両家ご対面
全員が集まっての晩飯は、まるで冬場の鍋パーティーみたいな雰囲気になった。
「プハーッ! この鍋美味しい!」
器へ盛った分を掻っ込むように食べたダルクが、一杯やった後みたいな反応を見せる。
もう汁まで全部食ったのか。
「おさーな! おさーながいーばんおーしー!」
「かいもおいしーよ」
「いやいや、野菜が美味しいって」
ネレアが魚、イクトが貝、ルナが野菜を、それぞれ美味いと主張する。
「どの具材の美味しさも、全てはこの出汁があってこそなんだよ。一見すると醤油風味のあっさり系なのに、しっかりとしたコクのある芯が通った味になっていて、その良さが醤油によって損なわれていないから、魚も貝も野菜も美味しいんだよ」
そこへぶち込まれるミコトの食レポは今回も絶好調だ。
「このお出汁で食べる締めのうどんが楽しみだよ」
早くも締めのうどんを気にしているセイリュウよ、その笑みは満点だが気が早い。
「あら、このメラメラハクサイって辛くないのね。でも美味しいわ」
「カンロシーバス、ほのかな甘味があって美味しい。ミコトちゃんの言う通り、お出汁の味で美味しさが引き立っているわ」
メェナは少し残念そうだが、美味ければ良しという感じで食べ続ける。
カグラはこの後のデザートで、暴走してくれるなよ。
……それは無理な話か。
「はー、おいし。やっぱ鍋は大人数で食べてこそっしょ」
「同感っす。少人数よりも、美味く感じるっす」
「一人でゆっくりも悪くないけど、人数が多い方が楽しいしね」
「お兄さん、おかわりをお願いします」
大人数で食べる鍋の美味さを堪能するマーウとディーパクトとむらさめに、心の中で頷いているとゆーららんからおかわりを求められた。
それを聞いてダルクとイクト達、ついでにころころ丸からもおかわりの声が上がる。
はいはい、ちょっと待っていろよ。
「ポッコロ君が作った野菜、美味しいですね」
「えへへ、ありがとう」
隣に座るアルテミスから、作った野菜の味を褒められたポッコロは照れる。
素直な感想もあるだろうけど、今のは別の意味合いもあって褒めたんだろうな。
鈍かった俺が言うのもなんだが、早く気づいてやれよ、ポッコロ。
アルテミスも、教えるなんて無粋な真似はしないから安心して頑張れよ。
そんな感じで鍋を食べ進め、具材が無くなりそうなところで下茹でしてあるうどんをアイテムボックスから出し、鍋へ投入して軽く煮てから提供する。
「すごく美味しい! 出汁の利いた醤油風味のおつゆで煮込まれた、柔らかめのうどんで最高!」
俺は夢中で食べるセイリュウの満面の笑みを見られて最高だよ。
うどんといえばコシが強いのが注目されがちだけど、柔らかめなのも良いもんだ。
うちは祖父ちゃんが福岡出身で祖母ちゃんが香川出身だから、昔はそのことでよく言い合いをしたらしい。
ちなみに祖父ちゃんの全敗で、料理やつゆ次第では柔らかめも有り、という形で祖母ちゃんを妥協させるので精一杯だったとか。
皆からはコシの強い方が、なんて声もあったが反応は上々。
麺もつゆも全て綺麗に完食された。
「それじゃあ最後に、もう二品」
「えっ? まさか、デザートがあるの!?」
立ち上がったカグラが目を輝かせ、身を乗り出す。
これだけで察するなんて、さすがは甘味の権化。
期待の眼差しを向けられる中、サザンクロスコンジュース入りのコップと熟成瓶を取り出す。
ディーパクトにジュース入りのコップを皆の前に置いてもらい、俺は熟成瓶で漬け込んでいたフルーツポンチをお玉で器へ入れる。
フルーツポンチ 調理者:プレイヤー・トーマ、ディーパクト
レア度:5 品質:5 完成度:76
効果:満腹度回復7% 給水度回復6%
器用+5【1時間】
多種多様な果物と木の実をシロップへ漬け込んだもの
様々な甘さと食感に加え、種類によっては酸味や渋味もあり飽きさせない
コンの実の果汁を加えたシロップも美味しく飲めます
