汁の量はどうします?
途中で少々トラブルはあったものの、俺達は無事にサードタウンウラヌスへ到着。
畑の手入れで不在のポッコロとゆーららんへ連絡を取り、合流した後で昼飯のため作業館へ先に向かう。
塾生が迷惑を掛けた詫びとして五里蔵から受け取った金で三階の個室を借り、俺とディーパクトはイクト達とポッコロとゆーららん、それとアルテミスに見守られて昼飯作りを開始。
ダルク達は同じく五里蔵から受け取った素材の扱いを相談する。
「どれもレア度の高い、良い素材ばかりね」
「あーし、このヘルタランチュラの糸を使いたいけど、スキルのレベルが低くて無理そー」
「僕も、スキルのレベルが低くて、ウッドタイタンの木材を使うのは無理だと思う」
素材を確認したメェナに、糸を手にしたマーウと木材を手にしたむらさめが残念そうにする。
「トーマみたいにスキルを使わず、自分で縫ったり削ったりすればいけるんじゃない?」
「無茶言わないで。そんなのできないよ……」
「あーしはできるけど、簡単なのを作るのにこんな良い物を使うなんて、勿体ないじゃん」
単純にできないむらさめと、勿体ないからと使うのを拒否するマーウが、ダルクからの提案を一蹴する。
だからといって詫びの品を売るのは悪いし、知り合いの生産職に頼んで何か作ってもらうか、マーウやむらさめがスキルのレベルを上げ、扱えるようになるまで取っておくかで意見が割れる。
「ふう。先輩、野菜切り終えたっす」
一息ついたディーパクトの前には、切り分けられた多数の野菜が並ぶ。
その中には合流時にポッコロとゆーららんから渡された変異野菜もあり、魔力コンロの一つでは水を張った大鍋が火に掛けられている。
「なら、その野菜に乾燥スキルを使って乾燥野菜にして、鍋で煮てくれ」
乾燥野菜を作ったことが無いディーパクトに乾燥スキルの使い方を伝えつつ、トライホーンブルの肉を薄切りにしていく。
切り終えたら乾燥野菜を鍋へ入れて煮ているディーパクトの隣に立ち、魔力コンロで油を引いた大鍋を熱して肉を炒める。
「トーマお兄さん、牛丼を作るとおっしゃっていましたが、何故炒めるのですか?」
「牛丼は具材を煮込むだけで作る方法と、具材を炒めてから煮込む方法の二種類があるんだ。煮込むだけの方が簡単だけど、一度炒めた方が美味いと俺は思う」
不思議そうに尋ねるアルテミスの疑問に答えると、アルテミスだけでなく一緒に見学中のポッコロとゆーららん、隣でスープ作りをしているディーパクトも「へぇー」と言って頷く。
さて、肉に火が通ってきたから他の具材も入れよう。
薄めのくし切りにした縦縞と横縞の両方のシマシマタマネギ、細切りにしたジンジャー、新たにできたという変異野菜の爆裂唐辛子の薄い輪切り。
これらをしばし炒めたら火加減を調整し、味の調整をしながら水と酒と醤油とみりんと砂糖を鍋へ入れて煮込む。
「調味料や生姜は分かるっすけど、唐辛子も入れるんっすね」
「基本は調味料だけでいいぞ。他については作り手の好みだが、俺の場合は肉の臭み消しにジンジャーを、風味付けのために唐辛子を加えたんだ。ただし唐辛子を加える場合、量に気をつけないと辛くなるから気をつけろよ」
今回使った変異野菜の爆裂唐辛子は、事前に味見した時に酷い目に遭った。
薄い輪切り一つだけしか口にしなかったのに、まるで口の中で辛さが爆発したみたいに強烈な痛さと熱さが一気に広がって、その刺激の強さに咽てしまったほどだ。
辛さが痛覚なのを改めて実感したあの経験を活かし、爆裂唐辛子は少しだけにした。
残りは魔力ミキサーで粉状にして、いくつかの小鉢へ出しておく。
「先輩、その粉状にした唐辛子はどうするんっすか?」
「使いたい人が使えばいい。牛丼には一味や七味はつきものだからな」
「お兄さん! 爆裂唐辛子は、とても一味や七味とは比べ物になりませんよ!」
ディーパクトの質問に答えた直後、必死の形相をしたゆーららんが声を上げ、ポッコロが何度も頷く。
ひょっとしてお前達、味見して酷い目に遭ったのか?
