人知れず
日暮れ前に到着したセカンドタウンイースト。
ファーストタウンの東にあるこの町は、ファーストタウンより少し広くて人が多いというだけで、建物とかは大して変わった様子は見られない。
さほど過度な期待はしていなかったとはいえ、あまり変わらないというのも少し残念だ。
「とうちゃーく! イエーッ!」
両手を掲げて声を上げるダルクに、周りのプレイヤーがクスクス笑いだす。
やめろよ恥ずかしい。
「さあ、作業館へ直行よ。美味しいのお願いね」
「トーマ君、甘い物を! 甘い物を作ってちょうだい!」
メェナ、そんなガッチリ肩を掴まなくても作るって。
カグラも、そんなにしがみついて頼み込むから色々当たって、ハラスメント警告が出てるぞ。
役得だし顔見知りのじゃれ合いみたいなものだから、通報はしないけど。ノーっと。
「ダルクは約束通り、一回休みね」
「うわあぁぁぁぁっ! こんなことならトーマのご飯マウントなんて、取らなきゃよかったあぁぁぁっ!」
後悔先に立たずっていうのは、こういうのを指すのかな。
*****
ふっふっふっ、遂に私の時代がくるのですわね。
思えばログインしている間は他プレイヤーとの交流や掲示板など目もくれず、料理ギルドで食材を買えるだけ買い、作業館の個室に籠もって料理をして調理スキルを鍛えては、それをNPCの商店へ売ってお金に換え、それでまた食材を購入して個室で料理をする日々を送ってきました。
これも全ては私の料理で、無味か不味いが蔓延しているUPOの世界へ美味を届けるため、そして私がこの世界の料理におけるトップへ君臨するため。
β版ではバリバリの戦闘職の私が本サービスでは生産職へ転身したのも、全ては食事情がよろしくないUPOの世界で食のトッププレイヤーになるため。決して戦闘でトップになることを諦め、現実でそれなりに自信のある料理でトップに立つことへ方針変換したんじゃありません。
ただ、人前でおつまみトマトを量産するのは少々恥ずかしく有料の個室を使ってしまったため、特典でβ版の所持金を引き継いでいても金銭のやりくりが少々大変でした。
しかしそこは、使える材料の範囲を広げるため料理ギルドで依頼を受けて貢献度を上げつつ、報酬を得ることでカバーしました。
その甲斐あって調理スキルのレベルは10に到達!
さらに依頼をこなして貢献度が上がったことで、料理ギルドで購入できる材料や調味料も増えました。
購入できる物の内容はまだまだ物足りないですが、これまでに作った料理は全てNPCの店に売っていたので、誰も私の料理の腕には気づいてません。
今こそ、私の料理プレイヤーとしての華麗なる出発の時なのです!
「さあ、私の時代の到来です!」
そして私はUPOにおける食の開拓者になるのです!
急ぎ料理をNPCの商店で売り、材料を購入するため料理ギルドへ向かっていると、β版の時の知り合いと会いました。
「あら、玄十郎さんじゃないですか」
「おおエリザベリーチェ、久しぶりだな」
この作業着姿のエルフの男性は、細工師をしている情報屋さん。
β版では戦闘職だったので、彼から攻略情報をよく買ったものです。
「お久しぶりですわね」
「今日まで見なかったけど、何やってたんだよ。しかもそのキャラ、種族は前と同じシルフィードでも職業が違うじゃないか」
さすがは玄十郎さん、鋭いですわね。
「そうですの。今の私の職業は剣士ではなく、料理人です」
「料理人? なんでまた?」
首を傾げる玄十郎さんへ語って差し上げましょう。
この私が料理プレイヤーのトップとして君臨するために、玄十郎さんを始めとした知り合いとの交流や掲示板を断って、人知れず牙を磨き続けていたことを。
そして今日この日から、私という食のトッププレイヤーの快進撃が始まることを。
「あぁ、なるほど。それは随分と頑張ったんだな」
「勿論ですわ」
最低でも焼くか切るかして味付けしないと料理と判定されず、調理スキルが上がらないと気づくのに一時間ほど掛かりましたけどね。
「だけど、それは難しいかもな」
「あら、何故でしょう?」
「β時代の知り合いのよしみで無料で教えてやるけど、既に料理プレイヤーとしてスタートダッシュを決めて、独走状態なのがいるぞ」
……はい?
「初料理から掲示板の方でも騒がれて、今や見守り隊もいるくらいだぞ」
「そ、そんな方がいらっしゃるのですかっ!?」
そんな馬鹿な! 無味で憂鬱か不味くて絶望かというUPOの食事情において、私がスタートダッシュを決めて食の女神として降臨するはずだったのに、既にそれを成し遂げているプレイヤーがいるなんて!
