視点の違い
場所を作業館の三階にある個室へ移し、晩飯兼ディーパクトが受けた依頼用の料理を作る。
同室ではむらさめとネレアが木材を削って何かを作り、ミコトが水出しポーションを仕込み、エクステリオとメアリーが初心者料理プレイヤー達へ道具やスキルの使い方について説明している。
「という感じで、調理ができるのよ」
「だが、スキルだけに任せて調理をしたら完成度は精々五十から六十。レア度と品質は食材次第で変化するが、味はそこまで良くならないぞ。食えることは食えるが、イマイチって感じだな」
二人が説明しているのは、情報屋からも公開許可が出ている範囲のもの。
一応少し調べれば分かるものらしいが、実際にスキルを使う様子を見せたり、スキルの力のみで料理を作って実食させたりしている。
「より完成度が高い料理を作りたければ、出来る限りスキルには頼らず自力で調理をすることだな」
「普段から料理しているならそうした方がいいけど、やっていないなら一部だけスキルで調理するところから始めるといいわ」
二人からの指導に初心者料理プレイヤー達は、なるほどといった様子で頷いている。
料理の知識はある程度あっても、ゲームに関する知識は薄っぺらい俺には、ああいう指導は無理だな。
「「あと、無暗にトーマを参考にしないように」」
「どういう意味だ!?」
なんでそんなことを言われなくちゃならない!
「トーマは自分が今、何をしているのか分かっているのか?」
「ジャガイモの芽を取って皮を剥いて、合間に出汁を取っている鍋に浮いた灰汁を取っている」
俺の傍には、フィシーの店から転送配達で入手した魔力コンロが置かれ、スカルコンドルの骨がネギとタマネギとニンジンとニンニクと共に寸胴鍋で煮込まれている。
俺がそれを仕込んでいる間にディーパクトにはジャガイモを洗ってもらい、今は二人で芽を取って皮を剥き、皮むきと並行して様子を見ている鍋に灰汁が浮いてきたらそれを取っている。
なお、購入した魔力コンロを使っているのは、エクステリオとメアリーが調理で使うことに配慮したから。
購入理由は、ディーパクトと二人で調理する際、作業台にある二つだけじゃ足りない場合に備えてのことだ。
「やっていることはそうなんだけど、手際が私達とは一線を画しているのよ」
「しかもピーラーじゃなくて、包丁で皮剥きまでやっているし」
呆れた視線を向けられている俺の手元では、包丁一本で次々とジャガイモの芽が取れて皮が剥かれていく。
その手元に初心者料理プレイヤー達と、隣でピーラーを使って同じ作業をしているディーパクトは驚きで目を見開き、正面で見ているイクトは楽しそうにしている。
「ますたぁ、すごくすごい! でぃーぱくとおにーちゃんはしゃ、しゃ、だけど、ますたぁはしゅるしゅるやってる!」
擬音で表現するイクトが踏み台の上でピョンピョン跳ねた。
「イクト、危ないから跳ねるのはやめろ」
「あっ、はーい」
返事をしてすぐにやめたな。聞き分けがよくてよろしい。
「え、えっと、無暗にトーマ君を参考にしたら、腕の違いを思い知って、落ち込んじゃう、から?」
人見知り発動のむらさめが木材を削る手を止め、つっかえつっかえに尋ねると、メアリーとエクステリオは揃って頷く。
ああ、そういうことか。
むらさめの質問を聞き、高校へ入学したばかりの時の出来事を思い出す。
入学から数日後、どこからか俺の話を聞いた料理部の部長とやらが勧誘に来て、断ってもしつこく勧誘してくるから店が定休日の日に出向いて部員全員の前で腕を見せた。
調理中は顧問の先生含めて終始口を半開きにして固まっていて、完成した料理を食べたら全員崩れ落ち、レベルが違いすぎるので入部しなくて構いませんと言われ、しつこく勧誘したことも謝罪された。
要するに、あれの再現を危惧している訳か。
「トーマは知らないだろうがな、お前や暮本さんやセツナが料理をする様子を見て、心が折れそうになった料理プレイヤーがごく少数だがいるんだぞ」
えっ、そうなの?
