料理の集い
料理プレイヤーの集まりがあると聞かされて、それを教えてくれたエータの誘いで料理ギルドへ向かう。
念のためにと大学芋を食べ終えたダルク達も同行して、近くの別席で様子を見守るとのこと。
「悪いな、こんなことになって」
「いいよ別に。トーマぐらい注目されてるなら、町中とはいえ護衛がいても不思議じゃないからな」
そういうものなのか。
「既に見守り隊もいるようだし」
なにかボソッと呟いたけど、何を言ったんだろう。
「参加者はどれくらいなんだ?」
「俺達以外は五人だ。掲示板で知り合った、この町にいる料理プレイヤーだけが集まるんだよ」
つまりこの町だけでも、俺を含めて七人の料理プレイヤーがいるってことか。
どんな人達なのか楽しみだ。
参加者について詳しく聞くと、料理以外のこともしてるプレイヤーや、料理はするけど職業が料理人じゃないプレイヤーもいるとのこと。
職業が料理人でないとUPOでは料理しちゃ駄目ってことはないし、その点については別に気にしない。
「参加者は全員初対面なのか?」
「いや、二人か三人は既に知り合いみたいだ。俺自身は、全員初対面だけどな」
既に料理プレイヤー同士で繋がりを持っている人達もいるってことか。
振り返ってみれば、ファーストタウンではダルク達に何を食べさせようか、どんな料理を作ろうかってことしか考えてなかったから、そういう繋がりを持とうと思ったことが無かったな。
ダルク達以外でフレンド登録してるのは、情報屋のミミミと玄十郎、農家のポッコロとゆーららんの四人だけ。
……うん、いい機会だから知り合いくらいは増やそう。
現実での友人はそれなりにいるけど、ゲーム内での友人がもう少し欲しい。
ゲームの中だけの薄い関係でも、やっぱり同じ話題で盛り上がれる相手はいた方が嬉しいもんな。
「ところで、集まりの主旨って決まってるのか?」
「堅苦しい事は抜きの、交流会を兼ねた料理談義や料理に関する情報交換だよ。話せない事は無理に聞き出さないルールだから、言えないなら言えないでいいから」
「分かった」
それなら気が楽だ。
なにぶん、料理のバフ効果とかオリジナルレシピの提供で得た称号とか、言い辛いことがいくつかあるんでね。
そうしている間に、ファーストタウンより少し建物が大きい料理ギルドへ到着。
場所はロビーの端にある談話スペースだというのでそこへ向かうと、五人の男女が丸卓を囲んでいた。
「皆、待たせたな。エータだ」
「おお、君がエータか。よく来てくれたな、俺が主催者の冷凍蜜柑だ」
主催者として名乗り出たのは、頬に左右三本ずつの髭と細い尻尾が生えている、茶色のシャツとズボン姿の中年の男。
どうしてそんな名前にした。好物なのか?
そして髭と細い尻尾はあっても耳が無いから、何の種族か分からん。
「ところで、そちらの方々はどなただ?」
「俺達と同じ料理プレイヤーのトーマと、彼の護衛的な理由で付いて来た彼の仲間達だ」
「飛び入り参加になるけど、よろしく」
「おぉっ、同士が増えるのは大歓迎だ! よろしくな!」
名前はともかく、気さくな人っぽいな。
ただ、がっしり握手されて背中をバンバン叩かれるところに暑苦しさを覚える。
「しかし、どうして彼女達が護衛に付いて来てるんだ?」
「彼女達は心配性なので、初心者の俺を案じて付いて来たんです」
ということにしておこう。
「なんだ、そういうことか。噂の赤の料理長と同じ、サラマンダーの若い男だから勘違いされて何かあったのか?」
赤の料理長? 誰それ。
「いや、冷凍蜜柑さん。彼、ご本人様です」
「えっ?」
「えっ?」
驚いた冷凍蜜柑につられて俺も驚く。
ちょっと待って、俺ってそういう風に呼ばれてんの?
「なんだと……っ!?」
「マジでっ!?」
「知り合いだったの、エータ!」
「ももも、もっと早く言ってよ!」
丸卓に座ってる四人のプレイヤー達が急に騒ぎ出し、エータが弁明に追われてる。
掲示板での俺、どういう風に書かれてるんだろ。
後でちょっと確認してみようかな。
「トーマ君、これ」
横に並んだセイリュウが、ステータス画面にいくつかの掲示板を表示して見せてくれた。
祖父ちゃんの言う通り、よく気づいて気が利くから助かる。
しかしなんだこれ。興味が無くて見てなかったけど、こういう風に書かれてるのか。
一瞬、本当に俺のことかと疑ったぞ。
中には大袈裟だったり過大評価だったりする内容もあるけど……って、さっきの大学芋作りが実況されてる!