「どなたですの、その方は!」
「いやいや、プレイヤー個人の情報を教えられるわけないだろう」
くっ、そうでした。
いかに情報屋さんとはいえ、プレイヤー個人の情報を出すのはご法度でしたわね。
ですがこんな話を聞いた以上、黙っているわけにはいきません。
これから華麗なるデビューを飾る予定だった、私という料理のトッププレイヤーの出鼻を挫いたのですから、なんとしてもその方と会って直接対決です!
しかしどうすれば……はっ、そうですわ。
「でしたら、その方が話題に上がっている掲示板をお教えください」
「まあそれくらいなら大丈夫か。でも、ここからは有料だぜ」
「おいくらかしら?」
ニヤリと笑う玄十郎さんに提示された金額は、私の鮮烈なるデビューをするための料理をこしらえるため、チマチマ溜めてそれなりの額になっていた所持金が吹っ飛ぶほどでした。
いえ、念のため料理ギルドへチビチビと預けていたお金もあるので、それを引き出せば問題ありません。
「買いましょう」
「まいどあり」
ふむふむ。それなりの数があるようですが、主な勢力は生産者の集いというスレか赤の料理長を語るスレ、それと調理交流会スレなのですね。
「こんなもんだが、十分か?」
「十分です、ありがとうございます」
ここからは私自身の力で調べますわ。
前スレも含め徹底的に読み込み、彼の情報を集めると同時にどのような料理を作ったのか分析して、直接対決する時のために傾向と対策を練るのです!
今後のために玄十郎さんとフレンド登録を交わし、通行人の邪魔にならないよう、道の端に寄ったら急ぎ教えてもらったスレを調べます。
ふっふっふっ。どのくらいできるのか分かりませんが、私も現実での料理には自信がありますし、UPOにおける調理でも人知れず牙を磨いてきたことで自信が付いているのです。
生半可な腕じゃ――。
「へっ?」
て、手打ちうどんを焼きうどんに?
乾燥スキルで野菜を乾燥させて、それで出汁を取るだけでなく、戻った野菜をそのまま具にしたスープ!?
しかも出所不明のキノコが複数種類!?
えっ、その次は茹で肉へ熱した油を掛けた料理!?
確か中国料理にそういうものがあると聞いたことがありますわ。
そして肉を茹でたお湯を利用したスープ!?
「ほ、他には何を作っているんですか!」
砂糖や胡椒やハーブ塩をまとわせた揚げパン、ザワークラウト、唐揚げ、餃子……。
なんですの、このサラマンダーの料理人という方は。ひょっとしてプロ?
そ、そうですわ、きっとプロに違いありませんわ!
でないと、あんな貧弱な材料でこれだけの料理を作れるはずが……えぇ、本職じゃないんですの?
本職を目指している身? ということは、学生か料理人見習い?
「嘘でしょう……」
このスケルトンボアの骨を煮込んだという、黒いスープは正直意味が分かりませんが、他にも肉野菜炒めやトマトソースでお肉を煮込んだもの。
えぇっ!? 粒あんを作って揚げ饅頭まで!?
まさか甘い物まで作っていたとは思いませんでしたわ。
そして小豆なんてどこで手に入れたんです!
その後も続く彼の料理に関する情報に、私が相対しようとしている相手が如何に強敵なのかを思い知りました。
おまけに、あの激マズなポーションの味でさえ、改善してみせたというのです。
くぅっ! 所詮、料理が得意なだけのお嬢様っぽいロールをしてる女子大学生の私じゃ、まだ本職じゃないにしてもプロを目指している相手には敵わないというの?
他プレイヤーとの交流や掲示板など目もくれず、ひたすら料理をして調理スキルを鍛えたというのに!
途中でやってなかったレポートを思い出して作成したり、バイトをしたり、食事や現実での睡眠を挟んだとはいえ、スタートダッシュを切れたと思ったのに!
「いいえ、そんなことはありませんわ」
しっかりしなさい、エリザベリーチェにして本名は安田翠。
向こうはまだプロじゃないしここはゲームの世界だから、勝機はありますわ。
見てなさい、何がなんでもあなたを倒して、私が料理のトッププレイヤーになるのですから!
「そのためには、彼が調理する様子を直に見る必要がありますわね」
彼が何を作ったか、そしてその様子については掲示板でおおよそ把握しました。
ですがあそこで語られる内容は、いくぶんかの誇張が含まれているはずです。
百聞は一見にしかず。この言葉の通り、掲示板の百聞に踊らされず己の目による一見をしなくてはなりません。
そのため急遽予定を変更し、作業館の入り口前で張り込みをすることにしました。
あとは赤い髪の若い男性サラマンダーが入館したら、その後を追って調理の様子を確認するだけです。
断じてこれはストーカー行為じゃありません、偵察なのです! 私が彼から料理のトッププレイヤーの座を奪うために必要な、偵察行為なのです!
