プレオープン
本日プレオープンのセツナの店。
店内はそれほど広くなく、コ型カウンター席といくつかのテーブル席が全て埋まっても、三十人くらいが精々。
カウンターの上には別々の総菜が盛られた大皿がいくつも並び、ちょっと良い感じの小料理屋のよう。
他の招待客達が飲み食いする中、俺達は空いているカウンター席へ並んで座り、セツナ作の料理を食べながら会話を交わす。
「うん。いけるな、このタテガミブリの照り焼き」
タテガミブリっていう、顔の周りにタテガミが生えているブリの照り焼きを食べて感想を告げる。
大皿から取ってもらったものだから冷めているけど、それを考慮して調理されているから冷めていても柔らかく、味付けもちょっと濃い目だけど美味い。
「飯のおかずか酒の肴向けに味を調整しているが、単品でも美味いだろう?」
俺の感想に反応して、コ型のカウンター内で大鍋から汁物をお椀へ注ぐセツナが笑みを見せる。
エプロンじゃなくて前掛けで、スカジャンを羽織ったままなのがセツナらしい。
「ああ、美味いよ。むしろごはんに合わせたらどうなのか気になって、頼みたくなる」
「食うなら用意するぜ。はいよ、こいつがタテガミブリのタテガミを使ったみそ汁な」
糸のように細くて白い具材が浮いたみそ汁が、カウンター越しに置かれる。
この糸みたいに細いものがタテガミブリのタテガミで、毛じゃなくて顔付近に付着した海藻とのこと。
さらにみそ汁の出汁は、タテガミブリの骨で取ったらしい。
飲んでみると、しっかりとした出汁の味わいと香り、タテガミの海藻のシャキシャキした歯応えが、味噌の風味と合っていて美味い。
先入観を持たないよう、情報を見ずに食べているから美味さが余計によく分かる。
「これも美味い。出汁の味も海藻の歯応えも良いな」
「タテガミ自体は味も香りも無いから、出汁と味噌の風味を前面に出して、海藻は歯応えを活かしたつもりだ」
確かにそんな感じだ。
シャキシャキとした心地よい歯応えの反面、この海藻自体から味と香りはしない。
「現実だとフカヒレみたいなものか」
「アタシも最初はそう思ったが、ゼラチン質が無いからモヤシの方が近いぜ。水気をしっかり切って炒めた時の歯応えなんか、サイコーだったぞ」
それを聞いたら欲しくなるし試したくなる。
だけど、今欲しいのはそれじゃない。
「追加でごはんをくれ。量は普通で」
照り焼きとみそ汁を食べていたら、どうしてもごはんが欲しくなり注文する。
「ねーあもちょーだい!」
「いくともごはん!」
右隣に並ぶイクトとネレアも元気よくごはんを注文するが、肉じゃがを食べていたイクトの口の周りは肉じゃがの汁が、コクヨウヒジキとホックリダイズの炒め煮を食べていたネレアの口の周りにはコクヨウヒジキが、それぞれべったり付着している。
二人とも、器に口を付けてスプーンでかき込むように食べていたからな。
あとでちゃんと拭けよ。
「はいよ、飯三杯ね。ミュウリン、頼むよ」
「うっす!」
手伝いに入っているミュウリンが、コ型のカウンター内で返事をする。
少し待つ間にセイリュウ達を見れば、誰もが夢中で料理を食べている。
左隣のセイリュウはハイスピンホタテのしぐれ煮を食べて見惚れるほどの笑顔を浮かべ、ポッコロとゆーららんところころ丸はギュットマグロの生姜焼きでごはんを食べ、ミコトはドクモドキナスの煮びたしを頷きながらじっくり味わい、コン丸はエバーグリーントマトのソースで煮込んだロールキャベツをガツガツ食べている。
「ごはん三杯、お待たせっす!」
「「わーい」」
嬉しそうに受け取るイクトとネレアの後に受け取り、照り焼きとみそ汁と一緒に味わいながら周囲を見回すと俺達以外にも招待状を受け取り、来店していたプレイヤー達で満席状態。
その中には何人か、知り合い達の姿もある。
「くはー! うめー!」
カウンター席に座り、おちょこで熱燗の酒を飲んで上機嫌になっているイフードードー。
酒のつまみはホックリダイズの完熟前に当たる、ホックリエダマメの塩茹でとレインボーサバの味噌煮。
ホックリダイズとホックリエダマメは、どちらもホックリした食感と仄かな甘味が特徴で、加熱するとそれが顕著になって美味いとのこと。