書き込まれている他の料理の内容も、これまでに作った料理そのまんま。
間違いない、これ俺の話題だ!
そして本当に赤の料理長とか書かれてる!?
「今のトーマ君は、周りからこんな感じで認識されてる」
マジかぁ……。
騒がれるような事はしてないつもりだったのに、周りはこんなに騒いでるのか。
そういえば父さんから、自分にとってはどうってないことでも、周りがどう思うかは人それぞれで分からないって教わったっけ。
これは正しくそれだ。俺はただ飯を作ってるだけなのに、周りはこんなに騒いでるんだから。
だけどまあ、それはそれ、これはこれだ。
周りがどれだけ騒ごうとも、今まで通り飯を作ろう。
どんな騒ぎになろうが、飯を作ってやると約束した以上はダルク達の飯を作ってやるし、料理を作ること自体に悪影響は無いんだからな。
「ほ、本当に本人なのか?」
否定しようがないし、いまさら誤魔化すのもおかしいから、若干震えてる冷凍蜜柑に頷いて返す。
「これは驚いた。まさか赤の料理長本人が参加してくれるなんて」
「あなたなら飛び入り参加でも歓迎、いえ大歓迎よ!」
「遠慮せずに座ってくれ。色々話を聞かせてほしい」
「どど、どうぞ」
「よくやったエータ! 大して料理の知識も技術も無いのに、よくやった!」
「一言余計だ!」
やたら歓迎されてるのも、あれだけの騒ぎが理由だと分かってれば納得できる。
あれを知らなかったら、どうしてここまで歓迎されるのか分からなかっただろう。
「トーマ、僕達はこっちにいるから」
「何かあったらすぐ助けに入るからね」
「うふふ。証拠写真を撮る準備をしておきましょうか」
「GMコールの準備もしておく」
隣の丸卓へ腰かけるダルク達が、なんか物騒なことを言い出した。特にステータス画面を表示させたカグラとセイリュウ。
ほらみろ、エータ達が固まっちゃったじゃないか。
「あいつらの事は気にしないでください」
「い、いいのか?」
「はい。前にちょっとした事があって、反応が過剰になってるだけですから」
エータが声を掛けてきた時のように威嚇してない分、今はまだ少し落ち着いてる方だ。
「分かった。ではこれより、料理プレイヤーによる交流会を開始するが、まずは自己紹介をしよう。俺は主催者の冷凍蜜柑、土竜人族の料理人だ」
冷凍蜜柑が自己紹介をすると拍手が起きたから、俺も拍手しておく。
しかし土竜人族とはな。言われてみれば、左右に三本ずつ生えてる髭や細い尻尾はそれっぽいかも。
順番は時計回りのようで、次は冷凍蜜柑の左隣に座ったエータが自己紹介する。
俺が座ってるのは冷凍蜜柑の右隣だから、一番最後のトリか。
「兎人族のメアリーよ。私の職業も料理人だから、よろしくね!」
勢いよく立ち上がり、右手をビシッと掲げて元気よく挨拶するメアリーは、ミミミと同じで耳が途中で折れてる兎人族の女性。
やたらフリルがあるエプロンを纏い、メガネを掛けている。
なんでも料理以外に服飾にも手を出してるようで、身に着けているフリルだらけのエプロンは自作とのこと。
「ダークエルフの料理人、エクステリオだ」
座ったまま冷静に喋る青年、エクステリオは肌の色が黒いエルフ、ダークエルフか。
β版からの経験者らしく、戦闘と料理を掛け持ちしているそうだ。
それで軽装だけど鎧を着ているのか。
「俺はこいつと一緒にβ版からプレイしてて、冷凍蜜柑とも知り合いの雷小僧ってんだ。種族は人間で職業は農家だけど、料理にも手は出してるぜ」
エクステリオを指差し、明るい口調で喋る雷小僧。
見た目からすれば、エクステリオと同年代ってところかな。
同じ農家のポッコロとゆーららんと違い、麦わら帽子にオーバーオール姿だからいかにも農家っぽい。
また、農業と料理以外にも薬作りに手を出してるらしい、
「は、初めまして。ウンディーネの料理人、天海っていいます。初心者なので至らないことは多々あると思いますが、どうかお目こぼししていただき、優しくご指導願いたいです」
緊張気味にペコペコ頭を下げる天海は、ウンディーネか。
水色の長い髪と淡い色合いのワンピース姿が、いかにも水の精霊っぽい。
さて、最後は俺か。
「サラマンダーのトーマだ、職業は料理人。……何故か知らんけど、赤の料理長とか呼ばれてる」
ここで他の五人の時に比べ、いっそう大きな拍手が起きた。
というか、なんでダルク達も拍手に加わってるんだ。