見栄えの良い食器があれば良かったが、そういうのが無いからお椀で勘弁してもらう。
「フルーツポンチ!? ねえそれ、フルーツポンチよね!」
「落ち着きなさい、カグラ」
「はい、どーどー」
甘味を前に暴走しそうなカグラを、メェナとマーウが押さえてくれた。
ナイスフォローに心の中で感謝しつつ、全員の前にフルーツポンチとスプーンを置くと、途中からダルクも加勢して押さえていた甘味の権化が解放された。
素早くスプーンを手にしてお椀を持ち、フルーツポンチを食べだす。
「ふはあぁぁぁっ! 甘い、美味しい! 果物と木の実は色々と使ってあるし、シロップにしっかり漬かっているから甘さが増していて、しかも一度熱した上に何かの果汁みたいなのも加えてあるから、砂糖だけに頼った刺々しさの無い優しくて柔らかな良い甘さだわ! しかもただ甘いだけでなく、果物や木の実によっては酸味や渋味もあるから飽きることなくいくらでも食べられちゃう!」
さすがはカグラ、甘いものに関してはミコト並みの食レポをしてくれる。
いつもの食レポの役目を奪われたと思っているのか、ミコトがジッとカグラを見ている。
大丈夫だ、まだジュースが残っているぞ。
「こっちのジュースも甘くて美味しい! ベースはオレンジ系なのか爽やかな甘さだから、フルーツポンチとはまた違った甘さを味わえるだけでなく、口直しにもなっているわ!」
ジュースの食レポまでカグラに持って行かれた。
「次は負けないんだよ……」
ミコト、食レポは勝負じゃないからな。
だから無表情のままカグラに敵対心を向けていないで、気楽にデザートを味わうといいさ。
「みことおねえちゃん、あまいのたべないの?」
「たーないなら、ねーあにちょーだい」
「いやいや、食べるんだよ。あげないんだよ」
イクトとネレアに取られまいとフルーツポンチを食べたミコトは、無表情ではあるものの幸せそうな雰囲気を醸し出す。
そうそう、食レポが出来たかどうかよりも、食って満足してくれればいいさ。
「いやー、ご飯もデザートもおーしーし、かーいー軍団はかーいーし、ここは楽園だねー」
「道中で絡んできたような輩がいなければ、同意できる」
上機嫌なマーウに対し、ミコト同様に無表情なルナが道中での出来事を挙げる。
意外と根に持つ方なのかな。
「トーマ君、フルーツポンチおかわり!」
はいよ。どうせカグラが大量に食うだろうと思ってたっぷり作ったから、あるだけ食ってくれ。
おかわりをたっぷり入れて渡した直後、イクト達とダルクとマーウからもおかわりを要求された。
うん、たっぷり作っておいて正解だったな。
一気に消費されていくフルーツポンチを見ながらそれを実感しつつ、俺もしっかり食べておく。
そうしてデザートも綺麗に食べ尽くされ、ディーパクトと後片付けをしている間に、今後の予定が確認されていく。
「お兄さんやお姉さん達はお昼にログインせず、夜にログインするのですね」
「バイトとか塾とか、それぞれで用事があるからね」
確認を取るアルテミスの質問にむらさめが答えた通り、今回はこれでログアウトして、次のログインは今夜。
といっても全員が揃うのが夜というだけで、特に予定が無く時間に余裕がある面々は昼にもログインして、レベル上げやスキルを鍛えるつもりらしい。
夜のログインでの予定は、船に乗ってフィフスアイランド・ノースパシフィックへ移動し、一泊したら今度はシクスタウンジャパン行きの船に乗って移動して、少し観光をしたらログアウトだ。
結構ざっくりした感じだが、船での移動という要所は押さえているから問題無い。
ディーパクトと共に後片付けをしながら耳を傾け、聞いているかというダルクの呼びかけに返事をして、証拠に内容を伝えて納得してもらう。
「よく作業しながら正確に聞き取れるっすね」
「これができないと、本職にはなれないからな」
感心するディーパクトにそう返し、洗い終わった大鍋の水滴を拭き取ってアイテムボックスへ入れる。
