ、鶏肉と野菜のピリ辛スタミナ炒めの塩味版な」
鶏肉と野菜のピリ辛炒めニンニク風味 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:8 完成度:90
効果:満腹度回復31%
魔力+3【2時間】 知力+3【2時間】
ニンニクの味と香りが食欲を刺激する、鶏肉と野菜の炒め物
少量加えた唐辛子によるピリ辛がアクセントとなり、食欲がさらに増す
野菜たっぷり栄養満点、ニンニクと肉とニラでスタミナ要素もバッチリ
料理の名前が違うけど、これはゲームのシステムが料理名を決めてるから、気にしないでおこう。
大皿に料理を盛って、目を爛々とさせて待っているダルク達の前に置き、取り皿と箸を置くと競うように食べだした。
「待ってました!」
「うふふ、良い香りね」
「いただきます」
「ちょっとダルク、肉取りすぎよ」
肉を多めに取ろうとするダルク、嬉しそうに尻尾を振りながらそれを諫めるメェナ。
そんな二人は気にせず、手早く取り皿に取っていくカグラとセイリュウ。
複数人が同時に大皿から料理を取る時って、性格が出るよな。
こっちを見てざわつく多くのプレイヤーの視線は気にせず、フライパンを洗いながら料理を食べるダルク達を眺める。
「んー! お店で食べてるのとは違うけど、これはこれでありだね!」
「でもやっぱり、白いご飯が欲しいわね」
「あったら余裕でおかわりできる」
「お米は! お米は一体どこにあるのよ!」
落ち着けメェナ。米が無いことに怒ってるのか、尻尾を激しく振るほど料理に喜んでるのか分からないぞ。
しかし米が欲しいのは確かだ。
普通に炊いて食うのは勿論のこと、チャーハンや粥や丼物を作れるし、すり潰して米粉にすればそれで麺を作ることができるし、米粉はとろみを付けられるから片栗粉の代わりにして餡を作ることだってできる。
そういえば、ビーフンも米粉から作れたっけ。
もしも米か米粉があれば、今回入手したリバークラブとメガリバーロブスターを使ったビーフンが作れたな。
でも無いものは無いんだから無い物ねだりはせず、焼きそばか焼きうどんにでも加えるか。
海老は炒め物に使えるし、蟹は卵があるからかに玉、それと牛乳を手に入れたら前に調べた大良炒鮮奶に挑戦してみてもいいかな。
殻で出汁を取ったスープを作って身肉を具にしてもいいし、茹でて生野菜と塩ダレでサラダっぽくするのもありか。
「トーマ! なんでもいいからもう一品作って、白米が欲しくなった責任を取って!」
急な無茶ぶりきたよ。どういう責任の取り方だ、それ。
なんでもいいと言われても、今作るのは一品だけって話だったから他なんて考えてないぞ。
「満腹度は回復しただろ」
「まだ全快じゃないから問題無し!」
いや、そりゃそうだけどさ。
「お願いトーマ君。作るのはなんでもいいから」
「なんでもいいから、もう一品作って」
胸の前で両手を合わせてウィンクするカグラと、上目遣いで下から覗き込むように頼むセイリュウ。
どっちもグラッとくる攻撃力を持っていて、思わず肯定しちゃいそうだ。
狙ってやってるのか、それ。
とはいえ、なんでもいいは少々困る。それは世の母親が何度も実感していることだ。
「トーマ君、悪いけどお願いできないかしら。お詫びに要望があれば聞くわよ」
やっぱりお前は良心的かつ常識的だよ、メェナ。
そうだよな、普通そこは単に作ってと主張するだけじゃなくて、わがままで追加を作ってもらうことへの対価を提示するよな。
よし、そんな常識的なメェナが喜んでくれそうな料理を考えたから、それを作ろう。
作る料理はなんでもいいって言ったんだ、文句は言わせないし言っても聞く耳持たない。
そもそも、なんでもいいって言ったのに文句を言うのが悪いんだ。
「分かった、作ってやるよ」
「「ホント!?」」
目を輝かせたダルクが立ち上がり、カグラとセイリュウも明るい笑みを見せた。
「その代わり、貸し一つだぞ」
「いいよ!」
「勿論よ」
「ありがと」
よし言ったな。何が出ても文句言うなよ。
「悪いわね、わがまま言っちゃって」
貸しという対価を背負って、いずれ払ってくれるなら構わないさ。
それにメェナは要求だけせず、ちゃんと対価を支払う態度を示したから許す。
ゆえに、作る物もメェナ寄りのものにする。
「んじゃ、ちょっと待ってろ」
まずはおろしニンニクを用意したら、鶏の胸肉を皮付きのまま一口大に切っていく。
切った肉はボウルへ移し、おろしニンニクと塩と胡椒と砂糖を加えて揉み込んで下味をつけたら、小麦粉をまぶして肉の表面に薄く纏わせる。
手を洗ったら次にネギを白い部分と青い部分を一口大に斜め切りにして、残り少ない唐辛子を全て出してヘタの部分を取り除き、ちょっと大きいから切っておく。
「えっ?」
「はっ?」
「へっ?」
「まあっ!」
唐辛子の量に辛いもの好きのメェナ以外が驚きの声を上げたけど、スルーして調理を続ける。
フライパンに油を敷いたら皮を下にして肉を並べて焼き、火が通ったら肉を一旦皿の方へ移動させて、フライパンに残った油で唐辛子を全部炒める。
「「「ちょーっ!?」」」
「きゃあぁぁぁっ!」
ダルクとカグラとセイリュウの悲鳴に似た声と、メェナの歓喜の声が聞こえる。
でもそっちを構ってる場合じゃない。
なぜなら唐辛子を炒めたら必ず起こる現象が、今から発生するんだから。
「ケホッ、コホッ」
きた、咽るほどの喉への刺激。
目にもきてるけど、それに耐えながらフライパンを振って炒めていく。
「うあぁぁっ、喉が、喉がっ!?」
「ここまで再現されてるの、UPOって!?」
「ゲッホッ、ゴッホッ」
立ち上る刺激的な香りにダルク達も咽てる。
いや、周りにいる野次馬もか。
「喉が、喉が焼けるうぅぅぅっ!?」
「目にも鼻にもきたあぁぁぁっ!?」
「これもまた飯テロの一種かあぁぁぁっ!?」
同時に色々なことを言ってて何言ってるか分からないけど、調理には影響しないから気にしないでおこう。
炒めて唐辛子の香りと辛みを引き出したら、ネギの白い部分を加えて炒め、ネギの白い部分が透き通ってきたら青い部分と皿へ移しておいた鳥の胸肉を加えて炒める。
最後に味の調整のために塩少々と胡椒を加えて、鳥の胸肉の辣子鶏風の完成。
肉を一つ味見……うん、美味い。そして辛い!