「見事ですわ、セツナさん。どれもとても美味しいです」
同じくカウンター席に座り、優雅な口調で感想を口にするエリザべリーチェ。
だけど彼女の前に並ぶのは、干しターゲットシイタケで取った出汁を使っただし巻き卵、ストーンクラムの酒蒸し、ソーカイキュウリの一本漬け、そしてぬる燗の酒という和のラインナップ。
聞けばだし巻き卵には、出汁を取ったことで戻ったターゲットシイタケを薄切りにして加えているんだとか。
「これが吸血鬼の姐さんの料理!」
「俺、クッキングファームに入って良かった!」
「嬉しいのは分かったから、落ち着け」
「周りへ迷惑にならないよう、大人しく食べてください」
テーブル席の一つでは、感激している男女のプレイヤーを冷凍蜜柑と天海が宥めている。
感激している男女は【クッキングファーム】に所属する第二陣のプレイヤーで、招待状を受け取った冷凍蜜柑と天海が連れて来たとのこと。
彼らのテーブルの上には、スピアスクイッドと煮崩れしにくく力強い味わいがするダイチサトイモの煮つけ、シャドースピニッチのおひたし、スラッシュサンマのかば焼き、グレンアジの南蛮漬けが並ぶ。
あと、冷凍蜜柑と男性プレイヤーの前には冷却スキルで冷やした酒も。
「どれも美味しいですねー。皆も夢中で食べていますよー」
「おいしいからね」
別のテーブル席ではくみみと、彼女が連れて来たころろを始めとするテイムモンスター達が料理を堪能している。
オーク肉の角煮仕立て、茹でエルダーシュリンプのマヨネーズソース和え、トロリンカボチャ入りのポテトサラダ、ゴンブトゴボウとマダラニンジンのきんぴら、カンロシーバスの粕漬けを焼いたもの、トライホーンブルの味噌漬けを焼いたもの、トライデントアスパラの茹でと焼きの食べ比べセット、ジンジャー味噌と塩ビリン粉と出汁醤油でそれぞれ味付けされた焼きおにぎり三個。
大所帯だけあって量も種類も豊富だな。
「しっかし暮本の爺さんがなんともなくて、良かったぜ」
「コン丸の様子に不安を抱いて、本当に最悪のことになったのかと心配したがな」
「だから悪かったって、トーマ兄ちゃん」
店に入って料理が出るまでの間、暮本さんに関する話を詳しく聞いていたから、この場にいる全員が暮本さんの近況を知ることとなった。
その際に冷凍蜜柑と天海とエリザべリーチェは安堵の表情を浮かべ、セツナとイフードードーも表情を緩めていた。
「なんにせよ、暮本の爺さんの無事に乾杯!」
乾杯するイフードードーは、何かしら理由をつけて酒を飲みたいだけだろう。
ただ、これから暮本さんは禁酒生活を送ることになるから、乾杯はいかがなものか。
「んで、どうだ。うちの店、やっていけそうか?」
「こんなに美味いならいけるって」
「そうそう。この味なら姐さんが作ったってことを差し引いても、お客が来るって」
「値段もそこまで高くないしね」
「バフ効果目的の戦闘職が来そうですが、仕方ありませんわね」
セツナからの問いかけに、来店しているプレイヤー達から次々に返事が上がる。
確かにセツナが作った料理という付加価値や、並んでいる料理全てにあるバフ効果が目的、ということで来店する客が出てしまうのは否定できない。
それがセツナの意に反することでも、セツナの知名度とゲームだからこそのバフ効果が存在する以上、そうなってしまうのは避けられないだろう。
「まっ、それに関しては割り切るっきゃねぇな。トーマはどう思うよ、この店」
どう思うかね……。
少し気になっていたことを聞くため、食べる手を止めて箸を置く。
「これは父や祖父や暮本さんから聞かされた話、という前提で言うんだけど」
「いや、自分の意見じゃないんっすか」
「実際にそうなんだ。俺みたいな未熟者が、自分が言ったように言うのは違うだろ」
レインボーサバの味噌煮を皿へ取り分けるミュウリンからのツッコミに、未熟なのにカッコつけても意味が無いことを示す。
「はっはっはっ。いいねぇ、何かの受け売りなのに自分のことのように言う輩より、ずっと良いじゃねぇの」
「アタシもそう思うよ。分かった、それでいいから聞かせておくれ」
ほろ酔いのイフードードーからは好評で、甘塩のキラーサーモンを焼くセツナも同意して許可が出た。