これで後片付けは終了。
話の方はメェナが船での移動中における注意点を説明していて、船上でもモンスターとの戦闘があると知って、ルナとアルテミスがやる気を出している。
「ちな、クラーケンとか出て触手で巻き付かれてエロ展開、なんてのは無いよねー」
「無いわよ。全年齢向けなのよ、このゲーム。というかポッコロ君達もがいるのに、そういうこと言わないの」
ふざけ半分で質問をしたマーウへメェナから注意が入り、「めんごめんご」と謝る。
ポッコロとディーパクトよ、そこで顔を逸らすってことは意味が分かっているんだな。
そんな一幕を挟みつつ、細々としたことを話しあって集合時間と集合場所を確認して作業館を退館。
また後で声を掛け合い、ログアウトした。
意識が現実へと戻り、ログイン前に繋がれていた手を離し、ヘッドディスプレイを外す。
「さてと、店に行くか」
「うん」
静流と二人部屋を出て、店という名の戦場へ赴く。
戦場だなんて言いすぎということはなく、休みの日は本当に忙しくて戦場みたいなんだ。
平日はあまり来ない客層も顔を出すし、昼間から飲みに来る客もいるし、ゆっくり飲み食いできるからと注文をたくさんする客もいるから、侮ることはできない。
事前にそのことを伝えてあるから、静流の表情も少し固い。
バイト経験の浅さもあるんだろうが、こればかりは安易に大丈夫とか安心しろとは言えない。
「できないことは俺か母さんか祖母ちゃんに振れ。無理に対応しようとしたら、パニックになるから」
これ、店を手伝うようになって間もなかった頃の経験談。
あとで祖父ちゃんにしっかり叱られました。
「わ、分かった」
返事はしてくれたが、パニックになりそうなのを見かけたら、こっちから声を掛けられるようにしておこう。
というわけで今日も開店しました、中華桐谷。
開店直後から、とはいかないもののしばらくすると満席になり、注文や会計の呼び声があっちこっちから上がり、厨房には次々と注文が来てはそれを作って提供する。
慣れている俺達一家は忙しくとも対応できているが、静流は大丈夫だろうか。
餃子を包みながら様子を見ると、エプロンを付けて三角巾を頭に巻いた静流が、少しワタワタしながらも無難に仕事をこなしていた。
その様子は可愛らしく、高齢の客達が癒されているような表情で見ているが、俺はいつまでも見ている訳にはいかないから視線を戻して調理に集中する。
「あらあら、未来の若女将ちゃん。今、将来の三代目が不安そうに見ていたわよ」
「仕方ないわよ。こんなに小さくて可愛い子だから、色々と不安なのよ」
「変な虫に声を掛けられたら、おばちゃん達に言いなさいね」
「は、はひぃっ!?」
そこのおばちゃん達、色々と注文してくれるのはありがたいが、余計なことは言わなくてよろしい。
それと変な虫発言に対して顔を逸らした、そこの小太りの客は要注意だな。
なんか静流を見て、ニヤァって笑みを浮かべていたし。
だけど小太り客は特に何かすることはなく、チャーシュー追加のもやしラーメンを完食したら退店した。
直後に会計をしていた祖母ちゃんがしばし店先を確認すると、問題無しとばかりにサムズアップする。
ひょっと祖母ちゃんも、さっきの客を少し怪しんでくれていたのか?
さすがは祖母ちゃん、頼りになるぜ。
そんな頼りになる祖母ちゃんと母さんのフォローもあり、どうにかこうにか静流は仕事をこなし、一番忙しい時間帯をどうにか乗り切った。
「はふぅ、やっと落ち着いてきたね」
十四時少し前、客が引けて数人しかいない様子に静流が安堵の表情を浮かべた。
この時間帯はあまり客が来ないから、厨房の方も少し落ち着いている。
今のうちに夜営業に備えた仕込みを少しやって、必要に応じて肉屋や八百屋へ追加の注文をかける。
とかなんとかやっていると、次は夫婦っぽい二人組の客が来店した。
「いらっしゃいませ。って、お父さんとお母さん!?」
えっ、静流の両親が来店!?