やめてくれ。そこまで拍手されると、なんか恥ずかしい。
「これで全員の自己紹介は済んだな。さあ、交流会を始めよう」
冷凍蜜柑の宣言で始まった交流会は、なかなかに面白い。
今までUPO内で作った料理についてだけでなく、調理方法や調理器具の活用方法、中には完成度向上というゲーム内だからこその話題も出た。
特に大鍋とザルを組み合わせ、即席の蒸し器にして蒸し鶏を作った話は興味深かった。今度その方法で、何か蒸し物を作ってみよう。
さらにβ版経験者のエクステリオと雷小僧から、β版ではこの町で牛乳を入手できることと、その入手方法について教わった。
「俺達はこの町へ来たばっかりで、まだ検証はしていない。だから、教えた通りなのかどうかは不確定だぞ」
「でも入手できれば、チーズやヨーグルトやクリームが作れるぜ」
正直チーズやクリームには関心が薄いけど、牛乳自体は手に入れたいな。
そういえば祖父ちゃんから、中国のどこかでは牛乳を使った炒め物があるって聞いたことがある。
ちゃちゃっとステータス画面からネット検索。あった、大良炒鮮奶ね。
ふむふむ、牛乳と卵白を使うのか。人によっては牛乳じゃなくて生クリームを使うみたいだけど、これなら作れないこともないかな?
具材は主に蟹を使うことが多いようだけど、蟹に拘らなければ作れそうだ。
「あの、何を見てるんですか?」
「ん? 牛乳で思い出した料理があってな、ちょっと調べてた」
天海の質問に答えたら皆がこっちを見たから、調べた料理のことを教えた。
「トーマ! トーマ! 牛乳が手に入ったら、それ作って! 卵なら僕達が、いくらでも採ってくるから!」
はいはい、分かったから背中にくっ付いて薄いとはいえ押し付けるな。ハラスメント警告出てるから。
警告にノーを押しておくと、料理を見たメアリーがクリーム煮のようだと言って作り方を教えてくれた。
材料的にそっちの方が作りやすそうだな。
「そういえば、トーマに聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「内容による」
「いや、大したことじゃないんだ」
冷凍蜜柑が聞きたいこと、それは材料を切る時に自動切り分けを使わないのは何故か、ということだった。
自動切り分けは調理スキルを所持してると使える機能で、自分で切らずとも、スキル的な力によって材料を自動で好きな形状に切ることができる。
調理スキルのレベルが上がれば切り方の選択肢が増えていき、それでいてレシピの自動再現とは違い、味には影響が出ない。
いうなれば、その切り方を自動でできるだけのスキルを習得してるってことだから。
だけど掲示板の実況を読んで、俺がそれを利用している様子が無いから、どうして使っていないのかを聞きたいらしい。
「大した理由は無いよ。楽を覚えたくないだけだ」
そりゃね、時短テクニックとか便利調理器具とかを使うのは否定しないよ。仕込み時間短縮のため、うちの店でもそういう道具を使ってるし。
それに時間が無い人達が短時間で調理したり、本来なら難しい調理工程が手軽に出来たりするのは良いことだから。
でも本職を目指す身なら、そういったテクニックや道具に頼らなくても調理できるようになっておいた方がいいと、祖父ちゃんと父さんから教わった。
皮剥き器が壊れたから皮剥きできません、フードプロセッサーやミキサーが壊れたからみじん切りできません、時短に必要な道具が無くなったから作れません、なんて言い訳は本職になったら通用しない。
便利な道具が壊れようとも時短できなかろうとも、料理を出さなくちゃならないんだから。
まあさすがに、コンロの火が点かないとか水が出ないとかは、どれだけ腕の良い料理人でもどうしようもないけど。
そういう理由で、食材を前にしたら表示される自動切り分けをオフに設定して、自分で食材を切り分けている。
そのことを説明したら、ダルクがトーマらしいやと笑って呟いた。
「なるほどな。バイトで店を回すチェーン店ならともかく、ちゃんとした職人がいる飲食店はそうもいかないもんな」
「そう。だから修行も兼ねて、切り分けは自力でやってるんだ」
便利ばかり覚えて、不便を学ぶのを怠るな。楽だけを覚えて、手間を覚えるのを忘れるな。
これも祖父ちゃんと父さんからの教えね。
「本職を目指すなら、それくらいじゃなきゃいけないのかな?」