「あまり気にしなくていいわよ。中途半端な自信を打ち砕かれたってだけで、今では普通に料理プレイヤーをやっているから」
それは良かった。
もしもそれで料理プレイヤーやUPOをやめていたら、どうしようかと思ったぞ。
ホッとしながら皮を剥いたジャガイモをボウルへ入れて、寸胴鍋に浮いた灰汁を取る。
「そういう風に話をしている最中も、マスターの手は止まらないんだよ」
「さーがまーたー」
喋っているぐらいで手を止めていたら、指示や注文やお客の声掛けのたびに手が止まるから厨房に立てないって。
とかなんとかやっているうちに、ジャガイモの芽を取るのと皮剥きが完了。
芽だけを処分し、ボウルに積まれたジャガイモを一つ取る。
「ディーパクト、次はこいつを細切りにするぞ。やり方は少し厚みのある輪切りにして、その後で細切りだ。肉や魚と違って少々長く触れていても鮮度は落ちないから、慌てずゆっくりやっていいからな」
「う、うっす!」
別にボウルを用意し、輪切りからの細切りにしたジャガイモをそちらへ入れていき、合間の灰汁取りも忘れない。
それを見ている初心者料理プレイヤー達は呆気に取られ、メアリーとエクステリオは「言ったそばからそれか」と呟く。
「おぉっ、さすが先輩早いっすね。自分はこんなで、昼に教わったリズムすらできていないのに……」
確かにディーパクトの手は遅いし、昼に教えたリズムの件も全くできていないから、手際が悪く見える。
でも――。
「さっきの今で、いきなりできるわけがないだろう。切りたい太さや厚さや長さ、包丁の位置や角度、食材に添えている手の位置、切る際の力加減、そういったことを瞬時に判断できず経験として体に染みついてもいないから、毎回確認してしまう。それによってリズムにズレが生じて、手際が悪く見えるんだ」
「自分、めちゃくちゃ心当たりがあるっす!」
ディーパクトの叫びに、初心者料理プレイヤー達も覚えがあるのかうんうん頷いている。
「といっても、今は調理を簡単にする便利な道具がある時代だ。無理に身に付けず、そういった物を活用してもいいぞ」
「確かにUPOにも、調理用の道具は色々とあるからな」
頷くエクステリオが、料理ギルドの貢献度を上げれば色々な調理器具が手に入るし、俺が見つけた星座チェーンで辿り着くフィシーの店で色々な調理用魔道具が買えることを、初心者料理プレイヤー達へ説明する。
俺はそれを聞きながら寸胴鍋に浮いた灰汁を取り、購入した魔力コンロをもう一つ出して鍋に水を溜め、追加で出した魔力コンロで火に掛けてジャガイモの細切りに戻る。
「こっちにもそういった道具があるんっすね。先輩はどうして、そういうの使わないんっすか?」
「修業のためだ。料理人になったら、仕事として料理を提供しなくちゃならない。なのにスライサーが壊れたから食材を切れません、ミキサーが壊れたから食材を刻んだりすり潰すことができません、なんて言えないだろう?」
さすがに電気や水道やガスはどうしようもないが、道具に関しては腕次第でカバーが利く。
包丁さえあれば食材はどうとでも切れるし、すり鉢やすりこ木を使えれば食材をすり潰すことができる。
趣味や自炊のためにそこまでやる必要は無いだろうけど、仕事として料理を提供する立場になりたい以上は、最低限の道具でも調理できるようになっておけ。
そんな祖父ちゃんからの教えで、スライサーやピーラーを使わずに包丁で調理をしているんだ。
ジャガイモを切りながらこの辺りのことも説明すると、エクステリオとメアリーは呆れ顔になり、ディーパクトと初心者料理プレイヤー達は目を輝かせだした。
「先輩、やっぱり師匠って呼んじゃ駄目っすか?」
「駄目だ、というかやめてくれ」
今の話を聞いてどう思ったのか知らないが、それだけは勘弁してほしい。
「それよりも、もう少しでジャガイモが片付くから手を動かせ」
「あっ、了解っす」
無理矢理話題を捻じ曲げて調理を再開させたが、エクステリオとメアリーはニヤニヤ顔だ。
照れるな、恥ずかしがるな、とか思っているんだろうな。