どうしても気になって、ネギを刻みながらチラリと視線を向ける。
優男っぽい雰囲気をした眼鏡の男性が父親で、気が強そうだけど背が低めの女性が母親か。
「な、なんで来たの?」
「決まっているじゃないの。バイトに励む娘を愛でに来た!」
「何を言っているのさ。静流がお世話になっているから、食事がてら挨拶に来たんでしょう」
胸を張ってズバッと言い切る母親に、柔らかな口調と丁寧な言い方で父親が訂正を入れ、客や俺達へ「妻がうるさくしてすみません」とペコペコ頭を下げる。
「あらあら、わざわざすみません。桐谷の母です」
「こちらこそ、娘がどうも。能瀬の母です」
母親同士が挨拶を交わし、空いている二人用の席へ案内されて向かい合って座った。
なんだろう。別に変なことはしていないのに、妙な緊張感を覚える。
「二人とも、そろそろ昼飯を食っておけ」
「夜営業の時間までに課題をやっておくんでしょう、こっちは気にしないで行きなさい」
餃子の皮を仕込む父さんと、案内から戻った母さんから抜けるよう促された。
確かにその予定だし、事前に伝えておいたから言われても不思議じゃない。
だけど静流の両親が来たのに、抜けていいのだろうか。
静流もいいのかなって表情をしているが、父さんも母さんも早く行けと促すし、静流の両親も気にせず行けと手を振って促している。
「じゃあ……行くか」
「う、うん。お母さん、くれぐれも変なこと言わないでね!」
「分かってるよ。だけど、うっかり口が滑っても勘弁しておくれ」
「ちょっと!?」
一抹の不安を抱きつつ、今日の賄い当番の祖父ちゃんが作ってくれた、肉と野菜の切れ端を使ったタンメンを手に奥へ引っ込む。
何を話すのか気になって、課題に集中できるかな。
*****
斗真と静流ちゃんは奥へ引っ込んだか。
店内へ目を戻せば、嫁が静流ちゃんの両親から注文を聞いている。
「アンタ、塩焼きそばとネギ玉定食ね」
「おう。好文、塩焼きそば頼む」
「ああ」
返事をした息子が塩焼きそばに取り掛かるのを確認したら、ネギ玉作りに取り掛かる。
ネギ玉は名前通り、ネギと卵を一緒にしたもの。
だからネギと卵以外の食材は使わねぇ。
卵を溶き、中華鍋を火に掛けて油を引く。
油が温まったらみじん切りにしたネギの青い部分を入れて香りを出し、今度はネギの白い部分の輪切りを加え、軽く炒めたら卵とラーメンにも使うスープと醤油を手早く加えながら炒め、オムレツのようにまとめていく。
青い部分で香りを出し、白い部分で味と食感を出すために別々に使い、卵とネギの風味を味わってもらうために生姜やニンニクといった風味の強い食材は使わず作る。
大事なのは主役のネギと卵の風味を損なわず、スープと醤油で味付けすること。
単に作るだけなら斗真にも出来るが、ネギと卵の風味を損なわない味付けが安定しないから、まだ店で作らせるわけにはいかねぇ。
一見簡単そうな料理だが、だからこそ炒める腕前と味付けの調整がはっきり分かる。
「塩焼きそば、上がったぞ」
「はーい」
「こっちもネギ玉定食、上がったぞ」
「はいよ」
完成した料理をそれぞれの嫁が運び、夜に備えた仕込みに戻る。
静流ちゃんのご両親以外はとっくに帰ったから、ゆっくり食ってくれや。
「美味っ!? ネギと卵だけなのに、こんなに美味いのか!?」
「塩焼きそばもいけるね。静流から美味しいって聞いていたけど、思っていた以上だよ」
奥さんがネギ玉定食で、旦那さんが塩焼きそばだったか。
しかし、美味いと言ってもらえると嬉しいね。
料理人になって長いが、何度聞いても嬉しいもんは嬉しいんだよ。
「それでどうです、うちの娘。迷惑かけてません?」
「慣れていないのでまだぎこちないですが、大きなミスも無く頑張ってくれていますよ」
和美の言う通り、まだ慣れていないが静流ちゃんは大きなミス無く頑張ってくれている。