「むぅ……戦闘との二刀流から料理一本に絞るべきか?」
「いや、本職を目指すならともかく、そうでないならそこまでしなくてもいいんじゃね?」
雷小僧の言う通りだ。あくまで俺が本職を目指すためにそうしてるだけで、料理をする人は誰もがそうした方がいい、というわけじゃない。
「じゃあ、今後もそういった自動機能的なものは使わないの?」
「そのつもりだ」
でないと修行を兼ねられないじゃないか。
「なあ君達、彼はこういう人なのかい?」
エータからの問いかけにダルク達は揃って頷いた。
「昔っからそうなんだよね」
「知ってる限りはそうね」
「でも、お陰で美味しいご飯にありつけてるのよね」
「料理のことには手を抜かない。料理自体も手を抜かない」
その通り。料理人を目指してるのに、料理に関することで手を抜くなんてもってのほかだ。
「はっはっはっ。それなりに色々なプレイヤーと関わってきたが、君みたいなプレイヤーは初めてだ。どうだろう、今後も交流したいからフレンド登録を交わさないか?」
フレンド登録か。
話してみて悪い感じはしなかったし、ダルク達へ視線を送ったら好きにすればって表情をされたから、向こうも問題無いと判断したようだ。
「いいぞ、登録しよう」
冷凍蜜柑からの提案を受けると、それに乗っかる形でエータ達も名乗り出たからフレンド登録を交わす。やった、料理仲間を六人もゲットだ。
その後は料理談義に戻り、食材や調理器具の情報を交換しあうことになった。
俺からは、箸と菜箸をファーストタウンの露店で購入したことと、情報屋へ売っていないカボチャとサツマイモの入手方法を教えた。
「なんてこった。入手先はどこかと思っていたが、まさか孤児院だとは」
「二回目の労働依頼を達成した時だったから、一回じゃ手に入らないかも」
「子供達がくれたのなら、遊んであげるのもキーポイントなのかもね」
ああ、それはあるかもな。遊んでくれたお礼って言ってたし。
「この後、ファーストタウンに戻って依頼を受けてみますね! ありがとうございます!」
喜色満面の天海からとても感謝された。
というのも、彼女は菓子作りが好きなようで、果物が見つかっていない現状で甘味の強い野菜が手に入るのが嬉しいそうだ。
そのお礼にと、この町にある茶葉を扱ってる店を教えてくれた。
全く加工してないそうだから、製法さえ分かれば紅茶でも緑茶でも烏龍茶でも淹れられそうだ。
この後でさらにもう少しだけ料理談義をしたら、交流会は終了。
また何かの折に集まろうと約束して解散した。
その直後、目を輝かせたダルクが前へ回り込んできた。
「トーマ! 早速、さっき教えてもらったオークの出現場所へ行って、オークの肉を取ってくるね!」
早くもやる気満々のダルクが剣を持ち、駆け出しそうな様子を見せてる。
オーク……。まあ二足歩行で武器を振るといっても豚だから、その肉は豚肉か。
「何言ってるのよ。ここは川へ行ってリバークラブで蟹をゲットでしょ」
尻尾をパタパタ振るメェナが腕を組んで主張した。
そういえばエータから、町の近くの川にそんなモンスターが出現して、倒せば蟹の鋏や脚が肉入りの状態で手に入るって情報を貰ったな。
「川に行くなら、蟹よりもメガリバーロブスターがいい」
小さく挙手したセイリュウは、蟹よりも海老をご要望か。
現実にも川海老っていうのはいるけど、メガっていうのがどれだけメガなのかが気になる。
「あらあら、違うでしょ。なんといっても、コーヒープラントを倒してコーヒーをゲットよ」
カグラは雷小僧がくれた情報に食いついたか。
確か蔦で攻撃してくる植物のモンスターで、倒せばコーヒー豆が手に入るんだっけ。
天海に教わった茶葉だけでなくコーヒーもあれば、飲み物の幅が広がるな。
現状、水とスープ以外だとトマトジュースが精々だから。
だけど四人が四人、意見が違ってしまった。
「ふっ。意見の相違」
「こうなった時の手段は一つね」
「うふふ、恨みっこなしよ」
「負けない」
真剣な顔つきになった四人は、右手を引いて互いに目で牽制すると。
「「「「最初はグー、じゃーんけーん!」」」」
誰の意見を採用するかじゃんけんを開始した。
なあ、俺の意見は? 俺の意見は聞かれてすらないんだけど?
というか、もう暗くなってるから先に宿を確保しないか?
それと俺、現実で店を手伝うためにあまり長居できないから、飯を作っておきたいんだけど。