「どう食ったんだ?」
「興味本位で先っぽを丸かじりして、地獄を見た後に天国へ行きそうでした」
「僕もです。この世の地獄って、あのことを言うんですね」
虚無の表情をしたポッコロとゆーららんが経験談を語る様子が、どんな目に遭ったのかを物語る。
以前のアップデートで、そのまま食べても回復しないだけで味が分かるようになったことが、その悲劇に繋がったんだな。
一緒に見学中のアルテミスと、灰汁取りをしているディーパクトから、二人へ憐みの目が向けられている。
「イクト、ミコト、ネレア。くれぐれも使いすぎるなよ」
「「はーい」」
「了解なんだよ」
これを食っても平気なのは、おそらくメェナぐらいだろう。
そう思いつつ調理を進め、灰汁取りやディーパクトが調理中のスープに味付けをする。
今回は味噌汁っぽくしたいから、お玉で味噌を取って溶いてもらう。
煮立てないよう火加減の指示を出し、こちらも灰汁を取って煮込み続け、頃合いを見て炊飯器を出す。
丼にごはんをよそい、具材を載せて俺の好みに合わせて煮汁を控えめにかけ回して完成。
トライホーンブル丼 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:5 品質:8 完成度:96
効果:満腹度回復28%
被物理ダメージ減少【大・1時間】 HP最大量+50【1時間】
体力+5【1時間】
じっくり煮込んだトライホーンブルのロース肉と、シマシマタマネギによる丼
肉の脂と旨味が加わった煮汁は絶品で、これとごはんだけでもおかわり必須
ジンジャーにより臭みは無く、微量の爆裂唐辛子の風味が旨味を増加させている
早速味見に食ってみると、歯応えのあるトライホーンブルの肉だけど、薄切りでしっかり煮込んだことで柔らかい。
煮込まれた肉の旨味とシマシマタマネギの辛さと甘さ、その美味さを含んだ煮汁がごはんと実に合う。
目立ってはいないが、ジンジャーと爆裂唐辛子の風味もあって味が単調にならず、大盛りでもおかわりしたくなる。
「先輩、スープはこれでどうっすか? 俺は十分だと思うっすけど」
自信無さげに、味噌と出汁の香りが漂うスープ入りの小皿を差し出される。
試食したトライホーンブル丼は自分用としてアイテムボックスへ入れ、小皿を受け取って味見。
うん、乾燥野菜の出汁と味噌が合わさって美味い。
野菜と味噌によって、優しく包み込むような柔らかい美味さになっている。
乾燥野菜出汁のみそ汁 調理者:プレイヤー・ディーパクト
レア度:2 品質:4 完成度:51
効果:満腹度回復2% 給水度回復22%
乾燥野菜で取った出汁を使ったみそ汁
飲むと体だけでなく気持ちも温かくなるような優しい味わい
出汁にもなった野菜がたっぷりで体にも良いです
強い味わいのトライホーンブル丼と優しい味わいのみそ汁。
味としては対照的だが、だからこそ丼をガツガツ食ってみそ汁で一息入れて、という無限ループができかねない。
「どうっすか? 問題は無いと思うんっすが、完成度が五十くらいなのが気になって」
「欲を言えば、少し煮込みすぎて味噌の風味が弱いし灰汁取りが甘いが、普通に飲む分には問題無いから大丈夫だぞ」
店で出すのならもう少し精度を上げた方がいいけど、一般家庭で飲むならこれで十分だ。
「なら良かったっす」
安堵から胸を撫で下ろすディーパクトの様子が、昔の自分と重なる。
仕込みや作った料理を祖父ちゃんか父さんに見てもらい、思いっきりダメ出しをされて悔しい気持ちになったことがあれば、いいだろうと言われて今のディーパクトのようにホッとしたこともあった。
まあ、いいだろうよりもダメ出しの方が圧倒的に多いが……。
祖父ちゃんと父さんの目線だと、昔の俺をこんな感じで見ていたのかな。
「トーマ! さっきから美味しそうな匂いがして我慢の限界だから、早くお昼にして!」
おっと、ダルクから飯の要求が入ったか。
話し合いをしていた面々もこっちを見ているから、相談は終わったようだな。
「了解だ。素材はどうすることになった?」
「あーしとむらさめが扱えるようになるまで、取っておくことでけってーした」
丼へごはんをよそいながら結論を尋ねると、マーウが教えてくれた。
「分かった。ところで牛丼だが、汁の量はどうする? 順番に言ってくれ」
これぞ牛丼特有の注文の一つ。
汁、つまりは具材を煮た煮汁をどれだけかけるか決められる。
大盛り中盛り特盛とか、ギガとかメガとかキングとか、丼の量そのものについては無しで。
ダルクとマーウとディーパクトが汁だく、セイリュウとカグラとアルテミスが少なめ、他は全員普通か。