「料理が美味いことと良い店なのは、イコールじゃない」
「? どういうこと?」
左隣のセイリュウがこっちを見上げて首を傾げる様子が可愛くて、時が止まりそうな感覚に襲われる。
だけど話の最中だから、頑張ってすぐに硬直から抜け出して続きを話す。
「料理が美味くとも、他の要素はどうなのかってことだ」
「お兄さん、他の要素ってなんですか?」
「分かりやすい点だけを挙げるなら、店内の清潔感、接客、値段、店の雰囲気、そういったものさ」
ポッコロからの質問に対して例として挙げると、皆も理解を示してくれたように頷いた。
ただし、イクト達ところころ丸とくみみのテイムモンスター達は除く。
分かっていないのなら、気にせず食べていなさい。
「言われてみればそうだな。出てくる料理が美味くとも、店の中が汚かったり接客が悪かったりしたら台無しだぜ」
「値段もそうですよー。美味いとはいえー、法外な値段だったら気分が落ちちゃいますー」
「雰囲気についても分かるぜ。落ち着いてゆっくり飲み食いしたいのに、賑やかだと気分が悪いんだよな」
そうそう、そういった感じ。
他にも料理の系統や味付けの濃淡や内容とか色々とあるが、言いだしたらキリが無いからこれ以上は言わない。
「良い店を目指すのなら、そういうところにも気をつけろってことか」
「そういうこと。といっても、良い店かどうかを決めるのは客だから、店作りに不正解はあっても正解は無いんだってさ」
不正解はさっき挙げたような、味が不味い、経年劣化による古さを抜きに店内が汚い、接客態度が悪い、悪い意味で釣り合わない値段。
それさえクリアしていれば、良い店なのかそうでないのかは来店した客次第。
店内が静かなのか賑やかなのか、接客が丁寧なのか元気があるのか、料理の味付けや種類や量、その他色々。
これらに対する人の好みは千差万別だから、こうすれば正解というのは存在しない。
「つまり、そこはアタシの接客と店の雰囲気作り次第ってわけか」
焼いた甘塩のキラーサーモンをイフードードーの前へ置き、セツナが腕を組む。
「そういうことだな。セツナはここを、どういう店にしたいんだ?」
「アタシがやりたい店は、変に凝っていない総菜や料理で、肩肘張らず気楽に飲み食いしてもらう店さ」
堅苦しいのが苦手なセツナらしい店だ。
でも、近所にそういう店があれば通いやすそうでいいな。
「接客は元気よく声を出したいし、店の雰囲気は明るく賑やかなのが好みだな」
「セツナらしい店だと思うが、接客はともかく店の雰囲気作りは客次第でもあるから、結構難しいんだってさ」
店側が目指す雰囲気を作ろうとしても、客がその通りになるとは限らないからな。
「セイリュウお姉さんと二人きりの時の雰囲気作りと、どっちが難しいですか?」
「ごぶっ!?」
「ぶほぁっ!? げほっ、げほっ!」
ニヤニヤ笑顔のゆーららんからの爆弾発言に、ドリルサーディンのたたきを食べていたセイリュウが咽て、みそ汁をすすっていた俺も咽て咳き込む。
危うく零すところだった。
「ゆーららん!」
「えー、だってそういうのが気になる年頃ですしー」
ニヤニヤ笑顔をやめないゆーららんのせいで、周囲から温かい眼差しや興味津々な視線が集まる。
おのれこいつめ、胃袋を握っている俺をからかうとどうなるか思い知らせてやろう。
「ゆーららん、晩飯は握り拳大の塩むすび一つでいいか?」
「ごめんなさい、調子に乗りました。この通り謝罪するので、どうかそれだけはご勘弁ください」
見事な掌返しの謝罪に店内は笑いに包まれる。
「まったく。そんなことやっていると、俺の中での扱いがダルクと同じになるぞ」
「それだけは嫌です! 今後は改めるので、それだけは許してください!」
ここまで必死に拒否するなんて、ゆーららんの中でダルクはどういう位置づけになっているんだ。
今後は改めるという言葉を信じて許すと、心底ホッとしていた。
「ゆーららんよう、そういうのが気になる年頃なのは分かるが、ほどほどにしろよ」
「身を持って体験しました」
酔いもあって機嫌が良さそうなイフードードーの指摘に、少し小さくなったゆーららんが反省しながら答えながら、追加で頼んでいたスラッシュサンマのさんが焼きを受け取る。