鳥胸肉の唐辛子炒め 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:6 完成度:85
効果:満腹度回復38%
体力+3【1時間】 俊敏+3【1時間】
唐辛子の圧倒的な辛さと香りが柱の一品
それを纏った鳥肉が主役だが、甘みを感じるネギが隠れた引き立て役
美味い、そしてなにより辛い!
やっぱり山椒の一種の花椒を加えてないから、辣子鶏としては認識されないか。
まあ個人的にも辣子鶏風って名付けた以上は、辣子鶏ではないんだけど。
「はいよ、お待たせ」
「ちょっとトーマ! 何作ってくれてるのさ!?」
大皿に盛って出したら、辛いもの好きなメェナが目を輝かせて笑みを浮かべたのに対し、カグラとセイリュウは表情が固まったまま微動だにせず、ダルクは立ち上がって料理を指差して文句を言ってきた。
「なんでもいいって言っただろ?」
ニッコリ笑って言われたことを言い返す。
「いや、確かにそう言ったけど」
「だったら文句は無いよな。辣子鶏っていう実在する料理を参考に作ったから、ちゃんと食べられる料理だぞ」
文句は言われる前に封殺する。
そもそも、作るのはなんでもいいと言われたし、ちゃんと食べられる料理を作った。
ほら、どこにも問題は無いだろ。
「だからってこれは……」
「ありがたくいただくわね!」
料理を見て困惑の表情を見せるダルクに対し、辛いもの好きなメェナは満面の笑みで小皿に取り、嬉々として食べだした。
うわっ、唐辛子ごといくのか。
本物じゃないとはいえ、辣子鶏は唐辛子を食べなくていい料理なのに。
「んー! 最高! 山椒の痺れが無いのは残念だけど、だからこそ辛さだけが感じられて良いわね!」
唐辛子ごと食べたのに、あの笑顔と感想ときたか。
辛いものが好きと知ってても、思わず苦笑いをしそうだ。
やっぱりストレス溜まってるのかな。
そしてさっきまで唐辛子に咽てた野次馬達は、なんか引き気味だ。
「さあ、ダルク達も冷める前に食べてくれ。それと本物じゃないとはいえ辣子鶏風の料理だからな、唐辛子は一緒に食べなくていいぞ」
なんでもいいから作ってと言われた仕返しとはいえ、美味い食べ方は教えておく。
美味いと感じられるかどうかは別問題だけどな。
「う、うん……」
「まあ、そうなのね……」
「とりあえず、いただきます……」
唐辛子なんてまるで気にせず、むしろ嬉々として唐辛子ごとバクバク食べてるメェナに対して、ダルク達は小皿に取ると唐辛子を徹底的に取り除いてく。
そうしておそるおそる食べると。
「あっ、美味し……辛あぁぁぁっ!」
辛いのが苦手なダルクが顔を真っ赤にして絶叫。
「これくらいなら食べられるけど、やっぱり辛いわね」
「汗を掻いたり痛みを感じたりはしないのに、辛みは感じるんだね」
ハフハフしながら、ゆっくりしたペースで食べ進めるカグラとセイリュウ。
現実だったらセイリュウの言う通り、汗をダラダラ流しながら食べるんだろうな。
さてと、俺も食うか。辛いのは得意だけど唐辛子はよけて……うん、辛いけど美味い。
「ひーっ!」
いくら水を飲んでも辛さが消えないダルクが悲鳴を上げてる。
辛いのを食った時は、水じゃなくて牛乳だぞ。
まあその牛乳は、この後で取りに行くんだけどな。
さあ、遠慮せずじっくり味わってくれ。
「ふぁーっ!?」
「んーっ! やっぱり辛いのは最高ね」
悶えるダルクと恍惚な表情のメェナ。
本当、辛さへの耐性って個人差があるよな。