さあ、いつでも来なさい!
*ゲーム内で数時間後。
「お、おかしいですわね」
赤い髪の若い男性サラマンダーの方は二人ほど作業館へ入りましたが、その方々は鍛冶職人と陶芸家でした。
料理をしているプレイヤーは何人いますが、噂のサラマンダーの方ほどではありません。
調理スキルが無いのか、包丁でニンジンを切って生ゴミにしてしまったり、同様の理由で肉を火に掛けた途端に炭にしてしまったりしてるプレイヤーは論外ですわね。
他には、調理スキルを鍛えるために切って塩を振るだけのおつまみトマトやおつまみキャベツを量産しているプレイヤーや、完成した見た目の悪い料理を前に首を傾げるプレイヤー、そして何かのお肉を塩焼きにして食べているプレイヤーもいます。
ですが噂のサラマンダーほどじゃなさそうですし、そもそも種族が違います。
「今日はまだログインしていないのでしょうか?」
スレを読む限り、午前中にログインしてゲーム内で二日ほど経ったらログアウトしたようですね。
ですがこれは時間的に、現実での昼食と考えれば不思議じゃありません。
今日は日曜日。仮に噂のサラマンダーが学生だとしたら、日曜の午後ほど暇な時間は無いはずですわ。
事実、現役女子大生の私は暇ですもの。無論、レポートは昨日頑張って終わらせましたし、今日はバイトが入ってません。
いやですが、人には人の都合というものがあります。私は暇でも、彼は午後からバイトか用事があるかもしれません。
もしもそうなら夜まで……あら、よく見ればこの赤の料理長を語るスレ、もう次スレが立ってるじゃありませんか。
ひょっとしたら最新情報が……。
「えーっ!?」
私の悲鳴に周囲から視線が集まりますが、それどころじゃありません。
噂のサラマンダーはセカンドタウンイーストにて調理中だと、調理の様子が実況されてるじゃありませんか。
ということは、ここでずっと待っていた時間は全て無駄?
「むきー!」
また周りから視線が集まりますが、これまたそれどころじゃありません!
無駄になった時間を有効活用していれば、どれだけ調理スキルを鍛えられたか、どれだけギルドへの貢献度を上げられたか、どれだけ調理をして注目を集められたか。
絶対に許しません、たった今この瞬間から名も知らぬ赤の料理長と呼ばれているサラマンダーは、正式に私の敵と認定しました。
そうと決まればこうしていられません。どう動くかを決めなければ。
彼がいなくなったこのファーストタウンにて、二番手に甘んじようとも料理で名を挙げて実績を作ってから、彼のことを追うか。
それか一刻も早く彼を追って、本来の予定通り彼が調理する様子を偵察したうえで直接対決をするか。
……うん、ここは前者でいきましょう。何の実績も無く彼に敵対しても、周りから痛い女扱いされかねません。
それに今は二番手に甘んじていようと、いずれ追いかけてトップの座を奪った方が、周りからより評価されるというものです。
よし、行動開始です。二番手だろうと腕利きの料理プレイヤーとして名乗りを上げて、彼との戦いに備えてもっと牙を鋭く強く磨いておきましょう。
「急ぎお金を下ろして、材料を揃えなくては」
料理ギルドへ行くため見ている掲示板を閉じようとしたら、彼の調理の実況が目に入りました。
それを見て、三度目となる叫びを上げずにはいられませんでした。
「サツマイモなんて、どこで入手したんですのー!」
*****
「はいよ、大学芋いっちょあがり」
孤児院で貰ったサツマイモを使った大学芋三人分を、カグラとセイリュウとメェナの前にそれぞれ置いていく。
大学芋 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:8 完成度:85
効果:満腹度回復9%
魔力+2【2時間】 知力+2【2時間】
ホクホクのサツマイモが溶けた砂糖を纏った一品
口に入れた時は砂糖の、噛むとサツマイモの、甘さの二段構え
ねっとりした飴とほどよい固さのサツマイモで、食感も二段構え
*切ったサツマイモを水に晒す。
*水を切ったら油で炒める。
*途中で砂糖を加えて炒め続ける。
*溶けた砂糖をサツマイモに纏わせたら完成。
「待ってたわよ!」
「できたての大学芋なんて、初めて」
「うふふふ。甘い物とは言い難いかもしれないとか言っておいて、こうして甘い物を出すなんてトーマ君は悪い人ね」
誰が悪い人か。
でもまあ、喜んでもらえたのならなによりだ。