さんが焼きって、たたきにしたサンマに味噌や薬味を混ぜて焼いたものだったな。
焼かれたことで味噌と薬味の香りが立って、美味そうじゃないか。
「セツナ、それ俺にもくれ」
「私達にもくださーい」
「はいよ!」
香りにつられたのか、冷凍蜜柑とくみみからも注文が入った。
「おさーななら、ねーあもたーたい!」
魚好きのネレアも反応したか。
しかしイクト達、本当によく食べるな。
「そういえばトーマ、来られない仲間のために持ち帰りがどうこう言っていたが、どうする?」
「俺の器や鍋を渡すから、料理や食材の具合から適当にそれへ入れてくれ」
「あいよ」
アイテムボックスから出した鍋や皿を渡し、受け取ったセツナがそれへ料理を載せていく。
これで持ち帰りは確保したから、ダルク達も文句は言わないだろう。
というわけで、もう少しセツナの料理を堪能しますか。
「追加を頼む。ズッキーニの葉と茎の炒め物をくれ」
「はいよ」
「えっ、ズッキーニって葉と茎も食べられるんですか?」
「あまり一般的じゃないが、ちゃんと下処理をすれば食べられるぞ」
驚いた表情のポッコロの質問に答え、葉は若葉の方が良いことや茎は筋取りが必要なことを説明し、必ず加熱して食べることも伝える。
「だったら収穫しておけば良かったです」
「今後はそれも収穫しないとね」
俺達の飯のためにも頑張れよ、ポッコロとゆーららん。
もちろん、モルモル鳴いて自分もと主張するころころ丸もな。
「セツナさんは食べられるのを知っていたのですか?」
「通っている飲み屋のでたまに出ていてな、そこの大将に教わったんだ。色々と試作したが、スープとかお浸しとか天ぷらにしても美味いぞ。細かく刻んで軽く炒めた茎と葉を、薄い輪切りにした身と一緒にグラタン仕立てにしてもいいしな」
切り分けた茎を炒めるセツナがエリザべリーチェへ聞かせた説明で、何人かが興味の沸いた表情をした。
イクト達よ、キラキラした眼差しで食べたいと圧を掛けられても、肝心の材料が手元に無いんだ。
ポッコロとゆーららんが収穫するまで、待っていてくれ。
こうした感じでセツナの料理を堪能して、持ち帰りの料理を受け取り、第二陣のメンバー三人を連れて来店したエータと雷小僧とバーテンダーと入れ代わりで退店する。
「ぷはー、たべたたべた」
「どれも美味しかったんだよ」
「おーしーおさーな、たーさんあってうれしー」
大満足な様子のイクト達だが、どうせこの後も晩飯を食うんだろう?
いくらでも食べられるゲーム内という環境とはいえ、こんなに食べて大丈夫か少し心配になる。
「じゃあトーマ兄ちゃん、俺はもう行くな」
「ああ、暮本さんによろしく」
手を振って走って行くコン丸と別れ、転移屋へ向かいながらダルク達へ連絡。
これからノースパシフィックへ戻る旨を書いたメッセージを、頼れるメェナへ送信。
それから数分して、向こうの状況が送られてきた。
どうやらセカンドタウンイーストには到着済みで、今はセカンドタウンサウスへ向かっているそうだ。
今はまだ道程の半分というところだから、もう少し時間が掛かるとのこと。
「なら、ノースパシフィックでゆっくり待とうか」
「そうだな。持ち帰りさせてくれた料理も思ったより多いし、晩飯のおかずはこれでいいか」
タテガミブリのタテガミ入りみそ汁もくれたから、俺はごはんだけ用意しておこう。
晩飯に使う予定だったレインボーサバは、後日に……。
いや、どうせならレインボーサバの炊き込みごはんにすればいいか。
それも魔力炊飯器じゃなくて、久々に土鍋で炊こう。
骨と頭で取った出汁を使い、米とレインボーサバを土鍋で炊くんだ。
提案したらセイリュウもポッコロとゆーららんもイクト達も大賛成してくれて、満場一致で決定。
「だったら転移したら、すぐに作業館へ行くか」
捌いて下処理して出汁を取らなくちゃならないからな。
『おーっ!』
意気揚々なのは構わないけど、さっきセツナの店であれだけ食べたのにまだ食べる気満々とか、どんな食欲しているのさ。
まあ喜んで食べてくれるのなら、作る側としては嬉しい限りだけど。