初めての牛丼で汁の量の好みが不明のイクト達ところころ丸は、普通で様子を見ておこう。
みそ汁はディーパクトに任せ、牛丼を注文通りの汁の量で仕上げていき、皆の前へ並べて箸とスプーンを置く。
「あとこれ、粉状にした爆裂唐辛子だ。一味として使ってくれ」
「とても辛い唐辛子なので、メェナお姉さん以外はくれぐれも注意してください! でないと地獄を味わった後に、天へ召されますよ!」
必死の形相でゆーららんが訴えると、メェナ以外が真剣な表情で頷く。
特に辛いのが駄目なダルクは、絶対に使わないって呟いている。
そんな中でも目を輝かせているメェナは、さすがだと思う。
「では、いただきます!」
いつも通りダルクの音頭で食事開始。
その直後にメェナが粉爆裂唐辛子を丼へたっぷりかけていく。
「味見もせず、そんなに使って大丈夫か?」
「大丈夫よ!」
何を根拠にそう言い切るんだ。
丼の上が一面真っ赤になるまでかけているメェナへ、ポッコロとゆーららんがどうなっても知らないって顔をしている。
うん、俺も今、そんな顔していると思う。
「ぶふっ!?」
隣から少し可愛らしい感じで咽た声が聞こえた。
そっちを見ると、セイリュウが口を押さえてプルプル震えている。
近くにはメェナのとは別の粉爆裂唐辛子入りの小鉢が置いてあるが、味見したんだろうな。
「大丈夫か、セイリュウ。牛乳いるか?」
転送配達で入手しておいた牛乳を差し出す。
口を押さえたまま、泣きそうな顔でコクコク頷いたセイリュウは牛乳を受け取ると、一気にゴクゴクと飲んでいく。
「はふぅ……ひゅごひね、ふぉれ」
小さく舌を出して「凄いね、これ」と辛さを評価する。
その様子を見て、別の粉爆裂唐辛子入りの小鉢を持っていたルナとカグラとディーパクトが、トライホーンブル丼へかけることなく無言で小鉢を置いた。
「おにくのったごはん、おいしー!」
「あーいたーねぎとかーいたーねぎもおーしー」
「おそらくこれは、一度炒めて旨味を閉じ込めたからなんだよ。勿論、少なからず煮汁へ旨味は流れているけど、その煮汁を後から全体へ掛けているから、ほぼ逃すことなく味わえているんだよ」
粉爆裂唐辛子には目もくれず、美味しい連発のイクトとネレア、食レポ全開のミコトはいつも通りっと。
他の皆も粉爆裂唐辛子に手をつけることなく、トライホーンブル丼やみそ汁を味わう。
さて、メェナは……えっ!?
唯一粉爆裂唐辛子を使っていたメェナを見たら、真っ赤に染まったトライホーンブル丼を片手にフルフルと振れている。
現実だったら涙を流していそうな様子だが、さすがのメェナもこれは辛すぎたのか?
「あ、あの、メェナお姉さん? 大丈夫ですか?」
ハラハラした様子で隣に座るポッコロが尋ねる。
対するメェナは大丈夫と伝えるように頷き、丼と箸を置くと右手で目を覆って天を仰いだ。
「遂に出会ったわ。私が求めていた、山のようにかけずとも満足できる辛さに」
いや、そっちの理由で震えていたんかい。
というか山のようにかけていなくとも、丼の表面が真っ赤に染まってるから。
しかし、あの辛さの爆裂唐辛子を一面に振りかけて満足だなんて、メェナの辛さに対する強さを改めて思い知ったな。
「ありがとう、この素晴らしい辛さに出会わせてくれて、ありがとう」
感極まったメェナが隣に座るポッコロをハグした。
そうしたい気持ちは分かるが、露出多めの格好をしたメェナにハグされたポッコロは、顔を真っ赤にしてリスの耳と尻尾をバタバタ揺らしながら、メェナの腕の中でワタワタしている。
あれ、絶対にハラスメント警告出ているだろうな。
「助けてあげないの?」
「いいじゃないですか、役得ってやつですよ」
みそ汁を飲んでいたカグラの問いかけに、丼を食べていたゆーららんがニヤニヤ笑いながら答える。
役得なのは否定しないが、姉としてその対応はどうなのか。
なら友人達はどうだろうか。
静かながらハイペースで食べるルナの隣でディーパクトは、食べかけの丼を手にケラケラ笑うだけで助けようとする気配が無い。
そしてワタワタ状態のポッコロの隣にいるアルテミスは、みそ汁を手にしたまま不機嫌そうに頬を膨らませてポッコロを見ている。
少し前の俺なら気づかなかったが、あれはおそらく……。
「セイリュウ、アルテミスのあの反応って」
「うん、きっとそういうことだと思う」
みそ汁を飲み、可愛らしいほんわかした表情を浮かべるセイリュウに小声で尋ねると、肯定の返事が返ってきた。
ひょっとするとアルテミスがUPOをするのは、このゲームを楽しむこととは別に、そういう理由があるからなのか?