だからといって油断はできねぇ。
人間、慣れてきた頃が一番危ないもんだ。
俺も修業先で、師匠に口酸っぱく言われたっけ。
あの時はウゼェと思っていたが、お陰で慣れに気を緩めることなくやってきて、こうして店を守れているから今では感謝しているぜ。
「なら良かった。で、早紀ちゃんから聞いたんですが、うちの娘とおたくの息子が良い仲になったっていうのは?」
「本当ですよ。ああ、安心してください。親の私が言うのもなんですが、うちの息子は料理一筋のバカ真面目ですから変なことはしませんよ」
祖父の俺から見てもその通りだと思うが、そもそも早紀ちゃんは何をしてやがるんだ。
「加えてうちの旦那や息子と同じ、恋愛事には鈍感で奥手で優柔不断なヘタレだから、むしろこっちが手を出すくらいじゃないと進展しないだろうね」
おおい嫁よ、お前まで加わるのか。
しかもそのままお喋りを始めるから、向こうの旦那さんが気まずそうな顔してやがる。
「おい、他に客がいないとはいえ営業中だぞ。あまり喋っているんじゃねぇ」
「何言ってるんだい。孫のお相手のご家族なんだよ」
「そうですよ、お義父さん。斗真の将来のためにも、しっかり外堀を踏み固めてセメントで舗装しておかないと」
なんで注意した俺が反論されなくちゃならねぇんだ。
というか和美の中で、どんだけヘタレ扱いされているんだ、斗真の奴は。
「あー、アタシらは気にしてないんで大丈夫ですよ。なっ」
「う、うん。そうだね」
同意はしたものの、旦那さん完全に腰が引けているじゃねぇの。
俺と好文もそうだから人のことは言えねぇが、嫁ってのは強いもんだな。
斗真よ、お前も将来的に静流ちゃんの尻に敷かれるだろうが、悪いことじゃねぇし悪いもんでもねぇからそうしておけ。
「しっかし息子さん凄いですね。まだ娘と同い年なのに、しっかり将来の目標立ててそれに向けて頑張っているなんて」
「決めたことに一直線なだけですよ。誰かに引っ張られないと、遊びも恋愛もしないんですから」
まったくだ。
昔の俺のようにとまでは言わないが、あいつはもう少し遊びを覚えるべきだ。
「勉強はやっているけど、理由が成績悪くなって補習とかになったら、料理する時間が減るからって言っていたね」
まあ勉強せずにいるよりはいいさ。
俺なんざ、何度おふくろに怒鳴られたことか。
「しかも実際にお店も手伝わせて、料理も出させているんでしょう。大将さん、不安は無かったですか?」
急に俺へ話を振られたな。
「不安はありましたよ。あいつの努力を見続けて、手伝わせても問題の無い技量があると分かっていてもね。つっても、そこの息子を厨房へ入れる時も同じ経験をしたんで、さほどでもなかったですがね」
今ではすっかり頼りになる好文を厨房に入れる時は、斗真の時以上に不安だったもんだ。
「それに、俺の不安なんてのは些細なもんでさぁ。息子や孫がどうこう以前に、そいつらが何かやった時に店の主として全責任を背負う覚悟が弱かった、ただそれだけのことですよ」
好文や斗真の技量じゃなく、俺の気持ち的なものによる不安だから、覚悟させしちまえば不安は薄らぐってもんよ。
「だから娘さんのことも安心してくだせぇ。バイト中に何かあったら、店の主として俺が責任もって対応しますんで」
そう言い切ると、静流ちゃんのご両親から尊敬の眼差しのようなものが向けられた。
やめろや、そんな目で見られると恥ずかしいだろうが。
「娘のバイト先がここで良かったです。あなたのような人が責任者なら、安心して任せられます」
任せてくだせぇ、旦那さん。
「うんうん。奥さん達も良い人だし、安心して静流を嫁に出せるな」
何故か楽し気な表情をした奥さんの発言と、良い笑顔を浮かべた嫁と和美の反応に、俺は何も言えなかった。
斗真よ、お前の外堀は着実に埋められて、ガッチガチ舗装されていっているぞ。