「うぐぅぅぅ……。重ね重ね、トーマの料理でマウントを取った自分が憎い」
悔しがるダルクの前には何も無い。
おあずけをされたことで熊の耳は力無く伏せ、ダルク自身も作業台に伏せている。
こちらも重ね重ねだけど、自業自得だ。
「はぁ……。やっぱり甘い物は絶対的な正義ね」
一口食べて妖艶な笑みを浮かべるカグラに、男性プレイヤー達から感嘆の声が漏れた。
うん、俺も一瞬ドキリとした。
「そんな顔しても、あげないわよ」
「うぐぅ……」
羨ましそうに自分の皿を見るダルクに、メェナが皿を守る。
「よく大学芋の作り方、知ってたね。お店で出してないでしょ?」
頬いっぱいに大学芋を詰め込んで食べるセイリュウに、つい笑みが漏れる。
「さほど難しい作り方じゃないから、幼い頃に祖母ちゃんが仕事の合間によく作ってくれたのを覚えたんだよ」
「あっ、そういえばそうだったや。おばあさんの作るの、おいしかったよね」
材料不足で、あれにはずっと劣るけどな。
甘さと風味を出すみりんどころか、最後に香りづけとして振り掛ける炒りゴマすら無いんだから。
「くぅ! あれの劣化版とはいえ、食べられないのが悔しい!」
「劣化版って言うな」
材料不足で不完全なだけだ。
「あの、ちょっといいかな?」
座って喋っていたら、横から山羊のような角が生えた男が話しかけてきた。
「ひょっとして君は、噂の料理人かな?」
「噂、というと?」
「えぇっと、焼きうどんとか餃子とか黒いスープとか、そういうのを作ってるっていう」
ああ、それはほぼ間違いなく俺だな。
「だとしたら、なんだ?」
「いや、そんな大した話じゃないんだ。俺は料理プレイヤーを目指してるエータっていうんだけど、よければ話を聞きたいなって思って」
同じ料理プレイヤーか。
なら話を聞くくらいはいいかな。
「一緒のお仲間さんも安心してくれ。そう突っ込んだ話はしないから! 単なる料理話がしたいだけだから!」
エータってプレイヤーの反応がおかしくなったから、原因と思われるダルク達の方を向いてみた。
ダルクは本物の熊のように両腕を上げてグルルと威嚇して、カグラはうふふと呟きながら怖い笑みで鉄扇をガキガキぶつけ合わせ、セイリュウは能面のような無表情で射殺す目を向け、鋭い眼光で威圧してるメェナは右拳で左の掌をビシビシ叩いてる。
何やってんの? 春一番の件で警戒してるとはいえ、初対面の相手にその反応は止めろ。
「落ち着け。向こうは話をしたいだけなんだし、過度な警戒はよくないぞ」
「でも……」
「話を聞いてから判断しても遅くないだろ。まだサツマイモあるから、追加で大学芋作るし、ダルクにも食わせるから大人しくしてくれ」
「「「「よろしくおねがいしまーす!」」」」
全員普通の状態に戻って姿勢を正し、ダルク以外はまた大学芋を食べだした。
でも何故だろう。鼻血を垂らしながらキーボードを叩く少年の姿が脳裏に浮かんだ。
「凄いね君。こうもあっさり大人しくさせるなんて」
「君じゃなくてトーマでいい。こいつらとは、それなりに長い付き合いだからな。で、話をしたいっていうのは?」
「ああ、じゃあまずは」
エータとの会話は本当にただの料理談義だった。
話を聞いた感じ、どうやらエータはまだ料理に関しては知識も技術も経験も浅いようで、割と基本的な質問もいくつかあった。
あまり突っ込んだ話なら返答に困ったかもしれないけど、このくらいなら普通に対応できる。
「じゃあ、野菜炒めの味付けは最後の方ですればいいのか」
「塩気は野菜から水分を出しやすくするからな」
「だから現実でもここでもベシャッてしちゃったのか。そういうことだったのかぁっ!」
やっちゃったって様子で頭を掻く様子は、なんだか年下に思える。
キャラクターに手を加えれば、実年齢より年上にも年下にもできるし、選択した種族によっては自動でそうなっちゃう場合もあるけど、彼もそうなんだろうか。
「なあトーマ。この後、料理ギルドで料理プレイヤーの集まりがあるんだけど、良ければ参加しないか?」
なんだそれ凄く興味ある。
「是非、参加させてくれ」
「そうか。だったら」
「「「「それよりも大学芋の追加、忘れないで!」」」」
あっ、はい、分かりました。
そんな獲物を前にした肉食動物みたいな目を向けなくとも、ちゃんと作るから!
というわけで、残っているサツマイモを全て放出して、急ぎ追加の大学芋を作って提供した。