それはともかくとして、誰も助けないなら俺が……って!?
いつの間にかハグがベアハッグみたいになっていて、ポッコロがギリギリと締め付けられて苦しそうになっている!?
「メェナ、そろそろ放してやれ! ポッコロが落ちそうだ!」
「へっ? あぁっ、ごめんなさい! 嬉しくてつい!」
「い、いえ、大丈夫、です」
解放されたポッコロはそう言うが、戦闘職かつ前衛のメェナに締め付けられて、本当に大丈夫なのだろうか。
あっ、優しく微笑むアルテミスがさりげなく声を掛けて気遣っている。
「私にはああいう、抜け目の無さが足りなかった。そうすればもっと早く……」
セイリュウ、今は俺と付き合っているんだし、そういうのは口にしなくていいぞ。
だけど俺が鈍いため、気づかなかったのは申し訳ない。
「トーマ、おかわりある?」
「あるけど、時間は大丈夫なのか?」
「ソッコーで食べればへーきっしょ」
食べ終わりそうなダルクの問いかけに答え、同時に質問を投げるとマーウから返事が飛び、ダルクがうんうん頷く。
他の皆は……あっ、同意なのね。
苦笑しているむらさめ以外が、揃ってコクコク頷いている。
というわけで、丼とみそ汁のおかわりを提供。
マーウの言った通り、時間が無いから掻っ込むように食い尽くされ、普段より早めに昼飯は終了。
できればしっかり味わってもらいたいが、時間の都合があるし、なにより満足そうな表情をしているから良しとしよう。
最後にディーパクトと共に後片付けをして、畑の手入れへ戻るポッコロとゆーららんと一旦分かれ、カグラに祈祷スキルを使ってもらってフォースタウンハーフムーンへ向けて出発。
「さー、ポッコロ君とどーいう関係なのか、おねーさんに話してごらん?」
その道中でマーウがアルテミスに絡む。
俺が止めようとするが、これにダルクとカグラとルナまで絡んで追及開始。
周囲の警戒をするメェナは呆れ顔だが、興味はあるのかチラ見しながら耳を傾けている。
こうなると男ってのは蚊帳の外。
女性陣の雰囲気に近づけないむらさめとディーパクトは、聞いちゃっていいのかなって顔をしている。
俺? 俺は唯一話に加わっていないセイリュウと、イクト達の面倒を見ているよ。
「「にゃーちゃーらったらー」」
調子外れなイクトと、ボエ~な歌声のネレアに手を繋がれ、両者によるセッションを聞かされながら。
「まったく向上する気配が無いんだよ」
「あはは……」
無表情で呟くミコトに手を繋がれているセイリュウは、苦笑することしかできていない。
うん、だって否定できないし。
「だってポッコロ君、可愛いじゃないですか! 女物の服だって普通に似合いそうじゃないですか! ああいう可愛い系男子が、私にはツボだったんです!」
なんか向こうでアルテミスが力説している。
確かにポッコロはそういう感じではあるが、本人としては複雑だろうし、女装は本人の意思を尊重したうえで判断してくれ。
「それでメェナに妬いてたんだー。かーいー子」
「その件は本当にごめんなさい」
「ああ、気にしないでください。理解はしていますから」
緩い表情でマーウに頭を撫でられているアルテミスが、謝罪するメェナに理解を示す。
「それに私が一番嫉妬の気持ちを向けていたのは、トーマお兄さんですから」
「はっ!?」
思わず驚きの声が出てしまった。
手を繋いでいたイクトとネレアが驚いてセッションが止まるが、それどころじゃない。
なんで今の話の流れで、俺の名前が出るんだ。
「何故、トーマの名前が出る」
同じ疑問を抱いたルナが問いかける。
「だってポッコロ君! 教室でUPOの話をする時、毎回「お兄さんが」、「お兄さんがね」って嬉しそうに話すんですよ! 主に作ってくれる食事のこととか!」
必死な様子のアルテミスの説明から、そんな光景が容易に想像できる。
「分かっていますよ、あれは単にトーマお兄さんに懐いているだけだとは。今日のトーマお兄さんとの様子も見て、仲の良い兄弟みたいにしか見えませんでしたし、今は嫉妬を抱いていませんから」
そうしてくれると助かる。
「それにしても、ポッコロ君は美味しいご飯に弱いんでしょうか。これは私も調理スキルを習得して、トーマお兄さんから料理を習うべきですかね。いえでも、そうなると狩りができませんし、そもそも現実で作れないと意味がありませんから、まずはお母さんに相談すべきですかね」
真剣に考えこむアルテミスに、皆の温かい眼差しが集まる。
イクト達はよく分かっていないようだが、分からなくても構わないさ。