その表情を忌々しく思いつつ、俺の分のジャガイモの細切りは完了。
ボウルに溜めた水の中で入れてさらし、捨てずに取っておいた皮も全て別のボウルで水にさらす。
今のうちに寸胴鍋の方を確認すると、灰汁を取り続けたスープは薄茶色で、香りは鶏ガラで取った出汁と似ている。
肝心の味はどうかと、お玉で小皿に取って飲む。
「おぉ、こういう味なのか」
今まで使ったアンデッドモンスターの骨で取った出汁は味が強めだったが、これはコクがありながらも強さは控えめ。
鳥系だから野菜の種類は控えめにしたけど、まったく問題無い。
例えるのなら、白濁とまではいかずともしっかり煮込んだ鶏ガラスープかな。
なんにしてもこれでいけそうだから、もう一つ寸胴鍋を用意して布を張って紐で固定し、出汁を流してガラを取り除く。
ガラは処分してスープは後でうどんのつゆにするため一旦アイテムボックスへ入れ、別の魔力コンロで火に掛けている鍋を見ると、お湯が沸いていた。
ディーパクトも切り終わって別のボウルで水にさらしているし、次の工程へ移ろう。
「切り終わったジャガイモは軽く湯がくぞ。ディーパクトは、そっちの空いたコンロを使ってくれ」
「うっす」
俺が切った分をザルに上げて水を切り、乾燥スキルで残った水気だけを乾かしながら指示を出す。
別々に調理するのは、作業館への道中でエクステリオから、依頼の品は受注者とは別の人が作ったものか、別の人と共同で作ったものでは依頼の品として受け取ってもらえないと教わったからだ。
UPOでの料理はほとんどが一人で作っていたこともあり、そのことを知らなかったから教えてもらえて助かった。
危うく二人で作って、受け取ってもらえないところだったよ。
ディーパクトにはスープが完成して空いた魔力コンロを貸し、備え付けの鍋でお湯を沸かしてもらう。
その間に俺は自分で切ったジャガイモを鍋で湯がき、流しでザルに上げて湯切りをしたら、冷却スキルで冷ましてボウルへ移す。
ここから先はディーパクトが追い付いてからだから、今のうちに別へ取り掛かる。
同じく水にさらしていたジャガイモの皮をザルに上げて水を切り 乾燥スキルで水気だけを取ったらボウルで油を絡め、受付で借りた魔力オーブンの板に広げて載せて加熱。
「あの、赤の料理長さん。どうして皮をオーブンに?」
気になるのか、エクステリオとメアリー監修の下で調理中だった、初心者料理プレイヤーの一人が尋ねてきた。
「食べるためだよ。揚げないジャガイモの皮チップス、焼きチップスってところかな」
「えっ、皮を食べるんですか?」
「皮付きの新ジャガを使った料理があるし、皮付きのフライドポテトもあるだろう。毒がある芽さえ取ってあれば、皮は食べられるさ」
揚げずに焼いているのは、この後で冷菜用の調味液を作るからだ。
揚げていたらそれに付きっ切りで、調味液の準備ができないからな。
「先輩、湯がきに入ったっす」
「ジャガイモが細いから、秒単位でいいぞ」
「うっす」
手を貸すのは駄目でも、口を出すのは大丈夫だから横からタイミングを伝え、ザルへ上げて湯切りと乾燥スキルで水気だけを取る。
冷却スキルで冷ますわけにはいかないから、冷めるまでの間にタレ作りへ取り掛かろう。
「絡めるタレはシンプルに醤油、酢、油だ。これらを混ぜてジャガイモに絡めたら完成だ」
「細切りにするのが大変っすけど、さほど難しくはないっすね」
「簡単だからこそ、応用が利くんだよ」
今回はジャガイモで作ったが、ニンジンやピーマンでもいいし、キュウリなら水にさらしたり湯がいたりする必要も無い。
なんなら野菜を数種類使って作ってもいい。
大事なのは、その野菜に合わせた下ごしらえをすることだ。
「そこさえ押さえていれば、味付けも自由にやればいいさ。ただし、分量には気をつけろよ」
「分かったっす」
説明をしながらジャガイモを崩さないよう、丁寧にタレで和える。
これで一品目完成。
ジャガイモの冷菜 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:9 完成度:98
効果:満腹度回復8%
魔力+2【3時間】 知力+2【3時間】
運+2【3時間】
とてもシンプルなジャガイモの和え物
少量ですが油を加えているので、あっさり一辺倒ではない
冷やしたジャガイモ料理も、美味しいですよ
調味料以外の材料ジャガイモだけだから、レア度は低い。
だけど肝心なのは味だ。
和えるのに使った菜箸で小皿に少量取って自前の箸で味見すると、シャキシャキとした食感があって美味い。
酢による酸味と醤油の風味であっさりしつつ、ちょっとだけ加えた油が中華風味を演出している。
冷却スキルのお陰で冷えていて、いかにも前菜のような冷菜って感じだ。
「むぅ。自分のは品質が五で完成度は四十八っすか」
少し遅れて完成したディーパクトは、自分の料理の情報に不満顔だ。
だけど大事なのは、そこじゃない。
「ディーパクト、大事なのは品質や完成度といった数字じゃなくて、味や香りや食感だぞ。ゲームだからって数字に囚われず、実際に食べて美味いかどうかだけ判断しろ」
「トーマ、それが一番大事なのは分かるけど、ゲームの世界でそれはそれでどうかと思うわよ」
ゲーム的な視点からすれば、メアリーの言う通りなんだろう。
でも俺にとってはゲーム的な数字より、実際の味と香りと食感の方が大事だ。
なお、ディーパクトが作ったジャガイモの冷菜は、太さが少々不揃いだから食感がバラバラで酸味がちょっと強いが、決して食べられないものではない。
「むむむ。やっぱり先輩のように、ほぼ同じ太さと長さと厚さにはできないっすね」
「スライサーのような道具を使えばいいんだから、あまり気にしなくていいぞ」
「そうっすね、大人しくそういった道具を使うことにするっす」
素直でよろしい。
食べたいオーラを発するイクトから目を逸らし、ディーパクトの返事に頷いているとオーブンが鳴った。
すぐに開けると皮がこんがり焼け、油を絡めたから良い香りが立っている。
これに塩と胡椒を軽く振り、割れないよう静かに纏わせて完成だ。
焼きジャガイモ皮チップス 調理者:プレイヤー・トーマ、ディーパクト
レア度:1 品質:6 完成度:86
効果:満腹度回復2%
MP最大量+2【3時間】
ジャガイモの皮を焼いてパリパリにしたもの
皮とあなどるなかれ、なかなかいけるお味
軽い塩胡椒の味付けで、おやつにもつまみにもなる一品
どうしてディーパクトの名前もあるんだ?
あっ、ディーパクトが剥いた皮も混ざっているからか。
まあこれは納品しないんだし、いいか。
気を取り直してディーパクトと味見すると、パリパリ食感がして皮特有の風味が強い。
だけどしっかり洗って土は残っていないから、嫌な風味の強さじゃない。
なんというか大地の風味って感じがする。
「皮だけのチップス、それも焼いて作ったのは初めてだけど、イケるっすね」
「味付けが軽い塩と胡椒だから、風味がしっかり感じられるのも良いな」
こういうのを砕いて、揚げ物の衣にしたりポテサラに混ぜたりしても美味いだろうな。
なんにしても、添え物的な物はこれでいいだろう。
味にも納得したところでアイテムボックスへ入れ、次の肉料理へ取り掛かる。
「マスター、お肉は何を作るんだよ?」
水出しポーションの仕込みが済んだミコトがイクトの隣に並び、肉料理について尋ねてきた。
肉は久々に揚げ物を作るつもりだ。
それも―ー。
「粉チーズを衣に加えて揚げる、タックルラビットの唐揚げチーズ風味だ」
こっちでは久々の揚げ物に揚げ物狂いが騒ぐだろうから、たっぷり仕込まないとな。
揚げ物ビルを作るつもりで……。
いやタワーぐらいは必要か?
それともいっそ、マウンテン級?
……とにかくたくさん作ればいいか。
この後でうどんも作るから、できるだけ手早くやろう。
とか考えながら肉を出そうとしていたら、マーウからどこにいるのってメッセージが届いた。
そうだ、場所を伝えるのを忘れていた。
すぐに返事を出そうとしていたら、次はポッコロとゆーららんからも同様のメッセージが届いた。
はいはい、すぐに送るから少し待ってな。




